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ぼっちの日本迷宮生活  作者: 書創
第一章 ダンジョン冒険者に就職しました
8/39

ぼっちだとバレたでござる

 そして翌日。


「それじゃぁ、行ってきます」


「今日も気を付けるのよ。あと、他のお見合い相手を探しておくわね」


「……No,thank you.」


「なんでよ!」


 今日もまた、彼のダンジョン生活は始まった。

 下は紺のジーンズに上は黒い長袖の上着。好きな色は黒のため、強化プラスチックの防具は全て黒一色で統一している。理由はあるのだが、和真の性格が反映されているのは否めない。


 道路を途切れなく車両が走っていた時代なら、見づらくて事故にでも遭うことだろう。

 駅前ダンジョンの内部は薄暗いため、保護色にもなり重宝するのは確かだがやはり暗いイメージを周りに与えていた。


「今日は駆除が終わったら報告の前に肉屋に行かないとな……。まぁ、今回は強敵相手で余裕はないか」


 昨晩の母からの当たり前の指摘を思い出して落ち込む和真。なぜそんな簡単なことにも気付けないのかと忸怩たる思いが彼を苛む。だが、それもいつものことだ。後ろを振り向いて悩み続けても前には進めない。

 彼は11年にも及ぶ空虚で孤独な部屋の中、それを学んでいた。


 もっとも。理解していても改善できるかどうかはわからない。

 全ての人間が器用ではないのだから。そして、器用な人間なら部屋で塞ぎ込んだりはしないのだから……。


「おはようございます。冒険者組合の佐々木です」


「あら、昨日の方ですね。少々お待ちください」


 事務所の扉を開き、開口一番挨拶をする。

 受付のおばちゃんは和真の顔を覚えていたらしく、身分証の提出を求めずに奥の部屋へと消えていく。昨日の担当の方を呼びに行ったのだろう。するとすぐに担当のおじさんが姿を見せた。


「おう、おはよう」


「おはようございます」


 昨日はされなかった朝の挨拶を交わして、さっそく本日の依頼が説明される。

 クイーンラットを倒せることを証明したためか、少しは信用を得られたのだろうか。心なしか、担当の男性から親しみを感じた和真。ぼっち特有の勘違いでない事を願う。


「昨日は結構な数が駆除できたんだがな。佐々木さんが帰ったあとに厄介な報告が来たんだよ」


「……ええ、らしいですね」


 昨夜、母との間でお見合いに関しての言い合いが始まったが、冒険者組合からの依頼の電話で中断された。その内容がオオトカゲとストーンゴーレム討伐隊への参加要請であった。


「ああ。組合からは軽く内容を聞いてるだろうけど、オオトカゲとストーンゴレームが一階層に出やがった。そのせいで、運の悪い初心者が3人殺されたよ」


「……死者が出たんですか。それは聞いてなかったです」


 たまにある話なのだ。突然、その階層には相応しくない強敵が発生することがある。奥から来ているのか、はたまた湧いて出てくるのか。その瞬間を目撃した者はいないため、未だに謎とされている。一つだけ断言できることは、ストーンゴーレムが強敵だということだけだ。


「そうか。まぁ、そういう訳でよろしく頼むわ。他の討伐隊参加者もそろそろ集まるだろう。隣の待合室で待っててくれ。集まったら詳しく話す」


「わかりました、では」


 手短な話も終わり、和真は入口右手にある待合室に入り隅っこのソファーで腰を下ろす。

 少し早く来すぎたのか一人だけである。今のうちに装備の確認をして時間を潰すことにした。それから20分ほど過ぎた頃、受付から数人の声が聞こえ始める。ようやく他の参加者が集まりだしたようだ。


「ちーっす」

「ども」

「ちっす。ストーンゴーレム楽しみっすね」


「おはよう。槍隊の皆も参加するんだ? お互い頑張ろう」


 待合室の扉が開き、3人の若い冒険者たちが入ってきた。お互いに知っているためか、少々馴れ馴れしい砕けた挨拶をしてくる。ストーンゴーレムが楽しみという考えは理解できないが、無難な返事をしてラウンドシールドを磨く作業に戻る。ちなみに槍隊と言うのは彼らのパーティ名だ。3人とも槍で戦うためにその名が広まったルーキーだ。さらに続いて。


