[16]再会フラグ
「……んん」
「目が、覚めたかしら?」
まだ多少まどろむ意識の中、ファミの耳にその言葉が届く。
「っ!?」
瞬間、自分の身に何が起こったのかを思い出す。
突然現れた女。
吹っ飛ばされるジン。
そして、気絶させられ拉致された自分。
「ここは、どこじゃ……っ?」
そこは狭い空間だった。窓も無い異様な空間。ファミはそこにいた。自分を連れ去ったあの女と一緒に。
「今は移動中よ」
女は深くかぶったフードから口元だけを覗かせて言葉を紡ぐ。
「移動中……どこにわらわを連れていく気じゃ」
「ソニードとセガールの国境。山岳越えの列車の駅よ」
「わらわを列車で連れ去る気か」
「そうよ。これからあなたをセガール帝国へと連行するわ。罪人として、ね」
「罪人。なるほどセガールはわらわの罪を許してはおらなかった訳じゃな」
ファミは残念そうに、諦めたように息を吐く。
それを見ていた女は、ファミの方へと近づく。
「そう、あなたは罪人。でもそれは建前上の事でしかないわ。あなたを連れていく為の、ね」
それは、今までとは打って変わって優しい口調。
「建前?おぬしは何を言っておるのじゃ。セガールが罪状相殺を認めないならばわらわは罪人なのじゃ」
「そうね。でもこうしてあなたを連れてくる事が出来た以上、もうセガールは意固地になってあなたに罪を着せておかなくてもよくなった」
「?……本当におぬしは何を言っておるのじゃ?」
ファミは、目の前の女の言っている事が理解出来ず眉をしかめる。
その様子を見た女は、少し、何かを迷うような素振りを見せた後、
「もう、いいわよね」
そう言ってフードを外した。
そして、その中にあった顔を見て、ファミは驚愕した。
「姉……上……?」
生き別れになっていた自身の姉がそこにいたからである。
「そうよ。私はあなたの姉、スーファ・リーコンよ」
そう言ってスーファは微笑みを浮かべファミの頬を撫でる。
「会いたかったわ。ファミ」
そしてスーファはファミの事を抱きしめた。
ファミはと言えば、まだ頭が追い付いていないのか目をぱちくりさせている。
「な、なぜじゃっ。なぜ姉様がここにっ」
「私はずっとセガール帝国のあるお方の下にいたの」
スーファは体を離し妹の顔を見る。その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「あなたの事もずっと捜していたわ。魔力を盗んで使用するなんて大それた事をするんだもの。心配だったわ」
「あ、あの、姉様……」
ファミは、目の前にいるこの人が自分の姉である事は認識出来ているものの、一体どう言葉をかければいいのか分からない様子で言葉を口元でごにょごにょとさせるばかり。
「な、なぜ、あのような強引な手段を使ってまで、わらわを連れ出そうとしたのですか?事情を話せば、皆理解してくれたと思いますが」
そしてやっと出てきたその問いに、スーファは少しだけ顔に影を落とし、重々しく口を開く。
「そうね。それはあなたの言う通りだと思うわ。でもそれだとあなたをあの国から連れ出す事が出来なかったの」
「なぜですか?」
「それは……私の判断では話す事は出来ないの。でも大丈夫。これは全てあなたの為だから」
あなたの為。そう言って姉は妹に微笑むが、しかし妹の方はそんな姉を内心で少し疑わしく思っていた。
「わらわの為?しかしお姉様はジンを、わらわの大事な仲間を傷つけた!きっと今頃心配してくれているはずです。そこまでしてわらわを連れ出さなければならない理由とはなんなのですかっ?」
ファミの脳裏によぎるのはスーファに吹き飛ばされ倒れたジンの姿。そうまでして自分をどうこうしようという姉の行動がファミには全く理解出来ないでいた。
「……本当にごめんなさい。でも、本当にこうするしかなかったの」
スーファは悲しげに視線を落とす。
久しぶりの姉妹の再会だというのに、ファミはそれを素直に喜べずにいた。
姉に会えた事それ自体はもちろん嬉しい。でも、その為に色々な物を犠牲にしている。その実感がファミにはあった。
この世界において国境は強い意味を持つ。
