冒険者になりました
※電力復旧と冒険者の登場により治安が改善した経緯の説明を加筆しました。2016/09/16
それから朝食を済ませ、和真は学校のトイレに一人引きこもり、思考を巡らせながら呟いた。
「……ふぅ。ステータス表示」
種族:人族 性別:男性 年齢:31歳 血液型:O型
職業 冒険者LV1
勢力 地球
特性 孤独LV1 鎖国LV1 食通LV1
技能 強打LV1 強襲LV1 クリティカルLV1 毒見LV1
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技能効果
強打 通常攻撃の1,5倍のダメージを与える。重複可
強襲 背面攻撃に成功した場合、通常攻撃の3倍のダメージを与える。重複可
クリティカル 対象の急所に攻撃が当たった場合、通常攻撃の3倍のダメージを与える。重複可
毒見 食材に限り、舐めるだけで毒素があるかどうかを判別可能
※重複可能スキルは他スキルの効果と掛け合わせた効果を発揮します
尚、特性のスキル効果の詳細は、条件を満たさない限り表示されません
HP150 SP15 MP0
STR15
con15
AGI15
DEX15
INT20
LUK10
和真が言い終わったのと同時に、目の前には情報が浮かび上がる。
青色のホログラフで空中に表示された文字を確認していく和真。
昨日の出来事と照らし合わせて情報を収集するのが目的であった。
「……んん? 昨日見た情報と少し変わっているような気がする。この毒見が追加されてるな。いやいや、ちょっと。なに、これ? 落ち着いて考えると孤独とか鎖国ってなんだよ! 馬鹿にしてんのかよ! 正しいけれども!」
そこには成長した自身の詳細な情報があった。
たった一日の間に変化する内容。その原因を考えたとき、オオネズミを食べたことが要因となっていると和真は考えた。と、言うよりは、それしか原因が思いつかなかった。
「うーん。特性のスキル効果は不明だから一旦忘れよう。あとはステータスが小さく変化しているみたいだけど、モンスターを倒したり食べたりすると成長すると考えていいのかな」
誰も来ない3階のトイレの中で、朝っぱらからぶつぶつと独り言を漏らして思考する和真。
ここは、彼にとって避難所内で安らげる、数少ない癒しスポットである。
「毒見のスキルは一度舐めなきゃ発動しないのかな。『ぺろっ、これは青酸カリ!』だと死ぬな。駄目スキルじゃねーか! 何が神の祝福だよ。最初から分かりやすく説明するか説明書くださいよ」
あまりにも微妙なスキルと不親切な神の祝福に文句を垂れる和真。
あの日以来、神を信じる敬虔な信者が増えた世界において、その言葉はあまりにも危険であった。
人が少なくなった避難所で、人との接触が少ない和真がそれを知るのは、もう少し先の話になる。
「とにかく、オオネズミは食べられる。モンスターを倒したり食べたりすると成長する。スキルも覚えたりする。あとはLV1と書かれているスキルは成長するのかな? そこは不確定か。あと、気になるのは……」
一つ一つ確認を行い、情報を頭に入れて整理していく作業はとても大事だ。
昨日も食後に確認したが、やはりどうしても気になる箇所がある。
「職業……冒険者……」
そう、職業表示の箇所だ。
無職ではなく冒険者と書かれているのだ。
無職LV11年ではなく冒険者LV1。つまり、脱無職。
「ははっ。冒険者、冒険者か。俺は冒険者。俺が冒険者、冒険者なのか。俺が冒険者だ!(?)」
便座に座った状態で同じことをぶつぶつと漏らす彼の姿。第三者には錯乱した狂人に見えることだろう。
目は血走り眉間の皺が堅気に見えず、それでホログラフの表示を凝視する。それは鬼気迫る男の姿だ。
警察が近くにいれば任意同行は避けられない。
「よくわからないが、どうやら無職を脱したようだ。つまり、神が公認した社会復帰か」
「などと意味不明なことを供述しており」と放送されても不思議ではない内容の独り言。さらにボリュームを上げて興奮する31歳。母が目撃すれば黙って他人のふりをするであろう醜態であった。しかし、それほどまでに和真は興奮の坩堝と化していた。
それも仕方のないことだろう。強制的な脱引きこもりに慣れない共同生活、未来への不安、食糧不足。それらによる目に見えないストレスは確実に彼を蝕んでいたのだ。少なくとも、食糧不足はなんとかなるかもしれない希望を見つけ、少しばかりの余裕が生まれ始めていた。
