[30]巨大な絶望、わずかな希望
「は?あれが、ってあの黒い雲の事か?」
「そうよ、あれはファミ。間違いないわ」
スーファは黒雲の映る画面を見つめたままはっきりと口にする。
「根拠はなんだお嬢ちゃん」
クラッシュの問い掛けにスーファはようやく画面から目を離すと、顔に動揺の色を濃く残したまま言葉を紡ぎ始める。
「私はあの子の姉でありあの子が発する魔力をはっきりと感じる事が出来る。では論拠にはならないんでしょうんね」
「まぁ、信じてやりたいのはやまやまだがな」
「ありがとう。だからもっと踏み込んだ話をするわ。ジン、あなたにはさっき私達リーコン家に起こった過去の事件について話したわね」
「ああ」
ついさっきの事だ、忘れるはずもない。
「あの事件がなぜ起こったのか。それはあの子が持たされてしまった『鍵』が原因なの」
「鍵。そういえばそんな事を言っていたな」
「リーコン家は遥か昔に『生きた災害』と呼ばれた最悪の存在を封じ込めたとされる勇者の末裔なの」
いきなりとんでもない事を言い始めた。しかしスーファの顔はあくまで真剣そのものだった。
「私もウインドの元に行くまでこの事は知らなかった。どうにも当主にのみ伝えられる話らしくてね。そして封じ込められた災害は、でもリーコンの者達にある呪いをかけた。自分が復活する為の呪いを」
「それと鍵が関係してるって事か?」
スーファは頷く。
「災害はリーコン家の血筋の中に自分の魔力を潜り込ませ、来るべき時、自分を復活させるに値する魔力を有した者が誕生するまで待ったのよ」
「で、ファミがその待ち望んだ存在だったってのか」
「そう。歴史上でもこの災害が鍵を通じて復活したのは今回を除いて一度きり。その時の姿は、まさに天変地異を巻き起こす漆黒の雲、今回のあれと同じものが現れたと伝えられているわ」
スーファは再び黒雲を見る。
「で、その時は一体どうやって解決したんだよ?」
過去に事例があるならばそれに則って立ち向かえばこの事態は打開できる。俺はその時そう考えていた。
だが、スーファの口から重々しく出てきた次の言葉は、俺の期待を悪い意味で打ち砕くものだった。
「殺したのよ。取り込まれた『鍵』をね」
「……は?」
「鍵は完全に災害に取り込まれていて手の打ちようはなかった。だから、ピンポイントに攻撃魔法で鍵を吹き飛ばしたのよ」
それは俺達にとって最悪の前例。口にするスーファの顔も強張っている。
「一つ気になるんだが」
クラッシュが口を開く。
「その時は鍵がいなくなって、それであの塊は消えたのか?」
「ええ、その通りよ」
「じゃあなんでまた出て来てんだよ。あれは別のやつなのか?」
そういえばそうだった。過去に出現した際に鍵ごと消滅したのであれば今回、というか二度目があること自体がおかしいという事になってしまう。
とは俺も疑問に思ったが、しかしスーファはため息と共に問いに対する最悪の答えを口にした。
「同じよ。あれは鍵を失ってもまたリーコンの遺伝子の中に潜む事により半永久的に生き永らえる事が出来るの」
「じゃあ、リーコン家の人間がいる限り甦る可能性をはらみ続けるって訳か。それじゃあれか、リーコン家が滅ぶしか道は無いって訳か」
クラッシュは諦めたような口調で言う。不謹慎な発言だというのは間違いなかったが、俺を含め誰も責めなかったのは、その考えが少しでも心に浮かんだからだろう。
「それでも駄目なの」
しかしスーファはそんな最悪の解決策すら否定する。
「もし鍵を含めリーコンの遺伝子を持つ者が全員死んでしまえば、行き場を失った災害は誰に寄生し何をするか分からない。だからセガール帝国はリーコン家に子孫を残させる事を一つの義務としてきた」
「なるほど本格的に打つ手なし、か」
クラッシュの間延びした声が広いブリッジに響渡る。
それきり、心地の悪い沈黙がその場に流れる。この状況を打破する為には、俺達が本来最優先で救出しようとしていたファミを殺すしかないのである。こんな話があってたまるか。
「俺に、俺に力があれば……っ」
握る拳に力を込め俺は壁を殴る。
すると壁に刻まれていた細かな傷がみるみる内に消えていく。
「ちょっと待って、なにそれ」
するとスーファが驚いた様子で聞いてくる。
「あれ?言ってなかったっけ?俺はステータスがバグってるから攻撃が回復になるんだよ」
一度こいつの前でもこの力を見せた気もするが、まぁあの時はごちゃごちゃしてたからな。
「バ、バグ……?よく分からないけど、それって回復魔法の事なの?」
「いや、正確なところは分からないけど、とにかく俺が殴る蹴るすればどんな傷や怪我も治せるのは確かだな」
そこまで言って、スーファはなぜか真顔でズンズンと俺の正面、というか目の前まで来る。
近い、凄く近いですスーファさん。青少年にはきつい距離感です。
と、俺が余計な事を考えている中で、スーファは口を開いた。
「本当になんでも治す事が出来るの?」
「あ、ああ。病気は無理だけど、単なる傷ならほぼなんでも」
そこでスーファに手を思い切り掴まれた。触れあってドキドキとかそんな甘酸っぱいレベルではない、痛いくらいに込められた力で掴まれた。
「それは仮に魔術が絡んでいても?」
「大丈夫、だと思うぞ。前にも魔法石に刻まれたルーンを消した事があるし」
「ああ、それうちの戦艦落とした時の事だな」
クラッシュが感慨深げに頷く。
「だったら、だったら……」
スーファは俺の手を掴んだまま、真っ直ぐに俺の目を見つめてくる。
「全てを、その力に賭けてみる気はない」




