[13]それでもバグは終わらない
「ん……んぁっ?」
クラッシュはゆっくりとまぶたを開く。
自分は一体どうして気絶していたのか。
そうだ、あの男と戦い負けたんだ。
そうして冷たい船内の床に転がっていたはずなのに、なぜか後頭部が妙に柔らかく温かい。心地のいい感触。
「気分はいかがですか?クラッシュ様」
その柔らかさの正体は、クラッシュの顔を覗き込んで微笑んでいた。
「……ミロクはどうなった」
「奴らにしてやられました。魔法石を無効化され、制御を失って海に墜落。今は沈没の真っ最中です」
それは最悪の状況。のはずなのに、クラッシュは短くため息をついただけ。
「そうか。で、ジオネ……お前なんでここにいるんだ?」
自分が枕にしているのはジオネの膝。そう気付くのに時間はかからなかった。
「クラッシュ様の事が心配で、付いてきてしまいました」
ジオネは微笑む。額からは少量だが血が流れている。
「馬鹿野郎。それじゃこいつを、『ミロク』を自動操縦にした意味がねえじゃねぇか」
クラッシュは呆れた感じにため息をつく。
そう。元よりこの戦艦にはクラッシュ以外に乗組員はいなかった。初めから一人でも操縦できるようにと改造されていたのである。
しかし、そんな事をしてしまえばもうあらかじめ決められた動き以外は出来なくなるし、攻撃など以ての外となる。クラッシュはそれを分かっていた。
「全部俺一人のわがままで終わらせるつもりだったのによ」
「そう言わずに。いいものではありませんか。こういうのも」
「そう、かもな」
クラッシュの指が床をなぞる。触れるのは冷たい水の感触。海水は徐々にだが部屋を侵食していた。
「変な気分だな。お前にこうやって優しくされるなんてよ」
「そうですか?私はいつでもクラッシュ様には特別優しいつもりですが?」
ジオネの屈託のない笑み。クラッシュは目線を逸らす。
「いっぺん『優しさ』っていう言葉の意味調べなおして来いや」
「それは、もう出来ません」
「……それもそうか」
沈黙。二人の耳には水が流れる音だけが聞こえてくる。
「それに、クラッシュ様はそういうのがお好きでしょうに」
「否定はすまい」
笑った。二人は声をあげて笑った。
そしてひとしきり笑った後、
「ジオネ。今まで迷惑かけたな。だがよくついてきてくれた。ありがとうよ」
「クラッシュ様こそ。こんな面倒な女に生きる道を与えてくださってありがとうございます」
そう、互いに心からの感謝を言葉にした。
それから数十秒後の事である。
部屋は水没した。
…………。
……。
俺は天堂ジン。そう、天堂ジンだ。
俺は今度こそ死んだと思った。
なんとか戦艦から脱出しようと試みるも、しかし流入してくる水に行く手を阻まれ、ついに行き場を失い、水に呑まれた。
その瞬間までタマとは一緒だったが、しかしそれからはどうなったかは分からない。
とにかく俺は、水流に体をもみくちゃにされながら、意識を失った。
「……」
青空が見えた。もう二度と見ることは出来ないだろうと思っていた青空だ。
「天国、か?」
俺は呟いた。
「そんな訳あるか。ここは立派な現世じゃ!」
そしたら聞き覚えのある声で突っ込みが入り、見覚えのある顔が俺の視界に入ってきた。
「ファミ?」
「そうじゃ。わらわはファミ・リーコンじゃ。海水飲んで頭でもやられたか」
「いや、どう考えてもボロボロの人間に対してそれはないでしょ。というか、え?もうなんかあらゆる事がよく分からないんだけど?」
俺はゆっくりと半身を起こした。ここが地上である事はすぐに分かったが、一体どこなのか。なんか黒くててかってるしゴムみたいな微妙な弾力があるし。
「……というかだよ!タマはっ!?」
「お、落ち着けジン。おぬしと一緒におった者ならそこにおる」
俺の顔が鼻先数センチの距離まで迫ってきたファミはのけぞりながらも、俺の隣を指さす。
そこにいたのは確かにタマだった。全身ずぶ濡れで意識もないようだが、呼吸はきちんとしている。
「見ての通り息はある。というよりまさかおぬしがあの子らの姉と共に行動していたとはな」
「あの子ら?姉?ファミ、お前タマの弟を知っているのか?」
「知っているも何もついさっきまで一緒に行動していた。ほれ、岸で姉が来るのを今かと待っておるぞ」
言われて陸の方を見てみると、小さくだが人の影が見える。見覚えのない小さな影や、見覚えのある姿の者までちらほらと。
「ん?ていうかあれってもしかして……」
その見覚えのある姿に俺は記憶を探る。すると隣でため息をついたファミが、
「あれは王女じゃ。あと親衛隊長とその部下達」
と言った。
「あー、なるほどクレアとバーバラ達ね。……って!マジかよ!」
「いや驚く事はあるまい。ここはソニード王国の領地。あんな戦艦まで飛ばすような騒ぎを起こせば気付かぬ方がおかしい」
「それもそうか……」
と、俺はとりあえず納得した。多分深く考えたら負けだ。
「ん……えほっ、えほっ!」
と、隣でタマが意識を取り戻す。
「あ、タマ!大丈夫か?」
