これからの話
参加者も揃い、今回の場を提案した組合長は全員を見渡したあとに咳払いを一つして話しを切り出した。
「今回はよく集まってくれた。忙しいところ悪いね」
見た目は30代前半くらいで役職の割には若く見える。恐らくはモンスター肉を食べており、見た目が若くなっているのだろう。対峙した印象では間違いなく最上級の冒険者と和真は肌で感じている。
もっとも、神々の力に比べれば子供のようなものだろうが。
「事の顛末は知っての通りだ。そこで、今回は君たちにお願いをしたくて集まってもらったわけだ」
「お願い、ですか?」
皆を代表して弓剣隊の明日香が首を傾けながら聞き返した。
「そうだ。事情を知ってしまった君たちにこそ頼める内容だ。もし、話を最後まで聞いてみてダメだと感じたら断ってくれてかまわない。そこは君たちの意思を尊重しよう」
「わかりました。それで、どのようなお話ですか? 何やらおかしな方もいらっしゃいますけど」
明日香がチラリと白いスライムを一瞥して疑問を投げかけると、周りからの視線を察したアイはぷるりと身を揺らして居心地悪そうに縮こまっていく。その視線には冷たいものがあったからだ。
しかし、それは仕方がないことだろう。
アイが原因で和真と弓剣隊は争いかけたのだ。
しかも事情を知ると、このダンジョンのマスターであり正体はモンスターのスライムだったのだ。
警戒と怒りを込めた視線を向けられて当然のことである以上、アイに対する敵意は責任をもって受け止める必要がある。
「そのことも含めて今から話す。まずは私の話に耳を傾けてもらいたい」
組合長は仕切り直し、改めて今回の要件を話しだした。
「結論から言うと、君たちにお願いしたいことはアイ君のサポートだ」
「――なっ!?」
組合長の言葉に耳を疑った一同がワンテンポ遅れて思わず驚きの声を上げる。
それは当然のことだ。冒険者組合のトップである鈴木宏太が口に出すような話ではない。
冒険者、いや、人類共通の敵であるはずのダンジョンマスターを駆除しないどころか手助けをする。彼はそう言っているのだから。
組合に所属する冒険者であれば、トップが乱心したと誤解してもおかしくない。それほどの内容だった。
「それは……」
「驚くのは理解している。だが、質問は最後まで話を聞いてからだ」
驚きのあまり口を挟もうとした静を無視して組合長は音量を上げて話し出す。まずは話を聞いてからにしろと目が語っている。
「君たちは疑問に思ったことはないか? インフラが破壊されて交易がなくなった状態にもかかわらず、物資が行き届いている事実を」
現在の日本に流れる物資、その背景を彼は語りだす。
まともな人間であれば気づくだろう。他国との貿易が途絶えた鎖国状態ともいえる日本において、さらには国内の道路や輸送手段にも大きな損害が出ているのが現状だ。
それなのに何故、物資が行き届いているのか。
人口が減ったにもかかわらず、物資の供給が異常と言える早さで回復したのだ。
食料もそうだが、おかしいのは衣類品や装備の充実具合だろう。そういった企業が残っていても、製造するために必要な資源がなければ作れるはずがないからだ。
しかし、現実には冒険者の装備を始めとして様々な資源により物が溢れている。
完全とは言えないが、この短期間で持ち直したのは奇跡と言って差し支えない。
それほどのことだったのだ。
「勿論、それには理由がある。ウーラノス様のご協力も大きいが、一番の理由は彼女のような協力者の存在だろう」
そう言って、組合長はアイに目を向ける。
ぷるりと震えるアイに全員の胡乱げな視線が突き刺さった。
「ぷるぷる。私、悪いスライムじゃないよぅ……」
「またまたご冗談ヲ」
アイの逃げ道を塞ぐように、容赦のないツッコミがメイリーから入る。
しかし、アイをフォローしたのは組合長であった。
「いやいや、ある意味間違ってはいない。こちら側に協力を誓ったマスターは彼女だけではなくてね、そういった彼らのお陰で日本は急速に回復できたんだ。皮肉な話だがね」
頬を掻きながら真面目な表情で組合長は話を続ける。
