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ぼっちの日本迷宮生活  作者: 書創
第二章 サンロードダンジョンで宝探し
32/39

VS スライムの女王 前編


 アイが大地を思い切り蹴飛ばすことで生み出す爆発的な加速は一瞬にして二人との間合いを詰めた。とても少女の身体による身体能力とは思えない。

 やはり、アイはダンジョンマスターなのだ。その事実を二人は肌で感じている。


「くっ……速いでござる!」


 攻撃が届く間合いのギリギリ外。ここでアイは思考を高速回転させた。


(どう攻めようかな。私の魅了は効いてないけど手を繋がせることで機動力や攻撃力を激減させている。それに、お兄ちゃんの『孤独』の効果で身体能力も弱体化しているはずね。これならどう攻めても勝てるかな? いいえ、安全策を取るべきね。どちらか一方を倒せば『孤独』の効果がなくなって元に戻ってしまう。それなら両方同時に痛めつけて倒すべき。仮にどちらかを倒すのであれば、一人だと『魅了』の効く和真お兄ちゃんを残すべき。つまり、あの女から倒すか両方同時に倒すかの二択ね!)


 攻撃が交差する直前の刹那。


 その一瞬に近い時間でアイは戦術を組み立てた。

 合理的に確実に。そして二人を倒して自身の生存を掴み取る。

 そのための手段をアイは躊躇わずに判断した。


「食らいなさいっ!」


「むっ!」


 掛け声とともに突然手の平から現れた剣で素早く奥菜に斬りかかる。

 その狙いは単純で、奥菜を殺した後にカオスさえ現れなければその瞬間に勝利が確定するからだ。和真は『魅了』できるため敵ではない。しかし、それは楽観視だとも理解している。


