ダンジョンで働く
事務所から徒歩15分ほどの場所。そこに駅前ダンジョンが存在している。
辺りには同業者の冒険者しかいない。戦えない一般人は寄り付かないエリアだ。
すれ違う者は戦えるもののみ。誰もが武器や防具を身につけている冒険者である。
駅前近くまで来た和真は、侵入前の装備チェックを再度入念に行う。
まずは、愛用している武器のステンレス製メイス。
剣とは違い、相手を撲殺することを想定して作られた棍棒の一種だ。
大きさは1m丁度。右手で握り具合を確かめて、左手で軽くノックのように叩いてみる。硬い。痛い。
「よし、問題ないな(?)」
これが彼にとっての大切なルーチンなのだ。意味はないがやらないと落ち着かない。何を確かめているのかは自分でもよくわかっていない。そんな心の準備体操だ。まだまだ特に意味のない確認が続く。
続いては盾。
軽量な強化プラスチック製ラウンドシールドを左手にセットする。そしてまた。
コンコンコン、右手で軽くノックする。
「よし、いい音だな(?)」
軽量の品物に相応しい軽い音が響く。
音の良し悪しなどわかるはずもない。だが、彼にとっては大切なルーチンなのだ。
さらに続いて鎧と兜だ。
盾と同じく軽量な強化プラスチック製で出来ている。
リスト、肘、膝、脛、キャッチャーのような胸当にヘルメット。
そして忘れてはいけない股間用のプロテクター。
「よし、違和感はないな」
ズレないように念入りに整える。着心地が悪いと戦闘中に辛いのだ。
それを和真は一度経験しており、十分な確認が大事だと身を持って学んでいた。
強化プラスチックの防具。
懐が寂しい和真では、この程度の装備が精一杯である。
いずれはお金を貯めてかっこいい装備品を手に入れるのを目標にしている。
ネットでは、ダンジョンから不思議な効果のある装備品が手に入るという夢のような情報もある。いや、実際には夢ではない。研究機関からも正しい情報として公開されており、ダンジョン製の装備を手に入れるのは冒険者の浪漫なのだ。それは、和真にとっても例外ではない。
そして左腰に差してある解体用のナイフ。刃渡りは25cmで手頃なお値段のため購入したものだ。
最後にリュックサックをしっかりと背負い準備完了。中には色々な道具が入っているが省略する。
「さてと、そろそろお邪魔しますか」
個人的に納得のいく確認を終えて、いよいよ和真はダンジョンへと足を踏み入れる。
駅前ダンジョン。某有名ショッピング店の中にできた謎の迷宮、その入口はB1食品フロアへの階段の途中にぽっかりと出現していた。その内部にはモンスターが生息しており、数が増えると地上に出てくることがわかっている。
そのため、定期的に駆除の依頼が冒険者組合から送られてくる。
地域でお金を集めて冒険者組合に依頼したり、ときには政府が依頼することもある。
それが冒険者組合を通して近場の所属冒険者に依頼される。派遣のような構造だ。
「では、お邪魔します」
駅前ダンジョンの入口で、挨拶をしてから侵入するソロ専門の冒険者。
普通はパーティを組んでの探索が基本だ。禁止こそされていないが、危険すぎてソロは推奨されていない、当たり前の話だ。
それでも、それでも和真にはパーティを組めない悲しい事情がある。どうか彼を責めないでほしい。
そしてどうか、事情を聞かずにそっとしてあげて欲しい。それが優しさというものだ。
ダンジョンに入ると、そこは薄暗い魔物の領域。
まずは目を暗さに慣らすため、しばらく入ったところで待機する。
その間、和真は辺りを見渡し警戒する。
ここは、坑道のような場所だ。
誰が整備したのか木材で補強されている箇所もある。
明らかに人工物なのだが、冒険者がやったわけではない。
謎なのだ。やはり宇宙人か何かの仕業なのだろうか。
和真はSNSで書かれている噂を思い出す。
あの日、天変地異が世界を襲い、ダンジョンが出現して神の存在が証明された運命の日。
あの時に神は言った。「試練に抗う力を授ける。その力を持って邪悪を滅ぼせ」と。
つまり、これは神の用意した試練なのではないだろうか?
そして、滅ぼすべき邪悪とはダンジョンを造りモンスターを生み出す存在なのではないか?
