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ぼっちの日本迷宮生活  作者: 書創
第二章 サンロードダンジョンで宝探し
28/39

和真殿と弓剣隊 ござるの一日

 本日はたまの休みでござる。


 昨日のことでござるが、北千住に引っ越してきたばかりの佐々木殿とサンロード前で偶然出会ったでござる。その日は下見に来たらしく、真面目なことで何よりでござるよ。


 佐々木殿と軽く挨拶を交わしてから別れて、拙者たちはモンスター駆除に向かったでござる。暮らしのためにもお金を稼ぐ。その労働こそが人生に豊かさをもたらすのでござるよ。


「佐々木さん、何だか強くなったみたいね。やっぱり駅前ダンジョンの話は本当なのかな?」


「うむ。拙者は日ごろから連絡を取ってるでござるが、佐々木殿が嘘をつく理由もなし。駅前ダンジョンのマスターを倒すのに貢献したのは本当でござろうな」


 明日香の言葉に拙者も頷く。今の佐々木殿は以前と比べて明らかに力を感じるでござるよ。マスターとの戦いで腕を上げたと見て間違いあるまい、ライバルとして鼻が高いでござる。拙者も負けてはおられぬな。


 そんな競争心からか、その日の狩りで拙者たちは稼ぎまくった。

 オオドリーやスライムを何体も倒して駆除報酬を貰い、お肉も売却して懐が暖かい。

 しかし拙者、宵越しの銭は持たぬ主義。装備のための貯金はするが、それ以外は使う主義でござる。


 残金の大体は食費に消える。皆との飲み食いが多いで候。勿論、自身をより強くするために高級なモンスター肉なども購入して食べるでござる。流石に高級食材は高くて頻繁には食べられないでござるが、着実に拙者たちは強くなっているでござるよ。稼いだ日だけの贅沢でござるな。


 なので、その日の晩御飯は効果も値段も高いホムラトカゲの肉でお鍋を作ることにした。

 日光街道沿いにある肉屋の禿げたおじちゃんと交渉して少しまけてもらったでござる。

 拙者としてはポンと表示額で買いたいのでござるが、しっかり者の静は値引き交渉を譲らないでござるよ。


 そういった経緯で費用を出し合っての鍋パーティでござる。ホムラトカゲの肉は強火でさっと炒めて旨みを閉じ込めて、あとから玉ねぎを入れて油と絡める。そして鍋つゆを入れて、後はお好みの具材を放り込んで煮込むだけ。


 灰汁を掬い、じっくり熱を入れて30分で完成で候。

 5人で食卓を囲み本日最後の晩餐でござる。

 「いただきます」と食事前の挨拶を皆でしたらさっそくお肉を一口。


「美味し!」


 満足でござる。

 たらふく食べた後は自由時間。

 食器洗いは当番の者がやる、今日はメイリーでござるよ。

 今日も良い一日でござった。後は布団に包まり就寝でござる。

 

 そして翌日。


 懐がホカホカな拙者たちは今日は休日にしたのでござる。

 戦いの日々も悪くはないが、装備を修理にも出したいでござるし休日は必要でござる。

 菜々子は「良い男を探してくるわ」と出かけていき、リーダーの明日香は「ゴロゴロするわ」と自室で二度寝。


 嘆かわしい。実に嘆かわしい自堕落な二人でござる。

 それに比べてメイリーはボランティアで炊き出しの手伝いに行く予定でござる。

 爪の垢を二人に煎じて飲ますのも考える必要があるでござるな!

 そして。


「ホームレスどもに愛を恵んでやるデスヨー」


 などと言って出掛けたメイリー。


 本人たちを前に「恵んでやるデス」なんて言ってないか心配になるでござるな。

 日本語が不得意であるため、誤解を与えて騒動を起こさないか心配でござる。

 拙者のようにTPOを弁えて空気の読める良識ある子に育てねばな!


