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ぼっちの日本迷宮生活  作者: 書創
第二章 サンロードダンジョンで宝探し
31/39

母の裏切り

 暗闇の中、突如開いた奈落の底へと落下していく和真と奥菜。

 その出来事に冷や汗を宙に流しながら懸命に生き残りの手段を考えた。


 このままでは地面と衝突して潰れたトマトになってしまう。その最悪の未来を回避するために何か手を打たなければならないが、加速とともに刻一刻と時間の猶予が迫ってきている。


「ぬわっー! このままでは不味いでござる!」


「奥菜ちゃん! 私に任せてくださいまし!」

 

 アイが二人の後を追い、和真と奥菜は手を繋いだまま落下しているために『漢女』の効果は健在である。お姉と化した和真は窮地を脱するために新たな能力で対処する。

 今までは使う機会がなかったその能力。今こそ使いどきなのだ。


「はぁぁっー!」


 まずは左手にもっているメイスを落とし穴の端に擦れさせて勢いを少しでも減らす行為。メイスがガリガリと摩擦音を出して壁を傷つけていく。はっきり言って焼け石に水に見える行為だが和真には効果をあらわす一手となり得るのだ。


 掛け声の直後、和真と手を繋いでいる奥菜の両名に白く淡い輝きが発生して体を包み込んでいく。

 ほのかに温かく心を安らげるような優しい光。誰かに守られていると錯覚するような保護の感覚。それが強まるにつれて和真たちの落下速度が減速していった。


『迷宮能力:特定トラップ無効』


 その効果は顕著に現れた。

 このまま地面に衝突しても足首一つ挫かないだろう速度にまで落ちていく。

 これならば、地面にトゲの罠があっても串刺しに対処も可能かもしれない。


「おお! 何でござるか、この光は!」


「私の能力よ。一定のトラップ効果を無効にできるの」


「すごいでござるよ! これなら安心でござる。流石でござるよ!」


 ダンジョン内限定であるが起死回生の能力。

 アーガンを倒したことにより発現した和真のとっておきの切り札だ。

 その光景を後から落下して追いかけてきていたアイはばっちりと目撃してしまった。


「やっぱり! アーガンを倒したのはお前だったのね!?」


 確信により叫ぶアイ。

 ダンジョンマスターを倒した者のみが発現する対トラップ能力。

 それを和真が使えることがアイの疑いを確信へと昇華させたのだ。


 一方、和真と奥菜はようやく底へと着地する。

 地面に足が着く時にはフワリとした浮遊感が発生して一切の衝撃がなくなった。その後に体を包み込んでいた温かな光も霧散して消えていく。


 幸いにもトゲなどの二重トラップは周囲には無いようで、ただの落とし穴の底でしかないと二人はざっと確認した。


 その直後、アイの叫び声が聞こえてきて見上げる二人。

 美しい銀髪をなびかせながら華麗に着地を決めるダンジョンマスターのアイの姿が映る。

 流石にダンジョンマスターが自分の罠でダメージを受けるはずもなかった。


 見上げていた和真は思わず「親方、空から女の子が!」と叫びそうになったがグッと堪えていた。何故なら、和真はお淑やかな大人のお姉さんなのだから。


『おヴぉろろろ』


 対峙するアイと和真。アイは無手だが和真と奥菜は武器を構えて間合いを計る。

 奥菜の左手と和真の右手が繋がっており、右利きの和真は左手でメイスを持っているため盾を外している状態だ。外した盾は背中に付けて邪魔にならないように武装の一部としている。


「奥菜ちゃん。ところで、なんで手を繋いでいるのかしら? 今更な疑問なんですけど」


 流れに身をゆだねて取り敢えず手を繋いでいた和真は疑問に思った。

 このままだと戦い難いと今更気付いたのだ。


「言い忘れたでござる。拙者は『漢女』の特性を持っているのでござるが、どうやら手を繋いだ相手にも効果が及び『魅了』を無効化するのでござる。だから手を繋いで戦うしかござらん」