そんな噂や考察が未だに書き込まれ続けている。そして、誰もが口にする。抗うための力をくれた神様は、やはり偉大な存在であり、我々を見守ってくださっていた慈悲深き方なのだと。
本当にそうだろうか? そんな話を見聞きするたびに疑問に思う和真。
「いや、神の用意した試練ならば、黒幕は神様なんじゃないか?」と。
和真は神様のマッチポンプを疑っていたのだ。
しかし、口が裂けてもそんなことは言えない。
すでに超常の力を見せつけた神様は、色々な宗教の方々から崇拝されているからだ。
それこそ、悪口一つで異端審問で邪教徒認定を受け、火刑にされかねないほどの信仰を集めている。
触らぬ神に祟りなし。和真は疑問を飲み込み、真相を考察するだけで声には出さない。
「よし、目が慣れた。そろそろ働くか」
和真は思考を終えて行動に移す。
慣れた目は、はっきりとものを認識できる。その程度の薄闇なのだ。
注意すれば動くことに支障は出ない。
「オオネズミさーん、どこですかー!?」
坑道内で和真の大声が反響した。
さっそく寂しすぎてネズミ相手に呼びかける和真。
音を出し、モンスターに先に察知される危険を冒すべきではないのは常識だ。場合によっては自殺行為になる。
しかし、和真はあえて音を立て、自分の存在を主張する。悲しいぼっちの自己主張では決してなく、ちゃんとした理由がそこにはある。
ぺたぺたぺた ぺたぺたぺた
大声を出したことでさっそく複数のオオネズミの足音が聞こえ始める。
和真は盾とメイスを素早く構え、音のする方へと視線を移す。
ちゅう ちゅう
可愛らしい鳴き声とは思わない。その裏には悍ましい殺意がこもっているのを知っているからだ。
オオネズミは鳴き声で仲間と連携をとる習性を持つ。和真にとっては、数と居場所を特定しやすくする、ありがたい習性でもある。恐らく、鳴き声からしてオオネズミは二匹いる。和真は戦闘に備えてメイスを強く握り締める。入口からすぐ右手側にある薄闇の通路。その奥の曲がり角から鳴き声が響いてくる。そして。
――――2匹のオオネズミの姿を確認。
向こうも和真を確認して、猛スピードで距離を詰めてくる。
その速さは猫の全速力と同等だろう。猫と言われると侮るかもしれないが、初速も最高速度も人間より上なのだ。カピバラほどの大きさで牙を向いて突っ込んでくるオオネズミ。その恐ろしさは対峙した人間にしか伝わらない。それが2匹同時にだ。
数秒もせず、間合い近くにまで接近を許す。前方の左右から攻撃してくるつもりのようだ。
直後、オオネズミは和真にまったく恐れた様子も見せずに飛びかかってきた。それを冷静に待ち構えていた和真。
敵の速度を計算し、向かって左側のオオネズミを盾で弾く様にして押し返す。連続して右側のオオネズミにうまく合わせて上段からメイスを振り下ろす。気合の入った掛け声とともに、凶悪な鈍器が加速する。
「はぁっ!」
『強打』発動。『命中』発動。
渾身の一撃はオオネズミの頭部に直撃する。その瞬間。
『クリティカル』発動。――――グシャッ
血液に混ざり砕かれた骨が撒かれて通路を汚す。
弱点である頭部に攻撃が命中したため、威力を3倍に引き上げるクリティカルが発動したのだ。
強打で放った一撃は、その威力を増大させて獲物の頭部を粉砕する。
即死だ。
手応えだけでわかる。確認の必要はない。頭蓋骨が木っ端微塵になり脳髄が撒き散っていく感触。
間違いようのない仕留めたという確信。迷わず和真は盾で突き飛ばした残りのオオネズミに身構える。
そして即座に飛びかかってくる残ったオオネズミ。それは、仲間が死んだのに恐れを感じさせない突貫攻撃だ。いや、実際に恐れていないのだろう。獲物を前に、撤退するという選択肢を持たない愚かな害獣にしか見えないのだから。
「甘いっ!」
振り下ろしたままのメイス。そのまま下からの右斬り上げでオオネズミの下顎を狙う。
『強打』発動。『命中』発動。そして、『クリティカル』発動。――――ドゴンッ
重い一撃による衝撃音が響く。
下顎から頭部を粉砕された哀れなネズミは、その衝撃で吹き飛びながら地面へ転がる。
完勝。危なげない安定した戦いであった。それは、短い間ながらも堅実に戦ってきた、和真なりの経験の成果である。もっとも、オオネズミはダンジョンモンスターの中で最弱なので自慢にはならない。