 ちと過保護かもしれぬが、慣れない日本での生活でござる。本人は無理をしているかもしれぬ故、拙者たちが気をかけねばなるまい。


 一方、副リーダーの静は読書に集中しており部屋からは出てこない。

 鍵を閉めて一人きりで読むのが好きなのでござる。

 拙者は一度「何の本を読んでるのでござる?」と聞いたことがあるのでござるが。

 

「知らない方がいい。腐って引き返せなくなる……!」


 と、神妙な顔つきで言われて以来。

 気になるでござるがノータッチでござるよ。嫌な予感がするでござる故。


 そんな訳で、拙者は暇でござる。


 装備を修理に出して一人で昼食を摂った後はやることもないので自己鍛錬のため素振りでござる。もっとも、その自己鍛錬こそが拙者の本番でござるが。

 

 愛刀を握り空き地に来た拙者は上段に構えて刀を振り下ろす。

 刀からの風きり音が心地よく、素振りを繰り返すごとに体が熱くなり何とも言えぬ高揚感を生み出すのでござる。


 肌からジワリと汗が流れ始めるのも嫌いではない。

 体を動かすことで意識との齟齬がなくなるこの感覚。

 この感覚が好きなのでござる。


 汗を飛ばして刀を振る。無心で身体を動かして最速の剣を目指すことこそ至福の時間。

 きっと拙者は根っからの武士、やはり宮本武蔵の生まれ変わりに違いあるまい。

 拙者は、現代の武士でござるよ。


 しかし、最初からそう思っていたわけではござらぬ。

 そんな風に感じるようになったのはあの日からでござる。

 神の祝福の日。


 あの日、拙者が発現させた特性の影響なのやもしれぬな。

 何故なら拙者、あの日を境に口調が変わったのでござる。

 高校時代の拙者は「私」と言っていたし語尾もまわりと同じでござった。

 宮本武蔵に憧れはあったが生まれ変わりだなんて思ってもいなかったでござる。


 それが急におかしく感じて無意識に語尾と一人称が変化して今のようになったでござるよ。

 ネットで特性を調べた時に納得したでござる。拙者の特性には自身の性格と口調に作用する変わり種の特性があったでござるからな。


 『漢女』 『武人』 


 それが拙者、宮本奥菜に発現した特性でござる。


 『漢女』とは、自身の性格を男らしく変えて女性らしさを打ち消す特性でござる。

 そのせいで拙者は語尾と一人称が変わって性格も男らしくなったようなのでござる。

 最初はその変化に自覚がなく、まわりから指摘されて気づいたのでござる。


 ちなみに女性好きになるわけではござらんよ、拙者はノーマルで候。

 あくまでも男らしくなる精神作用系の特性でござる。


 いやはや、特性とは恐ろしい。

 自分の変化にも気づけずに、それが当たり前だと認識してしまうのでござる。

 それが『漢女』のデメリット効果なのでござろうな、佐々木殿の『孤独』よりはマシでござるが。


 それでも周りからは突然変な人になったと見えたはずでござるよ。

 しかも、特にメリット効果も判明しておらず役に立たない特性として知られているでござる。


 性格を変える常時発動デメリット効果に対してメリット効果は不明。

 全く以て役に立たぬ。少しは『武人』を見習って欲しいでござる。


 その『武人』とは、言葉からもわかるように戦闘系の特性でござる。

 全ての攻撃力を常時底上げする優秀なメリット効果が特徴でござる。

 対してデメリット効果は一日一回は戦闘や訓練をしないと発狂するというもので、冒険者にとっては大した問題に感じられない代償でござる。


 その代わり常時底上げの効果は低いために微妙といえば微妙、切り札にはならないがコストパフォーマンスに優れた特性といった具合でござる。

 佐々木殿の特性は癖が強すぎて困るが、拙者の特性はアクがなさ過ぎて退屈でござる。


 隣の芝は青く見える。

 至言でござるな。もっと格好良い切り札になる特性が欲しかったでござるよ……。


 そんな事を考えながら素振りを始めて数時間。

 そろそろ夕食の時間かと思い始める夕焼け空に拙者の電話が鳴ったでござる。

 「おや、誰でござるか?」と素振りをやめて相手を確認すると珍しい者からでござった。

 拙者は携帯をとりLineはすれども電話はあまりしない奥手の友人と会話を始める。


「もしもし佐々木殿、何用でござるか?」


 まず拙者から要件を伺う。すると珍しいテンションの佐々木殿がこう言った。

 

