和真殿と弓剣隊 ござるの二日
そして翌日。
外は快晴、今日もいい朝でござる。
拙者はカーテンを開けて窓から射し込む日差しに目を細めた。
昨夜は少し飲みすぎたせいか3人はまだ寝ている。
普段なら7時には起きているでござるが、もう10時過ぎでござるよ。
残る一人は昨夜から帰ってきておらず、また朝帰りでござろうな。
菜々子は「男と遊んでくるね」と言い残して出かけて行ったきりで候。
何時ものことでござるが拙者は感心できぬよ。
教育にも悪いし風紀の乱れも気に入らんでござる。
伴侶を見つけるのは大歓迎で祝福するでござるが、浮気な行為はいつか痛い目に合うはずでござる。早く菜々子も拙者のように立派な淑女になって欲しいでござるよ。
拙者は「やれやれ」と肩を竦めながら顔を洗いに洗面所に向かう。
身だしなみを整えた後に歯を磨いてから装備の点検を行っていると。
「おはよう」
「ござるおはよう、寝すぎたわ……」
「おはようモーニングデ~ス」
「おはようでござる。拙者も含めて昨日は飲みすぎたでござるな」
3人がおはようと挨拶をしてきたので拙者も笑顔で返事をする。
もう11時過ぎでお昼も近い時間帯。まったくもって弛んでるでござるな!
拙者も反省でござる。
それから4人で昼食という名の朝ごはんをどうするか話し合っていると。
「ただいまー」
「む! お帰りでござるよ。何度も言ってすまぬが朝帰りはほどほどにするでござるよ」
ようやく菜々子が帰宅してきた。
拙者の小言に菜々子は「朝帰りじゃなくて昼帰りだからセーフね」などと小癪なことを言ってるでござるが調子に乗ってるようでござるな! そろそろガツンと説教をするべきか、拙者がそう考えていると。
「午後からの予定なんだけど、昨日話したことは覚えてる? 飲み会の最後の方に余裕があれば槍隊を探そうって話」
すると菜々子が昨夜の話をし始めた。
あれは皆が盛り上がって満足したのか和真殿が手品をやめてお酒をあおりだした頃、「槍隊の消息がわからないって知り合いから聞いたの」と菜々子が話し始めたのでござる。
当然初耳だった拙者たちは驚いたでござるよ、和真殿は何故か冷静だったでござるが。
拙者たちは槍隊とは同年代ということもあり挨拶や雑談程度の交流は前々からあった。さらに駅前ダンジョンの一件以来は知人として打ち解けていたでござるよ。
まぁ。下心丸出しで明日香と静と菜々子にアプローチを執拗くして来たため、明日香と静はうんざりした様子で対応がお座なりになっていたでござるが。しかし菜々子とは連絡を取り合っていた様子。拙者をスルーするとはいい度胸だと思ったでござるよ。
兎にも角にも関わりがあった者が行方不明と聞けば驚くのも仕方あるまい。
言われてみれば、確かに槍隊からのお誘いメールがここ数日は来ていなかったでござる。 もっと早くに気がつくべきでござった。
菜々子はさらに「知り合いの冒険者が言うには三日前にサンロードダンジョンで槍隊を見かけたらしいの。だからダンジョンをダメもとで探せば何かわかると思うのだけど」とも話していた。
もっとも、数日連絡が取れない冒険者の安否など考えるまでもなく死亡している可能性が高いでござる。それでも知人として出来る範囲で行動しようと話し合いで決めたのでござる。
和真殿も「はいはい、オッケオッケ!」と二つ返事で了承してくれたでござる。軽すぎるでござるよ! とまあ。昨夜はこんな話をしていたのでござる。
「ダンジョン捜索の話でござるね、勿論覚えているでござるよ」
他の3人も首肯して「うん」と応える。
「その話なんだけど、午後からさっそく行かない? どうせダンジョンには稼ぎに行くわけだしね。早ければ早いほど生存率は高いはずだし」
うむ、納得でござる。拙者も大歓迎でござるよ。
「拙者もその意見に賛成でござる。他の皆はどうするでござる?」
「ええ、それで良いわ。もう読む本もなくなってきたし……」
「そうね、いつまでもゴロゴロしても仕方ないし」
「行きマース! 私のスティレットちゃんが血を求めてマス、今ならダンジョンマスターも一発デスヨ!」
一人物騒なことを言ってるでござるな!