 和真は一度『魅了』を解いて、自我を取り戻した経験があるのだ。

 それがスキルかカオスによるものかはアイに断定することはできない。

 それでも、楽観視してでもカオスがいないことを前提として戦術を立てる必要があるのだ。


 いた瞬間、敗北が決まる相手など考慮する意味はない。

 すでに戦う以外の選択肢がない以上はカオスがいないことを願うしかないのだ。

 仮にカオスが出てきたら不可能だろうとも相打ちを狙う覚悟。


 それが、アイの親孝行。


 いざとなればきっと母さんが助けに来てくれるはず。そう信じているアイにとっては残された選択肢の中でも最良の戦術。それが、奥菜から狙って切り崩すという判断であった。


 今この瞬間もアイの疾風の袈裟斬りは奥菜に迫ってきている。

 『孤独』により弱体化しており、さらに片手で振るう奥菜の刀では受け流すことも至難の業だろう。それでも奥菜は受け流しでやり過ごす選択肢しか選べない。


「くうっ……キツイでござるな!」


「よく避けたわね。でも次は!?」


 初撃の受け流しに成功した奥菜。しかし、返しの刃が再び迫る。

 『孤独』の範囲内弱体化効果は仲間意識や愛情や友情、そういった強い絆で結ばれているほどマイナス効果も比例して高まる悪質な特性だ。

 思いの強さがそのまま反転してマイナスになる能力。


 少なからず宮本奥菜を信頼して友人と思っている佐々木和真にとって、その弱体化効果はかなりの効き目を持って両者を蝕んでいた。


 片手が塞がり身体能力も低下した状態。奥菜の受け流しが何度も成功する状況ではないのだ。アイもそれを察しているだろう。


だからこそアイには無意識な油断があったのかもしれない。相手は『魅了』による仲間割れを恐れて手を繋ぎながらでしか戦えない。そう思ってしまっていたのだ。 


 だからこその判断なのだろう。

 戦いが避けられないと感じた時、和真と奥菜は繋いだ手に力を込めて目配せをしていた。

 二人は理解していたのだ、この状況を打開するアイが気づいていない逆転の奇策に。


 そう。全ては逆転の発想なのだ。


 仲間でいられると迷惑この上ない和真という有害物質、悪性腫瘍。

 これを逆に利用する。


 「あげちゃってもいいさ」。誰かの言葉が脳裏を過ぎる気がした。

 この、近くに『仲間』でいられると厄介な存在を相手にプレゼントする。

 それが二人の奇策であり唯一の勝ち筋でありアイの無警戒なウィークポイントと判断したのだ。


 和真とアイが出会った時に、「孤独の特性は効かない」と言っていた。

 しかし、彼女がダンジョンマスターであると公言した時からその言葉を和真は疑っていた。


 そう都合よく『孤独』の特性が効かない存在などいるだろうか。

 そんな可能性よりも、もっと現実的な可能性。つまり、彼女が和真を探るための嘘であった可能性の方が高いと考えたのだ。


 ダンジョンマスターならばモンスターを指揮することも可能なはず。ならば弱体化しようが問題なく演技をして戦えたはずだ。


 それに、近くに敵がいる戦闘中でなければ『孤独』による能力低下異常は発生しない。そうでなければ母親や普段関わる相手にも効果が出る歩く災害になってしまう。

 なのであの時点ではアイに『孤独』は発生しない可能性が高く、アイが嘘を言っている可能性が十分にあるのだ。


 それに、理由はそれだけではない。あの時点ではアイは仲間になったふりであり、潜在的な敵であることから『孤独』が仲間と判断せずに効果を及ぼさない可能性もあったのだ。

 これは検証していないのでわからないが、可能性としては存在する。


 それ故に和真は『孤独』がアイに効く可能性に賭けたのだ。


 この考えが正しいのかどうかはわからないギャンブル。一か八かの賭け。しかし、逆転の可能性はこれしか思いつかない。


 故に、和真あしでまといをプレゼント大作戦を選択したのだ。


 アイの斬撃に歯を食いしばり、何とか二撃目の受け流しにも成功した奥菜。アイが一旦体勢を立て直そうと距離をとったその合間。

 改めて目配せによる合図を行いその奇策を決行した。


「アイちゃん……」


「何? 命乞い? お兄ちゃんが本当のことを言って私に危害を加えないなら考えるよ。このダンジョンでDP稼ぎにペットとして飼ってあげる!」


「……アイちゃんを傷つけたくないわ。でも、話すことは何もないの」


「そう、残念。やっぱり戦うしかないわ!」


「いいえ、私とアイちゃんは戦う必要はないの……」


「――うん? どう言う意味?」


「……だって、私たち。ズッ友でしょ!?」


 その瞬間、害悪は解き放たれた。


 奥菜がアイとは離れた所に和真をぶん投げたのだ。

 その直後に『魅了』の効果が和真を襲い、奥菜の敵へと精神が汚染されていく。


「はぁ!? な、何を?」


 予想していなかった動きに困惑が隠せないアイ。

 しかし、すぐに理解することになる。

 その奇行がもたらす悪影響の凄まじさに。


「――――っ!?」


 アイに異常が発生する。

 まるで後頭部を鈍器で殴られたような衝撃が体全体に走り抜けた。

 筋肉が重く、ピクピクと痙攣する箇所もある。

 気力が減退して戦意が萎えていき、今にも膝から崩れそうな脱力感に襲われた。


「ほ、ほげェー?」


 アイはたまらず奇妙な呻き声を漏らす。

 突然体を襲った異常、驚きのあまり思考と行動が止まってしまった。

 その効果は尋常ではなく、気力と体力が凄まじい勢いで失われていく。


「……あう……ぅ?」


『スライムはやはりクソ雑魚ナメクジ。私の正しさが証明されたわね』

 