「おう。ネズミの人か、よろしくな。槍も参加したのか、よろしくな」

「お、ネズミ狩りと槍隊がいるね。今日はよろしく」

「どもー」

「……ちっ」


「おはようございます。今日はよろしくどうぞ」


 昨日、ダンジョンで遭遇した4人パーティの面々も参加するようだ。最後に入ってきた坊主頭の男は、和真と槍隊を見て舌打ちをしてソファーに乱暴に座る。その態度に若い槍隊3人は眉を顰め、4人組の他メンバーはバツが悪そうに固まって座った。


「(何だあのじじい。うっぜ)」

「(無駄に年食ってるだけで偉そうにしやがってよ)」

「(何かあったら囮にしようぜ)」


(……空気悪すぎだろ。怖いなぁ)


 周りに聞こえるかどうかの小声で物騒な会話をする槍隊3人。

 近くに座っている和真には内容が届いてしまい居心地が悪かった。

 早くこの空気が変わって欲しいと願い始め、そして。


「おはよう」

「おはようございます」

「おっはーデス」

「おはおは」

「おはようでござる」


(――――ござるっ!?)


 そこに、討伐隊最後の参加者となる女性冒険者のみの5人パーティ。弓剣隊と呼ばれる地域で有名なパーティがやってきた。彼女らは高校時代に同じ弓道部に所属しており、弓術に優れた部隊で接近戦でも剣で戦える実力派の女性たちである。


「おおー! 明日香ちゃん久しぶり。一緒に討伐頑張ろうぜ!」


「ええ、よろしくお願いします」


 槍隊のリーダーである金髪と、弓剣隊のリーダーである明日香と呼ばれた女性が挨拶を交わす。どうやら槍隊のパーティとは同世代で顔見知りらしい。和真は顔と名前こそ知っているが、弓剣隊とは接点がないため詳しくは知らない。そのため、ござるが気になって仕方がないようだ。


「……ちっ、女子供が来るべき場所じゃねーのによ」


 その時、かろうじて聞こえる程度の声で坊主の男が愚痴をこぼす。それが聞こえた槍隊と弓剣隊のメンバーの表情が一瞬強張りその男を睨みつけた。場の空気が急激に冷えていくのを感じ、和真はラウンドシールドを装備して縮こまる。無意味である。


 そこに、ガチャリとドアノブを回して担当のおじさんが待合室に入ってきた。そのおかげで場の空気が和らぐのを確認した和真は内心で胸を撫で下ろす。(ありがてぇありがてぇ)


「おーし、参加者はこれで揃ったな。これから説明するから座って聞いてくれ」


 その指示に従い、先程まで緊張状態にあった弓剣隊も腰を下ろした。和真も盾を外して説明に耳を傾ける。それから担当のおじさんは咳払いを一つして、滔々と話し始めた。


「えーごほんっ。これから君たちには駅前ダンジョンに行ってもらい、オオトカゲとストーンゴーレムの討伐に当たって欲しい。すでに犠牲者も出ており、復興支援事務所としては地域の安全のためにも早急な対処が求められる。そこで冒険者組合に依頼したところ、空いているのが君たちだったというわけだ。是非ともよろしく頼む。わかっていると思うが、オオトカゲはクイーンラット並みの個体としての強さを持ち集団でいるモンスターだ。さらに、ストーンゴーレムに至っては高い防御能力を持つ強敵だ。はっきり言って倍の人数を揃えたかった。

しかし、慎重に戦えば十分に討伐可能な範囲であると冒険者組合は判断したらしく、現状の人数で依頼をこなすことになったわけだ。くれぐれも気をつけて欲しい。もし厳しいと判断したら躊躇せず撤退するように。決して無謀をするな。それが優秀な冒険者だと私は思う。

