[26]リーコン家についての回想・前編
ジンがこの世界に呼ばれる数日前の事。セガール帝国・リーコン家の屋敷。
緑に囲まれた自然豊かな場所に建つリーコン家の屋敷。そこにファミはいた。
よく手入れされた庭で愛犬と戯れていた。
「あははっ!やめるのじゃオリマー!」
着ていた綺麗なドレスが汚れるのも構わず庭にごろんごろんと転がりながら遊んでいた。
どれくらい遊んだだろうか。屋敷の方からファミを呼ぶ声が聞こえた。
「ファミちゃん、お茶にしましょう」
「ファミ、戻っておいで」
少女が屋敷の方を見ると、庭と繋がっているテラスに母デイジーと、年の離れた姉スーファの姿があった。
二人は笑顔でファミに手を振っている。
ファミは愛犬とオリマーと一緒に二人のいる方へと駈け出した。
「うわ。ファミったらドレスが埃まみれじゃないっ」
スーファが「全く」と言いながら埃を手で払っていく。その様子を見た侍女が慌ててすっ飛んできたが、彼女に対してスーファは「新しい服を持ってきて」と何食わぬ顔で告げた。
「仕方ないのです。オリマーがわらわに飛びついて離れなかったのですから」
「だからって淑女が泥だらけじゃ格好がつかないわよ」
スーファはため息をつく。に対して母は上品に笑いながら、
「いいじゃないの。元気がないよりはあった方がいいに決まっているもの。うん、私はそんなファミちゃんが大好きよ」
と言ってファミを抱きしめる。
「えへへ」
ファミも嬉しそうに頬を緩める。
「全く、母様はファミに甘いんだから」
「あら?私はもちろんスーファちゃんの事も大好きよ」
と、今度はスーファに抱きつくデイジー。
「うぇあっ!?やめてよ母様っ。もう私20になるのよっ。もうこういうのは卒業したのっ」
スーファはぐいと母を引きはがす。するとデイジーは不満そうに口を尖らせる。
「ぶぅ。スーファちゃんのケチ」
「お姉様。ケチはいけないと思います」
「えぇ……。なんで私が悪いみたいな流れになっているの」
スーファは話の流れについて行けず、というかなぜこんな流れになっているのか理解出来ずに首を大きく傾げる。
その顔を見てデイジーは笑う。つられてファミも笑う。最終的にはスーファも笑って、3人の明るい笑い声が辺りに木霊する。
「なんだか楽しそうだな」
「あなた、お帰りになっていたのですね」
現れたのは、リーコン家当主にしてスーファ達の父でもあるマリオルドであった。
「ああ、今日はこれから首都に赴かねばならなくなってな。その準備に立ち寄ったんだ」
「あら、そうなのですか?これから首都へという事は、今夜は……」
「あちらに泊まる事になるだろうな」
「そうですか。残念ですわ、せっかく家族で過ごせると思いましたのに」
娘達を差し置いてデイジーが一番残念がっている。マリオルドはそんな妻の肩に優しく手を添える。
「すまない。私も君や娘達と過ごす時間が減ってしまうのは身を裂くような思いだよ」
「あなた……」
「デイジー……」
見つめ合う二人。を呆れた目で見るスーファとなんとなく見ているファミ。
「……うほん!」
スーファが大きめの咳ばらいをすると、マリオルドとデイジーは我に返ったかのように距離をとる。
「母様と父様は仲が良いのですね」
「そうね。ただ子供の前ではちょっと考えてほしいわよね」
やれやれ、とスーファは首を振る。
「ふむぅ……スーファも年頃という訳か」
「そうですね、あなた」
マリオルドとデイジーは一転難しい顔になりスーファを見る。
「いや、なーんでそうなるのよ」
スーファは今日、というかこの数十分で何度目か分からないため息をついた。
「さて、家族と過ごす時間を終わらせるのは惜しいが、もうそろそろ支度をしないとな。デイジー、少し話したい事があるから来てくれないか」
「はい、あなた」
「では、娘達よ。また今度ゆっくりと家族の団欒を楽しもう」
