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ぼっちの日本迷宮生活  作者: 書創
第二章 サンロードダンジョンで宝探し
33/39

VS スライムの女王 後編

 先制。アイが通常のスライムの5倍はあるであろう質量で突貫攻撃を和真に仕掛ける。

 背に装備していたラウンドシールドを左手に装着していた和真は、重い体に鞭を打ち、受け流すようにアイを迎え撃つ。


「甘いっ!」


 しかし、受け流しが終わる直前に肉体を変化させたアイが和真の無防備な脚に攻撃を仕掛けた。その変則的な攻撃に対処ができなかった和真。左足に直撃を受けて思わず尻餅をついて倒れた。


 足からは鈍痛が響き、軽く出血もしている。思わず和真は顔を歪めた。


 スライムの柔軟な肉体はまさに変幻自在の武器である。

 その回復速度は凄まじく、重量のあるアイの体当たりは直撃を受けてはいけない威力だ。

 伊達にダンジョンマスターを名乗っているわけではない。


 攻撃力だけならアーガンが上であろうが総合力ならアイが上回るかもしれない、それほどに超回復力と変幻自在な攻撃はやっかいであった。


 盾の隙間を的確に攻撃してくるアイに戦い難さを感じながら和真は独りごちる。


「強い……」


 恐らくだが、身体能力が弱体化していなくても苦戦は免れない強敵だろう。

 さらに尻餅を付いた和真にアイが追撃を繰り出した。


「そこっ!」


「させんでござるっ!」


 しかし、奥菜がカバーに入った。

 再び放たれた突貫攻撃を奥菜の刀が打ち払う。

 その威力は全力の半分もない弱々しい斬撃ではあるが、相手の勢いを殺して軌道を逸らすにはなんとかなる威力であった。


 これまで奥菜とて戦い続けてきたのだ。

 高校を卒業してすぐ、天変地異に巻き込まれて家族を失う地獄を味わった経験もある。

 そんな彼女がこの程度の窮地で諦めるなど絶対にありえない。


 奥菜は怠い体を引きずるように、無理やり力を込めて刀を振るう。


「やるわね! この前捕まえた三人組とは地力が違うわ!」


 アイは奥菜の気合に素直に賛辞を贈った。

 先程まで『孤独』の影響で行動不能になった経験があるからか、アイほどでは無いにしろ、その影響下にある者が健闘していれば素直にもなるのだろう。


 アイは一度距離を取り、今度は変則的な移動で攪乱を始める。


「は、速い!」


 アイの移動速度は並ではない。弱体化している和真たちには目で追うので精一杯だ。

 思わず和真が感嘆してしまうのも仕方がないと思えるほどに、あの軟体生物はどんどん加速してこちらを翻弄し始めた。


「どう!? 私のスピードに付いてこれるかな?」


「むむむ。これはやっかいでござるな」


 刀を正眼に構えながらアイを目で追う奥菜。

 しかし、彼女の目をもってしてもアイを追うのは至難の状態だ。

 和真が立ち上がろうとする直前、アイが狙ったように高速の攻撃を仕掛けてきた。


(もう一度、盾で逸らしてから今度こそ反撃だ)


 そう思い盾を構える和真。

 だが、その間合いに入る直前にターゲットを移して奥菜の方に突貫してきた。

 和真を狙うように見せかけたフェイント攻撃である。


「やぁっ!」


「くっ!」


 しかし、流石は奥菜。ギリギリの反応で突貫を捌くことに成功した。

 それでも表情は苦虫を噛み潰したようになっており、防戦一方で反撃する余裕がないことを物語っていた。

 

 どんなに攻撃を防げようとも倒せなければジリ貧なのだ、いずれは回復能力で劣る和真たちの体力が先になくなり膝を折る。


 防御だけでは話にならない。攻撃できなければ結果は覆せないのだ。

 和真と奥菜は歯ぎしりをしながら自身の無力を噛み締める。


「……宮本、ごめん」


 思わず本音が漏れる和真。

 本来の実力が発揮できたなら奥菜と和真で善戦は出来たかもしれない。

 それが出来ない理由は他でもない和真の特性のせいなのだ。


 悪気がないことなのだが、それでも足でまといになっている事実に悔しく思う。

 そんな和真から本音が溢れたのは当然のことだったのだ。


 しかし、奥菜はそれを許さない。


「和真殿、謝っている暇があるなら立ち向かうでござるよ!」


 彼女らしい檄が飛ぶ。

 奥菜の目線はアイに集中しており和真に一瞥もくれてない、それでも声と表情が雄弁に語っていたのだ。前を向け諦めるな。悔いるより今を見ろ。


 そう励まされたような気持ちに確かに和真はなったのだ。


「ああ……そうだな!」


 いい友人を持てた。

 その言葉は口には出さないで胸に秘めておこう。

 和真は背中合わせとなった奥菜に聞こえる程度の声で話しかけた。


「(このままだとジリ貧だ。隅に移動してアイの機動力を制限しよう。俺が前衛をやるから奥菜は後衛を頼んでも平気か?)」


「(むっ。それでは追い詰められる形にもなるでござるよ? 勝算はあるのでござるか?)」

 

