[1]攻撃力マイナスバグ
どストレートに異世界転生もの。
そんな感じで、どうぞ。
ここは地球とは別の次元の宇宙に位置する惑星「シミュール」。いくつかの巨大な大陸と各地に都市を構える国家の存在する、そういう意味では地球となんら変わらない星。
そんな星に俺はいた。
本名、天堂ジン(テンドウジン)。出身は地球の日本の神奈川県横浜市だ。
俺は今から1年前にこの星に降り立った。
それは、地球でいうところの異世界転生というやつであった。
なぜ俺がそんな稀有な経験をする事になったのか。それは俺の隣を歩きながら干し芋を頬張っている見た目は10歳くらい、自称幼女に原因の全てがあった。
「そうじゃ。もうぬしをこの星に連れてきて1年も経つのじゃな」
銀色のツインテールをぶんぶん振りまわしながらしみじみと呟く幼女、名前はファミ・リーコン。もの凄い言いたい事があるような気がするが多分気のせいだろう。
「そうだよ。もう1年も経つんだよ。お前に拉致られてからな」
拉致。俺はその夜自宅である4畳半の部屋で、学校とバイトの二足の草鞋生活に疲れ果てて泥のように眠っていた。
そこへファミが現れ、問答無用で俺を拉致ってこのシミュールへと連れてきたのだ。
「1年かぁ。もう365日も経つというのにわらわの目的は一向に達成される気配がない。おいジン、これは一体どういう事だ?」
幼女の鋭い視線が俺を射抜く。業界によってはご褒美です。
「わらわはリーコン家を再興させる為に膨大な魔力を行使してぬしをこの星に呼んだのじゃ。しかし現状はどうじゃ」
両手を広げるファミ。着ているフリフリのゴスロリ服は砂や泥で汚れあちこちがほつれている。
「わらわ達は国を治めるどころか今日の宿にも事欠く有り様じゃ。移動も全部歩き。なんじゃこの体たらくは」
「おうなんだこれは俺が文句を言われているのか?だったらふざけんなよこのクソ幼女が。人の事を勝手にさらってきた挙句使い物にならなければ罵詈雑言ラッシュか。大体現時点でまともな生活が出来ていないのはお前のせいだろうがよ」
「うぐ」
俺の反論にファミは言葉に詰まる。それもそうだろう。別の次元から人を呼ぶというのは膨大な魔力を使用するのだそうだが、この幼女自身にそんな魔力はない。
ならばこの幼女はどうやって俺を呼び出したのか。
正解は、とある国家に貯蔵してあった魔力源を勝手に拝借しその魔力を用いて俺を呼び出した、である。
つまり犯罪を犯したのである。しかもこの世界における結構な大罪らしい。
そのお陰で呼び出されたはいいが右も左も分からぬ俺はいきなりこの見ず知らずの幼女と共に犯罪者扱いされ、いきなり命がけの逃亡劇を演じるはめになったのである。
「だって、他に方法が無かったのじゃもん」
ファミは頬を膨らましてふてくされる。この辺りはまだまだ年相応の女の子って感じだ。
「我がリーコン家の再興の為にはどうしても別世界の能力者が必要だったのじゃ」
「はぁ」
俺は黙ってファミの頭を撫でる。少々乱暴に。
「むわぁ!い、いきなり何をするんじゃジン!」
「なんとなく、だな。安心しろ、別にこの世界に連れてきたお前の事は恨んじゃいないさ」
むしろ感謝したくらいだ。と俺は心の中で付け足す。
地球での俺はただ生きる事に必死だっただけの空っぽ野郎だった。
両親が事故で死に、引き取ってくれる親戚もいなかった俺は施設に預けられ、高校に入学してからは学費を稼ぐためにバイト三昧。普通の高校生の10分1も遊ぶ暇なんかなかった。
だって、そうしないと『普通に』生きる事すら出来なかったから。
「あっちの世界に俺の居場所はなかった。だからお前に連れられてこの世界に足を踏み入れた時思ったんだよ。俺の本当に要るべき世界は別にあったんだ、ってな」
その瞬間だけはこの幼女の事が女神にすら見えた。ただ次の瞬間からは命がけの追いかけっこに巻き込まれた訳で、女神という評価は一瞬にして幻のものと化したのだが。
「それに、こんなとんでもな経験、向こうの世界じゃなかなか体験出来ないからな。こんなに毎日を楽しいと思っているのは初めてだ」
「そうか。それならばよいのじゃ」
ファミはなんだか口元を緩ませながら早口に言う。少しだけ頬が赤みがかっているのが見えたが照れてるのかな?
