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[27]リーコン家についての回想・中編

セガール帝国中央宮殿。世界一巨大で硬い鉱石の塊を削り出して作ったとされる荘厳な佇まいのその場所に、スーファ達の父マリオルドはいた。


「我々一族の問題であるにも関わらず色々と便宜を図っていただき恐縮でございます、ウインド殿下」


「私が今こうして皇子としてこの国にいられるのはあなたのお陰です。これくらいの事は当然の責務と言えるでしょう」


そこは宮殿の一室。椅子やテーブル、ソファーやその他調度品はシンプルではあるが全て手に入れるには大量の金貨が動くであろう豪奢な物。そして、部屋の主、ウインドの趣味であろう壁に飾られた獅子の首の剥製が部屋全体に力強い色を与えていた。


ウインドは皇子、つまり皇帝陛下の実の息子という事になる。それだけの地位を持つ者が貴族とはいえ自室に招くというのはかなり珍しい事でありマリオルドにとってはそれだけウインドに信頼されている名誉の証といえる。


「あなたがいなければ私は危うく兄殺しの汚名を着せられるところだった」


ウインドの口にした不穏当な言葉。それはこれより1年前に遡る。


セガール帝国第一皇子、ウインドの兄に当たるスティルブ皇子が郊外の森に狩りに出かけた際に謎の死を遂げるという事件が起こった。


その報はすぐに帝国全土を駆け抜け、国を挙げての犯人探しが始まった。


捜査は難航した。そして真実が明らかになるまでの間に、セガール帝国の首都ではこんな噂が流れた。


『スティルブ皇子を殺したのはウインド皇子なのではないか』と。


スティルブ皇子は皇位継承権第一位。第二位であるウインド皇子が皇帝の位を得る為に兄を手にかけたのではないかという噂が流れ始めたのだ。


しかもウインドは帝国の軍事の面にも多く携わり、反乱勢力の鎮圧の為に自ら司令官として出陣した経験まで持ち合わせていた。


ウインド皇子は軍の手練の兵士を使いスティルブ皇子を暗殺した。それは何一つ証拠のない妄言であったはずなのだが、事件の真相が明らかにならないままいたずらに時が経過していく中で、噂は尾ひれを巨大化させて国中をあたかも真実の如く泳ぎまわっていた。


そうなってくると帝国側もそれを放置させておく事もできなくなり、一時ウインド皇子を首都から離れさせる計画もかなり具体的な段階まで構築された。


そこで現れたのがマリオルドであった。彼はいくつかの状況証拠を使い犯行はウインド皇子ではありえないという事を証明してみせたのである。


悲劇の皇子を救う一貴族の姿。そのなんとも民衆の好みそうな題材に、帝国側は手の平を返すようにウインド皇子の擁護に回った。


元々ウインド皇子が犯人という説も特に根拠のない噂。民衆もすぐにウインド皇子を悲劇のヒーローに見立てた物語へと乗り換えた。


こうして、ウインドは犯人の疑いを逃れ、晴れて正式に皇位継承権第一位の座に就いた。


事件の真相は明らかにならないままに、物語はハッピーエンドを迎えたのであった。


「あの時あなたが助けてくれなければ今頃私は僻地にでも幽閉されていたか、それとも牢獄行きだったか……本当にあなたには感謝しています」


「私は真実を解き明かそうとしたに過ぎません。それ以上のお言葉は私には過ぎたるものになってしまいます」


マリオルドが謙遜の言葉を口にし、そこで会話が途切れる。


ウインドがお茶を口にし、言葉を繋げる。


「さて、そろそろ本題と参りましょうか」


ウインドは部屋の入口に待機していたメイドを下がらせると、先ほどよりも真剣な目で言葉を紡ぐ。


「マリオルド殿、やはり私の提案は受け入れていただけないのですね?」


「……はい。妻とも相談しよく考えたのですが、やはりファミを遠方に預ける訳にはいかないと」


「そうですか。西の地方には体内保有魔力について詳しい私の知人がいるのですが……その者にファミさんをお預けになれば更に詳しい事が分かるかもしれない」


「ですが」とマリオルドは強い口調でウインドの言葉を遮る。


「まだ娘は幼い。ウインド様の申し出は大変ありがたいものではございますが、しかし、もうしばらくはこの地で我々家族と共に過ごし、その中で今後の事も考えていきたいと思っています」