「人の中にも神を信じない者はいるだろう? それと本質は同じだ。ダンジョンマスターの中にも神を信じられなくなり考えを改めた者もいるのだよ。私たちには意志があり思想があるのだ。話し合い次第では協力関係を結ぶことも可能というわけだ」
「そうよ! 私たちを絶対悪だなんて思わないで欲しいわ!」
組合長からの擁護を受けたアイがぷるりと強気に主張する。
「……でだ。一部のマスターの協力が得られた組合が仲介者となり、政府との関係を取り持った。その結果、マスターたちには物資の提供を行なって貰う事になった。さて、その物資を創り出す方法だが。ダンジョンマスターの持つ力には様々なタイプがあり、その中でも共通しているのはDPと呼ばれるエネルギーを消費して様々な物資を創り出すことだ」
そう言って、組合長がダンジョンを見渡す仕草をすると、つられて一同も周囲を確認した。
目に映るのは大草原。地下にあるとは思えない青空と太陽まである。改めて考えると異常な光景だ。
「わかるかい? この大草原も青空も、全てはDPというエネルギーによるものなのだ。これこそがダンジョンマスターの力の素晴らしさだよ。その気になれば畑だろうが鉱山だろうが創り出せる。いや、そんな回りくどいことをせずに、始めからインゴットの状態で鉄もできるし剣も創れる」
その言葉に息を飲む一同。それが真実であれば大変なことなのだ、いわゆる『創造』の力にほかならない。確かにそんな力が得られれば日本を立て直すことも不可能ではない。
いや、それ以上のことすら可能だろう。偉大な神が揮う『創造』の力の一端をダンジョンマスターは使えるのだ。
その事実に考えが至った一同は改めて息を飲む。
懐柔が可能であれば仲間にするべきだ、この力を利用しない手はないのだと。
彼らは一様に思ったのだ。
「待ってください。そんな理由があるなら、なぜ、一般人や冒険者に事情を説明しないんですか? 協力を仰いでダンジョンマスターとの友好を図るべきでは?」
そこに、疑問を抑えきれずに再び質問をしてしまう静。
彼女の考えは誰もが思うことだろう。もっとも、少し冷静に考えれば分かることだが。
「……政府の犬である自衛隊などは当然知っている。しかし、一般市民や冒険者には教える段階ではないと考えている。まだ天変地異より1年も経っていない状態で、『元凶である存在たちは有能なので和解しましょう』などと遺族に言えるか? 少なくとも反対勢力が生まれる。国民が一致団結しなければ乗り切れないこの時にだ。ならば少しずつ印象を和らげていき、長い時間をかけて誤解を解くほかあるまい? それに、理解してくれるであろう一部の冒険者たちには話しているよ、ダンジョンマスターと接触できる実力者にはね。だから君たちには今まで知らせていなかった」
混乱を防ぐための配慮。そして、ダンジョンマスターを懐柔するにしても実力がないと足元を見られるため、一部の実力者にのみ情報を与えていたようだ。
それと、もう一つ大きな問題があった。
「まあ、一番の理由はガイアの居所を炙りだすためだ。そのためにも冒険者には自由に動いて欲しかったのだよ。幸運なことに、君たちのお陰で大成功を収めた。だからこそ、改めてお礼を言いたい。君たちのお陰で人類とマスターの共存できる未来に一歩近づけた。国民に公開できる日も近いかもしれない。ありがとう」
頭を軽く下げて、改めて礼を述べる組合長。
今回の騒動のお陰でガイアの居所を掴むことに成功したウーラノスは攻勢に出られたのだ。
勝利は確定していないが、勝算が十分にあるらしく日本の未来は明るいと和真は聞いている。
「このままガイアを封印すれば、恨まれるがこれ以上の侵攻はないだろう。母を人質にされれば彼らも大人しくなるはずだ。それに、ウーラノス様はガイアの夫であり息子でもある正統後継者だ。ガイアがいなくなれば彼らはウーラノス様に大半は降ると予想している」
「……私も同じ意見よ。母様の命令でこの世界に来たけど、無辜の民を好き好んで殺しているのなんて少数だもの。積極的に行動しない穏健派も意外といるのよ。母様が敗北することに思うことはあっても、暴れだすのは少数だと断言するわ!」
アイは組合長の説明の補足とばかりに口を挟み、槍隊の三人に水を向ける。