『もしもし。俺、佐々木なんですけど! 気晴らしにどっか食べにいかない? ダンジョンで嫌な事があってストレス解消したいんですよ!』


 ふむ。何やら佐々木殿らしくない口調でござるがストレスのせいでござるか。

 ストレスとは恐ろしいものでござるな。何が起こったのでござろうか。

 拙者は憐憫を込めた視線を携帯に向けて頷きながら返事をする。


「うむ。佐々木殿からの珍しい誘い。謹んで受けるでござるよ!」


『流石ござるね! 話が早いわ。じゃ、組合支部と道を挟んで向かい側のお店で1時間後に集合ね。別に誰か誘ってもいいから、わた……俺は先に行って待ってるから!』


 佐々木殿まで拙者をござる扱いでござるか……。そろそろライバルとして決着を付けねばならないでござるな。

 しかし、今日のところは珍しいお誘いを快く受けるとしよう。拙者は寛大でござるが故に。


「わかったでござるよ! 仲間も誘ってみるでござる故、先に待ってて欲しいで候」


 そう言うと、喜色を感じる声色で佐々木殿が。


『オッケー! じゃ、また後でね!』


 ふむ。本当にストレスが溜まっているらしいでござる。

 今までの佐々木殿とは別人でござるな。まあ、声が本人なので間違いないでござろうが……。

 

 メンバーに連絡すると皆も珍しかったのか、全員参加する運びとなったでござる。

 特に菜々子がノリノリで嬉しそうに食いついて来たでござる。

 まさか、狙っているのでござろうか?


 3股から4股をする気でござろうか?

 仲間とは言え節操なしにも程があるで候。もしもの時は拙者が止めねば!

 そう思い、拙者は皆と待ち合わせてから指定のお店に行ったのでござる。

 

「待たせたでござるな! 皆も来たでござるよ!」


 店に入り佐々木殿をいち早く発見した拙者の呼び声に佐々木殿が手を振って応える。


『待ってたよ! こっちこっち! お酒は適当に注文してあるからね』


 何時ものような辛気臭い笑顔ではなく満面の笑み。

 どこかで頭を打った可能性もいよいよ浮上する。これは病院に行かせるべきか?

 拙者はちょっと心配しながらも佐々木殿と同じテーブルに座る。


『皆も適当に座ってね。今日は私の奢りよ! いや、俺の奢りよ!』


 すでにお酒を飲んでいたらしく言葉遣いがおかしい。相当飲んでるでござるな。

 アルコールがいい具合に回っているのか、あの絶妙に辛気臭い暗い微笑みではなく、まるで可愛らしい女性のような笑顔と仕草で話していて気味が悪いでござる。まるで別人で候。


 何か変なものでも拾い食いした可能性も捨てきれぬな。


「佐々木さんこんばんは。奥菜から事情は聞いてますけど佐々木さんから誘うなんて珍しいですね。今日はご馳走になります」


 明日香の発言に思わず頷く拙者、本当に珍しい。


「コンバンワー。奢られに来てやったデスヨ!」


「佐々木さんこんばんは、会えて嬉しいです。今日は楽しみましょうね、ふふふ」


「こんばんは、今日はご馳走になります。ござるから聞きましたけど何か嫌なことがあったらしいですね。何があったんですか?」


 静、良い質問でござる。拙者も気になるでござるよ。

 拙者はその質問にどう佐々木殿が答えるのか気になり視線をチラリ。

 あ、こら。菜々子が佐々木殿の隣に座って色目を使い始めてるでござる!

 早すぎでござるよ!


『んー、色々あったの。俺はナメクジが嫌いだからあのダンジョンはストレスが溜まるの』


 ナメクジは知らぬが、拙者は「の」が気になって仕方ないでござる。女言葉がたまに混ざっている気がするでござる。

 今日の佐々木殿は普段の数倍は気持ち悪いでござるな!


「ナメクジが嫌いなんですか? あのダンジョンにそんなのいました?」


 静の質問に拙者も頷く。ナメクジとはなんでござるか?