マリオルドの言葉は力強く響いた。ウインドは一瞬気圧されるような様子になったものの、すぐに表情に笑みを取り戻す。


「分かりました。確かに家族と共にあればこれほど心強い事はない。私の提案に関しては一旦忘れて下さい」


「申し訳ございません」


「いえ。しかし何かあればすぐに言って下さい。私はあなたの味方なのですから」


そう言うウインドに、マリオルドは少し目を潤ませながら、静かに一礼をした。


そうしてしばらく後、マリオルドはウインドの部屋を後にした。


「ふぅ……」


ウインドは椅子にどっかりと座ると、お茶を一気に飲み干す。


そんなウインドに近寄る影が一つ。


「なんや、うまくいかなかったみたいどすなぁ」


紫色のローブを身に纏い、丸い片眼鏡をかけた女、ヒポリトであった。


「ああ、あそこで素直にうんと頷いていればいいものを。家族の情だかなんだか知らないが、その程度の理由で貴重な『鍵』をいたずらに手元で遊ばせておこうなどと奴の気が知れぬ」


ウインドはテーブルに組んだ足を乗せ、大きめのため息をつく。


「と言う事は、手は打つという事でよろしいんどすね?」


「ああ、進めてくれ」


「ほんなら、ツルク達にも伝えておきますわ」


そう言って、ヒポリトは部屋を出た。


「……さて、始めるか」


ウインドは小さく、しかし確かな意志をもってそう呟いた。











…………。

……。


マリオルドを乗せた馬車は、首都を抜け郊外の平原を抜けようとしていた。


外は既に陽が落ちかけており、曇天の空のせいで夜のような暗さをなっていた。


「思ったよりも用事が早く片付いて良かった」


「そうですね、旦那様。しかし屋敷の方には今日帰ると伝えてはいませんがよろしいでしょうか?」


マリオルドの対面に座った彼の秘書が少し不安そうな声を出す。しかしマリオルドはそれを笑い飛ばし、


「いや、それを逆手にとっていきなり帰って皆を驚かせてやろうと思ってな」


「それはそれは。旦那様は考える事がお若いですな」


秘書もつられて笑う。


「そうかな?」


「そうですとも。それにそのような事が出来るのもご家族の仲がよろしいからこそ。結構な事かと存じます。ただ、皆さまの機嫌がどうなるかについてはいささかの不安はございますが」