少し話は変わるが、そういった目には見えないもの、例えば運の流れなど。それらは確かにあるのだろう。なぜなら、この日を境に少しずつ、日本は再興の道を進んでいくことになったのだから。
◇
翌々日。東京の電力が復旧し、それに続くように日本中で復興への希望の光が灯り始める。
天変地異による大損害で、まともに電気を使えなかった日本に夜の明かりが戻ったのだ。
眠らぬ街、東京。その栄光が戻り国民は歓喜した。人々は神に感謝し、少ない物資と盗んだ酒で宴会を開く者もいた。
誰もが知り合いを亡くし、あるいは家族を失い、屍の街で死者の埋葬を手伝い、少ない配給で暴力に震えていたのだ。電力による恩恵を喜ばない人間などいない。電気とは希望だったのだ。
しかし、同時に残酷なまでの現状も知れ渡る。
世界の崩壊。終末。人類の終焉。
パニックを防ぐため、情報封鎖をしようと試みた日本政府の努力は無駄であった。
あまりにも衝撃的な情報を、隠し通すことなど出来はしないのだ。
あの日、大震災から始まった天変地異。それによる被害で滅びた国は100では足りなかった。
建物の倒壊、余震、火災、津波、食糧不足、衛生の悪化による疫病。そして、モンスターの出現。
それらにより大量の難民が出てしまい大陸は荒れに荒れた。もはや統制が効かない地獄絵図と言える被害だ。
はじめに、大陸に存在する有力国家は迷わず軍隊を動かした。救助活動にインフラの回復、そしてモンスターの駆除。やるべきことが多すぎて人手が足りないし物資も足りない。なによりも致命的なのは電力が死んだことだ。被害が少ない幸運な施設や自家発電できる設備があれば話は違う。しかし、被害があまりにも広範囲すぎたのが致命傷になったのだ。
大多数の国民は電力の恩恵を失い、情報社会から切り離された。
次に起こるのは物資の奪い合い。それが数え切れない範囲で発生したのだ、軍隊を動かしても対処しきれない数であり、そもそも情報が伝わらずに救援にも行けない。救援を行う人手も足りない。
そして難民は溢れかえった。
次に起こったのは難民の大移動、それによって引き起こされる物資の強奪と治安のさらなる悪化。
軍隊は容赦なく難民を制圧して多数の死者を出す。しかし、食糧不足と不安から難民の抵抗は激しさを増し、善良な市民をも巻き込んだ泥沼の悪夢が生まれた。
そこにモンスターが溢れ出す。
焦った政治家たちは軍事力に頼り、暴力装置によっての鎮圧を強行した。それ以外に打開策がなかったのが最大の不幸だろう。しかし、謎の建造物の数は異常であった。その数は広範囲に数万にも及び、対処しきれる数ではなかったのだ。大陸からの地続きで近隣国からもモンスターや難民が押し寄せる。他国との連携なども難しい状態だ、崩壊は必然であった。
生き残った国は大陸から離れている島国などの小国が殆どであった。
島国に出現した謎の建造物の数が大陸に比べれて比率が少なかったのが幸いしたのだ。
日本がかろうじて持ち直したのもこれが理由であり、同じく生き残ったイギリス政府との接触に成功する。お互いに情報を交換した結果、世界で起きた絶望的な事実が判明していく。
世界の強者として存在した大国、先進国。それらの多くも崩壊していた。
今では生き残った民衆が、比較的安全な場所で新たな組織や小国家を作っているとの話もある。
日本とイギリスは本当に運が良かっただけであり、小さな島国であるという海に囲まれた奇跡だった。
しかし、皮肉にも島国だからこそ津波による被害もまた甚大であった。
その情報が伝わり、人々は絶望した。あぁ、世界は終わったのだ。
人類は終わりに向かっていくのだ、と。
◆
だが。
それでも。
それでも諦めない人々はいた。
それでも未来を掴もうとした人間はいたのだ。
諦められない人間はここにいるのだ。
世界の崩壊がどうした! ダンジョンの脅威がなんだと言うのだ!
泣いてる子供がいる? だったら笑わせに行ってやる!
盗人が住み着いた? だったら捕まえに行ってやる!
それは、俺達が諦める理由には決してならない!!
建物が倒れたならより堅牢に建て直せばいい。「それだけだ!」
モンスターたちが溢れかえったなら俺たちが倒せばいい。「それで解決だな!」
困っている人がいたなら解決する手伝いをすればいい。「金はもらうがな!」
食料が足りないなら俺たちが手に入れてくればいい。「つまみ食いは許してくれよ!」
そう、俺たちは冒険者! 日本を救う冒険者!
今、君たちの熱い情熱と力を俺たちは求めている!
集え、大和の勇者たち!
日本冒険者組合 組合員大募集中!