拙者はメイリーの頭をなでなでしてから「調子に乗るなでござる」と言うと、コツンとオデコを指で弾いた。するとメイリーがオデコを擦り「oh-痛いですyo」とうめき声を上げる。
「決まりね、午後からはダンジョンに決定。それと奥菜、もしよかったら和真さんに連絡してくれないかしら。奥菜が一番親しいんだから代表して改めてお礼を伝えて頂戴。それと槍隊の件も再度言って欲しいわ。忘れてるかもしれないから念の為に、ね……」
「うむ。承知したでござるよ!」
拙者は快く承諾する。
確かに改めてお礼を言うべきでござる故。
こういう気配りができるところが菜々子の魅力でござろう、菜々子は和真殿に避けられているようなので拙者が言ったほうが自然でござるしな。
それから皆で昼食の準備をしながら拙者は和真殿に連絡を入れておいた。
ダンジョン内だと電話は繋がらないし和真殿は電話嫌いでござるから配慮してメールでござるよ。やれやれ。面倒な性格でござるな、お酒を飲むとあんなになるのに。
そして、ようやく昼食が完成して遅めの朝ご飯を食べようとした時に和真殿から電話が来たでござる。拙者が「何用でござるか?」と話を促すと、和真殿から呆れることを言われたでござる。
曰く、お酒のせいで何も覚えてない。
曰く、何があったか教えて欲しい。
曰く、大道芸なんて出来ない。
だ、そうだ。
手品も大道芸のことも忘れているらしく「大道芸なんて俺にはできない」などと言い出す始末。明らかな嘘でござる。なぜ隠す必要があるのか分からぬでござるが、バレバレなのに無理がありすぎるでござるよ。
しかし拙者も大人。
何か事情があるのだろうと執拗い問いただしはやめたでござる。
そのあと和真殿がダンジョンで人探しをすると言い出したので、偶然にも予定が同じこともあり一緒に搜索がてらに行こうと相成ったのでござる。
だが拙者は内心ではおこでござるよ! 激おこでござる!
昨夜、酒の回った和真殿が拙者の肩に手を回して「これからもよろしくね! 私と奥菜はズッ友だよ!」と笑顔で言ってきた時は思わず喜んだでござるのに、覚えてないとは許せんでござる! 友としての純情を返して欲しいでござる!
そんなやるせない思いのままで待ち合わせの時刻、ダンジョン前にて合流した。
昨夜の和真殿が嘘のように辛気臭いぼっち臭漂う顔で佇んでいたのが印象的でござった。まるで憑き物が落ちたように元通りでござるな! うむ、辛気臭い顔でござる!
そして皆と挨拶を交わして、アイ殿並びに槍隊の捜索に向かったのでござる。
それがどうして、こんなことになってしまったのか……。
先程の出来事を思い出して拙者は深い溜息を吐いた。
ダンジョンに繋がる大階段を下っている最中に拙者たちは捜索方法を話し合って決めたのでござる。
和真殿は一人で捜索、拙者たちは実力順にコンビを組んで捜索する案でござる。
コンビは拙者と静、明日香とメイリー。そして弓剣隊で一番強いエースの菜々子が一人で行動でござる。危険と思うかも知れぬが菜々子は強い、間違いなく強いでござる。
もしかしたら拙者たちは本気の菜々子を見たことがないと思うほどの力を感じる時があるのでござる。
勿論、拙者としては誰よりも強くなりたいので口には出さない。自分よりも強いと認めて口に出したら負けかなと思っているでござる。同じパーティだからこそ対抗心が強いのでござるよ。
話を戻すでござる。あとは発見時や緊急時に備えて狼煙の色を決めておく。女性のアイ殿を見つけたら赤色、槍隊を見つけたら緑色、そして危険を知らせる緊急用の黒色の狼煙を上げる手筈に決まったでござる。
その話し合いが終わる頃、大階段も残りあと僅か。
そしてようやく大草原に到着して、予定通りに散らばっての搜索が始まったのでござる。
まず拙者と静は遠くの小さい丘から探すことにした。
「正直、槍隊は見つからないと思うけどね」
ダンジョン内部、青空の下。丘に着いた拙者たち。
青草を踏みながら丘から周囲を見渡していると、ポツリと静が呟いた。
「諦めるにはまだ早いでござるよ。探し始めたばかりでござる」
開始早々に本音を漏らす静に拙者は諭すように言った。
「そうね、やるだけやってみましょう」
「うむ」
拙者は小さく頷き、二人で何らかの手掛かりはないかと再び辺りを探し始める。
すると、すぐに発見を知らせる狼煙が上がるのを確認したのでござる。
槍隊発見ではないが収穫を知らせる赤い狼煙、それが菜々子が向かった方角より上がったのだ。短時間での発見はまさに僥倖。
アイ殿の発見に和真殿も喜ぶことでござろう。実に幸先がいいと拙者たちも笑を零して狼煙の下に向かったので候。全力で走れば数分少々、肉体能力の向上している冒険者には苦のない距離でござる。
拙者と静はあっという間にたどり着き、そこで見たくもない光景を見てしまったでござる。
「どうしたの!? 掛かってこないの?」
「待って! 私は敵じゃないですよ!」
可愛らしい銀髪の少女、恐らくはアイ殿でござるな。本当にいてよかったでござる。
正直、和真殿の妄想である可能性もあったでござるよ! いや、それよりも。
そのアイ殿にショートソードの切っ先を向けて攻撃態勢をとる菜々子の姿が目に映ったのでござる。気でも狂ったでござるか!? よく見ればアイ殿は傷だらけでござる。
菜々子の攻撃によるものなら取り返しがつかないでござるよ!