と、さっきよりも幾分かいたずらっぽい口調になった秘書の言葉に、マリオルドも笑みを崩さず、


「なに、多少怒っても大丈夫だ。ちゃんと策は打ってあるからな」


と、マリオルドは横に置いてある箱を見る。


「妻と娘は甘い物に目がないからな。これを渡せばすぐに機嫌を直すさ」


「いやはや、そこまで考えておいでとは。感服致しました」


「なに、愛する家族の事と思えばむしろ楽しいくらいさ」


マリオルドはそう言って笑い飛ばす。


その時、急に馬車が止まった。


「どうした?」


「何事かあったのでしょうか。少し様子をっ」


秘書が振り向こうとした瞬間、彼の胸から尖った金属が飛び出してきた。


「なっ」


マリオルドは驚き固まる。一体何が起こっているのか分からない。目の前で秘書は痙攣しながら地獄の形相で声にならない声を発している。


そんな時間が数秒でもあっただろうか。秘書の胸を貫いた刃は引き抜かれ、彼の体は床に崩れ落ちる。


「お、おいっ!おいっ!」


マリオルドは秘書の体を揺さぶり声をかけるが、既に事切れているのか一切反応がない。


「い、一体何がっ」


「メガ暗殺ってやつですよってね。マリオルド・リーコン」


甲高い声が響渡り、マリオルドの前に一人の少女が現れる。


髪の色から服の色までピンク一色のその少女の手には、血に染まった刃が握られていた。


それは、先ほど秘書の体を貫いたそれと同じ刃。


「何者だ、貴様っ!どこの手の者だっ!」


「答える義理はメガない。というかこれから死ぬ人間に答えてもメガ意味がない」


そう言って少女は刃を振り上げる。


「という訳でギガ死んでください」


瞬間、馬車は鮮血に染まった。


3-15


その晩はひどい土砂降りであった。雷も鳴り、その青白い光が轟音と共に屋敷の中を照らす。


「嫌な夜ね」


スーファは寝間着になりベッドの上で髪を梳かしながら呟いた。


その時、彼女の部屋のドアがノックされる。


「はい?」


こんな時間に一体誰だろう?そんな事を疑問に思ったスーファ。


扉が少しずつ開き姿を見せたのは、彼女の妹、ファミであった。


「ファミ?どうしたのこんな時間に?」


姉に問われたファミは、彼女も寝間着姿で、枕を後生大事そうに抱えて、青ざめた顔でふるふると震えていた。


「ちょっと、本当にどうしたのっ?何かあったの?」


妹の様子に不穏なものを感じ取ったスーファは慌てて妹に駆け寄る。


そして床に膝をつきファミの顔をじっと見る。


「どうしたの?」


そして努めて優しく尋ねると、ファミは震える声でこう返した。


「かみなり、こわい……」


と。その瞬間スーファはほんちょっとだけずっこけたい気持ちに駆られた。ほんのちょっとだけ。


でもそれ以上に、大事があった訳でもないという安心と、雷を怖がる妹への愛しさの方が勝り、スーファはファミを抱きしめた。


「もう、仕方ないわね。じゃあ今日は一緒に寝る?」


「は、はい!」


その言葉を待っていたのであろう。ファミは即答で頷いた。その分かりやすさにスーファは苦笑するしかなかった。


「ふふ。じゃあさっさとベッドに入りましょう。このままいたら体が冷えてしまうわ」


スーファはファミと一緒にベッドに入る。


「こうして二人で寝るのも久しぶりね」


と、ちょっとだけ感慨にふけっているところでスーファはふと思った。


「あれ?でも雷が鳴った事なんて今までいくらでもあったわよね?その時はどうしてたの?」


素朴な疑問。それに対しファミは、


「今までは母様の所に行ってました」


と答えた。そうかなるほど、とスーファは一瞬納得しかけたが、また更に疑問が湧いてくる。


「あれ?今日は母様の所には行かなかったの?」


「行きました。でも母様はいなかったので」


「いなかった?」


ファミは頷く。


「なんでも報せがきて慌てて出かけて行ったらしいです」


「慌てて、ねぇ。何か良くない事でもあったのかしら」


スーファは数瞬考えた後、しかし特に見当もつかなかったので考えるのをやめた。


それから二人で他愛もない話を少しした後、やがてファミから可愛らしい寝息が聞こえてきた。


「ふふ……」


その寝顔を見て、スーファは自然と笑みがこぼれた。


自分の事を大事にしてくれる両親がいて、可愛い妹もいる。今、自分はとても幸せだと。そう心底から思っていた。


そんな彼女が枕元に人の気配を感じたのは、その直後の事であった。


「誰?」


スーファはその人影に顔を向けようとする。


しかしスーファの顔はその何者かの手で抑えつけられる。


眠りに落ちかけていたスーファの頭脳はそこではっきりと覚醒し、これが異常な事態である事を全身で感じた。


隣にはファミが、妹が寝ている。この子に怖い思いはさせたくない。でもこの誰かの目的がもし私達だとしたらファミも危ない。


スーファの頭の中でそのような思考が繰り広げられ、そして彼女はその結論として、


「誰かぁっ!」


叫んだ。大音声で子をあげた。


「ふぇ……?」


隣のファミも寝ぼけ眼を開く。でもそれでもいい。誰かがこの部屋に駆けつけてくれれば。


そう考えたスーファの喉元に、冷たい感触がそっと当てられる。


「無駄だ」


低く通った声。スーファの耳元に顔を近づけたその何者かは言葉を繋げる。


「もうこの屋敷にはお前達以外に生者はいない」


「え」


生者はいない。その意味に気づき、そして視界の端に自分に押し当てられた冷たい何かの正体、銀色に鈍く光る鋭い刃を見たその瞬間、彼女は自分の血の気が引いて行くのを感じた。


屋敷には自分達以外にも数人の使用人が住んでいる。この何者かはその全員の事を言っているのだろうか。スーファの脳裏に今日も普通に顔を合わせ言葉を交わした使用人達がよぎっていく。


