後日談 日常
「……というわけで、結婚が決まったんだが、どう思う?」
「酷いでござるな……」
「oh~免疫が無さすぎデスヨ」
「お兄ちゃんヘタレすぎ!」
前日の出来事を仕事帰りの飲み屋で話している最中、相談相手の3人から批難の声が上がり耳が痛い。
わざとやったわけじゃないんだ。仕方がなかったんだ。
「これから相手に誠意を持って接するとして。とりあえず、結婚おめでとうでござるよ!」
宮本から祝福の言葉をもらう。いい笑顔でサムズアップしてくるイラつく友人だが、なんだか照れくさいな。あれから一緒にダンジョンで働いてきた仲間だ、その祝いの言葉は純粋に嬉しい。まだ婚約段階なんだけどね。
「で、子作りはいつするの?」
「ぶっ」
『魅了』をウーラノスさんに封印されたアイが突っ込んだ質問をしてくる。
思わずビールを吹き出してしまった。そういう質問はやめてほしい。
「そういうのは、結婚してからだよ」
「うむ。誠意を見せるなら順序は大事でござるよ」
「えー。体の相性もあるんデスヨ? まずはヤっちゃいなヨ」
『そうだヨ』
「そうだヨ」
『チッ』
アイとカオスの反応が被り、不機嫌そうに舌打ちをするカオスは無視だ。
大人の女性となったメイリーが現実的な意見を述べてくるが、結婚前に手を出すのはどうだろうか。いや、男として性欲はある。もちろん興味はあるのだが、奥手な俺としては勇気がいるんだよ。
「むむむ。メイリーは不純な動機で一途な相手を弄ぶ気でござるか?」
「違いマース。子供ができない体質の可能性もあるのデスヨ? 相性も含めて確認するのは現実的デスヨ!」
「そうよ! 私も同じ意見よ!」
ふむ。宮本は結婚してから派で、メイリーとアイは手を出せ派か。
どちらの意見も一理あるし間違いではないと思う。
だが、俺としては。
「そういうのは結婚してからにするよ。その前に振られる可能性もある訳だしね」
多分、すぐに捨てられる気がする。
だって、俺だよ? すぐにボロが出て愛想を尽かされると考えている。
「振られることは無いと思うでござるよ。聞く限り、片思いを6年間も貫ける人柄なら問題はないでござる」
「女心は複雑ですヨ。奥菜の考えは甘甘でホットケーキデスヨ」
さて、どちらの予想が当たるのか。自信のない俺はメイリーの予想が当たると思ってしまう。できれば宮本の予想が当たって欲しいけどな。
その後はアイの奢りで食事を楽しみ、帰りに久しぶりに墓参りでもしようと相成った。
あれから6年、早いものだ。
◆
繁華街から離れた郊外、喧騒がなくなった静謐な墓所にたどり着く。
夜も遅く、辺りに人は少ない。目的の場所には二つの見慣れた人影が佇んでいた。
「おや、奇遇でござるな。用事があるとは墓参りでござったか。水臭いでござるよ、言ってくれれば一緒に来たというのに」
「……ござる。もう6年ですもの。いい加減、気を遣わせるのも悪いと思ったのよ。菜々子だって辛気臭い仲間の顔なんて見たくないでしょ?」
宮本の呼びかけに振り向いた二人。
明日香と静が先に菜々子の墓参りをしていたのだ。
ガイアの憑依体として完全に操られていた菜々子は、その時点で意識は完全に亡くなっていたのだろう。彼女の肉体はウーラノスに消滅させられて骨すらも残らなかった。
せめて墓だけはと6年前に建てたのだ。納骨室には菜々子の遺品などが納められている。
弓剣隊の4人は、たびたび花などを持って墓参りに足を運んでいた。生前に彼女が好きだったユリの花が強い香りを放っている。
「今頃、菜々子は転生してるのかな?」
明日香がポツリと呟いた。
ウーラノスに近しい人物の話では、その人物を葬った相手が崇拝する神の下僕として魂は転生するらしい。菜々子はどちらになるのだろうか。意識を殺したガイアの下か、それとも肉体を滅ぼしたウーラノスの下で転生するのか。神のみぞ知る運命だ。