「それよりもじゃ!ほれ、次の宿場が見えてきたぞ!」
ファミが指さす先、そこには荒野の真ん中にぽつんと現れた集落があった。
俺達のような旅人の為に各地に点在する宿場町。宿屋の他には武器やその他旅で必要になってくる道具や食糧を扱う店舗が数軒あるだけの簡素な場所。だが旅人にとっては欠かせない重要な場所だ。
「よし、今夜の宿はあそこにするか」
「うむ」
俺とファミは足早にその宿場に向かった。
『ソニード王国・南パレイステーション』
宿場の入口の看板にはそう書かれていた。ステーションとは即ち宿場の事を指すらしい。
ファミによるとソニード王国というのは大陸の中ではまだまだ歴史の浅い新興国で、領土もそこまで広くはないらしく、資源も潤沢とはいえないらしい。
「なるほど、その影響が宿場にまで影響しているって訳か」
俺は宿場に入りざっと並び立つ店を眺めて納得する。
一通り店は揃っているものの品揃えや品数が豊富とは言いづらい。俺のようなこの世界の素人の目から見てもだ。
「ソニード王国は自国の資源産出量が少ないからの。この世界において資源産出量はイコール国力じゃから、国がこういう状況になるのは当然じゃ」
「ふーん。てかお前さっきから幼女らしからぬ知識量を披露しているな。若干引くわ」
「な、なんじゃと!わらわはこれでも由緒正しきリーコン家の跡取りなのじゃ!国家の情勢など朝飯前なのじゃ!侮るな!」
と、目の前の貴族の令嬢は頬を膨らまし腕をぶんぶんと振り回してご立腹の様子。侮りはしないが年相応の微笑ましさは拭えないな。うむ。
「な、なんじゃその生暖かな笑みは。気持ちの悪い奴じゃな」
気持ちが自然と顔に出ていたらしい。いかんいかん、引き締めていこう。
「とにかくファミのお陰でこの国の状況は大体掴めたよ。相棒が博識だと助かる、ありがとな」
「お……わ、分かっていればよいのじゃ。もっとわらわを敬うがいい」
ふふん、と薄い胸板を張るファミ。顔が真っ赤なのは突っ込まないでやろう。
俺の言葉も、今のは間違いなく本心だしな。
「てと、それはそれとしてとりあえず宿を決めないとな」
「そうじゃな。そうしよう」
という訳で宿に向かう事に。
宿場の中心に存在するまさに旅人専用といった感じで飾り気のない簡素な造りの宿屋。に俺は入ろうとして、
「どけどけ!」
「がふっ!」
いきなり現れた甲冑姿の集団に跳ね飛ばされた。
「だ、大丈夫かジン?まぁおぬしなら大丈夫か」
「そうだけど心情としては少しくらい心配してほしかったなぁ」
俺はぶつけた腰を叩きながら立ちあがる。
「にしてもあの連中は一体何を慌てているんだ?」
「あの者達の鎧に描かれた紋章。あれは間違いなくソニード王国のものじゃな。連れていたのは……誰じゃろうな、格好からして医者のように見えたが」
確かに甲冑姿の連中は白衣姿の男を連れていた。そして宿に入って行った。
「ふむ。ちょっと聞き込みをしてみるか」
「首を突っ込むつもりか?」
「もしかしたら俺達の未来に光明を与えてくれる気がしてな」
「んん?」
俺の言葉の意味が分からないのかファミは首を傾げる。
そんな可愛らしいポーズの幼女を無視して俺は宿の中に入る。
「あ、いらっしゃいませ」
この宿の主人であろう中年のおっさんがカウンター越しになぜか困惑した顔で出迎えてくる。
「すいませんお客さん。せっかく来ていただいたんですが今ちょっと宿の中がごたついてまして……また夕方にでも出直してくれませんか?」
「なんでごたついてんの?」
「いやぁ、それは、すいませんが私の口からはお答えするわけには」
「さっきこの国の兵隊が医者を連れて宿に入ったよな。あれと関係あるんじゃないの?」
「え、えっと……」
おっさんがあからさまに目を逸らす。ビンゴだ。
「ここだけの話にするから教えてよ。宿代はずむから」
わざとらしいくらいに声を潜める。するとおっさんは周りに目を遣りつつ、
「実は……今2階にこの国の王女様が来ているんですよ」
そう答えてくれた。
「へぇ、王女様。で、なんで医者が呼ばれてんの?」
「それがですね、なんでもここへ来る途中に魔物に襲われたらしくて、どうやら命にかかわる怪我をしてしまったらしいんですよ」
「なるほど。それで医者が呼ばれた訳だ」
慌てていた理由もこれではっきりした。
「でも兵士のあの慌てよう、もしかしたら本当にやばいのかもしれませんねぇ。あの王女様はこの国でも指折りの美女だというのに」
「ん?美女?その王女って綺麗な人なの?」
「お客さん知らないの?クレア様といえばこの国一番の美女!私も初めてそのお姿を見た時には驚いたもんですよ」
