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ぼっちの日本迷宮生活  作者: 書創
第二章 サンロードダンジョンで宝探し
26/39

理解の外側、魔性の少女

「はい! 喜んで!」


『えっ!? 私の忠告聞いてた? 』


 和真の清々しい返事に気分をよくしたのか、アイは喜色満面に両手を胸元に当てたポーズで。


「わー! ありがとうございます。お兄さん、これからよろしくお願いします!」


 華やかにお礼を述べた後、ペコリとした可愛らしいお辞儀により綺麗な白銀の髪が揺れた。 その仕草は和真にとって無邪気な天使のように見えたのだが。


『あざとい! あざといですよ、この女! ダメですね。私の怒りに触れる存在ですよ!』


「こ、こち、こちらこそよろしくね! 俺の名前は和真。気軽に呼び捨てでいいからね」


『和真!? 落ちるの早すぎません? これだから免疫のないぼっちわっ!」


 和真の心は桃色になっていた。それこそ不自然なほどの一目惚れだった。

 それは、長期間まともな人間関係を築けなかった弊害なのか、それとも少女の魅力のなせる技なのか。

 

「でも、年上の男性に呼び捨ては失礼だから。和真お兄ちゃんて呼びますね!」


「はい! それでお願いします!」


 「決まりですね!」と、両手をパチンと打ち合わせて嬉しそうにアイが微笑む。

 少女のボブカットはその笑顔によく似合っており、その反応一つ一つが和真の琴線に触れていき思わず顔がニヤける。

 

『和真にはガッカリですよ! 少しは見込みのあるぼっち野郎だと思っていたのに!』


 ガイアからの文句がうるさい。今の和真はアイの心地よい声しか聞きたくないのだ。

 いつもいつも勝手に絡んでくる正体不明の存在よりも、麗しい少女と一緒に過ごしたい。

 その感情が和真の思考にじわじわと染み込んでいく。


「あ、でも……」


「え?」


「いや、あー。ごめん。パーティは組みたいんだけど、やっぱり無理だ。俺、『孤独』の特性を持ってるから迷惑かけるよ。悪影響が出るから組まないほうがいい。本当、残念だけど」


 見る見るうちに暗い顔になって俯く和真。

 彼にとってのチャンス、ぼっちからの卒業。そして淡い恋心。

 やはりそれを邪魔するのは『孤独』という質の悪い特性だった。

 しかし。


「大丈夫ですよ! 私には和真お兄ちゃんの『孤独』の特性は効かないと思います。だから問題ありません! 運命かもですね」


 そう言って、アイはてくてくと可愛らしく近寄り、和真の右手を両手で包み込み花笑みを見せた。

 ドクンと胸に熱いものが込み上げる。これが、11年以上の時を経た恋なのか。

 和真にはもう疑うことはできない。彼女は運命の相手なのだと。


「本当!? やったぁ! でも、なんで効かないの?」


 テンションが高まり、彼らしくない大声で喜色を満面に表す。

 これが興奮せずにいられようか。枯れ果てたと思っていた恋心、その相手はパーティが組める適格者。こんな偶然はこの世にない。そう、偶然ではないのだ。

 