「(一つだけある。ただ、使用後は置物になるから後は任せることになるけど平気かな?)」


「(……わかったでござる。後は何とかするでござるよ)」


 奥菜の心強い返事を聞いて胸を撫で下ろす和真。

 彼女にも分かっているのだろう、このまま戦えば削られて終わる。

 無茶であろうともリスクを承知で何かを起こさねば勝てないと。


「やあっ」


 相談の最中にも容赦なくアイは攻撃を仕掛けてくる。攻撃を読ませないように不規則に和真と奥菜に突貫攻撃を繰り返す戦術だ。

 言葉にすれば単純な戦術に思えるがタチが悪いことこの上ない。


 変幻自在の肉体で攻撃箇所を変えるのは勿論のこと、急制動による方向転換やフェイントも使用してくる。言わば全ての攻撃が偽装なのだ。

 移動時、攻撃時、回避時と全ての行動に変幻自在なフェイントを混ぜている。


 その上でこの速さ。


 徐々に徐々に、じわじわと削られながら二人は隅へと追い込まれていく。

 少なくともアイにはそう見えたはずだ。事実二人には余裕などなく、今にも崩れて致命傷を負ってもおかしくないのだ。


「ふふふ。もうひと押しだね! 遺言があれば聞くよ」


『ナメクジが調子に乗ってんなァ、おぉん?』


「ハァハァ……無いよ。生きて帰るつもりだから」


 余裕からかニヤリと笑うようにアイの体が震えた。

 二人の体には打撲痕や擦り傷が何箇所もできており、ひと目で優劣がわかる状態にある。

 

 故にアイは勝利を確信していた。

 和真の中にカオスはいない、少なくとも今はいないと。

 『魅了』が効かなくなったのは何かの間違いか、あの時点ではいた過去形なのだ。


 宿主が殺されるかもしれない状況で、カオスが力を貸さないなど不合理なのだから有り得ない。不滅の存在とはいえ魂を適格者に宿らせている状態で殺されれば少なくないダメージは受けるのだ。