 そう思いながら置いてあるビールを一杯。美味し。


『ぷるぷるしてるスライムの事。わ、俺、軟体生物嫌いなの!』


「ああ。スライムのことですか」


「スライムでござったか」


 静も拙者も頷き納得。

 拙者は可愛いと思うでござるが、そういう人もいるのでござるな。

 佐々木殿の知らない一面を見たでござる。ついでにビールをもう一杯。


「エエ!? スライム可愛いでショー? なんでそんなコト言うんデスカ。倒しマスガ」


 可愛い物好きのメイリーが頬を膨らませて食いつく。

 鏡でその顔を見たほうがスライムより可愛いと思うでござるよ。

 それと、結局倒すんでござるね。


「そうですよ、スライム可愛いじゃないですか。倒しますけど」


『可愛くない! 全てのナメクジとスライムは塩まいて駆除するべき!』


 明日香も結局は倒すんでござるね。まあ、冒険者でござるしね。

 しかし佐々木殿はナメクジとスライムに親でも殺されたのでござろうか。

 こんなに敵意をむき出しにした姿は初めて見るでござる。

 やっぱり頭を打ったんじゃ……。拙者がそう心配してオデコをすりすりしてあげていると。


「……ねぇ佐々木さん。好きな女性のタイプを教えてくれません?」


 腕を絡ませた菜々子が上目遣いで変な質問を始めたでござるよ。

 胸を押し付けてハレンチでござる!


「菜々子。佐々木殿に迷惑でござるよ!」


 まったくけしからん! 公衆の面前だと言うのに。

 不快に思った拙者が叱りつけると。


「別にいいじゃない。私、佐々木さんのこともっと知りたいの」


 そう言ってベタベタとくっつく。

 うぶなメイリーと明日香が赤面してチラチラ二人を見ており教育に悪いでござる。

 静は無関心に眺めながら焼肉を頼んでいる。興味がないでござるか。


「佐々木殿はどう思うでござる?」


 埒があかないので本人に直接拒否してもらおうと視線を移して水を向けると。


『ぶふぉおお~』


 口から炎を吐き出している佐々木殿がいた。


「――っ!?」


 突然の出来事に菜々子を含めて全員の目が点となり、静が驚いて隣にいたメイリーの顔に水を噴き出してるでござる。

 火が付くほど度数の高いお酒はないのにどうやって?

 仕込みでござるか? と、疑問に思っていたら。


『ぽよーん』


 変顔で耳から勢いよく水を噴射しだした。何やってるでござる!?

 いや、そもそもどういう仕掛けでござるか!?

 まったく種がわからないでござる!


「さ、佐々木殿!?」


 困惑顔で拙者が佐々木殿の名前を呼ぶと。


『会話がつまらないので主催者として場を盛り上げようと思う』


 などと言い出して、種がわからない大道芸をやり始めたでござる。

 ヘソで茶を沸かし始めて拙者に振る舞い、逆立ちしながら回転して空を飛び始めたでござる。なんで浮いてるのでござるか!? あ、ピカピカ眩しい。放電してるでござる!

 まるで魔法使いでござるな!


 回りのお客も見物を始めて、やんややんやと大騒ぎ。

 店長まで混ざってきて仕事はどうしたと問いたいでござる。

 

「すごいデ~ス。すごいですよヨ、佐々木サン! 天才だったんデスカ!」


「こんな芸を持っていたなんて……」


「はぇ~……」


 メイリーは飛び跳ねながら大はしゃぎで盛り上がっている。

 静は感嘆してるでござるな、拙者もでござるよ。

 明日香は驚きすぎて放心状態でござる。大丈夫でござるか? 魂がでそうな顔でござる。

 菜々子は何故か冷静に佐々木殿を見てるでござる。

 

『どう? すごいでしょう? これからは親しみを込めて和真と呼ぶことを許可します!』


 と、ドヤ顔で言い出した。

 見ていて引っ叩きたくなる顔でござるな!

 

 そのあとはメイリーが「和真っち!」と懐きだしてじゃれている。

 菜々子も混ざろうとするが和真殿に素っ気なく適当にあしらわれている。

 何故か菜々子に対して冷たいような気がするでござるな。むむむ?


 菜々子も菜々子で時折でござるが和真殿をジッと見つめている。

 本気で和真殿に惚れたのでござろうか? ふ~む。


 静と明日香も付き合いが悪くて根暗な印象があった和真殿に心を開いたようでござる。

 手品が相当お気に召したのか、メイリーと明日香がアンコールをして騒いでいる。

 静は見物、菜々子は隙を見て絡みに行く。


 そんな風にお食事会は大盛り上りだったでござるよ!

 皆の距離も近づいて仲良くなれて満足でござる。

 いやいや、今日もいい一日でござった。


 そして宴もたけなわとなり、ようやくお開き。

 和真殿に皆で御馳走様でしたとお礼を言って手を振り別れた。

 たまには変わった和真殿も新鮮で良かったでござるよ。


 うむ。今日はぐっすり眠れそうでござるな。

 その日、拙者は満足して布団に潜り込み床についたのでござった。


 そして翌日、決裂の日が訪れる。




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