[29]とにかく前を見ろ
「これが私達家族に起こった事。私はその後ウインドの元で魔術の修行に励んだわ。そうすればいつかファミを迎えに行くことが出来ると信じて」
スーファは言いながら自嘲気味に笑う。
「でもお笑いよね。本当は私の両親を殺した黒幕はそのウインドで、私はファミをこの国から連れ去る為に利用されていただけだったなんて」
唇の間から漏れる笑いはそのまま甲板を流れる風に飲み込まれていく。
今スーファの中にあるのがどんな感情なのか。家族を失った事のない俺にはその全てを察してやる事は出来ない。
「結果、私はあいつの手のひらの上でうまいこと踊らされ、全てがあいつの思い通りに運んでいる。私には、もうあの子を救う資格なんて」
「無いとか抜かしたら俺はお前をぶん殴る」
「え」
「俺はお前とファミが経験した苦しみがどれほどのものだったのかなんてのは想像も出来ない。今お前が考えている事だって全く理解できない訳じゃない。いやむしろ同じ状況になれば誰でも考える事なんだろうさ」
そう言う俺の顔を見て、スーファはまた笑う。
「でもあなたはそんな私を殴るって言うのね?それは何で?」
「それがどう考えたってお前の真の望みとは思えないからだよ。自分に嘘付いている奴に怒って何が悪い」
「私の、真の望み?」
俺は頷く。
「お前は確かにウインドに騙されていたんだろう。そしてその結果ファミを、自分の大事な妹をみすみす敵の手に渡してしまった」
「そうよ。だから私は」
「まだ俺のターンだから黙ってなさい!」
と大きめの声を出したらスーファはすぐに黙った。こいつ根は素直なんだな。
「お前はファミや、俺達にも申し訳ないと謝らなきゃいけないような事をした。知らなかったでは済まされないような事をだ。だがしかし、だからって今のお前に出来る事はそんな過去の自分を責めてしょげている事か?……否!今からお前がしなければならないのは、何が何でもファミを救いだし、そして自分の行いを謝る事だ!あいつが許す許さないはこの際置いといて、とにかくあいつに目の前できちんと謝ることなんだ!」
気がつけば爪が食い込む程に拳を強く握っていた。
「俺は今からあいつを助けにいく。助け出して、そんでもって色々あったけどみんな無事で良かったねとハッピーエンドで笑う事が目標だ。いや命題だ、使命だ宿命だ!まさに運命だ!」
そこまで言ってなんか違うと思った俺、ちょっとクールダウン。
「それに、俺はふと思うんだがな。あいつなら、ファミなら案外簡単に許してくれると思うんだよ」
「そんな訳」
「ないと思うか?よし、じゃあ賭けよう。俺は許してくれる。お前は許してくれない。負けたら一発芸な。皆の前で」
「はぁっ?なんでそんな事」
「俺は是非とも見てみたいけどな。お前が腹踊りしている様を」
「しかもなんで腹踊り確定なの!それにそんなのセクハラよセクハラ!」
スーファは顔を赤くして喚き立てる。
「そのくらい自信があるんだよ。こちとら伊達にあいつと1年も一緒にいた訳じゃないんだからな」
俺はスーファの方に歩み寄る。
「な、なに?」
「お前が必要なんだ」
「え」
「あいつを救いだす為にはお前の力が必要なんだ。仮にあいつが許してくれなくたっていいじゃないか。人生まだまだこれから世代の俺達だ。時間かけてゆっくり許してもらえばいいじゃない」
俺はそう言って笑ってやった。これでもかと思い切り笑ってやった。
「もう、なんなのよ、あなたって……」
スーファは顔の赤さはそのままに、目を逸らしてぶつぶつ何かを言っている。
「でも、そう言われちゃ私も引きさがっている訳にはいかないわね」
そして今度は真っ直ぐに俺の目を見る。さっきまでとは違う。澄んだ瞳だ。
「私だってあの子を助けたい。今回だけはあなたの言葉に騙されてあげる。足手まといになったら承知しないんだからね」
「了解だ」
差し出される手。俺はそれを強く握った。
これでこちらの戦力は揃った。後は具体的にどうやってファミと、そしてタマを救いだすかだな。まぁこの辺りはプロであるクラッシュ達と相談して