いつか、生まれ変わった菜々子と出会える日が来るかもしれない。
願わくば、その再会が喜びで満ちることを祈る。
「きっと、幸せに暮らしているよ」
根拠のない慰めだが、俺にはこれくらいしか掛ける言葉がない。
「そうですね」と返事をする明日香は、どこか寂しそうな表情だった。
最後に全員で線香と黙祷を捧げて解散した。
◆
翌日。
「治安の悪化はないわね。この調子なら商業施設を充実させたほうがいいんじゃない?」
「……人口増加が著しい。教育施設や住居の拡充も必要だ」
「娯楽施設もほしいわ」
「いやいや、人口が増えるなら食料供給を増やすために自給率を上げることにDPを使うべきだ」
アイと政府が派遣した担当の方々が議論を戦わせている。
このダンジョンをどう発展させるのが好ましいか、データを元に将来を予測して開発計画を立てているのだ。
最初の頃は俺もアイに提案などしていたが、ここまで規模が大きくなると知識が足りなすぎる。餅は餅屋だ。すでに素人が口を出せる段階ではなくなった。
寂しさはあるが、それほどダンジョンが発展した証でもあるので喜ぶべきことだろう。
今ではアイの見張りと世話を兼ねたサポート役に徹している。
会議中は施設を警備して安全を確保する、そんな微妙なポストだ。
もっとも、このダンジョンで最重要人物であるアイのお付きなので顔は広くなったが。
「今日もお疲れ様です」
顔なじみになった施設警備員のおっさんが俺に挨拶をしてきた。
まぁ、俺も40手前のおっさんなんだけどな。
一応仕事中なので軽い会釈にとどめて職務に戻る。
安全な場所を警邏するだけの退屈な仕事に欠伸が出そうだ。
もちろん我慢するけどな。
◆
「はぁぁぁ。疲れたよ」
「お疲れ様」
『疲労を披露してるわね』
体感気温が寒くなり、ドヤ顔を決めてそうな妖精を殴りたくなる。
ようやく会議が終わったアイと合流した俺は、頭をポンポンと叩いて疲れを労った。
胸に両手を重ねて弱々しく溜息を吐く仕草があざとい。
「人口も増えてDPがっぽりだけど。増えた先から消えていく……」
「それだけ豊かになった証拠だよ。アイのお陰だな」
DPの獲得量が増えるのに比例して、それを使用するためにアイの労働時間も増えていった。そのせいか、最近は愚痴が多くなった気がする。
アイのメンタルケアを考えたほうが良さそうだな。今度、関係者に相談してみよう。
そう心のメモ帳に記録して、DPを消費する仕事に俺たちは向かった。
◆
「ただいまー」
「お邪魔します!」
「お帰りなさい。あら、アイちゃんも来たの? 今日もゆっくりしていってね」
本日の仕事が終わり、アイを我が家のディナーに招待した。
さっそく母がアイを撫で回して可愛がっている。アイも口では嫌嫌言っているが、満更でもないようで恍惚としている。ぷるぷるとした瑞々しい手触りが癖になるため、アイを撫で回すナデラーが増加傾向にあり、今ではスライム界のアイドルだ。
『ぺっ』
しかし、全ての人間が友好的というわけではない。
このような熱烈なアンチも存在している。それでも少しずつだがアイの懸命な貢献は周りから評価され始めていた。
ダンジョンマスターとの関係。徐々にだが対話による和解も可能であるとの考えが広まりだしており、そう遠くない未来でアイのお目付け役は終わりになるかもしれないな。
そんな日が来ることを楽しみにしておこう。その時は、警備員にでも転職するか。自宅警備員じゃなくて施設警備員だがな。
「お兄ちゃん、何してるのよ! ボケっとしてないで婚約者に連絡でもしなよ!」
「そうよ、アイちゃんの言う通りだわ。美紀ちゃんに連絡しなさい。同棲したっていいんだから早くヤッちゃいなさいよ」
我が親ながら酷い言い様だ。
仕方ない。このままだと二人にいじられるだけだ、少し電話でもしてくるか。
こうして、俺の賑やかになった日常は過ぎていった。




