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ぼっちの日本迷宮生活  作者: 書創
第二章 サンロードダンジョンで宝探し
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後日談 お見合いでやらかす


 ついにこの日がやってきた。

 結婚を前提としたお見合いに臨む日だ。女性と二人きりで向かい合って話す場所、つまりは逃げ場もなければ助けもない、そんな孤独な戦場に赴く時が来たのだ。


 正直な話、行きたくない。

 結婚したくない訳じゃないが、将来を考えたときの不安で手が震えてくる。

 そもそも、お見合いで出会った二人が仲のいい夫婦になれるのだろうか。

 そこからして不安でしょうがない。


 ただでさえ、女性経験が無いに等しいのだ。いきなりお見合いなんてハードルが高すぎないか。

 そう母さんに文句を言いたかったけど、親心を思うと断るわけにはいかないので俺は渋々だが了承した。


 写真を見せてもらったけど、18歳でおっとりとした落ち着きのある容姿の女性だった。

 もうすぐ38歳になる俺と20歳も違うのだが、本当に俺でいいのか?

 向こうからの申し込みらしいけど自信など全くない。


 相手の女性についてだが、どこかで見たような気もするけど詳しくは教えてもらっていない。

 母が言うには「とにかくいい子よ! 運命の相手よ!」とのことだ。

 何を持って運命の子とするのか、俺にはさっぱりだ。


 ただ、二度目の申し込みらしくて一途な子だとも聞いている。その点に関しては好印象だ。

 俺なんかに何度もお見合いを申し込むなんて、余程のもの好きで変わった子だろうけどな。

 スーツに着替えながら悶々としている俺は独りごちる。

 

「……そろそろ向かわないとマズイな。はぁ、行きたくねぇ」


『緊張してるんですか? 大丈夫です、即断られますよ。大船に乗った気で沈んでください』


「……うるせぇ」


 何度も時間を確認してソワソワする俺に、いつも通りのカオスが絡んでくる。

 いい加減、いつまで俺に憑依しているのか不安になってくるんだが、カオスには離れる気がないらしい。今度、真剣にお祓いを考えたほうがいいな。


 などと考えているうちに時間が迫る。

 もう行かないと遅刻してしまう。流石にそれは相手に失礼だ。

 俺は着替えを終えて母に挨拶をして会場に向かった。


「初夜まで待つ必要はないのよ?」


「やかましいわ!」


 玄関から外に出る俺に投げかけられた母の一言。

 少しはデリカシーをもってほしいと願うのは息子心というものだろう。

 いきなり38歳のおっさんに抱かれましたとか、相手の家族に殺されると思う。


『据え膳食わぬは男の恥よ。若さと勢いで乗り切るのも大事だと思う』


「若くもないし勢いもない性格だから……」


『かぁー。こんなしみったれた男の何がいいのかしら。相手の目は節穴ね』


 カオスからの誹謗中傷が心をえぐる。

 お祓いは決定だな。ウーラノスさんに会えたら土下座して頼んでみよう、ダメで元々だ。

 俺はカオスと言葉の戦いを繰り広げながら、お見合い会場に向かって歩いていく。


 しばらくして、勝手に予約された洒落たお店に到着する。俺という人間には合わない清潔感と高級感に溢れる場所だ。正直、緊張で落ち着かない、場違い感が凄まじい。意を決して受付の女性に話しかけて予約した者だと告げると、案内係が和室の部屋まで案内してくれた。


「こちらです。……佐々木様がお見えになりました、失礼いたします」


 そして、案内係が中にいるであろう人に断りを入れてから襖を開けていく。

 俺の心拍数が酷いことになっている。手汗が凄い、モンスターと戦っていた時よりも大量に流れている。脱水症状になるんじゃないかと本気で心配してしまうほどだ。


 流石に大げさだろうと思うかもしれないが、脇と背中が大変なことになっている。

 お風呂に入ってから着替えたんだが、自分の臭が心配になってきた。


「では、ごゆっくりと……」


 俺が呆然としているうちに、案内係の人が挨拶を残して消えていく。

 後は勝手にやってくれという経営方針なんだろうか、少しくらい助けてくれてもいいのにと心細く思った。


「……」


 開かれた部屋の中、彼女が真っ赤な顔で俺を見つめていた。

 目があった俺は呆然としていたことに気がつき、なんとか挨拶を口から絞り出して対面の席に座る。


「ど、どうも。本日はよろしくお願いします」


 この時点で精神的な限界に達しているが、まだ始まってすらいない事実に愕然とした。

 気まずい場の空気、お見合い相手の女性に見つめられる時間は拷問に等しい。

 「お願い、見ないで」と叫びたい衝動に駆られるが必死に耐える。


「あ、あの……」


 長方形の木目の机を見て、「人の顔に見えるな」などと現実逃避をし始めた頃、彼女の方から気を使って話しかけてきた。申し訳ない。ダメな大人でごめん。


「は、はい!?」


 冷静に返事をしたつもりが、声が見事に裏返った。その恥ずかしさのせいか、頭が真っ白になり視線をそらして掛け軸を見つめる。亀と兎が仲良さそうだな、などと一瞬のうちに思考がずれた。