長々と話してしまったが、要するに危険度が高い依頼だ。死なないでくれ、始末書が面倒だ」


 見た目に似合わずスラスラと話をする担当の男。最後の方に本音が聞こえた気がするが、これ以上人口を減らしたくない考えが強く伝わってくる。


「討伐対象は恐らく第一層にいる。オオトカゲは少なくとも群れているはずだ。君たちには団体行動で動いて欲しい。ただ、佐々木さんは事情により一人で行動することになるので、斥候を行った後に後方に離れて討伐隊の安全を守ってほしい。それが基本となる」


「えっ!? 事情とはなんでござるか?」


「個人情報で答えられない。察して欲しい」


「「「あっ……(察し)」」」


(おいやめろ。そんな哀れんだ目で俺を見るな。好きで孤独じゃないんだよ。くっそ)


 空気の読めない黒髪ポニーテールのござる女子の質問で心に傷を負う和真。

 強敵に対する討伐隊が組まれる場合、特定の特性持ちは全体に影響を与える可能性があるため、冒険者組合の判断により個人情報として依頼主に伝える場合がある。そのため、担当の男は和真の呪いとも言える特性を知っていたのだ。


「(あぁ。ネズミの人が一人なのは、そういう理由だったんすね)」

「(しっ! 聞こえるだろ。触れてやるな)」

「…………」


 坊主パーティの新人がこそこそと話をしている。本人は和真に聞こえないようにしているつもりだろうが、普通に聞こえている。和真は耳を赤くして聞こえていないふりを懸命に続けた。ただ、それ以上に坊主親父が無言で和真を凝視していたのが印象に残る。


「ごほんっ! とにかく、佐々木さんは斥候で後に後方の守りを。斉藤さんの4人は前衛を。槍隊の3人は中衛を。そして弓剣隊は後衛で弓での攻撃を基本とした隊列を推奨します。あとは、臨機応変に現場の判断で頑張っていただきたい。以上です。何か質問はありますか?」


 どうやら、斉藤と呼ばれた人物が坊主男のようだ。担当の説明が終わり、特に質問も上がらずにブリーフィングはこのまま終わった。そしていよいよ、3パーティとぼっちの計13人の討伐隊は駅前ダンジョンに向けて出発したのであった。移動中、特性をバラされた和真は俯きながら、もみじの様に紅葉していた。


「佐々木殿、どんまいでござるよ」


「…………」

(うるせぇ! お前のせいだろ!)


 そしてショッピングモール内。駅前ダンジョンに到着した13人の戦士達。万全を期すために目が慣れるまで入口で待機し、和真が斥候として行動を開始するのであった。

 

「では、作戦通りに斥候を行います。皆さんは距離をとって後に続いてください。討伐モンスターや群れを発見した場合は連絡に戻り後方に回ります。左手の通路から探索を開始しますね」


「「「了解」」」


 和真は自分の行動を再度説明した後、斥候として『隠密』を発動して音もなく軽快に動き出す。その動きはまさに忍びであった。強化プラスチックとゴムで造られた防具は、金属製の鎧のように音を響かせることはなく重量もない。防御力は心もとないが斥候には向いている装備で、適材適所と言えるだろう。


 和真は左手の通路を小気味よく軽やかに進んでいく。そこに。


 ちゅう


 一階層の顔なじみ、オオネズミが一匹で姿を現した。周囲を警戒するも他に気配はなく、単独で徘徊している個体のようだ。スガンッ

 飛びかかってきた顔なじみを無表情で撲殺する和真。後ろに12人の仲間(自分を除く)がいるため恐れる必要などない。


 とっとと駆除して先を急ぐ。本当は解体処理を行い小遣いにしたいのだが、討伐隊として行動している以上は勝手に時間をかけられない。後方から来る仲間の邪魔にならないように、通路の隅に死体をどかして斥候を再開した。


 時折後ろを確認して討伐隊が付いて来ているかを確認する。万が一でもはぐれたら笑い話にもならない失態だからだ。和真には、いや斥候とは、注意深くも素早い行動が求められる役割なのだ。


 そして探索を開始して30分。和真は不安を抱き始める。


(おかしいな。普通はもっとモンスターと遭遇するのに……)


 それが不安の正体だった。

 普段の探索なら30分も移動に費やせば最低でも5匹のオオネズミと遭遇するはずだ。

 酷い時ではクイーンラットの群れと連戦すら有り得る遭遇率なのだ。それが一匹。

 あれからオオネズミ一匹としか遭遇していない。


 何かがおかしい。一度、後方の仲間と相談するべきなのでは?

