[10]殴り込みイベント
ファミは、全ての終わりを覚悟した。
した瞬間、何かが壊れるような衝撃が彼女の耳に届いた。
それが何なのかは分からない。ファミは三兄弟を抱きしめたままぎゅっと体を強張らせる。
「う、うわぁっ!」
次に聞こえてきたのは、男の悲鳴。続いて、どさりと何かが倒れる音。
何かがおかしい。ファミはそう考え、そして目を開けた。
「わひゃぁっ!?」
その瞬間、彼女の耳にぬるっとした生暖かい感触が押し付けられる。
「な、なんじゃぁっ!?」
ファミは後ろを振り向いた。
そこにいたのは、
「……熊っ?」
グルルッ、と低い声で唸る熊。馬車が吹っ飛ばされて以来離れ離れになっていた熊がそこにいた。そして銃を向けていた男は熊の下敷きになって気絶していた。
「熊っ!助けに来てくれたのじゃな!」
ファミは熊の毛むくじゃらの顔に抱きつく。熊も気持ちよさそうに目を細めファミに顔をこすりつける。
「あはは。くすぐったいぞ熊」
と、無事の再会を喜ぶファミと熊。についていけないのが三兄弟であった。
「す、すげー。ファミが魔物と仲良くしてる。これは笑ってるばあいじゃないよ」
「ま、魔物使い?ファミは凄い魔物使い?なの?」
「こ、これはさすがのおれにも、無理、だ」
三兄弟それぞれに驚きを言葉に乗せる。
「何を呆けているんじゃおぬし達!この熊が助けに来てくれたからにはもう大丈夫じゃ!さっさとここを脱出しおぬしらの姉を探しに行くぞ」
すっかり元気を取り戻したファミは三兄弟の尻を叩くようにして促し洞窟から出た。洞窟の入口の木の扉は砕け散っていた。熊がやったのだろうがそんなのファミ達は気にも留めなかった。
洞窟を抜けた先は木の生い茂る森だった。が、ファミ達にそんな事を感じる余裕はなかった。
「おい、お前ら!」
「俺達の仲間を倒し!」
「その上逃げ出そうなんて!」
「そんな事させねぇぜ!」
「え、あ……そうだぞ!」
外にはファミ達を見張っていた男と同じ様な、粗暴な身なりをした男達がファミ達を取り囲むようにして現れ、なぜかセリフのリレーを披露していた。
「いや、どうせリレーするなら最後の一人にもセリフ残しておいてやるべきじゃろう」
ファミは冷静に突っ込みを入れていたが、しかし状況は割と絶望的だった。相手は武器を持った5人。こちらは、まともな戦力は熊くらいだ。
「せっかく外に出られたというのに……」
ファミは悔しそうに唇を噛む。
すると、そんな彼女の頭を熊が撫でる。
「え?熊?」
一体何の事だと疑問に思う間もなく、熊は次の瞬間、天に向かって雄たけびをあげた。
森中に響渡るような鳴き声。
男達は一瞬怯むが、
「な、なんだよ!ただの鳴き声で俺達をどうに出来るとでも思ったのかよ!」
と、一人が武器を構えなおした。
その直後、その男は宙を舞った。
「ええええええええええっ!?」
その光景にファミ達一同驚いた。
それはそうかもしれない。
いきなり横合いから現れた巨大な猪が猛然と突撃して男を吹っ飛ばしたのだから。
「な、なんだぁっ!」
と、他の男達はいきなりの襲撃に戸惑うが、それも一瞬の事。
「ぎゃふんっ!」
今度は巨大なヘラジカが角で男をなぎ倒し、
「ぐぁぁぁっ!」
狼が男の頭に噛みつき、
「うわぁぁぁぁっ!」
オオワシが男を掴んで空高く舞い上がり、
「ぶべらっ!」
最後のセリフの無かった一人は熊に倒された。
一瞬の内に屈強な男達は、自然界の勇者達よって倒された。
そうしてファミの前に熊、猪、ヘラジカ、狼、オオワシが並ぶ。
なんか、『なんとかレンジャー』とか言い出しそうな雰囲気すら醸し出していた。
「え……っと、熊よ、この者らはおぬしの仲間か?」
動物達の統率のとれた姿に圧倒されながら、ファミはとりあえず無難な事を聞いてみる。
熊はすると誇らしげに頷く。ファミの驚きもプラスの方向に受け取ったようだ。
「そ、そうか!まぁ凄いけど!助かったしまぁ凄いけど!なんか凄い言いたい事がたくさんある気がするけど!話が進まないからとりあえず保留!今はジンとこの子らの姉を探すのが先じゃ!」
ファミは拳を突き上げて号令する。超展開なのは誰がどう見ても明らかだが、助かったのならば文句は無い、それよりも今はやるべき事がある。
「熊よ。この子らをおぬしの仲間達に乗せてはもらえないだろうか?」
とファミが尋ねると、熊はお安い御用とばかりに鼻をふんと鳴らし、他の動物達を見る。
すると他の動物達もそれに呼応するようにファミ達の前に躍り出る。どうやら協力してくれるようだ。
「ありがとう。よし!ではジン達を捜しに行くぞ」
ファミは意気軒昂に宣言する。
が、直後に彼女らを大きな地震が襲う。
「な、なんじゃぁ……っ!」
熊にしがみつきながらファミは突然の地震に動揺する。
ただの地震であればそれで終わりだろうが、しかしファミの驚きはそれでは終わらなかった。
「え……な、なんじゃありゃぁっ⁉」
ファミは上空に目を向け、視界に入ったそれを見て驚きの声をあげた。
…………。
……。
「あいつの言っていた『ミロク』ってのは一体なんなんだ?」