「そういうことですか。わかりました、本当にご迷惑をおかけします」


 心からの謝罪を口にする。

 これから発生するであろう展開は和真にとっては気が重いのだ。

 アイとの戦いは避けられそうになく、手を繋いだままの戦闘も避けられない。

 だからこそ申し訳なく思うのだ。もうすぐ和真の呪いが解き放たれるのだから。


「ふふふ。もう逃げられないわね……」


「ぐぅ……覚悟はできているでござる。最後まで諦めないでござるよ!」


 アイは可愛らしいが悪そうな顔でニヤリと笑う。

 その表情は自信に満ち溢れており己の勝利を疑っていない者の顔であった。

 

「アイちゃん。どうしてですか? どうして戦わなくちゃいけないのですか?」


 和真は悲痛な表情でアイに訴え掛ける。


 なぜ戦う必要があるのかと。人とダンジョンマスターは相容れない存在なのかと。

 一時はパーティを組もうと仲が良かった相手なのだ。その時間が短くて、それが嘘偽りであったとしても和真はその理由が知りたかった。


「ふふふ。いいでしょう、教えてあげます。お前がアーガンを倒したからですよ!」


「……仲間の仇討ち?」


 アイは断言する。和真がダンジョンマスターのアーガンを倒したからであると。

 それは当然のことだろう、仲間を殺されて喜ぶ者などいないはずなのだから。

 ……だが。


「仇討ち? 違いますよ。アーガンの馬鹿が死ぬのは自業自得です。あんな馬鹿で性格が悪い奴は死んで清々しています。そこはむしろ感謝してますよ」


 散々な言われようである。

 きっとアーガンがこのセリフを聞けば地団駄を踏んで襲いかかって来ただろう。

 死後も蔑まれるアーガンに少しばかりの同情を覚える和真。


「アーズの話だと冒険者たちは瀕死の状態で、アーガンに敗北はあり得なかったと聞いています。つまり、お前が倒した! でもおかしいですよね? お兄ちゃんみたいなソロしかできない雑魚雑魚な負け犬が、馬鹿とは言え魔剣オオネズミのアーガンを倒せるはずがない!」


「雑魚雑魚な負け犬……ひぐっ」


「どんまいでござるよ!」


『どんまい!』


 痛烈な評価に涙目になる和真。

 それを気にした様子もなく、アイの説明は続いた。


「ならどうやって倒したのか? 私は探りを入れました。お兄ちゃんが本当は実力者なのか、それともカオスを宿した憑依適格者なのかを」


「憑依適格者……? なんですの、それ」


「カオス? 憑依適格者? わからんでござる!」


『……ちっ。これだからナメクジは……余計なことをペラペラと』


 知らない単語が出てきて困惑する和真と奥菜。

 この場の光景を見ている者で、アイを除いて理解できるのは3人だけだろう。


「とぼけないで! お前の中にカオスがいるのはほぼ確定なのよ! 私の『魅了』に易々と引っかかって鼻を伸ばすような冒険者にアーガンを倒せるわけがない! 途中で人格が変わったように私の『魅了』も効かなくなった。白状しなさい! お前はカオスを知ってるはず!」


「……カオス。……人格が変わった? まさか!?」


 アイの言葉に和真は動揺を隠せない。

 心当たりがあるのだ、その名前が当てはまる存在に。

 誰よりも和真にはあったのだ。


「お前の中のカオスがアーガンを倒したのなら辻褄が合う! どう!? 図星でしょう!」


 大外れである。

 実際にアーガンを倒したのは和真の命を賭けた特性の発動なのだ。

 そこにカオスなどと言う存在の力は関係ない。とんだ勘違いである。

 それでも和真は動揺を隠せない。


 自分がガイアだと予想していた存在が、まったく異なる存在だったのだから。


 そう、和真は脳内の住人をガイアだと予想して名前をつけた。

 しかしアイの言葉を鵜呑みにすれば、それは全くの大間違い。

 ガイアどころか敵対者、カオスと呼ばれる存在だった。


 脳内妖精こそが混沌神カオスと呼ばれる存在だとアイは説明しているに等しいのだ。


「さぁ、白状しなさい! 白状すれば見逃してあげるわよ!(私が死んじゃうから)」


 真実を話せば見逃すと断言するアイ。最後の方にボソッと本音が漏れているが和真たちには届かない。

 