 それなのにカオスの気配が強まらない理由は一つ。

 いないからだ。過去にいたとしても今はいない。

 あの時の接触で不審に思われて宿主を変えてしまったのかもしれない。


 これまでの情報を元にアイはそう推理した。

 故にアイは勝利を確信したのだ、カオスがいないのであれば勝つのは私であると。


 再びアイは不敵に体を震わせる。

 地底の隅に追いやられた二匹の獲物を見つめながら。

 しかし、その獲物の目には諦めの色は浮かんでいなかった。


 和真は奥菜を背にしてたった2人だけの隊列を組んでいる。

 観戦者がいれば嘲笑うことだろう、これは苦し紛れの悪足掻きだと。

 事実そうかもしれない。退路はどこにもなく隅に追いやられた形なのだ、和真が前衛で構えて奥菜が弓を構えているが、どう考えても悪足掻きに過ぎない。


 ボロ雑巾のように傷ついて隅に追いやられた二人に起死回生のチャンスがあるものか。

 アイからすれば例え何かしらの特性を使われたとしても負ける気はしなかった。

 いや、そもそも当たる気がしないのだ、機動力が違いすぎる。


 隅に獲物がいる以上、攻撃可能範囲は限定されてしまうがそれでも問題はない。

 相手は『孤独』で弱体化しており、負傷からさらに弱体化している。

 今は盾で体を隠して誤魔化しているが、動きが明らかに鈍っていて丸分かりなのだ。


 だから特性を使われても勝てる。

 仮に受けても一度くらいなら問題はないはず。

 勝利の確信、それはアイに楽観的な予想をもたらす結果となった。


 故にアイは行動する。

 弱った和真ごと後ろの奥菜も押しつぶす全力の突貫攻撃を。

 目で追えない超加速による突撃だ、受け流すのが難しい隅では致命的な結果となる。


 この一発で勝負が決まるほどの痛恨の一撃が期待できるのだ。

 そうすれば嫌な戦いも終わる。このプレッシャーからも解放される。

 きっと母様はカオスがいないことを見抜いて私に敢えて戦わせたのだ。


 可愛い子には旅をさせろと人間たちの言葉にあるらしい。

 アイはそう前向きに捉えて自分の勝利を確信したのだ。


「お兄ちゃん、さよなら!」


 加速のために踏み込んだ地面が抉れて吹き飛んでいく。

 その直後、加速した白銀のスライムが吹き飛んだ大地を置き去りにして和真に迫った。

 対する和真は、正拳突きを繰り出す空手家のように腰を落として盾を突き出す。


「無駄っ」


 しかしアイは動じない。そのまま突貫して盾ごと押しつぶすつもりだ。

 二重に弱った相手の防御など簡単に崩せると言わんばかりの気迫で勝負を決めに来た。


「行くよ」


 それに合わせるように和真は力を込めて発動させる、その限られた条件下でのみ力を発揮する特性を。


「『鎖国』!」


 アイの体当たりが直撃する寸前、スライムの肉体よりも輝く白銀のオーラが和真の体より解き放たれた。この薄闇の地底を染める穢れ無き純白の光。

 見る者の目を奪う神々しき守りの煌めき。


 偉大なる神の加護が和真を包み込み、鉄壁を超える不沈艦へと変貌させた。

 そして次の瞬間、アイと盾の接触面より衝撃波が周囲に伝播する。

 

「ぐうっ……」


「くうぅ……」


 その余波だけでも後衛の奥菜に大きな影響を与える威力だった。

 本人たちは歯を食いしばって弾かれまいと力で押し込む。

 ぐぐぐと声を漏らしながらも互いに一歩も引きはしない。


 アイは気づくべきだった。盾で体を隠していたのは『手当』による治療のためだったのだ。

 負傷分の弱体化を計算にいれてしまったアイは、負傷の回復している『鎖国』状態の和真と激突してしまう結果となった。


 それはアイにとっては想定外だった。まさか渾身の体当たりが防がれるなどとは思ってもいなかった、それでも勝利への執念は彼女を魅了して止まない。

 そしてそれがアイに不退転の選択を取らせてしまう。

 

 だが、ここは一旦引いて態勢を立て直すべき場面であり致命的なミスである。

 一人相手に時間を割くなど優れた素早さを殺す悪手でしかない。

 何故なら、相手は和真一人ではないのだから。


(隙ありでござるよ!)


 和真に集中してしまったアイの失敗。

 想定以上の余波で面を食らった奥菜であったが、立ち直りが早いのも彼女の長所である。

 すぐさま後方より隙を窺いアイへの攻撃を狙っていたのだ。


 技能を込めて放たれる矢の威力はライフルの弾すら圧倒する。

 その渾身の一矢は吸い込まれるようにしてアイの体へと入っていった。


「あ゛あ゛ああぁぁ」


 アイより悲鳴が上がる。

 意識の外から放たれた痛みは彼女の隙を付き大きな損傷を与えたようだ。

 地面に転がる白いスライムを見て、和真は涙を堪えて追撃を加えた。


「いやあぁぁぁ」


 痛みに悶えるアイ。

 威力は落ちているが技能の込められた破壊はアイにさらなる損傷を与える。

 4回5回と連続して放たれる打撃によってアイの体が削られていく、周囲には白いゲル状の体液が散らばり回復能力を上回るダメージを蓄積していった。


「うううう゛」


 耳障りな叫び声が和真の良心を犯していく。

 彼女は人間に対する明確な敵意があるわけではないのだ、あくまでも神である母の意思を汲んだだけなのだ。それでも人類に害をなすなら和真は倒す必要がある。


 例え、本心では殺したくないと願っていても和真は冒険者としてやり遂げる義務があるのだ。連打を浴びせる和真の歪んだ表情は、どちらが被害者かわからなくなるほどの悲痛な顔だった。