そう言って二人は屋敷の2階へと向かう。
それとは入れ違いに侍女が入ってくる。
「ファミお嬢様。新しいお召し物の準備が出来ました。どうぞこちらへ」
「分かったのじゃ。では姉様、わらわは着替えてまいります」
「はい、いってらっしゃい」
ファミと侍女は着替えのある部屋へと向かう。
残されたスーファは、なんとなくテラスの椅子に腰を落ち着かせる。
スーファの横では愛犬のオリマーがおすわりをして彼女の事を見上げていた
「ふふっ……いつもファミの相手をしてくれてありがとうねオリマー」
と、その毛並のいい頭を撫でようとした時、ふとオリマーが何かを咥えている事に気付いた。
「これは……父様の万年筆?」
スーファは手にとってみる。するとそれは間違いなく父マリオルドの万年筆だった。
「あら、父様ったら落としたのね。普段あんなに大事そうに使っているのに」
スーファは万年筆を、まずは拭いてから、マリオルドの元へと届けようと2階に向かった。
「あんな風に母様と年も考えずにいちゃいちゃしているから落とすのよ。というか今も部屋の中で変な事してるんじゃ……」
スーファは気まずい不安に駆られ、両親がいるであろう部屋の前で一瞬入るのをためらってしまう。
「って、別に私が悪い訳じゃないんだから堂々と入ればいいのよ」
と、扉をノックしようとしたその時、
「では、やはりあの子が『鍵』なんですね」
中からデイジーの、やたら沈んだ声が聞こえてきた。
「ああ、先日の検査の結果、それに相応する魔力を有している事が判明した」
マリオルドの声もどことなく暗い。
スーファは普段とは違う両親の様子になんとなく入るタイミングを失い、扉の前で中の会話に耳をすませる。
「でも、『鍵』はもう数百年も現れず、既に失われたと言われていたのでは」
「帝国の魔法学者の意見はそうだった。アレを復活させる『鍵』となり得る魔力の保有者はもう遺伝的な見地から見て現れない、とな」
「だったらなんで……」
「分からない。どのみちこれからその事について話し合ってくるつもりだ。なに、君が心配するような事にはならないさ」
「はい」
普段は聞かない母の弱弱しい声にスーファは戸惑う。
二人の会話に出てくる『鍵』とはなんなのか?あの子、という言葉を使うという事はもしや自分達姉妹の事を言っているのか。スーファはそんな事を考えた。
「では行ってくる。留守を頼んだよ」
「はい、あなたもお気を付けて」
扉の方に近付いて行くる足音。スーファは一瞬逃げ出そうとする衝動に駆られたが、しかしそんなの間に合わないし中途半端に発見されるくらいならば堂々としていた方が怪しまれる事もないだろうと思いそのまま扉の前に立っていた。
「おや?スーファか、何か用かい?」
出てきた父の顔はいつもの優しいそれだった。スーファはその事に安心しつつ、万年筆を手渡す。
「父様。これがテラスに落ちてました」
「おっと、それは私の。ありがとうスーファ」
マリオルドは笑顔で万年筆を受け取ると、それを懐に収める。
「では、私は出掛けてくるよ」
「はい、行ってらっしゃいませ」
スーファも笑顔で恭しく礼をしてマリオルドを送り出す。
いつものように、送り出していった。
それから間もなくして、着替えを終えたファミがやってきた。
「あれ?姉様、父様は?」
「もう出られたわよ」
「あ……そうなのですか。わらわもお見送りをしたかったのですが」
ファミは残念そうに肩を落とす。
「すぐに戻られるわよ。いつもの事じゃない」
スーファはそう言って妹の頭を撫でる。
「そ、そうですね。わらわとした事がこんな事で弱気になるなど……」
「いいんじゃない?娘としてはこれほど殊勝な事もそうそうないわよ」
スーファは微笑む。
そうして、いつも通りの日常が過ぎていく事になんの違和感も疑問も抱かないまま、その時は訪れる事になる。




