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ぼっちの日本迷宮生活  作者: 書創
第二章 サンロードダンジョンで宝探し
30/39

女神の罠とマスターの罠


 奥菜に強引に手を引かれて走り出した和真。

 アイを守るためには戦闘もやむを得ないと考えていたが、アイと共に避難できるのであれば問題はないと抵抗せずに従ったのだ。


 アイも先程まで倒れて泣いていたのが嘘のように奥菜と手を繋いで軽快に走っている。

 後方の菜々子たちは『魅了』の範囲外になったのか追いかけてくる気配はなかった。

 窮地は脱し一段落。


 奥菜は小さい丘の下で足を止めて二人と手を繋いだまま安堵のため息を吐いた。


「……はぁ~。なんとか、逃げられたようでござるね」


 心労が溜まっているのか奥菜の顔色は悪いままだが、それでも仲間同士の殺し合いは回避できたのでマシな方だろう。

 ようやく頭が冷えてきた和真は奥菜に救われたのだと理解する。


 そして、花笑みを浮かべて心から感謝の言葉を述べた。

 

「奥菜ちゃん、ありがとうね。助かりましたわ!」


「――!?」


『――ぶっ! オウェェェェ』


 お淑やかにペコリとお辞儀をして艶やかに微笑む和真。

 その言葉と動作に違和感を覚えて呆ける奥菜と噴き出すガイア。

 だが、まだ異変は終わらない。


「兄ちゃんも姉ちゃんもありがとう! 助かったぜ!」


「!?」


 突如、快活な男子のような口調で話し出すアイ。

 和真と奥菜に礼を言い、悪戯小僧のようにニヤリと笑う。


「え? アイちゃん、その言葉遣いどうしたのかしら?」


「兄ちゃんこそ気持ち悪いぞ! 何か悪いもん食ったのか?」


 お互いの異変に気づいて指摘しあう和真とアイ。

 その言葉は噛み合わず、まるで自分の変化に気づいていないようだ。


「こ、これは……まさか!?」


 その人格の変化とも言える現象に思い当たりがある奥菜。

 咄嗟に二人と手を離して気色悪い和真と距離を取ると。


「別に悪いものは食べてないよ。アイちゃん、なんだか男の子っぽくなったね」


「え、私の言葉遣い変ですか? 男の子っぽいですか?」


「あれ? アイちゃんの口調が元に戻った。俺、疲れてるのかな……」


 再び元に戻る二人。

 この明らかな変化によって奥菜にも察しがついた。

 二人がおかしくなったのは『漢女』の効果だと。


 今までは情報が足りずに自身にしか影響を与えない特性だと思っていた。

 だが実際は違ったのだ。


 『漢女』


 漢を女に、女を漢に。

 その性格を変えてしまう特性。

 効果範囲は所有者と触れている相手のみ。


 この推測で恐らくは正しいはず。

 しかし、疑問が残る。触れば周囲の人間にも影響が及ぶのならもっと情報が出回っていてもいいはずだ。この程度の条件であれば偶然見つけた人間もいたはずなのだ。現に奥菜も他の人と接触してきたが変化は起きなかった。


 ならば、『漢女』の接触者への発動条件は他にあるはずと奥菜は思った。

 戦闘中やダンジョン内限定なのか、性別が違う自分以外の男女が必要なのか。

 なにか特定条件があるはずと考えて奥菜は一つの仮説を立てる。


 あの場で『魅了』の影響を受けなかった自分の存在が一つの証拠になるのでは?