「よし。余裕だったな」
勝利の余韻に浸ることもなく、辺りを再度警戒する和真。
経験上、戦闘が終わっても気を抜いてはならないと学んでいるのだ。
周囲に敵はいないと判断した和真は、オオネズミの右耳をナイフで切り落として袋にしまう。
駆除の証明として報告時に必要だからだ。
「血抜き血抜き」
さらに重要な仕事が待っている。
肉が傷まないうちに首を落として血抜きを行う。
これは肉屋に売るためだ。佐々木家の食料になったり金になる、とても大事な作業なのだ。
「内蔵がないぞう。なんてな」
腹を割き、丁寧に内蔵を取り除く。
腸や膀胱を傷つけないように素早く丁寧にやるのがコツだ。
内蔵を傷つけると悪臭が肉に付いてしまうため、価値が下がるのを避けるためだ。
皮は後で剥ぐのでビニールに包んでリュックに入れる。これで一段落、手馴れたものだ。
最初の頃はぎこちなく、顔を歪めてもたもたと解体していた。それが10、20と経験を積み、100を超えた頃には手馴れていた。すでに、引きこもっていたのが嘘のように逞しいおっさんに成長していたのだ。遅すぎるとも言えるが。
「……ふぅ。さてと」
一息つき、オオネズミの内蔵などをまとめてビニール袋に入れる和真。
これは捨てるのではなく、これから使う餌なのだ。とある獲物をおびき寄せるために……。
その後、邪魔にならないように臓物入りのビニール袋を左腰のナイフの隣に下げて移動を開始しようとする。すると、入口から見て左手側から声が上がった。
「やっぱりお前か。大声出して頭沸いてんのか?」
「あ、どうも。失礼しました」
30代後半と思われる坊主頭の男が和真に気づき声をかける。
その後から3人ほどゾロゾロとやってくる、4人パーティを組んでいると思われる冒険者たちだ。恐らく、先ほどの大声の反響に気づき様子を見に来たのだろう。20代から30代の男性だけのパーティで、どこか見覚えのある顔だ。名前は知らないが。
「あー、あんたネズミ狩りの人」
「あぁ。どっかで見た顔だと思ったら、ネズミの人か。元気してたか?」
「あ、はい。その節はどうも。皆さんもお元気そうで何よりです」
30代前後の男二人が和真に挨拶をする。口調からして敵意は持たれていないようだ。
和真も敵意など持っておらず、普通に挨拶を交わしてコミュニケーションを行う。最低限のコミュ力だ。
「はっ! せいぜい死なないように頑張れや。じゃーな」
「はい。そちらもお気を付けて」
口の悪い坊主男。彼からは和真に対して馬鹿にしたような悪意を感じるが、和真は別段気にした様子を見せずに静かに見送る。坊主頭を先頭に、ダンジョン入口から見て真正面の道へと彼らは進んでいった。
「じゃ、お先に~」
「ネズミの人も頑張ってね」
「(……先輩、ネズミの人ってなんすか?)」
「(あぁ、あとで教えるよ)」
小声の会話も聞こえるが、余計なトラブルを嫌う和真は無言のまま見送った。
全ては和真の予定通りだ。
(近くにいたのは1パーティだけか。左手側の獲物は狩られたと判断して右手側を進むのが良さそうだな)
大声を出した理由の一つがそれだ。反応するパーティがあれば、来た方向から獲物の多い場所などを推測できる。それと、入口でモンスターを呼ぶことで、後ろに退路がある状態で様子を窺えるのが二つ目の理由だ。大声程度でモンスターの大群が来るような状況は、すでに危険なため即時撤退を判断できる場所が好ましいのだ。
そう、全ては彼の経験からくる最良の選択なのだ。そして自身の判断だけで選択しなくてはならない。
なぜなら彼は孤独なのだから。彼は、彼自身の力で生き抜かなくてはならない。
なぜ、パーティを組んだり、他パーティの近くで身を守るという発想がないのかと問われれば、こう答えるしかない。
「特性の『孤独』を所持している人間はね、パーティを組めないし近くに人がいると周囲も自分も弱体化するの。だから、ずっと俺は一人だよ。寂しくないよ。彼女もできないし結婚も諦めたけど、寂しくないよ」
和真はそう答えるだろう。
それが、SNSで『孤独』を持つ人々が情報を考察して判明した事実なのだから……。
それを知った日、彼は生涯孤独な戦士として生きるのだと悟り、枕を濡らした。
そう。彼は、孤独なのだから。




