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[19]残された希望フラグ


「ここが、そのポイントか」


俺達は山間の、線路を見下ろす事が出来るポイントへと来ていた。


「うん。今列車はこの手前の海沿いの道を走っているんだって」


「オッケー。じゃあ、皆とはここでお別れだな」


俺は熊の頭を撫でる。


すると熊は不満そうに唸り声をあげる。


「お前もファミの事を助けたいか。でも、ここからは本当に危険な戦いになる。それに列車の中じゃお前らみたいな体のでかい奴らは戦えないだろう」


「大丈夫だよ。ファミは私がちゃんと助けてくるからね」


タマは胸を張って自信満々に言う。すると熊達は承知したと言わんばかりに頷いた。


「ああ、必ずあいつの事は連れて帰るからな」


そう言うと、熊はぶふんと鼻を鳴らす。頼んだぞとでも言ってくれているのだろうか?


「ジン!そろそろ列車が来るよ」


タマの獣耳が反応している。俺の耳にはまだ何も聞こえてこないのだが、彼女の耳はしっかりとその音を捉えていたらしい。


そして、それから数十秒後、ようやく俺の耳にも列車が走る音が聞こえてきた。


チャンスは一度きり。失敗すれば、どう考えても死ぬ。


「じゃ、はいジン」


「え?」


緊張に息を飲む俺を、タマは軽々と、いわゆるお姫様抱っこする。


するのもされるのも人生初体験。出来ればするほうが良かったなー。


というか、まぁこうなる事はなんとなく予想がついた。と、俺は前回のミロクに乗り込む場面を思い出していた。


「行くよ、ジン」


「ああ、頼むぞタマ」


男子としては少々情けない体勢でも気合いは十分に、タマは眼下を走り抜ける列車の屋根に飛び移った。







ガコン。と小気味良い音を立てながら列車の天井部分を開き中へと潜り込む。


俺達が乗り込んだのは最後尾。ここから前に向かって順番に車両を調べていくという作戦だ。


色々とギリギリな作戦だが、しかしファミを助ける為にはなんとしてでもやり遂げる他に道は無い。


「行くぞ、タマ」


「うん」


俺とタマは前進を始めた。


途中数人の兵士と出会いはあいたものの、しかしそのことごとくをタマが蹴散らしてくれた為、行軍は至って順調。このまま何事もなくファミの元に辿り着ければいい。なんて俺は楽観的な事を考えていた。