天堂ジンのターン。俺はタマと共に山林を駆け抜けていた。
クラッシュ達『マイクロブラックボックス』は、この山林に潜むようにして日々活動するゲリラな側面を持つ武装組織。
そんな奴らに果たして本当に戦争を起こす力などあるのか。俺は未だに疑問だった。だが、ジオネの言う『ミロク』とやらが、奴の妄想の産物とかではない限り、戦争を引き起こせるなんらかの強力な力を持っているんだとしたら、放っとく訳にはいかない。
「……その名前は、何度か小耳に挟んだ事、ある」
「本当かっ?」
隣を走るタマは息一つ切らさないままに頷く。獣人族とやらの身体能力は本当に俺達とは隔絶たるのを持っているらしい。俺なんかとっくに息が切れているというのに。
「ミロク……。それは動かすものだと聞いた。その為に強力な魔力の動力源を盗む計画を実行したとも聞いた」
「動かす物か。なんだ?やっぱり兵器なのか。だとしてもどんなのだ。大砲か?戦車か?でもどの道こんな山奥から出る事が出来るようなものだろ……」
俺は必死に考える。敵の手札が見えないというのはそれだけでも不利だ。でも、そんな不利な状況でも、とにかく奴らを止める手だてを考えなくてはならない。
俺はちらりと横目で木々の間から覗く麓の景色に目を遣る。
左手には海。右手には、ソニード王国の首都がうっすらと見える。
そうだ。ここから最も近い国家はソニードだ。奴らが戦争を起こす為に何かを仕掛けるのだとすればあそこが狙われる可能性が高い。
あそこにはクレアやバーバラ、国王を始め多くの人々がいる。そこにもし戦争の火種になるようなものが放り込まれたら。
「くそっ!せめて敵の切り札の正体が分かれば……っ」
俺はそろそろ疲労により悲鳴を上げ始めた足を叱咤しつつ、山道を登る。
その時だった。
「うわっ!」
強烈な地鳴り。地面が爆発でも起こした様に大きく揺れた。
「ジン!」
倒れそうになる俺の体をタマが支えてくれる。俺なんかよりも一回りは体が小さいのに、その力強さたるや。
「あ、ありがとう」
俺は礼を言うが、しかしタマはこちらを見ない。
「どうしたタマ?一体何が……って、えええええええええ⁉」
タマの視線を追った先、俺の視界に飛び込んできたのは、ばっくりと山が割れる光景であった。
それはモーゼの十戒の如く、山は半分に砕かれ新しい谷間を作り出していた。
いや、あれは谷なんかじゃない。
「まさか、あれが……っ!」
俺の視界に飛び込んできた、それは、
「戦艦……っ⁉」
紛う事無き、巨大な空飛ぶ戦艦であった。
この世界の戦艦、特に空中に浮かぶような代物は、実物は見た事がなかったが、絵は見た事がある。
それは俺の故郷地球で一般的に知られる戦艦、つまり船のような形をしているものとはまるで違う。例えるならば、機関車の先頭車両を巨大化したものにこれでもかと戦艦らしく装甲やら砲台やらをごてっと付けまくった空飛ぶ要塞。それがこの世界における戦艦であった。
「確かこの世界の戦艦は魔力を動力源とするはず。なるほどそういう事か」
さっきタマが言っていた動力源を奪うという計画もこいつありきの話だったのであろう。
「というか、あれか?もしかしてあれでソニードを攻撃しようとかいう話か!」
だとしたらそれは考え得る中で最悪のケースだ。あんな巨大なもので攻めかかられたらソニードはただではすまないだろう。
止めるしかない。俺にそれが出来るのかはこの際深く考えない。とにかく俺に出来る事を模索する。今はそれしかない。
「タマ、俺はあれを止めたい。恐らくはあれこそがジオネの言っていたミロクだ。確かにあんなもの出されたら戦争の一つも起こるかもしれない。だから、俺はあれを止めたい」
「分かった。手伝う」
意志強く放ったつもりの俺の言葉に、タマは軽い調子でそう被せる。
そして、なぜかおもむろに俺の体を抱え上げた。
「……あのー、タマさん?」
「戦艦を止めるには、乗り込んで止めるのが最も手っ取り早い」
「えと、何をする気ですか?」
「黙ってて、喋ってると、多分舌を噛む」
「は?それはどういっうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ⁉」
言いかけたところで、タマが弾丸のような速さで飛び出した。
獣人族とはかくも規格外なのか、早すぎて帯状に過ぎていく景色を見ながら俺はそんな事を考えていた。
「飛ぶ」
タマが短くそう言うと、彼女は、近くの木の枝に飛び移った。
枝はタマの勢いを受けて大きくしなる。
そして、俺はパチンコを飛ばす、あのメカニズムを思い出していた。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ⁉」
枝の反発により打ち出された俺とタマ。
それから何が起こったのか。
気付けば、俺は戦艦『ミロク』の中にいて、自分が生きている事を神様に感謝していた。
そんな俺を見て、タマはにこりと笑顔。
「着いたよ」
それに対し、俺は弱弱しい笑みをこぼすのが精いっぱいだった。