『あー、あー、テンドウジン、テンドウジン。聞こえているか。聞こえているならすぐにブリッジに来い』
とか考えていたら急に艦内放送が響渡る。クラッシュの声だ。
「なんだか分からないが、とりあえず行ってみるか」
「私も行くわ」
という訳で俺とスーファはクラッシュに言われた通りブリッジへと向かった。
ブリッジではクラッシュが難しい顔をして艦長席に座るジオネさんの肩を揉んでいた。
「クラッシュ様。もう少し右です」
「はいはい」
「あれ?あの二人の関係性って、あれ?」
なんだこれ。というかスーファが混乱してしまっているではないか。
「おい、こんなの見せる為に俺を呼び付けたのか」
「あ、来たかテンドウジン。実は今までこの艦の無線機能を利用して色々と情報を入手していたんだがな。……ジオネ、ちょっと代わってくれ。格好つけるから」
「分かりました」
と、ここでクラッシュとジオネさんのポジションがチェンジ。
「あ、なんかそれらしくなった」
スーファもしっくりときた模様。
「無線で情報を集めていたんだがな。実は今日既にセガールとエニックが一戦交えていた事が判明した」
「えっ!もう戦争始まっているって事かっ?」
「その通りだ。エニックはセガールとの国境に2万の軍勢で布陣していたからな。それにセガールがついに応戦したって形だ」
クラッシュは事も無げに言っているが、2万というのは尋常な数字ではない事は俺でも分かった。自分のいる世界で、自分のすぐそばで戦争が起きている。平和な平成現代の日本で育った俺としてはこの事実はかなり重い。
「初戦はどちらが制したの?」
俺が事実に圧倒されていると、横からスーファが質問をぶつける。
「初戦もくそもねぇよ。セガールの圧勝だ。エニックは2万の軍勢がほぼ壊滅。対してセガールは無傷だ」
「な、なんだそりゃっ。無傷って、いくらなんでもそんな訳はないだろう!」
言いながら俺は、日本の戦国時代の豊臣秀吉を思い出していた。確かあの人も水攻めとか兵糧攻めで戦わずに勝ったという逸話が有名な人だが、まさかセガールもそんなとんでも戦法を用いたのか。
「百聞は一見に如かず。映像がある。それを見れば一発で理解できる……といいな」
なんともいやな切り口だが、とにかくその映像とやらを見る事にした。
魔力で生成されたスクリーンに映し出されたのは、エニックの軍勢が国境に向けて攻めてくる様子を俯瞰気味に映した映像だった。山の上からでも撮っているのか。
「これはついさっきセガールの通信網に紛れ込んでいた奴だ。そろそろ現れるぞ」
「現れる?」
クラッシュの言い方に、俺は何かセガール側が新兵器でも投入するのかと思ったが、しかし画面に『現れた』のは、俺の想像を遥かに超えるものであった。
「なんだありゃ」
画面の左側、セガール側の方から黒い雲、の塊みたいなものがゆっくりとエニック軍の方に近づいていく。
「雲、じゃねぇよな。なんなんだよあれは」
「俺が聞きたいくらいさ。さぁ、よーく見ときな。ここからが本番だ」
クラッシュに言わなくともと俺は画面を見る。
瞬間、黒い雲が稲光を発し、稲妻は地上を直撃した。
エニック軍の兵士達はその直撃を受け紙くずのように吹き飛んでいく。
「な、なんなんだよあれは!」
という俺の混乱をあざ笑うかのように雲は次から次に稲妻を発し、地上のエニック軍を焼き尽くす。
途中からエニック軍は退却を始めるが、しかしそれでも雲は情け容赦なく地上を焼き続けた。
結果、登場からわずか数分でエニック軍は壊滅。セガール軍は姿すら現さずに謎の黒雲のお陰で勝利を収めたのだった。
「めちゃくちゃだろう。なんだよあれは」
俺は何度目か分からない悪態をついた。
「なぁ、お前もそう思うだろう?」
と、俺は横に立つスーファに同意を求めた。
すると、スーファは目を見開き口で荒く呼吸をしている、普通ではない状態で画面を凝視していた。
「お、おい。一体どうしたんだよっ?」
俺が肩を掴むと、スーファは一言だけ口にした。
「あれは、ファミよ」




