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[17]侵略フラグ

ソニード王国、王宮。王女クレアは自室からぼんやりと窓の外を眺めていた。


王宮の眼下には町があり、その外には雄大な大地が広がっている。


その大地を彼女の慕うジンがあの熊の背に乗り駆け抜けていったのはもう大分前の事。


だというのに、クレアはもう何も見えない地平線をぼんやりと見続けていた。


「失礼致します」


そこへ、親衛隊長のバーバラがやってくる。


「バーバラ?一体どうしたというの?」


「あ、いえ、特にこれという用件はございませんが……あの、クレア様の様子が気になったもので」


バーバラは少し気まずそうに、しかし正直にそう答える。


その様子を見たクレアは吹き出す様に笑う。


「ありがとう、バーバラ。わたくしは、まぁ大丈夫と言い切れる状態ではないかもしれないけど、あなたがそんな顔をしなければならない程には心を乱してはいないつもり」


「そう、ですか」


「そうよ。わたくしは大丈夫。むしろ私はあなたの方が心配だわ」


そう言われてバーバラはその意味が分からずきょとんとした顔になる。


「私が?一体なんの事でしょうか?」


「だってあなた今日はまだ鼻血を出していないじゃない。大丈夫?どこか体の具合でも悪いの?」


「大丈夫です!……クレア様の目に映る普段の私って一体」


バーバラはがくんとうなだれる。


その様子を見てクレアはまた笑う。


「あら?自覚はちゃんとあったのね?良かった。割と本気で安心」


「……これからは本当に気を付けますからもうご容赦下さい」


バーバラは白旗とばかりに両手を上げる。


「うふふ。でも、本当にありがとうバーバラ。あなたと話したら少しは気持ちが落ち着きましたわ」


「という事は、多少は心が乱れていた、という事でしょうか」


そう問われて、クレアは再び窓外に視線を移す。


「……ついさっきまで思っていたの。王女でなければ良かったって」


「は?何を仰っているのですかクレア様」


「もちろん本気で思ってなんかいないわ。でもね、わたくしが王女であるせいで、国の代表たる王族であるせいで、ジン様を……愛する方をお救いする手助けすら出来ないなんて、ってね。そんな事を思っていたの」


「クレア様……」


悲しみでもなく怒りでもない、諦め。クレアの言葉から漏れるそのどうしようもない感情に、バーバラは言葉を繋ぐ事が出来ない。


「そう考えたらね、こうも思ったの。わたくしから王族である事を取ったら何が残るのだろうって」


「クレア様!クレア様は王女として国の為、民の為にこれまで尽力されました。今のあなたには肩書きだけでは語り切れない大きな魅力があります。どうか、戯れだとしてもそのような事は口になさらないで下さい」


バーバラは強い足取りでクレアの正面に来ると、両手を取り包み込む様に握りしめた。


「あなたは私の、いえソニードの誇りなのです。それはあなたが王女だからとかそんな理由ではない。あなたがあなただからこそ、私は親衛隊長として身命を賭して守りたいと思えるのです」


バーバラの言葉に迷いはない。それは、彼女の真っ直ぐな瞳を見つめるクレアに一番に伝わった事だろう。


「バーバラ……。うん、ありがとう」


そしてクレアは微笑み、頷いた。バーバラの言葉に裏がない事くらい、クレアにはすぐに分かった事だろう。


クレアにとってバーバラは幼い頃からの、数少ない心から信頼できる人間。


その彼女の心からの言葉を、クレアが信じない訳はなかったのである。


「ぁ……はっ!し、失礼致しました!」


バーバラは、この時点で自分が臣下として有り得ない行動を取っている事に気付き、慌ててクレアの手を離し離れようとする。


しかし、クレアはそれを許さない。


「ク、クレア様?」


「もうちょっとだけ、こうしていていい?」


クレアはバーバラの手をぎゅっと握りしめる。


「分かりました。クレア様がそう仰るのであれば」


バーバラは、黙ってクレアの手を、小刻みに震える小さな手を握っていた。











…………。

……。


ソニード王国。謁見の間。


そこでは、王と国の幹部達が、たった今もたらされた報せを巡り議論をしていた。


そのもたらされた報せ、その内容とは、


『セガール帝国が国家間連合から脱退し、更にエニック共和国、ソニード王国に対し宣戦を布告する』


という常軌を逸したものであった。


「セガールがもはやここまで愚かだとは思わなんだ」


大臣の一人が深いため息と共にやるせなく呟く。


「陛下。こうなれば事態は急を要します。すぐにエニック共和国と連携しセガールの暴挙を止めねば!」


「うむ。確かにその通りだ。すぐに共和国と連絡を取れ」


「は!ただちに」


指示を受けた部下は謁見の間を出ていく。


いや、出て行こうとした。


しかし、その直前に謁見の間に現れた人物を見て動きが止まる。


「おや?そないに血相を変えて、どないされましたん?」


「ヒポリト……セガールの魔術師め、まだいたのか!」


「はぁ、まだ仕事を全部片付けてないもので。で、皆さん怖い顔してどないされたんどすか?」


ヒポリトは首を傾げる。


「とぼけた事を言うな!貴様の属するセガール帝国がたった今我が国とエニック共和国に対し宣戦を布告したのだ。これはどういうことなのだっ!」


「どういうもこういうもありはしまへん。そのまんまの意味どす。セガールはあんさんらとの仲良しごっこにもううんざりしてましてな。この機会に本当に強いんは誰か教えておこうか、と決めたんどす」


ヒポリトはそう言うと手の平を真っ直ぐ上に向けて掲げる。


「そして、その第一の犠牲者はあんたらや」


瞬間、王達の頭上にそれぞれ紫色の魔法陣が出現する。


「なんだっ!」


驚く間もなく、魔法陣から出現したカプセルが一人一人を閉じ込めていく。


円柱で、牢屋の格子のような骨格にガラスをはめ込んだような形のカプセル。


いきなり事に王達は戸惑い、混乱する。中にはガラス部分を叩いて壊そうとする者もいた。


それを見てヒポリトは微笑を浮かべる。


「なぁに、すぐに終わりますさかいに楽にしといておくれやす」


彼女の言葉が引き金になったのかどうか、カプセルの中に黒い煙が噴き出し、あっという間に中に入った者達の姿は見えなくなる。


「さて、どんなお顔で固まっているんか、楽しみやわ」


微笑を浮かべるヒポリト。そして数十秒後、カプセルは再び魔法陣の中へと消えていく。


残されたのは、苦悶の表情のまま固まり像となってしまった王達。


「これでひとまずはよしと。さて、後は」


ヒポリトは王達に背を向けて謁見の間を出ようとする。


「王女クレア、だけやな」


その顔はあくまで楽しげで、


「あの綺麗な顔がどんな風に歪むんか、今から楽しみで仕方ないわ」


足取りは軽く、獲物の元へと向かっていた。


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