組合長 鈴木宏太
冒険者代表 石川恭也
応募資格:満18歳以上の冒険者であることだけ 応募、待ってるよ^^
◆
「なんだこれ」
それが冒険者募集のパンフレットを読んだ佐々木和真の心からの感想である。
顔文字まで使ってふざけているのかと思うような内容だった。
しかし、それでも冒険者の与えた影響は日本では高く評価されている。例えばモンスターの駆除にかかりきりだった自衛隊や警察官の負担が減り、治安改善に労力を回せるようになったのは大きかった。電力復旧と治安の改善、これによる犯罪の減少。
これは冒険者という存在が民衆にとって良いイメージを与える切っ掛けにもなった事例だ。
冒険者。それが日本中に広まった時の出来事を、和真は苦々しい出来事とともに思い出す。
何気なく和真がSNSに書き込んだ「モンスター食べたけど美味かったよw 後、神様の祝福で食べるとステータスが上がるみたい。びびったわww」という書き込みが元となり、数多の美食家が生まれる騒動があったのは記憶に新しい。
本名を書き込まない性格の和真は「カズノコ丸」というハンドルネームを使っていたのだが、その書き込みが原因でネットでは有名な人気者となった。
「カズノコさんの書き込みを信じたおかげで美味しい飯が食えました。ありがとうございます」
「モンスター食ってたら禿が治りました。カズノコ丸さんありがとう(´;ω;`)大好き」
「モンスター飯、最高やん。いい情報ありがとう」
「冒険者という職業になった、なにこれ。情報プリーズ」
「カズノコさんの情報のおかげで彼女が出来ました。本当にありがとうございます」
「モンスターを食ったら水虫が治った。何を言ってるのかわからねーと思うが、俺もわからない」
などなど。SNSから日本の一般人にその情報は広がり、遠い異国のイギリスにも情報は届いたらしい。それが原因の一つとして日本では冒険者が増えていき、技能と呼ばれる超人の力を振るう人々が生まれ始めたのだ。ネットで有名になり、少なくない影響を与えた和真は困惑した。そしてその時、悲劇は起こった。
『孤独の特性が発動しました』
「は?」
突如、脳内にあの時の女性の声が響き渡る。
突然の出来事に内容の意味を理解できない和真。
思わず、彼の口からは動揺の声が零れた。
そして、無慈悲な悲劇は始まったのだ。
「カズノコのせいで世界が混乱した。責任取れよクソ野郎!」
「お前が変な情報をばら撒いたせいで家族がモンスターを食い始めた。お前のせいだ死ね」
「カズノコのせいで彼女に振られました。死ねばいいのに」
「モンスター飯を食って禿が治ったと思ったら、ただの勘違いだった。(´;ω;`)責任取れよ」
「おい、モンスターを食ったら水虫が治るどころか癌まで治ったぞ。カズノコ死ね」
「なんでや! カズノコ悪くないやろ!」
「33-4」
そう、孤独の特性には持ち主を孤独にする効果があったのだ。
その日、SNSに居場所がなくなった和真は枕を濡らした。『孤独』の特性とは、ネットと現実を問わずに一定数以上の好意で発動するのだろうか。幸いにも、ただ一人の肉親である母には効果は出なかったのが救いだろう。信じられるのは母だけだ、和真のマザコンが悪化した。
それからしばらくして、日本政府は事態解決に向けて行動に出る。
自衛隊や消防隊、公安だけでは治安維持やモンスターの駆除、そしてインフラの整備に人手が圧倒的に足りなかったこともあり冒険者を利用する方針に決めたのだ。
民間から冒険者を募集し、その中から優秀な人材を頭に組織を創設する支援を行った。
そして誕生したのが日本冒険者組合である。
組合に所属する冒険者には武器を所持することが認められる。その代償に、国や地域からの要請により仕事を請け負う義務が発生する。それと、所属する前には面接が行われて人格をテストされる。そんなところだ。あと、仕事内容で差はあるが、基本的に時間が余り結構自由になる内容だった。しょせんは危急のために即座に作られた赤子のような組織だ。全ては手探り状態で穴が多く生ぬるい。
なぜ内部の実情を知っているのか、それは和真が冒険者組合に所属したからだ。
電力復旧から2ヶ月経ち冒険者組合が設立されてすぐに応募したのだ。
動機は単純。モンスターを狩り、食材を効率よく手に入れるために武器が欲しかったからであり謎の建造物に入るためだ。
建造物によるが、そこはモンスターや宝箱、それにトラップなどがある場所だった。
情報が出回るにつれて何時しか人々は謎の建造物をダンジョンと呼んでいた。
そして話は戻るが孤独の特性は今のところネット上にしか発動していない。それでも不安で心臓はバクバクと音を立てる中、久方ぶりの面接を受けたのだ。途中から頭の中が真っ白になり面接の記憶がない。それでもなんとか合格し、正式に冒険者になったのは和真のささやかな自信に繋がった。
そう、佐々木和真はダンジョンに挑む冒険者に就職したのだ。
これより彼の、苦難と浪曼に満ちた孤独な迷宮生活が始まっていく。




