[28]リーコン家についての回想・後編
「やめて!その子を離して!」
「姉様!助けて下さい!姉様!」
スーファは地面に押さえつけられ、ファミも二人の賊に拘束されていた。
二人は捕まった。賊は一人でなく複数、逃げる間もなく二人は捕まった。
「さて、目標は確保した。さ、運ぶぞ」
賊の頭目と思われる男が言うと、賊は二人に布の袋をかぶせようとする。
「姉様……っ!」
スーファの視界に映るのは助けを求めるファミの顔。
もう自分には妹を守る為に何も出来ないのか。そんなのは嫌だ。こんなところで終わるのは嫌だ。
スーファの中で、その感情はピークに達した。
「やめてっ!」
ぴたり。と止まった。
スーファが叫んだ瞬間、賊の動きが止まった。
「おい、何やってるんだ早くしろ!」
頭目が苛立った口調でそう言うもしかし部下達は一様に戸惑った顔で首を傾げる。
「いや、あの、なんでだか分からないんですが体がこれ以上動かないんですよ」
「はぁっ?」
一体何が起こっているのか。賊どころかスーファ達でさえ分からなかったが、しかしスーファはこの時を好機と考えた。
だから、もう一度、叫んだ。
「ファミ……っ。お願いっ」
精一杯の意志を込めて、スーファは叫んだ。
「逃げてっ!」
瞬間、一陣の風が一同の間を通り抜けた。
その風はファミを捉え、そしてその小さな体を持ち上げた。
なんでこんな事が起きているのかなんてスーファには分かるはずもなかった。でも、今はそんな事よりも先に口がまず動いた。
「行って……っ!」
轟と吹き荒れる風は狙いすましたかのようにファミの体だけを運び、窓の外へと運び出した。
その様子を見送るスーファの体に、重石のような疲れが突然襲い掛かる。
同時に強烈な眠気がスーファのまぶたを下ろそうとする。もし今ここで寝てしまったら自分はどうなってしまうのだろうか。スーファは一瞬でもそんな心配をしたかもしれないが、しかし妹を逃がすことが出来た満足感かそれとも疲労のせいかそれ以上の事は何も考えずに眠りに落ちてしまった。
それからどのくらいの時間が経った頃か、スーファは目を覚ました。
見慣れぬ部屋。しかし内装から調度品に至るまで見た目にも鮮やかで品の良いところを見るにここは貴族階級の人間が住む場所なのではないかとスーファは思った。
「目が覚めたようだね」
部屋の扉が開き、一人の男性が入ってくる。
スーファはその人物に見覚えがあった。
「ウインド、皇子殿下……?」
それは間違いなくこの国の皇子ウインドであった。しかし彼がなぜここにいるのか、その理由はまるで思い当たらなかった。
そんなスーファを見てウインドは軽く微笑む。
「状況が飲み込めない。そんな顔だね」
「あ、いえ、その……」
見破られた恥ずかしさよりも、ウインドの整った顔を直視する事が出来ずにスーファは言葉を濁し目を逸らしてしまう。
「まぁ無理もない。僕が君の立場でも同じような事になるのは目に見えているからね」
ウインドは言いながらスーファの横になっているベッドの脇の椅子に腰かける。
「ここは首都の宮殿さ。言うまでもなくセガール帝国のね」
「私は、一体……」
「君が賊に捕らえられそうになっているのを軍の警備兵が見つけてね。なんとか救出したって事さ」
そう言って、ウインドはさらに言葉を続ける。
「あの日、リーコン家の屋敷の周辺で不穏な動きがある事は宮殿側も察知していたんだ。それで、君のお父さん、マリオルド氏を対策の打ち合わせの為宮殿に呼び出した」
スーファはすぐにウインドの言う『あの日』がいつの事なのかを理解した。しかし、『あの日』という表現だけは少し引っかかった。
「そしてその帰り道、マリオルド氏は賊の襲撃に遭い命を落とされた」
「え」
ウインドの口から出てきたその言葉に、スーファは耳を疑った。
「あぁ、すまない、君は初耳だったか。マリオルド氏と、その妻デイジー氏は既に亡くなられている。いずれも賊による犯行だ」
ウインドは更に言葉を重ねるが、スーファはまるで付いていけなかった。
「父様と、母様が……」
脳内がぐちゃぐちゃにかきまぜられていくような感じ。スーファは何からどう考えていいのか分からなくなり頭を抱える。
「君の悲しみはよく分かる。言うべき時を待とうかとも思ったが、しかし遅かれ早かれ君は知る事になる事だと思ったから」
「い、いいえ。大丈夫です。大丈夫です……」
スーファは大量の息と共にか細く言葉を吐きだす。
「い、妹は、ファミは大丈夫でしょうか……っ」
そして次にファミの事に頭が行き着いた。自分ですら両親の死にこれだけ動揺しているのだ。幼い妹が一体どれだけ悲しんでいる事か。早くそばに行ってやりたい。スーファの心はその願望で満たされた。
しかしその願望はウインドの次の言葉で打ち消される。
「あなたの妹、ファミさんは今、罪を犯し国外に逃亡しています」
「……え」
目の前の人が何を言っているのか分からない。スーファはそんな思いにすら駆られた。
「一昨日の事になるだろうか。ファミさんは魔力の貯蔵庫に不法に侵入し貯蔵されていた魔力を使用している。不法侵入と魔力の不正使用、この二つの罪で彼女は指名手配されています」
「そん、な」
「辛いだろうね。でも、残念ながら僕は真実しか話していない。酷かもしれないが、君はこの真実を受け止めるしかないんだ」
ウインドは力強くそう口にする。
「でも、私は、一体どうしたら」
スーファは頭を抱え息荒く呼吸をしながらかすかに言葉を紡ぐ。
「強くなるんだ」
そんなスーファの肩にウインドは手を置く。
「君にはとても強力な魔力の素養がある。その力をうまく使えば君は強くなれる。そしてファミさんを救いだす事だって出来るかもしれない」
「本当、ですか」
先ほどよりも少しだけスーファの声に感情がこもる。
「ああ、本当だとも」
ウインドはそう言って頷いた。その時のウインドの顔がスーファにとっては全ての救いにも見えた。
そう、この時だけは。