 和真がそう考え、戻ろうとしたその時。――ついにダンジョンは牙を剥いた。


「――なっ!?」


 討伐隊後衛、弓剣隊リーダー明日香の狼狽する声が和真に届いたのだ。嫌な予感とともに後ろを振り向く和真。その視界には討伐隊が遠めに見える。その全員が和真に背中を見せており、戦闘態勢をとろうとしていることがわかった。その時、和真は状況を理解する。モンスターによる奇襲攻撃を受けたのだ。


「後方からオオトカゲの群れ! 奇襲でござる! 数は大凡30ッ!? 大漁でござる!」 


「な、なんで一本道なのに後ろからモンスターが!? くそっ!」


 ござること、宮本奥菜が大声でモンスターの正体と大凡の数を仲間に伝え、日本刀を抜刀する。

 同じく弓剣隊のブレインこと佐藤静がレイピアを抜いて応戦の構えを見せた。


「おーう、デンジャラースね。油断しまシタ」


「あらら、これは不味いわね。ここの道幅だと3人同時に戦うので精一杯の広さよ」


 討伐隊で唯一の外国人、アメリカからの留学生であるメイリーが油断を認めてスティレットを敵に向ける。弓剣隊一の長身の女性、赤髪に染めた高野菜々子はショートソードを抜きながら地の利がないことを理解し注意を促す。


「通路で奇襲を受けるとは、最悪だな。私と奥菜と菜々子が前衛。メイリーと静は弓の技能で援護を頼む。槍隊と斉藤さんの隊は通路の狭さに気をつけて、交代の準備を!」


「「「了解!」」」


 リーダーの明日香は狼狽から立ち直り、凛とした声で指示を飛ばす。それに従いメイリーと静は後方に下がり弓を構えた。槍隊と斎藤隊も異論を出さずに従い、それぞれが狭い通路で最善の行動をとり状態を立て直そうとしている。


 それを後方から見ることしかできない和真。

 彼はこれ以上近づけない。孤独の特性の効果で全体が弱体化してしまうからだ。

 危険な状況なのに助けに行けない。その不自由さと情けなさで和真は強く拳を握る。


 しかし、そんな暇が一番ないのは和真だったのだ。


 突如、和真と討伐隊の間の天井が音を立てて崩落する。

 突然のことで対処ができず、状況判断がひとつ遅れた。

 通路が塞がり部隊から分断されて呆然とする和真。


「何でっ!?」


 衝撃を受けた和真は驚愕を顕にする。

 続けて、その後方からさらに落盤の轟音が響き渡る。

 咄嗟に振り返る和真。その眼前には進む道さえも失った通路があった。

 いや、通路だったものだ。もう、どこにも行く場所がない隔離された密室。


 ダンジョンで出来た棺桶。


 逃げ場などない。助けなど来ない。希望は、まだ、あるのか?

 和真の脳裏に死の文字が浮かび上がる。立て続けに起きた予想外の出来事に思考が停止して打開策が思いつけない。

 しかし、悪夢はまだ終わりではない。ここからが本番だったのだ。


 動き出す落盤の瓦礫。


 物言わぬ無機質な肉体。

 その姿は巨人を思わせ、見るものに天を仰がせる。

 自身の二倍はあろう巨躯。圧倒的な質量と硬度の差。


 悪夢の先にいる強敵。


 孤立無援の和真にとって最悪な状況。

 ストーンゴーレムとの一騎打ちが幕を開けた。

 


 

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