拙者は慌てて菜々子に叫ぶ。
「な、菜々子! 何をやってるのでござるか!?」
「――奥菜、静、手を貸して頂戴。こいつは敵よ!」
「なっ!? どういう事でござるか!」
「違います! 誤解ですよ!
アイ殿は涙目で否定している。
菜々子の「敵」という言葉が理解できない拙者。武器も持ってない少女が敵?
拙者には何かの間違いにしか思えないでござる。とにかく止めねば!
「とにかく菜々子、武器を下ろすでござる! まずは話し合い、事情説明をするでござるよ!」
困惑を隠せずに大声で拙者は叫んだでござる。しかし、拙者を更に混乱させる事態が起きた。
「……いいえ、ござる。菜々子が正しいわ。あの子は敵よっ!」
突然静が左腰からレイピアを抜き放ち菜々子に加勢し始めたのでござる。
「なっ! 静まで何を!?」
「ござるこそ何故わからないの? あの子は明らかに敵でしょう?」
何を言ってるんでござるか? おかしいのは拙者なのでござるか?
混乱が酷すぎて思考がまとまらない。拙者はとにかく攻撃を止めようとアイ殿を庇うことにしたで候。
とにかく今は鉾を収めさせて話し合いに持ち込むでござる。
万が一にもアイ殿に死なれては和真殿に合わせる顔がないでござる故、拙者は覚悟を決めて菜々子と静に向かい合い、その背中でアイ殿を庇った。
しかし、運命とはとにかく酷いものらしい。
今日の拙者はとことん不運でござるな。
何故なら、後から狼煙の下に駆けつけてきた明日香とメイリーまでアイ殿を倒そうとするのでござる。拙者、泣きそうでござるよ。
「菜々子、今加勢するわ!」
「オーウ、和真っちの探し人は敵でシタカ。許しませんヨ!」
「違うんです。私は敵じゃないの信じて! お願いです……ううっ……ひぐっ」
傷つき泣き崩れるアイ殿、剣を抜く明日香とメイリー。
いくら何でもアイ殿が可哀想すぎるでござる。
一件落着したら全員説教でござるよ!
それに正直わけわかめでござる。拙者は涙目で皆を止めようと孤軍奮闘中で候。
ちょっぴり和真殿の気持ちがわかったでござるよ。いや、そんなことよりも。
早く和真殿来てくれー。どうなっても知らんでござるよー!
そう心の中で叫んでいたら、和真殿がついに向こうに見えたでござる!
やったでござる! 何とかして欲しいでござる、期待してるでござるよ!?
そう思っていたら。
「宮本、手伝ってくれ。アイを守るためにあいつらを倒す」
えっ、ちょ!? 和真殿まで何を!?
「――は!? な、何を言ってるのでござるか! 和真殿、みんな仲間でござるよ!?」
しかし拙者の言葉は誰にも通じず、仲間同士で剣を突きつけ合い敵意をぶつけている。
もう、拙者は泣けてきたでござる。味方が誰もいないでござるよ。
何でこうなったでござるか? 原因は何でござるか?
「皆! おかしいでござるよ! 正気に戻るでござる!」
そう無意識に拙者は叫んで戦いを収めようとした。
しかし、その直後に拙者の脳に電流が走る。
閃きでござる。この状況を説明付ける一つの可能性に思い至る。
咄嗟に出た自分の言葉で思いついたのでござる。
「皆、おかしい」「正気に戻る」この二つの言葉が切っ掛けでござった。
そうだ。皆はおかしくなっている。正気じゃないのでござる。
では、その原因は? 何時もと違う条件は?
――――アイ殿だ。
アイ殿が原因だ!
ではアイ殿の何が原因でござるか?
他者に影響を与えてしまう原因とは?
ここまで思考が至れば答えは出たも同然でござった。
異性を骨抜きにして同性を敵対者とする魔性の特性。
その答えに拙者はたどり着く。
特性『魅了』。
それこそが現状を説明できる唯一の原因、唯一の特性でござる。
『魅了』は異性を虜として自分の傀儡にしてしまう魔性の特性。
しかし、その代償は同性からの敵意や殺意の発生でござる。
ならば現状に納得できる、頷ける。
ただ一つの例外を除いて。
「何で、拙者には効かないのでござるか?」
う、ううん。わからない。わからないでござる。
『魅了』で全ての説明ができない、やっぱり原因は違うでござるか?
それとも拙者だけがおかしいのでござるか?
そんな事を考えている間にも、和真殿と拙者の仲間との距離が縮まり一触即発の雰囲気。
もはや時間はない。これ以上は仲間同士の殺し合いに発展するでござる。
ならば、拙者の選択肢は一つ!
「逃げるでござるよ!」
拙者は、和真殿とアイ殿の手を取り一目散に逃げ出した。
後のことは安全な場所で考えるでござるよ! 正直、もう疲れたでござる。
全ては未来の拙者に丸投げでござるよ!