 目の焦点が合わずに口から涎を零すアイ。

 二人は『魅了』を恐れて手を繋いだままのはず。

 その根拠のない願望とも言える確信が判断を誤らせたのだ。


 仮に『孤独』の効果を受けても、奥菜一人に二人掛りで戦えば余裕と考えたこともあるのだろうが、アイは『孤独』と『魅了』の相性の悪さを完全に見誤っていたのだ。


 『孤独』は所有者のメンバーに対する想いの強さに比例してマイナス効果を発揮する。

 そして『魅了』は異性であれば自分の虜にする効果を発揮してしまう。それこそ、あらゆる犠牲を顧みずに命を賭けて守ろうとするほどの効果を与えてしまうのだ。


 その想いの強さが、全てマイナスへと転じて弱体化を二人に与える。


「うぅ……ぁ、か、体が……」


「ぐ……」


 結果、重篤な症状としてアイと和真を襲ったのだ。

 立とうとする気力も起こらないほどの脱力感に戦おうとする意志すらも消えかねない無気力感。今、二人は地に這いつくばり必死に『孤独』に抗うことしかできない。


 宮本奥菜、ただ一人を除いて。


「お、恐ろしいでござるな。これ程とは……」


「うぎぎ……こ、これは『孤独』の、効果なの……?」


「そうでござるよ。……そして、終わりでござるよ。許されよ」


 やっと自分に異常を与えた原因に思い至ったアイ。

 しかし、すでに手遅れだった。すでに奥菜は間合いに入り刀を振り下ろす直前だった。

 無防備なアイに放たれる無慈悲な刃、回避は不可能。奥菜は和真に敵として判断されているためかマイナスの効果が出ていない。


 さらに、手も繋いでいないため両手による全力の一太刀が振れるのだ。

 奥菜から放たれる斬撃に、アイは必死な形相で痛みに耐えようと歯を食いしばる。そして。


「うぎぃっ!」


 技能により威力が重複され強化されている斬撃がアイの体を容赦なく切り裂いた。

 堪らず叫び声を上げるアイ。白い体はザックリと上半身と下半身に分断されて、白いゼリー状の体液と思われるものを撒き散らした。


「ううっ……痛いよぉ……」


「すまぬ……」


「やめて……くれ、宮本……頼む」


 強烈な痛みに涙を流すアイ。例えスライムの肉体であっても痛覚はあるようだ。

 少女の歪んだ顔が奥菜の胸に罪悪感を芽生えさせ、魅了されている和真は愛するアイの無事を祈った。


 誰も望まぬ戦い。

 

 誰も戦いたくはない。それでも避けられない理由がそれぞれにあるのだ。

 その理不尽に胸を痛めながらも奥菜は止めを刺そうとする。しかし。


「……まだ、諦め、ない」


 アイは諦めなかった。

 ダンジョンマスターとして母から授かった力の行使。

 魔体スライムの効果を解き放ったのだ。


 二度目の斬撃を放たれる直前。

 アイの体が白く輝くと同時に和真とアイの症状が激変していく。

 そして、その症状の変化は奥菜にも訪れた。


 先ほどとはうって変わり体調が悪化していく奥菜。

 先ほどよりは大分マシになったが絶不調の和真。


 最後に、球状に近いスライム形態となった白く輝くクイーンスライム。

 一瞬にして場の状況が変動したのだった。


「な、何をしたんだ? アイちゃん!」


「うぐ……また気分が悪くなったでござる」


 女言葉ではなくなり、正気に戻ったように見える和真がスライムに質問した。

 そう。その白いスライムがアイであった者なのだ。

 この姿こそ恐らくはアイの本来の姿なのだろう。

 

 スライムはぷるぷると瑞々しい体を揺らして和真の質問に答えた。


「ぷるぷる。……『魅了』を持った人間を吸収して再現してたけど、やめたのよ」


「なるほど。そういう事でござったか。だから、神の祝福をダンジョンマスターが使えたのでござるね?」


「……そうよ。このダンジョンがある上層部の町並みも、私の魔体スライムの力である吸収と合体で造り出したのよ」


「……そうなのか」

 

 淡々と語るアイ。

 『魅了』の能力が使えたのもスライムが人型だったのも、全てはガイアにより授けられし力。魔体スライムによるものだったようだ。


 真実を知った和真は下を向く。

 あれほど恋焦がれた相手から、もう同じ感情は湧いてこない。

 ただただ虚しさとやるせなさで悔しく思うだけだった。


 それでも、それでも可能性があるのなら。

 そう思い和真は再び口を開いた。


「もう戦いたくない。人類の敵にならないのなら無理に倒す理由もない。だから、アイちゃん。どうしても戦いは避けられないのか? ガイアには人間を困らせる正当な理由でもあるのか?」