「まぁそんなにうまく事が運ぶとは思えないけどね」


「ん?ジン、何か言った?」


タマは、数えて7人目の兵士を蹴り飛ばしながら、可愛らしく首を傾げる。獣耳半端ねぇ。


「いや、タマのお陰で順調にここまで来れたなって思ってさ」


これも本当の事だ。もし彼女がいなければ列車に乗り込めたかも怪しい。


「えへへ。ジンの役に立てたなら良かった」


タマははにかみながら笑う。


「さぁ!次の車両へ行ってみよー!」


タマは元気よく前の車両へと進む。


そして俺もそれに続こうとする。


しかしそれを阻むように車両を繋ぐ扉が勢いよく閉まる。


「は?」


なんとも勢いを削いでくる扉だ。と俺は肩をすくめつつ扉を開けようとする。


が、しかし扉はびくともしない。まるでそのまま固定されてしまったかのように。


「な、なんでだっ?」


向こう側でも異変に気付いたのだろう。タマも扉を開けようとしている。


「ジン!離れてて!これ蹴り壊す」


「お、おう」


俺は言われた通り扉から距離を取る。


タマは俺の動きを見てから小さく頷くと、ぐぐっと体を屈める。


そしてそのバネを最大限生かした蹴りが扉に炸裂する。


耳が割れんばかりの轟音。扉越しにだが衝撃も伝わってくる。


「あれ?」


それだけの衝撃をうけたにも関わらずしかし扉は健在。壊れる気配は微塵も感じなかった。


「嘘。あの蹴りで壊れねーのかよ」


タマの蹴りは手心を加えたとしても鉄の鎖にヒビをいれる程の威力がある。ならばこの程度の扉がびくともしないとはどういう事か。


「ジン!もう一発蹴る!まだ離れてて!」


タマも多少戸惑った様子であったが、気を取り直した感じで再びぐっと膝を曲げる。


今度こそ、とは俺もタマも思った事だろう。


しかし、その今度は、永遠に訪れる事は無かった。


一瞬の青白い閃光。それがタマの体に襲い掛かる。


「あぎゃぁぁっ⁉」


「タマっ!」


大きく体を痙攣させ、痛々しい叫びを漏らすタマ。


そして、そのまま白目を剥いて崩れ落ちる。


「おい、タマ!タマっ‼」


俺は扉を叩きながら必死に呼び掛けるが、しかしタマは全く反応しない。時折体が震える程度しか動かない。


一体誰が、とは間違いなくその時考えた。だがそんな事を考える必要は無かった。犯人はすぐ目の前にいたのだから。


「悪いね。魔法で強化されているとはいえ獣人族の蹴りを食らい続けたら耐えられるか非常に怖かったから手を出させてもらったよ」


そこにいたのは、金髪の若い男。その手には今も青白い残光が光っている。


「お前は……っ」


「ああ、自己紹介が遅れたね。僕の名前はウインド・セガール。セガール帝国の第一皇子だ」


と、涼しげな顔でウインドはにこりと微笑む。こうちという人間の底の黒さが滲み出た微笑み。


「なんでタマを攻撃したんだっ!」


こいつが皇子とかそういう情報は正直言ってどうでもいい。問題はその一点だ。


「単純な話だ。この扉を壊されて君とこの子が合流されたら困るから倒したんだよ」


ウインドは片手で軽々とタマの体を持ち上げる。


「何をしやがるっ!」


「何を?とは不可解な事を言うね君は。この子は我々セガール帝国の所有する列車に不法侵入したばかりか多数の兵士を傷つけている。それ相応の罰を与えないとね」


ウインドの手が、タマの持ったその手が再び青白く光り始める。


「やめろっ!やめてくれっ!」


俺はもう夢中になって扉を叩いた。いくら叩こうがそれが俺である限り決して壊れないと分かっているのに、しかし俺はなんとかして扉をぶち破ろうとしていた。


俺のその様子を、ウインドはにやつきながら見る。


「冗談だよ。流石に僕も獣人族とはいえ女の子を傷つけて楽しむ趣味はない」


そう言うと、ウインドはタマを近くで待機していた兵士に渡す。


「だが彼女の罪は罪。我が国の法の下に正しく裁きは下すよ」


「何が罪だ。元はと言えばお前らがファミを誘拐しなければ……っ!」


「そうか。やはり君はあの子の事を追いかけてきたのか」


ウインドは「なるほど」と一つ大きく頷く。


「だとすると君があの治癒能力を持つと言われる男かな?」


「だったらどうするんだよ」


「決まっているだろう。そんな貴重な力を持った人材ならば、是非僕の部下に欲しいね。もちろん待遇は保証しよう」


ウインドは相変わらず薄気味の悪い微笑みのまま俺を値踏みするように見てくる。とても感じが悪い。


「そうかい。ちなみに俺がその治癒能力、なんて大したもんでもないが、その持ち主だよ」


半ばやけくそにそう言うと、ウインドは特に驚いたりする風でもなく冷静な様子で頷く。


「そうか。じゃあどうだい?僕の部下にならないかい?さっきも言った通り待遇は保証しよう。金も女も権力もある程度好きに出来るように取り計らうよ」


「へぇ。ちなみにそこにタマの身の安全も含まれるのかい?」


「それは出来ないな。彼女は罪人だ。しかも獣人族。見逃すわけにはいかないよ」


ウインドは流れるような口調で答えた。


なるほど。それを聞いて答えは決まったぜ。


「熨斗つけてお断りだバカ野郎が」


ウインドの顔が、微笑みから、鋭い睨みへと変わる。薄気味の悪い笑顔よりもそっちの方がよほど信用出来る気がするぜ。