 ならば運命。これは運命の出会いだ。

 和真はそう確信して喜んだ。喜ぶ以外の選択肢がなかったのだ。


「はい! 私の特性が悪影響を無効化すると思います。だから私には効かないはずです!」


「すごい! そんな特性があったのか、知らなかったよ。なんて言う特性なの?」


「ふふふ、それは秘密です。もっと仲良くなったら教えますね。和真お兄ちゃん!」


「そっか、わかった。とにかくこれから宜しくね! アイちゃんて呼べばいい?」


「はい! 私のことはアイと呼んでください。これからよろしくお願いします」


 改めてペコリとお辞儀をするアイ。

 堪らず頭を撫でたくなる衝動に駆られるも、必死に耐えた和真は賞賛に値する。

 それほどの魅力が少女からは放たれていたのだ。


「これがパーティを組む気分なのか。最高だ! それで、良い稼ぎ場所があるんだっけ?」


「はい! この草原には幾つか隠し階段があるんです。その奥は小部屋になっていて、運が良ければ宝箱がありますし、モンスターも高確率でいるんですよ!」


「すごい! そんな情報知らなかったよ。アイちゃんは詳しいんだね」


「はい。私、こう見えてもすっごく強い冒険者で情報通なんですよ! 丁度パーティメンバーを探していたから、和真お兄ちゃんに出会えてラッキーでした!」


「いやいや! そんなアイちゃんに出会えた俺こそラッキーだよ!」


『気持ち悪いからもうやめて! 鳥肌が治まらないんですけど!』


 ガイアを無視する和真はアイに案内をされながら談笑をじっくりと味わった。

 こんなに心が踊る気持ちで女性と話すのは初めてで、冒険者には18歳以上でないとなれないことを失念してしまう。


 誰がどう見ても、少女は12歳にも満たないというのに……。

 それでも和真は気づけない。もう彼に、その選択肢はないのだから……。



『……忠告はしましたからね』



 それから。

 アイに連れられて隠し階段があると言う場所を目指す和真。

 その道中、アイは興味津々といった様子で和真に質問をしてきた。


「所で。和真お兄ちゃんはどうやってそこまで強くなったんですか?」


「一人でも倒せる格下のモンスターと戦ったり、倒したモンスターのお肉を食べたりが基本かな」


「私と同じですね! 私も食べるのが大好きなんですよ!」


『私と真逆ですね! 私はお前のことが大嫌いなんですよ!』


 「特に新鮮なのが美味しいですよね!」と、嬉しそうに笑うアイ。

 和真はデレデレと微笑み「そうだよね、わかるわかる」と頷き返す。


『ううっ……イライラする。あざといぶりっ子をぶっ飛ばしたい! ついでに和真も!』


 ガイアが異常に五月蝿い。いや、これが平常なのか。

 だが、ここまで特定の相手に敵意を見せるのは珍しいかもしれない。

 和真はアイのことに夢中だが、そんなガイアに頭の隅では違和感を覚え始めていた。


「あと、聞きたいことがあるんですけど。和真お兄ちゃんは変わった知り合いとかいますか? 私は最近なんですけど、金色の瞳の人に付きまとわれて困っているんですよ……」


「えっ!? 付きまとわれてるの? 大丈夫なの? 俺でよかったらいつでも力を貸すからね! 俺がアイちゃんを守るよ!」


 胸を張りアピールする和真。自分で一番格好良いと思う表情を意図的にアイに見せつけた。アイは「わぁ! 和真お兄ちゃんありがとう! 頼りにしてもいいですか?」と、両手で口元を抑えながら上目遣いで頬を染める。


『ぺっ』


「勿論だよ! 俺でよかったら何でも協力するよ!」


「ありがとうございます! とっても嬉しいです。それで、和真お兄ちゃんにも変わった知り合いはいますか?」


「え? ああ……そうだね。変わった知り合いなら二人いるね」


「……え、二人? そうなんですか。二人もいるんですか、大変ですね」


 アイは思案げに俯いた。

 和真が思い浮かべたのは二人。脳内の住人ガイアと宮本奥菜である。

 彼女たちを変わった知り合いと言わずして誰が変わっていると言えようか。和真は二人の存在を思い出して自然と笑みが溢れてしまう。


「……その二人は、どういった方なんですか?」


「うーん。そうだなぁ。一人は自分を宮本武蔵の生まれ変わりだと公言する変人で、もう一人は脳内に語りかけてくる能力を持った変人だよ。変わってるでしょ?」


 和真の話を聞いたアイは一瞬目を見開いて、次の瞬間には愛らしい少女の笑顔に戻り、そして。


「……脳内に語りかけてくる能力を持った変人ですか。すごく変わってますね! 面白そうなので詳しく聞かせてください!」


 アイは強く興味を示して和真の右腕に絡みつき、頬を染めた可愛らしい上目遣いでおねだりをしてきた。その魅力に和真はメロメロとなり鼻の下が伸びていく。


「あ、ああ。勿論だよ! 変わり者すぎて信じられないと思うけど……」


「大丈夫です! 和真お兄ちゃんのことを私は信じてますから!」


 アイは和真の瞳を見つめて、にっこりと断言した。

 その瞳に、その言葉に、嘘偽りは感じられない。和真はアイからの信用を嬉しく思い、ガイアの話をしようと口を動かした。――その時。



『それは、絶対に許しません』



 ガイアの冷たい声が脳に重々しく響き渡る。

 その言葉の直後、和真は肉体の制御を失い意識が遠のいていくのを感じる。

 深い深い海の底の微睡みに沈むように、和真は意識を手放した。



 ◆



「和真、いつまで寝てるの? もうお昼よ!」


「……ん、あ。母さん、おはよう。……え?」


 太陽が頂点で輝く時間。

 和真はようやく目を覚ます。そこは自分の部屋であり、見慣れたベッドの上だった。

 しかし家に帰った記憶がなく、何故かやけに体が怠かった。

 

「……あれ? 何で俺、自分の部屋にいるの?」


「あんた寝ぼけてるの? 友人ができて嬉しいのはわかるけど、遅くまで飲み過ぎるのは感心しないわよ」


「……は?」


「もう、早くお昼を食べちゃってよ! 片付かないから」


 母の言葉が理解できない和真。

 お酒の飲み過ぎ? 友人ができた? 何を言っているのかわからない。

 確かに宮本奥菜のことはプレゼントの件もあり話した。しかし、照れくさかった和真は冒険者の知人とだけ説明している。友人とは言っていない。


 そもそも、この状況で友人という単語が出ることに理解ができなかった。

 しばらくして、ようやく現状を理解し始めた和真は昨日の出来事を思い出す。


 自分はダンジョンでアイという美少女に出会い、宝箱を探しに行く途中だったのだ。

 しかしガイアが何らかの理由で妨害を行った。そうだ、間違いない。ガイアが何かしたのだ。


 やっと思い出した和真は、母が呆れながら部屋から出て行きもういない事を確認して、ガイアに話しかけようとした、その時。



 ピコポン



 聞き慣れた着信音が部屋に響く。

 和真は思わずベッドの隣に置かれていた携帯を手に取り、その内容を確認する。



宮本奥菜「昨日はご馳走様でござる、楽しかったでござるよ。まさか佐々木殿、いや、和真殿がお酒を飲むと、あそこまで人が変わるとは思わなかったでござる。人は見かけによらないでござるな。まさか炎を吐いたり水を耳から出したりヘソで茶を沸かしたり、本当に凄かったでござるよ。拙者の目では手品の仕掛けがわからずに悔しかったでござる。今度教えて欲しいで候。あと、槍隊の話でござるが余裕があれば頼むでござるよ。知り合いが行方不明なのは気分が悪いでござるが故に、拙者たちも余裕があればダメもとで探してみるでござる」

 


 それは、和真には理解ができない内容である。

 青天の霹靂に困惑は酷くなり、縋るように奥菜に電話を掛ける和真の表情は苦かった。


 一体、自分の身に何が起こったのだろうか。

 そして、あのアイという少女はどうなったのだろうか。

 和真の心は、困惑と焦燥感で満たされていった。


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