「むむむむむむ! 置いてけぼりでござるよ! カオスとか何でござるか? 説明して欲しいでござる!」


 ひとり、話についていけない部外者の奥菜からブーイングが出始める。


「いいでしょう、教えてあげるわ。その隣のオカマ野郎は原初にして最強の神、カオスの憑依適格者。つまりはカオスの魂を宿す者! 心当たりはない? 突然性格が変わったような出来事はないかしら? 適格者ならカオスが操作することも可能なはずよ!」


「……むむむ。まさか飲み会の時の? よくわからんが、そうだったら何なのでござる?」


「それは貴方には関係ないわ! ただ、カオスを宿しているか否かの確実な答えが知りたいのよ! もし白状するのなら二人共見逃すと約束します(私はね)」


『……和真、わかってると思うけど答えちゃダメですよ。激おこですよ?』


 執拗にカオスの所在について知りたがるアイ。何らかの事情があるのは確実だ。

 脳内妖精は答えて欲しくないのか和真に圧力をかけ始める。


 それまで話を聞きながら思考を巡らせてきた和真は、流麗に動く指先でそっと口元を抑えて口の動きがバレないように、一輪のバラのような声色で脳内妖精に話しかけた。


「(……ガイア。貴方の本当の名前は……カオスなのですか?)」


『うヴぉうぇえええ、そうよ』


「(……そうなのね)」


 脳内妖精改めガイア改めカオス。

 この日、彼女の本当の名前をついに和真は知ったのだ。

 彼女こそが原初の神、混沌を司る最強の女神。


「どうしたの! 返答は? これが最後の通告よ」


 アイが可愛らしくぷりぷりと威嚇して答えを要求する。

 もし答えなければ戦闘開始だと言わんばかりの殺気を放ち始めた。


「(どうするでござる? 和真殿はカオスや憑依について心当たりは無いでござるか?)」


「(奥菜ちゃん、ごめんなさい。答えられないの……許してください)」


「(……むむむ)」


 和真から事情を教えてもらえずに渋い顔をする奥菜。

 完全に巻き込んだ形であり和真としても話したいのは山々なのだが。

 しかし、それはカオスが許さないだろう。そしてアイにも聞こえている場合は何が起こるかわからない。まだアイの思惑がわからないのだから。


「……そう。答えないつもりね? それならそれでいいわ! 今から菜々子とか言う冒険者たちを見せしめに殺しに行ってあげる。私を傷つけた恨みもあるしね、じわじわとなぶり殺しにするわ! 言っておくけど私は強いわよ?」


「――ぐっ、和真殿マズイでござる! 本当のことを言ってほしいでござるよ!」


「……うう。ど、どうすればいいの」


 このままでは菜々子たちが危ない。

 カオスを裏切り喋るのか、それともアイと戦うのか。

 いや、そもそもカオスのことを喋るのは無理だ。カオスがそれを許さない。

 ならば、和真にできる選択肢は一つしかない。


「アイちゃん……戦うしかないのね?」


「それしか……ござらんな」


 そう。もはや戦うしかないのだ。

 勝ち目が低かろうとも話せない以上は菜々子たちを守るために戦う。

 二人はその覚悟を決めるしかなかったのだ。 


 二人は武器を握り締め、アイとの決戦に臨んだ。


「……えっ!? い、いや。貴方がカオスの居場所とか教えてくれたら見逃すわよ。だから戦う必要はないわ! 早く言ってよ! ほら! 早く吐いちゃってすっきりしてよ!」


 明らかに慌てて戦いを避けようとするアイ。

 

「……話すことはありません。やはり戦うしかないのですね」


「……うむ、不利は覚悟の上でござる。最後まで和真殿に付き合い菜々子たちを守るでござるよ!」

 

 和真たちは覚悟を決めた。和真はアイとの戦いを。

 奥菜は和真に事情を教えてもらえなかったが信じる覚悟をしたのだろう。

 何か事情があるはずだと。仮になくとも友の危機でありダンジョンマスターは討つべき敵なのだ。ならば己に不利であろうとも戦おう。それが宮本奥菜の生き様なのだ。


(やっぱりダメだったか。まぁ、布石は打ったし目的は果たしたわ。あとはお母様に任せれば終わりだし、さっさと逃げましょ。私じゃカオスに勝てるわけないし)