「なるほど。しかし残念ながらバカは君の方のようだ」


「自覚はあるから安心しろ馬鹿野郎」


二度目の悪口。ウインドの睨みが更にきつくなった気がする。割と単純かこいつ。


「ならば、非常に不本意だが、君とはここでさようならだ。だがその前に」


ウインドは後ろの兵士に何か合図を送る。


「なんだ……」


俺がその行動に不審を抱いていると、兵士は隣の車両から誰かを連れてきた。


小柄な少女を。俺の見覚えのある少女を。


「ファミ!」


俺の呼びかけにファミは顔をあげこちらを見る。


そしてみるみる内にその顔が驚きなのだろうかなんなのか分からないがくしゃくしゃに歪む。


「ジン!」


ファミはそしてくしゃくしゃの笑顔のままに俺の名を呼ぶ。


「ジン!なぜ、なぜおぬしがここに……っ」


そのつぶらな瞳から大粒の涙が溢れたのはそれから間もなくのこと。そんなファミの様子を見て俺は笑ってやる。


「お前への文句でまだ言ってなかったのがいくつかあったからな。こんなよく分からん連中と列車で逃げるなんぞ姑息な手は許さん」


「だが、もうわらわはセガールへ。このままではおぬしも……」


「そうはさせない。お前も、タマも、皆助け出して笑ってハッピーエンド。俺達が目指すのはそれだけだ」


それが俺の本心。こんなよく分からない奴らにそれをぶち壊させる訳にはいかない。


「感動的なやりとりの最中に失礼だが」


良く分からない奴筆頭ウインドが俺とファミの間に立つ。


「時間が無いんでね。用件は手短に済ませるよ」


「用件っ?」


聞き返すとウインドはにたりと薄気味の悪い笑みを浮かべる。


「そうだ。なぜ僕が今この場にこの子を連れてきたのか、君には分かるかな?」


「さぁな。分かりたくもないが、どうせしょうもない事であろう事は大体予想がつく」


我ながらこんなにも人に対して敵意を向けられるものだと感心するくらい怒気のこもった睨みをウインドにぶつける。


ウインドはそんな俺の睨みを涼しい顔で受け流している。むかつく奴だ。


「落差だよ」


「は?落差?」


俺はストレートに言っている事の意味が分からなかった。が、


「君は救出目標であるこの子と出会えて、その無事を知って喜んでいる。この子もまた同様に喜んでいる。そういう時こそ落差が生まれる」


「だから落差ってなんの事言ってんだよっ」


「こういう事だよ」


ウインドが軽く手を挙げると、直後に大きく車体が揺れる。


「な、なんだぁっ!」


俺は壁に手を当ててなんとか体を支える。


「てめぇ、なにしやがった!」


「見れば分かるだろう。こういう事だよ」


「はぁ?……はっ!」


本気で意味が分からなかったが、しかし俺は気付いた。徐々にウインドの姿が、というか前の車両がどんどん離れていくこ事に。


「君とはここでお別れだ。精々楽しく残りの時間を過ごしてくれ」


ウインドは楽しげに笑っている。


「安心してくれ。その車両にも独自の推進装置が付いているから止まる事はない。決してね」


「どういう事だよっ」


段々と離れていくウインド。俺は窓を叩く。びくともしない窓を。


「なんという事はない。君にもゆっくりと列車の旅を満喫してもらいたいだけの話だよ。ただ、君と僕らとじゃ行き先が違うけどね」


「待てこら!おい!」


俺は必死に叫ぶが、しかし車両は離れていくばかり。このままでは離れてしまう一方だ。


「ん?でも待てよ……」


俺はよくよくウインドの発言を思い出す。奴はこの車両にも推進装置が付いていると言っていた。それはつまりどういう事だ。


このまま俺を足止めしておきたいなら別にそんな事をする必要はない。出られない車両、止まってしまった列車。十分だ。それ以上何も講じる必要がない位に。


「でもこの車両は今も確実に自力で動いている。そりゃなんでだ?」


俺は考えた。


でも明確な答えには行き着かなかった。


だが、なんと親切な事に答えは向こうからやってきてくれた。


その瞬間、車両はまた大きく揺れた。


俺は倒れないように壁に手をつく。


その時、車窓から見えたのは、


「へ?」


なぜか隣の線路を走るウインド達の列車の姿であった。


「なんで?いつの間に線路分かれたの?」


俺は首を傾げるが、その次の瞬間恐ろしい事を閃いてしまった。


「ちょっと待て。独自に動ける車両。分かれた線路。それってつまり……っ」


瞬間、窓の外から光が射し込む。それは、列車が山間の道を抜けた証。


その先に広がるのは広大な海。そして、


「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


崖っぷちで乱暴に途切れた線路。この車両は全速力でそこに向かっている。


出られない。止められない。この二つに事実が俺を絶望へと、そして、


「ぁ」


車両ごと大海原へと叩き落とした。











…………

……。


「この線路は昔、あっちの線路を使用していたんだ」


ウインドはゆったりと椅子に腰掛けグラスに注がれた酒を飲みながら上機嫌に言葉を紡ぐ。


「しかし崖の崩落によって線路も使用できなくなり、代替としてこちら側の線路が作られた。昔の名残か途切れた線路そのものは残されていた。もちろん線路を変更する交換機は壊されていたがね」