一度国境を越えてしまえば戻る事は容易ではなくなる。
もう二度とその国の人と会う事も出来なくなるなんて事ももちろん考えられる。
もう二度と、ジンや皆に会えない。その可能性がファミの心を押しつぶそうとする。
「せめて、せめてお姉様がこのような行動に出たその理由だけでも教えて下さい!」
懇願するファミに対しスーファは気まずそうに視線を逸らす。が、その後意を決したように妹の目を真っ直ぐに見詰める。
「分かったわ。あのねファミ、これから世界は大変な事になるの」
「大変な事?」
漠然とした言い方。ファミは意味を捉えきれず首を傾げる。
「そう。これからセガールは」
「そこからはメガ言わせないよ」
瞬間、二人の間に割って入る白銀に光る、刃。ファミはそうと気づくと「ひぃ」と体を仰け反らせる。
「ツルクっ!なぜあなたがここにっ」
ファミ達の横に、その人物は立っていた。白銀の刃を持った、その女が。
特徴的なピンク色の長い髪を左右でまとめたツインテール。服も白とピンクのゴスロリ調のヒラヒラとした装飾が目立つ。
そこまではなんとなく個性的で可愛らしい女の子というカテゴリーなのだが、左目には黒い眼帯、そしてファミ達に向けた刃、まるでハサミの片方のような形をしたそれと、同じ物をもう一本背負ったスタイルは異様でしかなかった。
「なぜって、もう駅に着くからだよ。あんたギガアホなんじゃないの?」
ツルクと呼ばれたその異様な格好の少女は、真顔のまま首をコキンと傾げる。
「そう。分かったわ。でもお願いだから妹にそれを向けるのはやめてくれる」
スーファは抗議の視線と共にツルクの行動を暗に非難するが、しかし当のツルクは全く表情すら変えず、
「やだ。あんたに命令される覚えなんてメガ無いし」
とだけ言って、しかし刃は引っ込めて背中の鞘に戻した。
「もう駅に着く。列車は既に準備が出来ている。遅れたら今度はギガ斬るからね」
ツルクはそう言うとジャンプしていつの間にか開いていた屋根から出て行った。入る時もここを使ったようだ。
残されたファミとスーファ。二人の間に微妙な沈黙が流れる。
「お姉様。今の方は一体……」
「私も詳しくは知らない。セガールの、ある要人の部下という事以外はね」
スーファは不安げな顔をしたまま、天井から覗く青空を見た。
…………。
……。
「という訳で銀髪リーコン姉妹はメガ無事に送り届けましたよ。ウインド様」
ツルクは駅のホームに向かうと、黒い軍服のセガール帝国の軍人達の中心にいる男に声をかけた。
「御苦労、ツルク。さて、これで後はこの列車で我が国まで運ぶだけ、か」
ツルクにウインドと呼ばれた若く細身な男は、そう言って列車を見る。
セガール帝国の誇る軍事装甲列車『マッキントッシュ』を。
「で、ウインド様。私はこの後メガどうすればいいですか?」
ツルクは左右に首をこきこきと振りながら尋ねる。真顔のまま。
「お前はソニードの首都に向かいヒポリトと合流しろ。あそこを落とす計画は間近だ。万一の事がないように奴の護衛に当たれ」
「ギガ了解です」
ツルクはそう言いうと軽い足取りで駅の出口に向かう。
「そしてヨロイ。お前もツルクと一緒にソニード首都に向かえ」
更にウインドは自分の背後に立つ軍人達。その中でもひと際背が高くがたいのいい男に指示を下す。
「御意」
ヨロイという大男は短く返事をすると、ツルクとは対照的な重苦しい足取りで駅を出ていく。
「さて、これでソニードの方は大丈夫だろう。おい、エニックの方はどうなっている?」
ウインドがそう口にすると、部下の一人が進み出てくる。
「はっ。エニック共和国は現在我が国との国境に向かい軍を向かわせているとの事です」
「なるほど一触即発の状態という訳か。結構だ」
ウインドは満足そうに頷くと、空を見上げた。
「これで駒は揃った。もうすぐ、全てが私の手の中に……っ!」
ウインドは空に向い手を伸ばし、そしてその手を強く握りしめた。
「では行こうか。その栄光への一歩を踏み出す為に」
ウインドが力強く宣言を飛ばすその大きな空には、一羽のワシが悠然と空を舞っていた。