 『漢女』のメリット効果は性別に関係して影響を与える『魅了』などの効果打ち消しで間違いない。魅了以外の特性にも効果があるかもしれないが今は置いておく。


 今回の件では異性や同性に影響を与える『魅了』の存在が『漢女』の接触者への発動条件の一つなのではと思ったのだ。


 性別に対する影響を打ち消す『漢女』ならば、その接触者への発動条件に性別や特性が深く関わっていても不思議ではない。

 確定ではないが奥菜はそう仮定した。


 つまり、アイだ。

 アイがいるからこそ『魅了』は発動して『漢女』もまた接触者に影響を与えて打ち消している。『漢女』とは対性別特性への防御特性。それこそがメリット効果だったのだ。


 なるほど。

 そんな条件下で手を繋いで何かをするバカは少ない。

 『漢女』のメリット効果がわからなかったのも頷ける。


 『漢女』の特性を持っていて対性別特性の影響下に入った上で悠長に誰かと接触してようやくわかる特性だったのだ。情報が少ないはずである。

 何故なら人類が特性を目覚めさせて1年も経っていないのだ。


 憶測だが中々根拠はある。奥菜は自身が立てた仮説に納得して頷いた。


「どうした宮本、大丈夫か?」


「――あ? む。大丈夫でござるよ。少し考え事をしてたでござる」


「そうか。宮本、改めてありがとうな。お陰で助かったよ」


「宮本さん。ありがとうございました!」


 改めてお礼を口にする二人。

 奥菜は「まったくでござるよ。今回は疲れたでござる」と肩を回して体をほぐす。

 和真は「今度お礼するから」と奥菜のご機嫌を伺い、それから今後の相談をし始めた。


「さて、これからどうしよう」


 奥菜に目線で問いかける。


「とにかくアイ殿の安全確保が最重要でござるな。『魅了』の特性を持っているようなので同性がいる場所は危険でござろう。そもそも、今までどうやって過ごしてきたのでござるか? 拙者の記憶が確かなら、『魅了』の特性を持っている人間は危険過ぎるが故、現在では政府によって隔離管理されているはずでござるよ。冒険者なら知っているはずでござる。何故、こんなところにいたのでござる?」


「……」


 奥菜の疑問に黙り込むアイ。

 両手で口元を抑えて俯く少女の姿は悲しみに耐えているようにも思える。

 それは儚い花のような仕草に見えて、和真と奥菜は気づかない。

 その口元の嘲笑を必死に隠しているだけなのに。


「え、『魅了』? 何を言ってるんだ?」


「おっと、そうでござった。和真殿は術中にあるのでござったな。冷静に考えるためにも拙者と手を繋ぐでござるよ」


 そう言って、奥菜は左手で和真の手を握ると。


「え? 何で手を繋ぐのかしら。何か意味があるのかしら」


「……これは、キツイでござるな!」


『オロロロロロロ』


 繋いだ瞬間に麗しき女性の仕草と口調に変わる180cm越えの和真。

 手を繋ぐ至近距離の奥菜に生理的嫌悪感を抱かせて、脳内の住人すら吐き気を催す存在へと変わる。


「え、えっとでござるな。アイ殿は『魅了』の特性を持ってるのでござる。だからこそ、異性の和真殿を骨抜きにして同性の者たちには敵意を向けられたのでござるよ」


「――っ! そうだったのですね。確かに今の私にはアイちゃんを見ても恋焦がれる気持ちがなくなっていますわ。納得です。私は魅了されていたのですね……」


 悲しそうに俯く和真。

 口元に手を添えて嘆く淑女のような仕草である。


『ヴォエエエエエエ』


「そういう事でござる」


「では、アイちゃんはどうして冒険者をやっているのですか? 先程奥菜ちゃんが言ってたように『魅了』の特性を持っているのなら政府に届け出ないといけませんし。それに、冒険者にはなれないはずですわ」


 そう。その疑問にたどり着くのだ。

 『魅了』などと言う災厄になりかねない危険な特性を開花するものは至極稀ではあるが無ではない。そのため、災厄になり得る危険な特性を知り始めた政府は管理を徹底している。


 冒険者には勿論、今では一般市民にも自衛隊や警察官が複数人で順次回って確認するほどだ。

 和真の場合は組合に所属するときに面接やテストで調べられている。 

 恐らくは対特性の能力を持つ者がチームで安全に調べるやり方なのだろう。


 だからこそ不思議なのだ。

 冒険者を名乗るアイが『魅了』を持ってこんな場所にいることが。


「アイ殿、どうしたでござるか?」


「何か事情があるのですか?」」


「……そうですね。お二人にはそろそろお話ししないといけませんね」


 そう言うと、アイは悲しそうな表情でとてとてと可愛らしく移動して小さい丘にある岩に腰掛けた。

 そして辺りを見渡してからニコリと微笑み。


「少し長い話になります。よかったら座りながら話しましょう」

 

 二人に対しておいでおいでと可愛らしく手招きを始めたアイ。


「わかりましたわ……」


 それに釣られて和真はアイに近寄ろうとするが。


「(和真殿、待つでござるよ)」


 手を繋いでいる奥菜が口元をアイに見られないように和真の後ろに隠れて小声で話しかけてきた。


「?」


 足を止めて奥菜に振り向く和真。その目には口元に人差し指を当てて静かにするようにポーズをとる姿が映る。


「(アイ殿でござるが、ちとおかしくないでござるか?)」


「(え?)」


 奥菜の言葉が理解できずに驚きを表わにする和真。

 口前に触れないように左手を添えて女性のように振舞う。


『もうやめて!』


「(拙者はあえて言わなかったでござるが、さっきまで痛めつけられていたのに何故元気そうなんでござる?)」


「(あっ)」


 固まったまま動かない二人を訝しそうに見つめ出すアイ。

 若干だが不機嫌そうな空気を放ち始めている。


「(和真殿。アイ殿の姿をよく見るでござる。悟られないように注意するでござるよ)」


「(……はい)」


 奥菜に促されるままにアイに振り向く和真。

 そして先程まで考え事をしていたために気づかなかった事実に気がつく。


「(……何で)」


 何で、無傷なの。

 その言葉をグッと飲み込む和真。

 怪我は技能で治せるが服まで直せるなんて聞いたことがないのだ。

 