「……そう、残念ね。でも、お前たちと戦うつもりはないわ。先に菜々子たちを、菜々子たちを殺してあげる! それじゃさよならね。この落とし穴はダンジョンマスターの権限がないと出るのが大変だからね、精々足掻きなさい!」


「な、ま、待ちなさい!」

「させないでござるよ!」


 怪しい言動を始めたアイに急いで斬り込む和真たち。

 しかし、アイはひらりと身を躱して二人から距離をとると高らかに手を挙げて叫んだ。


「『脱出エスケープ』!」


 それは、ダンジョンマスターが使える緊急避難用のスキルである。

 特性や特定技能の影響下にある場合は使用できないスキルだが、このタイミングでは使うことができるのだ。その言葉からアイに逃げられると予想した二人が狼狽して呻く。


「しまったでござる!」

「くっ!」


 ……だが。

 

「…………ん?」


 落とし穴の底に沈黙が訪れる。


「……あれ?」


 困惑し始めるアイ。あわあわと焦りだしているが、これも演技なのだろうか。

 『脱出』を唱えたアイに何の変化も現れず、ただ呆然と立ち尽くす。


「……うん?」

「どうしたんでござるか?」

『……なるほど。哀れね』


 和真たちもアイの困惑に気づき何事かと思案する。

 

「……な、なんで? こ、今度こそ『脱出』!」


 しかし、何も起こらない。起こるわけがないのだ。


「……え? え? あれ?」


 その少女の戸惑いは、無慈悲に地下に反響しながら消えていき。

 アイの顔からは血の気が引いてますます白くなっていく。


 なぜ何も起こらない、なぜ手はず通りに進まない。

 彼女は困惑と恐怖でぷるぷると震えて怯え始めた。


「……嘘、でしょ? お母様……」


 最悪の予想が脳裏を過ぎる。

 計画の破綻? スキルの無力化? アイに異常が現れて使えないだけ?

 違う、そうではないのだ。アイも薄々だが察し始めた。それでもアイは認めない。

 認められない。

 

 その可能性を肯定すれば自身の存在が否定されるからだ。

 母によって生み出され、母によって力を与えられ、母のために生きてきた。

 それこそがダンジョンマスターの存在価値なのだから。

 

 まさか、ダンジョンマスターの権限を奪われてカオスを引き出すための捨て駒にされただなんて、彼女は信じるわけにはいかないのだ。


 彼女にとって、ガイアは母であり女神であり全てなのだから。


「う、嘘よ。そうよ、きっと助けに来てくれるはず。私を見捨てるなんてしないはず!」


「何がどうなってるでござる?」

「わかりません。けど、何かに裏切られたのかもしれません」

『……流石、えげつないわ』


「……こ、こうなったら、カオスが相手だろうが倒すしかない。戦うしかない……!」


 予想外の展開に追い詰められたアイ。

 ついに彼女も覚悟を決めたのだ。もしも和真の中にカオスがいた場合はアイは一瞬で殺される可能性があるのだ。その可能性がある敵を前に、アイは震えながら立ち向かわなくてはいけない。


 きっと見ていてくれるはず。きっと助けにきてくれるはず。

 敬愛する母が、娘である私を捨て駒にするわけがない。

 その不確かな願いだけがアイの心の支えとなり、和真と戦う決意をとらせた。

 

「私の名前はアイ。偉大なる女神ガイア様の娘。ダンジョンマスターアイよ! 覚悟しなさい! 母より授けられしこの肉体。魔体スライムの力を見せてあげる! スライムの女王の力を存分に思い知りなさい!」


 泣き顔に歪んだアイを見て、和真は歯を食いしばりながらメイスを構える。


「アイちゃん……戦いたくなかったわ」

「……ござる」

『……楽にしてあげなさい』


「……ひぐっ……行くわよ! 和真お兄ちゃん!」


 地の底に、少女の嗚咽が木霊する。

 嘆きの咆哮とともにスライムの女王が。今、和真たちに襲いかかろうとしていた。


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