俺がタマの顔を覗き込むと、タマは焦点の合わない目で俺の事を見てくる。
「ジ、ン……?」
「ああ、そうだ。俺が分かるか?」
ぼんやりとしていたタマの目が段々と色身を帯びていく。と思ったその時、
「ジン!」
抱きつかれた。というか寝ているタマが俺の首に腕を回したせいで俺はタマの上に覆いかぶさる形になった。
「なっ、なぁぁぁぁっ!」
なんかファミが声を漏らしてるけど今はそれどころじゃない。
「ジン!ジン!」
「タ、タマ?俺は無事だからとりあえず離してくれ、な?」
互いに無事である事をよろこんでくれるのは大変嬉しいが、なにぶんこちらは青少年。先程まではシリアスな状況補正でなんとか緊張感を保っていたが、しかしそれから解放された今となっては女の子に抱き締められているというこの状況は、うーん……マンダム。
意味は分からない。でもとりあえずタマをどうにかした方がいいのは事実。
と思っていたら、タマがなにやらもぞもぞと動いている。
今度は何が、と思ったら、
「あむ」
「あふん」
首筋に温かな感触再び。またあま噛みされてしまいまして候。
「ぬぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ⁉」
そしたらファミがさっきよりも数段でかい声でなんか驚いているというか衝撃を受けているような、とにかく劇画タッチが相応しい顔をしている。
「お、おぬし……、もうなんかちょっと目を離した隙に、また……」
そして目の前の幼女はがくんとうなだれる。
「え、なにっ?今のってなんかダメなの?」
「ダメというか……そうかおぬしは知らないのか。獣人族にとって『噛む』という行為は特別な意味を持つのじゃよ」
なぜかファミは少々恥ずかしそうに説明を始める。
「特別な、意味?」
「そう。ざっくり言って『親愛』じゃな。普通は家族に対して行うものじゃ」
「へー。で、あの、聞くべきじゃないかもだけど、俺みたいな他人にすると意味変わったりするの?」
半分不安、もう半分好奇心で聞いてみる。
「変わる、というか……。はぁ、異性間におけるその行為は、その……そういう意味での愛情表現に、なるのじゃ」
ちょっともじもじと言いづらそうにしているファミに対し久しぶりに年相応の幼女に対する可愛いという感情を覚えた。
「え?というか愛情表現って」
「そのままじゃな。我々に言い換えれば、その……せ、接吻、とかにあたる行為になる、な」
接吻、つまり、キス。イエス、キス。
「……………………マジかよ」
俺は記憶を掘り返す。そして思い出す。タマと俺、最初に噛んだのは、俺だ。
そう考えると、あの時のタマの反応も納得がいく。
で、今俺は割に積極的にタマに噛まれている。
それって、つまり、そういう事じゃね?
「のぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
俺は言い知れぬ恥ずかしさにとりあえず叫ぶ。
それを見てファミは心底呆れましたとばかりに深いため息。
「まぁいいんじゃないのかの。ソニードは爵位持ちであれば一夫多妻が認められた国じゃからの。うん、いいんでないかの?」
雑に言い切った。
「いや!俺こいつに能力を使ったし!多分それのせいだから!」
と、俺は必死に訴える。だが同時に頭の隅の方で「ハーレム悪くなくね?」と大量の悪魔と天使の囁きが聞こえる。満場一致です。お手本のような青少年です。
が、後に行われたタマの身体検査で体内の魔力反応は皆無だった事を知り、再びよく分からない恥ずかしさに身悶えするのは、また別のお話。
「さて、ひとしきり騒いだところで、そろそろ岸に戻るかの。皆が待っておる」
ファミが締めに入りやがった。畜生、青少年をスルーするとは、畜生。
今回の一件が一体俺に何をもたらしたのかはこの時点では定かではない。
とりあえず誰かが助かったのかもしれないし、誰かが笑顔になれたのかもしれない。
まぁ、結論として言える事は一つだな。
これだから、異世界転生はやめられない。
バグだらけの俺だけどな。
「で、俺達は今どこにいるの?」
さっきから気になっていた事。磯でもなければ船でもない。ここは一体どこなんだ?
「ああ、ここか?クジラの背中じゃ」
ファミが事も無げに答える。
「は?」
「いやだから、クジラの背中じゃ。シロナガスクジラのな」
瞬間、プシュッと潮を吹く音がする。
「え……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ⁉」
「まぁそうなるじゃろうな。全く、あの熊無駄に顔が広くてびっくりじゃ」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ、もう、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ⁉」
今日一の驚き、いただきました。
めでたしめでたし
次話より最終章突入であります。
一言だけ予告。
『最終章だけめっちゃ長い』
では。