何故なら、槍隊はダンジョンマスターとの友好は可能であると学んだ当事者だからだ。
視線が集まったのを確認して槍隊リーダーの恭司が頷きながら語りだす。
「……あぁ、俺もそう思う。俺たちもアイちゃんに魅了されて捕まってたけど、ちゃんと飯も出してくれたしな。敵意や悪意は感じなかったぜ」
ガイアとウーラノスが消えたあと、槍隊はアイの自供によって隠し部屋に囚われている事が判明して救助された。何故アイが彼らを殺さなかったのかは実に簡単な話だ。殺すことよりも生かして捕らえたほうが実りが大きいからである。
ダンジョンマスターの力の行使に欠かせないDPという未知のエネルギーは、テリトリーにいる全ての生命体から得られる生体エネルギーを吸収して生み出されている。そのエネルギーは死体を吸収してもいいのだが、長期的に見れば生きてて貰った方が割がいい。
さらに槍隊は和真をおびき寄せるための口実としても使える上に、人質にもなるかもしれないとアイは厚遇で監禁していた。結果的には人質として使うことはなかったのだが。
そういう訳で、利己的な理由ではあるがマスターから見れば、殺すよりも生かすほうが得なのである。その事実を経験から理解できる槍隊が根拠の補足を行った。
ダンジョンマスターは母の命令で人類に敵対しているが、好き好んで人間を殺す理由がないのだと。
こちらからメリットを提示して、原因であるガイアを取り除くことができれば和解も可能である。槍隊はそう考えて主張したのだ。
話は逸れるが、槍隊はアイに魅了されて自分から喜んで無傷で監禁されてしまった。 男冒険者のパーティにとって『魅了』とは恐ろしい特性なのだ。
その効果を知っている一同は槍隊には同情的である。
「そういう訳だ。ダンジョンマスターが危険なだけの存在ではないとわかってくれたか? 」
組合長が全員と目を合わせて尋ねると、一同は理解を示して首肯した。
それに満足したように、うんうんと頷きながら組合長は話を続ける。
「それで最初の話に戻る。ついにこのダンジョンの制御権をアイ君に取り戻すことに成功した。ウーラノス様が憑依適格者を倒して権利を取り戻したからだ。これでダンジョンを好きに造り変えることができる。例えば、畑を作ったり牧場を作ったりだな。だが、それを実行する上でDPが必要になり、さらにはアイ君の見張りを兼ねて補助役も必要だ。流石に見張りもつけずに放置するわけには行かないからな。そこで事情を知る君たちに白羽の矢が立った」
組合長は再び全員の顔を確認して話し出す。
「我々には人材がいるのだ、DPのために人を入れる必要もある。はっきり言って、人手が全く足りていない。事情を知りマスターと戦える人材は本当に貴重な存在であり、治安維持に欠かせない自衛隊や一部の冒険者だけではとても足りないのだ。だからこそ君たちにお願いしたい」
ひと呼吸おいて、改めて彼は言う。
「このサンロードダンジョンで、アイ君のサポートをして欲しい。日本の復興のためにもお願いできないか? 勿論、組合や政府からも専門の人間がくる。そこに君達も加わって欲しいのだ」
これが、場を設けた組合長からの話の全てであった。
沈黙する一同。和真は目を瞑り熟考する。
社会復帰を果たして親孝行をしようと思った佐々木和真という一人の男。
その人生を振り返り考えた。これほどの社会貢献ができる機会に恵まれるとは思ってもみなかった。そして、ここまで自分が必要とされる存在になるとは夢にも思わなかった、と。
だからこそ、真剣に考えた。
冒険者として自分に出来ること、母親が望むであろう息子の幸せ。
より良い未来にするにはどうすればいいのか。このまま冒険者を続けるか、アイの手伝いをして日本の復興の礎になるか。和真にとって、大きな人生の岐路である。
和真は考えた。
しかし、思ったほど長い時間を熟考には必要としなかった。
生涯をかけてダンジョンの運営を手伝い、日本の未来に貢献する新たな人生。
それも悪くないと和真は思ってしまった。
ならば、答えは一つである。
「俺でよければ、お受けします」
そして、ぼっちだった彼の本当の迷宮生活が始まったのだ。