「ふーん。そっか、ありがとね」
俺は軽く礼を言ってカウンターを離れた。そこにはふくれっ面のファミが待っていた。
「おいジン!わらわを置いて先に行くとは何事じゃ!」
「ごめんごめん。でもたった今本当に俺達の未来の光明を手に入れたところだから」
機嫌よく言い切る俺に対しファミはどことなく怪しいものを見る目つき。
「だからなんなのじゃその光明とは」
「今から見せてやるよ」
そうして俺は宿の2階へと向かった。
…………。
……。
2階では、確かに宿の主人の話の通り王女クレアがいた。
王女はベッドにうつ伏せに横になり背中を、深く裂けた傷を晒していた。
医者は懸命に治療を続けるもその表情は一向に晴れず、側近達も沈痛な面持ちで、泣き出す者さえいた。
一国の王女の危機。部屋には重々しい空気が流れていた。
その時であった。
「ちーっす。医者2号でーっす」
俺が軽い調子で登場したのは。
「だ、誰だ貴様は!この部屋は立ち入り禁止と命じたはずだぞ!」
側近の一人、髭面のいかめしい顔のおっさんがいきなり怒鳴ってくる。
「まぁまぁ、そんなの今はどうでもいいじゃないですか」
「いいわけあるか!即刻この者を叩き出せ!」
「いいんですか。俺ならこの人の傷を治してやる事ができるんだけど」
「何をたわけた事をぬかすか!この場で首を切ってもよいのだぞ」
おっさんはいよいよ顔を真っ赤にして腰に差した剣に手をかけようとして、
「お待ちなさい」
という凛とした声に止められた。
「し、親衛隊長殿……?」
おっさんに親衛隊長と呼ばれたその女性。年の頃20代の半ば。頭のてっぺんからつま先まで「つまり美しい女性とはこういう人の事を言う」と言った感じの人だった。
短く切り揃えられた金髪。程よく引き締まった体。端正な顔立ち。まさに美人。ありがたや。
「そこの者、王女の傷が治せるとはまことか?」
「ただの傷であれば治せますよ」
俺は綺麗な女の人と喋るのは正直苦手だ。緊張する。今もそれは適用されるが、しかしそれだけではないこの人から滲み出る気迫みたいなものが俺の心を少々縮みこませた。
「そうか。ではやってみてくれ」
親衛隊長さんは俺を王女様の横たわるベッドの方へ移動を促す。
「親衛隊長殿!こんな素姓の知れぬ流れ者を信用するのですか!」
おっさんは喚くが、しかし親衛隊長殿はおっさんの方を見向きもせずに、
「このまま指をくわえて王女の死を受け入れるよりは遥かに賢明な判断だと思います。今はどんなものでも縋れるものには縋るべきなのです」
と言って取り合いもしなかった。おっさんもそれきり黙ってしまう。
「しかし、お前」
親衛隊長さんは俺の格好を見てぴたりと止まる。
「見たところほぼ丸腰のようだが、どうやって治療をする気なのだ?」
それはごもっともな質問。今の俺は医療に生かせそうな道具など何一つ持ち合わせてはいない。
「大丈夫です。さっきも言いましたが普通の傷であれば私には、私にしか出来ない方法で治せるんです」
そう言って俺は横たわる王女の前に立つ。
息を飲む程に白く綺麗な肌、流れるようなラインを描く美しい背中のど真ん中をざっくりと裂いた傷。ほんの一瞬だけたじろいでしまう。
だが、そんな事では治療など出来ない。
いや、正確には治療ではないが。
俺は服の袖をまくり、ぐるぐると関節を柔らかくするイメージで腕を回す。
「何をしているのだ?」
「治療の準備ですよ。すぐに始めますからご安心を。そんでもって」
俺は拳を握り振りかぶる。
「すぐに終わりますからね」
そして王女の傷に向けて勢いよく振り下ろした。
「え?」
瞬間、いくつかの金属をこする音が聞こえてきた。それが剣を抜く音だという事に気付くのに時間はかからなかった。この世界に来たばかりの頃に何度も聞いた音だから。
傍から見れば俺が突然王女様を殴ろうとしていたようにしか見えなかっただろう。いや、実際俺は殴ったのだ。
「……さて、治療はおしまいです」
殺気立つ親衛隊長さんやおっさん達だが、その不穏な空気は次に王女の姿をみた瞬間に戸惑いと驚きに変わる。
「傷が……消えているっ?」
親衛隊長さんの驚愕の声。その通り、王女の傷は跡すら残さず消えていたのだ。
「いかがなもんでしょう?」
王女の傷は、俺の『攻撃』によって治療された。
俺のステータスはこの世界に来た瞬間バグを起こした。
しかし俺はそのバグを逆手にとって世界で唯一の『能力』とした。
攻撃による治療。
それが、『攻撃力マイナス成長補正』を持つ俺にのみ許された能力なのである。