ウインドは酒を飲み干すと、中に残った氷に明かりを当てながらそれを眺める。


「それを我々は修理した。なんの為かと言われれば、そうだな……僕個人が楽しむ為、かな?」


そうして彼は酒のおかわりを兵士に注文した。


その顔には、勝利の余韻、というよりも、敗者の末路を嘲笑るような、そんな色が垣間見えた。


「さて、ソニードにも兵は送った事だし、そろそろあの国も落ちる頃かな?」












…………。

……。



ソニード王国王宮、地下牢。薄暗くじめじめとしたその場所を、しかしその陰湿な雰囲気に不似合いな格好の女が一人駆け抜ける。


ソニード王国王女、クレア。彼女はセガールの魔術師から逃れ、更には大挙して襲来したセガール帝国軍の兵士からのがれる内に、この場所へと辿り着いていた。


「確か、ここから地下水路へと抜けられたはず……」


ドレスが汚れるのも気にせず、クレアは地下牢を駆け抜ける。走るのに邪魔だったのであろう、ヒールのついた靴を脱いで裸足で走っている。


「なんで……こんな事にっ」


クレアは悔しさと悲しさで唇を噛む。今日の朝までは普通に過ごしていたはずなのに、今日も平和に楽しく一日を過ごせると思っていたのに、しかし気付いてみれば父である国王をはじめ国の重鎮達、そして自分の親衛隊長であり良き理解者でもあるバーバラが像にされてしまった。ジンももうこの国にはいない。そして今はひたすら逃げ惑う事しか出来ない状況。


なんでこんな事になったのか。昨日だってジンやバーバラ、タマとその弟達と共にファミの誕生日についてあーでもないこーでもないとろくに進ままない、しかしとても楽しい話し合いをしていたというのに。


だから、今日も平和であると信じていたはずなのに。


「……はぁっ」


クレアは胸にたまった嫌な気持ちを空気と共に押し出す。


今、自分が立ち止まる訳には、捕まる訳にはいかない。なんとか逃げ延びて、どんな方法でもいからこの状況を好転させる手立てを探さなければいけない。


でなければ、自分を助ける為に命を賭してくれた『友人』に申し訳が立たない。


「バーバラ。必ず助けてあげる。絶対に……」


クレアは真っ直ぐに前を見据えると、そのまま歩きだす。


が、その眼前をいきなり現れた明かりが照らす。


「いたぞ!こっちだ!」


それはセガールの兵士であった。


「しまったっ!」


クレアはすぐに反転すると兵士とは逆の方向に走り出す。


「こっちだ!王女はこっちにいるぞ!」


いくつもの足音がクレアを追いかけてくる。


その恐怖を必死に押し殺しながら、クレアは地下牢の端に辿り着いた。


「こ、ここから地下水路に……っ」


クレアは、自分の腰くらいの高さの小さな扉を見つける。以前ジン達が地下牢に捕まっていた時に通ったという扉。クレアはここから地下水路を抜けてに出ようと考えていた。


しかし、


「あ、あれ……っ?」


扉は押しても引いてもまるで動く気配がない。


「そんなっ」


それもそのはず。扉は多くの金具で固定されていて、クレアの力ではどうにも出来なかった。


「さて王女様、そろそろ観念して我々と共に来てもらいましょうか?」


そこへ、セガールの兵士達が次々と現れる。


「噂以上の美人だな。なぁ、捕虜にするなら身体検査の一つもするべきなんじゃねーのか?」


「なんだよ、そんなこと言ってただ触りたいだけだろうテメェは」


兵士達は徐々に徐々にクレアへと迫る。


「い、いや……っ」


クレアは腰が抜けその場に崩れ落ちる。その体は震えていた。


「大丈夫だぜ王女様。俺達は紳士だからな、女の扱いはお手の物だぜ」


兵士の一人がクレアに手を伸ばす。


クレアは最悪の事態を覚悟して目を閉じる。









「うっせーんだよくそボケ共が」


クレアに手を伸ばした兵士が横から飛んできた何かによってそのまま滑るように横に吹っ飛んでいく。


「あんぎゃぁぁぁぁ!」


兵士にぶつかったのは、牢屋の格子戸。その出入口の部分だ。どれだけ強い衝撃を加えたのか、本来は真っ直ぐだったであろう格子戸はぐにゃぐにゃに歪んでいた。


「だ、誰だっ!」


兵士達は一気に緊張し、その飛んできた方向を見る。


「たくよぉっ。人がせっかくやる事もねーから気持ちよく寝てたってのに……」


のそのそとその男は牢屋から這い出してくる。


「あっ、あいつは……!」


兵士の一人が男の顔を見て声を上げる。


「知っているのか?」


「は、はい。あれは確か指名手配されていた武装組織の……」


「そうだぜ」


兵士の言葉を機嫌良さげに遮った男は、笑みを浮かべながらこう名乗った。


「武装組織『マイクロブラックボックス』の頭、クラッシュだ」


そう言ってクラッシュは口元には笑みを残し、目には鋭い眼光を宿す。


「よろしくな」



ここで一区切り。


フラグは立てきったようです。


まだまだ続くよ最終章は。


では次回。

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