「だからいくら声を上げようがなにしょうが助けに来てくれる連中なんていない。だが、もしこれ以上騒ぎ立てるようなら」


スーファの喉に当てられていた冷たい刃が今度はファミの方に向けられる。


「こっちで可愛く寝ぼけている妹ちゃんの綺麗な顔に傷がつく事になるぞ」


瞬間、轟音と共に稲光が部屋を照らし、刃が白く光る。


それを見た瞬間、スーファの中で何かが弾けた。


「分かったら大人しく」


「……れて」


「あ?なんか言ったか?」


その何者かはスーファの顔を覗きこもうとした。


その直後だった。


「離れてって言ってるのよっ!!」


スーファの口から放たれた大音声。


「うぐぁっ!?」


何者かの体は弾かれるように吹き飛ぶ。


そのまま窓ガラスを突き破り、豪雨の中に放り出される。


「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」


スーファは割れた窓ガラスを見つめながら乱れた息を整える。


額からは粘ついた汗がどろりと整った顔を這って落ちていく。


「今の、なに……」


今、侵入者は何かの力で吹き飛んだ。


一体なぜ吹き飛んだというのか。


「私が、何かやったの……?」


スーファは雨が激しく吹き込んでくる窓を見つめながら、誰に問う訳でもなくそう呟いた。


そうして茫然としていたが、しかしすぐにはっと我に帰る。


「ファミ!ファミ!起きて!」


逃げないと。その一心でスーファは妹の体を揺さぶる。


あの男がここに戻ってくる可能性、仲間がいる可能性など、スーファの中を様々な可能性がぐるぐると廻っていく。


だが今は細かい事はどうでもいい。とにかく逃げないと。


スーファは寝ぼけているファミを無理矢理抱えると、ベッドからおろして立たせる。


ファミの方はまだ状況が飲み込めていない様で、半開きの眠そうな目をこすっている。


「ねえさま?いったいどうしたというのですか」


ふにゃふにゃと眠たげに体を揺らすファミ。


「ファミ、早く上着を着て。逃げるわよ」


「にげる?」


ファミはきょとんとした顔で首を傾げる。


「そうよ。どこでもいいから人のいる所へ。分かったわね」


真に迫る姉の様子にファミも何かただならぬものを感じたのか、それまでよりも幾分かはっきりとした表情で頷くと、言われた通り上着を羽織った。


「じゃ、行くわよ」


スーファはファミの手を引き、部屋の出入口へ。


廊下の様子を伺い、誰もいないのを確認する。


「ね、姉様。一体なにがあったというのですか?」


ファミは怯えた様子で姉の手を握る。


「誰かが屋敷に侵入したみたい。そいつらに見つからないうちに逃げるのよ」


スーファはしっかりと妹の手を握り返すと、部屋の出入口へと向かった。


そっと廊下の様子を伺う。暗くてよく見えなかったが、近くに人の気配はなかった。


「よし……ファミ、行くわよ」


「は、はいっ」


スーファはファミの手を引っ張りながらゆっくりと廊下を進む。


夜の暗さで視界は奪われ、加えて外の大雨のせいで他の音がまるで聞こえてこない。


それはスーファにとってかなりの恐怖であったが、しかし妹を守ろうという固い意志が彼女を奮い立たせていた。


そうして一歩ずつ一歩ずつ廊下を進むスーファ達。


「……ふふ」


緊張感漂う中で、なぜかスーファは急に笑いを漏らす。


「ど、どうしたのですか姉様?」


当然かファミは驚いた顔で姉の顔を見上げる。


「ごめんね。でもね、なんだかこんな風にファミに頼られてるのっていつぶりかなって思ってさ」


スーファ自身、今のこの状況でそんな話をするのはどうかとも思った。でも、こうして二人寄り添いながら歩いていると、自然と彼女の口からはぽろぽろと言葉がこぼれてきた。


「ほんの少し昔までは何かあるとすぐに私の事を頼ってくれたのにね」


「そ、それはっ。わらわとて立派な女に近付いている証拠です!」


「立派な女が雷を怖がるかしらね?」


「む、むぅぅぅ……っ」


スーファがわざと意地悪く言うと、ファミは言い返そうにも言葉がないのか悔しそうに小さく唸る。


「あと、その喋り方もよ。ファミがお婆様の事が大好きだったのは知っているけど、その喋りはもう癖みたいなものなのかしらね?」


「癖って言わないで下さい!わらわはお婆様を尊敬していたからこそこの喋り方をしているのですから」


「そう。まぁ、なんか可愛いからいいわ」


そうやって喋っている内に幾分か緊張をも和らいだか、スーファ達は慎重に、しかし確実に廊下を進む。


スーファ達の間に、それとなくではあるが、このままどうにか助かるのではないかという雰囲気が漂い出す。それは姉妹の他愛もない会話が生み出したものではあろうが、しかし、


それはあくまで雰囲気に、淡い幻想にしか過ぎなかった。


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