「……おか゛ぁさ゛ん……助゛け゛て……」


 悲しいスライムの断末魔のような救いを求める願いが漏れた。

 一瞬の判断ミスが招く敗北、それはどんな時でもあっけなく訪れる。

 どんなに回復能力があっても不死身な存在など神以外にはいないのだ。

 能力以上の損傷を受ければ崩壊は時間の問題でしかない。


 アイは力なく横たわり救いの言葉を溢し始める。


「死に゛た゛く……な゛い゛……助けて゛……お母さ゛ん゛……」


 アイの言葉以外の静寂が辺りに満ちる。

 止めを刺さずとも長くはない、超回復の範疇を超えたダメージなのだ。

 それを悟った和真と奥菜は沈痛な面持ちで俯いている。


 だが和真の手当を使えばまだ回復の見込みはある。

 彼女の回復能力と外部からの手当が重なれば間に合う希望は存在していた。

 しかし、彼女は敵なのだ。倒すべき人類の敵。


 その事実が和真の胸を締め付けていた。


「……何、で? お母さ゛ん゛……」


 彼女の命の灯火が小さくなり始める。

 これ以上苦しまないように止めを刺すべきだろう。

 動けない和真を見て、奥菜は刀を握り締めた。


 しかし、そこで手を止めることになる。


 頭上から小さな音が響いて眩い光が地底を照らし始めたのだ。

 それは、落とし穴の開いた結果。誰かが和真たちを救出に来たのか新しい犠牲者がやってきたのか、和真と奥菜は目を開いて天を仰いだ。

 

 同時に『鎖国』の発動に必要な閉鎖空間の条件が満たされなくなったことにより和真は代償を支払うことになる。じわじわと身体を蝕む倦怠感が現れ始めた。


「何だ? ……何で開いたんだ?」


「わからないでござるが、油断はできないでござるよ」


『……』


 戸惑う二人をよそに、アイの状態は刻一刻と悪化を辿る。


「……あぁ……ぁ」


 ピクピクと痙攣するスライムの肉体、そこから漏れ出る悲痛な呻き。

 和真は再びアイの様子を見て、やるせない思いで涙が出るのを堪えた。

 そしてアイの隣に座り込むと、そっと優しく撫でる。


「……ごめんな」


 意味のない謝罪だ。

 偽善なのか許しを請うているのかわからない。

 ただ自然と謝罪の言葉が溢れてしまったのだ。


「……ぉ母さん……なんで?」


 スライムの肉体に涙のような雫が垂れた。


「アイ。もし、もしもガイアがアイを見捨てたなら、俺の仲間になってくれ。人間に害を与えるのをやめてくれ。そうすれば助けられるんだ。……頼むよ、アイ」


 和真は願う。

 これ以上、敵であっても苦しむ姿を見たくないと。

 だから彼は優しく語りかけた、アイが母からの呪縛を断ち切れるように。


「……うぅ……私は、捨てられ……たの?」

 認めたくない疑問に、アイは白い体をゆっくりと揺らしながら自問する。


「わからない。でも、俺が親ならもう助けてる」

 その言葉を拾い、和真は自分の思いをアイに伝えた。


「……私は、役に、たてな、かった……の?」

 縋るように、アイは許しを請うように和真に問いかけてみた。


「十分に頑張ったよ。一人だけで戦ったんだ、俺にはわかるよ」

「じゃあ、何で、助けに……来て、くれないの?」


 アイは消え入りそうな声で最後の質問を投げかける。


「……ガイアが子供を愛する母親なら、すでに助けているはずだ。それが答えだよ」


 それが止めとなった。

 和真は言ってしまったのだ、母親にすがる孤独な少女に。

 残酷な現実を突きつける無慈悲な刃に等しい推察を口に出したのだ。

 その言葉を聞いてアイは静かに咀嚼する。


 じわじわと現実を噛み締めて悲しみの涙をスライムは流した。

 自分は捨て駒にされたのだ、愛されていなかったのだ。

 その事実が染み込んできてアイは嗚咽を漏らし始める。


 私は、母に、愛されてなどいなかった。

 確信が少女の胸にすとんと落ちた。

 和真は優しく子供をあやすように撫でて、もう一度アイを説得する。


「アイ、頼む。今なら間に合う、治療ができる。だから頼む、俺の仲間になってくれ。真実を話してくれないか?」


 長い沈黙が流れる。その言葉を反芻して少女は答えを出そうとしている。

 その間にも和真は代償による衰弱が始まり、タイムリミットが近づいてきていた。

 残された時間は長くない。和真にとってもアイにとっても。

 そして、そのときは訪れた。


「……優しく、して……くれる? お兄、ちゃん」


 長かった沈黙は終わり、少女は新たな一歩を踏み出した。

 創造主を裏切る大きな決断、人生の分水嶺。

 その難題に一つの答えを出したのだ。

 ようやくアイに、和真の願いは届いたのだ。


「……ああ、勿論だよ」


 疲れきっても優しさを感じる声が、アイの胸に響いていった。





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