 この丘に着いた時には傷は確かにあったのだが。

 それが気づかないうちに塞がっている、この短時間で。

 明らかに異常。奥菜に言われるまで気づかなかった抜けた和真もようやく理解する。


「(アイ殿は人間ではないかもでござる。迂闊に近づくべきではござらん)」


「(そんな、アイちゃんが……)」


 ショックが隠せない和真。『魅了』で惹きつけられていたとは言え、パーティを組もうとした記憶は残っているのだ。それは和真にとっては眩しいくらいの夢だった。

 それがこんなにあっけなく消えていくなんて信じたくはなかった。


 和真はワナワナと震えながら「およよ」と口元を両手で覆い悲しみに暮れる。

 心への衝撃で項垂れた和真の儚い顔はまるで一輪の花のように……


『オボロロロロ』


「(元気を出すでござるよ。パーティは組めずとも友人は作れるでござる)」


 右手でサムズアップをする奥菜。


「(奥菜ちゃん……)」


「ちょっと! 早く来てくれないとお話ができないですよ!」


 ついに待ちきれなくなったアイからの催促がくる。

 何か企んでいる可能性が高く近づきたくない二人はどうしようかと頭をひねらせた。

 

「(でも、本当にアイちゃんは人間じゃないのですか? 特性を持っているということは神の祝福を受けた存在のはずです)」


「(うむ。その可能性はあるでござる。しかし怪しいのも事実)」


「(いっそのこと、直接聞いたほうがいいのでわ?)」


「(ううむ……)」


「……」


 悩む二人を見つめるアイの表情が険しくなる。

 明らかにアイに対して警戒した様子を見せているのだから当然だろう。

 徐々に頬を膨らませて「ぷくー」と音を出しながらあざとく怒りを露にするアイ。

 それを気にして和真が一か八かの質問をする。


「アイちゃん。質問なんですけど、なぜ傷が全て治っているのですか?」


「――っ!?」


 その言葉にアイの顔が困惑に歪んだ。

 そして咄嗟に自分の体を確認すると。


「(…………ぁ、やっば。忘れてた、あうあう)」


 焦りながらブツブツと呟きあたふたし始める。

 明らかに狼狽しており予想外の出来事だったようだ。

 その反応にいよいよ怪しいと疑いを強めた二人にアイは。


「……てへぺろっ」


 可愛らしくウインクしながら舌を出してポカンと自分で頭を小突いた。


「敵ですわね!」

「敵でござるな!」

『敵よ!』


「うぐぅ……わ、私の完璧な作戦を見破るとは、やるわね!」


 ついに本性を現し始めたアイの発言に二人は武器を握り締めた。

 手を繋いだままの和真は左手にメイスを持ち奥菜は右手で刀を構える。

 それに対して。


「……降参するから命だけは助けてください。お願い、和真お兄ちゃん!」


 見事な土下座を繰り出す。

 追い詰められたアイは精一杯の笑顔で降参を宣言した。

 左腰に刺してあった剣を放り投げて両手を高く掲げて降参のポーズをとる。


「……アイちゃん。事情を聞かせてくれるかしら」


「うむ。まずは話し合いでござる。正体と目的を話してもらうでござるよ」


「……はい、何でも話します。だから命だけは助けてください!」


『今すぐ殺すべきだと提案します!』


 元々アイと戦いたくはない和真と奥菜は頷き合い事情を聞くことにする。

 しかし、アイに近づくのは危険と思い、まずは放り投げた剣を没収して武装解除を優先した、が。その判断は過ちだった。


「――あっ!?」


『だから言ったじゃない!』


 和真と奥菜から間の抜けた声が漏れてガイアは批判を口にする。

 警戒しながら剣を拾おうとした瞬間、足下が突然消失して奈落の底へ落ちていったのだ。


 深く暗い落とし穴。それにまんまと引っかかってしまったのだ、全てはアイの計画通りに。

 アイは最初から座っていた岩の近くに操作タイプの落とし穴を2箇所ここに用意していたのだ。

 アイに近づいても、剣を拾いに行っても落とされる。全ては計画通り。


「ふふふ。あははは、アーッハッハッハ! 全ては私の計画通り! すごい! 私ってば天才ね! 私がダンジョンマスターアイちゃんとは思わなかったでしょう? ふふふ」


 会心の決め顔で高笑いをするアイ。

 ぷるぷると瑞々しい肌が興奮で紅潮している。

 そして、艶やかな笑みを浮かべながらアイは二人の落ちた穴へと飛び込んでいく。



「さあ、私たちの女神ガイア様のお望みのままに。最後のひと芝居を決めてやるわ! せいぜい母様に封印されるがいいわ、混沌神カオス!」



 アイが落ちると同時に落とし穴が元へと戻る。そこにはいつも通りの静寂に包まれた小さな丘だけが残された。




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