 悲痛な顔で和真は尋ねた。

 相手がスライムであろうとも、会話が通じるのなら共存の道があるはずと信じて。

 だが。


「無理よ。母様はカオスの永久封印を望んでいる。ウーラノス様がカオスを匿う限り、母様は物理族を決して許さない。カオスの魔法族とウーラノスの物理族を根絶やしにしてでも目的を果たそうとする。子供である私は、それに従うしかないの……」


 スライムの表情はわからないが、アイの発する弱々しい声でまるで感情が伝わってくるようだ。

 本当は戦いたくない。本当は傷つきたくもない。死にたくもない、怖いのも嫌だ。

 それでも母のために、母の命令だから、母の子供だから。


 アイはガイアのために行動しなくてはならない。そう教えられて育ったのだから。

 そんなやるせない想いが詳細に伝わってくるような声と雰囲気をアイは確かに出していた。


「物理族と魔法族、詳しくは知らないけど俺たちのことなのか? アイちゃん。よかったら詳しく教えてくれないかな? 戦わなくて済む打開策が思いつくかもしれない」


「……拙者も、気になるでござる。ウーラノスという名前も初耳でござるよ」


「……本当に、何も知らないのね。じゃあ、カオスも……」


 知らない言葉に興味を持つ和真と奥菜。

 あのとき、天変地異によりガイアの子供達であるダンジョンマスターがダンジョンとともに現れた。


 ならば、そのガイアの目的こそが事態解決のための糸口になるはずだ。

 

 一般冒険者の和真には荷の勝ちすぎる話だが、少なくとも改善に向けた行動はできるかもしれない。それに、現状のアイとの殺し合いが回避できるのなら聴く価値はある。

 和真はそう思い提案した。しかし。


「……無理よ。その様子だと本当にカオスがいないのかもしれないけど、もう手遅れよ。私が殺らなくてもこのダンジョンからは生きて出られない。早く諦めて。そうすれば苦しまずに殺してあげるから……」


 アイは静かに震えて和真の言葉を否定した。

 そしてアイの言葉は続く。


「それに、ホラ。お話に夢中になってくれたお陰で体も回復してきたの。もう戦えるよ」


「……なんと!?」


 声を上げて驚く奥菜。

 気づけば両断された体は合体して傷も治りかけていた。

 これがスライムの女王の再生能力なのだろうか。

 せっかくの好機を会話に気を取られて失った和真たちにアイは語りかける。


「これが最後のチャンスだよ。お兄ちゃんの中にカオスはいないの?」


「……いないよ。そんな凄い存在がいるのなら、情報提供や戦闘で協力してくれるはず。つまり、アイちゃんを倒してしまっているはずだよ。もし居たとしたら、そいつは役に立たないポンコツ神という事になってしまう。そうだろ?」


『怒だよ? 激怒だよ? 今度体を乗っ取って全裸で徘徊しておくよ?』

「(やめて、これ演技だから。やめてお願い)」


 口元を隠してカオスに言い訳をする和真。

 和真としては話してもいいのだが、ガイア絡みで厄介なことにしかならない予感がある。

 それに加えてカオスの制裁が待っている。ならば、とぼけるしかないのだ。

 何も知らない一般人を押し通す。それこそが和真の選んだ答えだった。


「そうだね。私もそう思う。でもね、母様は確固たる証拠が欲しいんだ。1%でも間違いがあっちゃだめなんだ。それを確かめるには誰かがお兄ちゃんを殺さなくちゃいけない。でも、カオスがいたら確認した者は殺される。だから捨て駒が必要だった。……そう、捨て駒が」


 アイは悲しそうにぷるぷると震えると、全てを悟り、全てを理解してもなお母を信じた。


「私が、私が捨て駒に選ばれるわけがないの! 何か策があるはずよ、絶対に助けてくれるわ! だから、だから。お兄ちゃん、本気で行くよ! もう、『孤独』は効かない!」


 アイが猛る。

 本来のスライムとなり己の命を賭けた全力の戦い。

 ガイアしか喜ばないであろう苦渋の決断。

 和真と奥菜は『孤独』による弱体化の中で再びアイと対峙する。


「……俺も、本気で行くよ」


 閉鎖された奈落の底で、和真の言葉が虚しく響いた。

 


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