「え、えっと……自己紹介から、しましょうか」


 意を決して彼女が提案してくる。

 そこで、彼女の目が凄まじい勢いで泳いでいることに今更気付いた。

 そうか、相手も緊張しているんだと当たり前のことに気づいた俺は、遅すぎるかもしれないが冷静さを取り戻していく。


 姿勢を正し、咳払いを一つして改める。

 

「……佐々木和真と申します、もうすぐ38歳になります。今日はよろしくお願いします」


 ガチガチである。

 声がカタコトになり思うように出ない。

 だが、なんとか言い切ることができたので及第点だ。


『とりあえず、裸踊りでもして場を盛り上げないと』


 カオスの声を無視して、赤く染まった顔で彼女を見つめる。

 そうすると、彼女も咳払いをして自己紹介を始めた。小さな手が震えている。


「わ、私は山本美紀と言います。今年で18歳になりました。よ、よろしくお願いします!」


 彼女もガチガチだった。

 所々でつっかえて、声も上ずっているのが初々しい。

 緊張しているのは俺だけではないとわかり、徐々に調子を取り戻していく。

 俺は、精一杯の笑顔を見せて無難な提案をした。


「取り敢えず、なにか注文して食べようか」

「は、はい!」

『普通!』


 これが俺の精一杯、もう無理。

 ボタンを押して、ウェイターがくるまでの時間を雑談に費やす。

 メニューを開き、好きな料理の話で時間を潰すのだ。

 そうしようとしていたら、彼女が突然爆弾をぶつけてきた。


「わ、私。ずっと佐々木さんのことが好きでした!」


 その上ずった言葉に衝撃を隠せない。

 俺のことが好きだった。その言葉がしばらく理解できなかった。

 ようやく咀嚼が終わり、その言葉の意味を理解した俺は純粋な質問を投げかける。


「……何で? 俺のことをいつ好きになったの?」


 だってそうだろう。「ずっと」ということは、過去に出会っていないと出てこない言葉だ。

 初対面の相手に使う言葉ではない。すると、彼女とは過去に会っているのか?

 まずいな、まったく記憶にない。


「オオネズミに襲われていたところを助けてもらった時にです。あの時は本当にありがとうございました」


「……ああ!」

『……ああ!』


 そう言われてようやく思い出す、あの時の子か。カオスも思い出したらしい。

 俺が駆け出しの冒険者だった頃、たまたま外に出てきたオオネズミに狙われてしまった不運な少女を助けたことがある。


 綺麗な黒髪だったろうに、雨上がりだったために泥まみれになっていた。

 あの時の少女が山本美紀さんだったのか、成長しているので気づかなかった。

 なるほど。それなら納得だ。


 あれから成長して立派な女性になっていたとは感慨深い。

 偶然通りかかっただけだが、助けられてよかった。

 そうか、あれから6年も経ったのか。改めて時間の流れを感じてしまうな。


「だから、それで。その、あの。ずっと、好きでした」

「……は、はい。ど、どど、どうも」

『反応が初々しくて反吐が出そう!』


 ようやく好意に得心がついたためか、好きと言われた事実を思い出して思わず体が熱くなる。彼女も同じようで体が真っ赤だ。この空気は耐えられない。


「……と、とりあえず。なにか注文しよう。せっかくだし、美味しいの」

「……はい。佐々木さんが選んでくれたのなら、何でも食べます」


 不意に俺の心に抜群に効く言葉が放たれた、とにかく話題を逸らそう。

 現実逃避をしても頭がパンクしそうだ。俺のことを好きなのはいいんだけど、今まで経験にないので対応に困る。俺は慌ててメニューを逆さまに開きながら視線を彷徨わせた。


「あの、メニューが逆さまですよ……」


 見つめられていると意識するたびに平静さを失っていく。

 再び頭の中が真っ白になり、意識が曖昧になっていった。

 気がつけば、全てが終わって何もかもが決められた後だった。


 あの後のお見合いでは「はい、そうですね」などと当たり障りのない相槌しか打っていない気がする。

 その記憶すら曖昧で、今更「何か大事なこと話しましたっけ?」なんて言える空気じゃないな。


 どうしよう……。


『男なら、諦めも肝心』

「マジか……」


 そんな、ろくでもない人生初体験のお見合いは無事に終わった。申し訳ない。


 



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