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ぼっちの日本迷宮生活  作者: 書創
第二章 サンロードダンジョンで宝探し
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国民的アイドルに出会った

 一歩一歩、草原を踏みしめるたびに植物の青臭さが鼻を刺激する。

 不快な匂いではない。青々とした爽やかな匂いで清々しく感じるのだ。

 それは、和真が東京で生まれ育ったためか、田舎や自然に憧れるのが理由なのかもしれない。


「いい天気だなぁ」


『癒されるのはいいですけど、モンスターに注意しないと危ないですよ』


「あ、はい」


 ガイアに注意される和真。注意はありがたいのだが、正直、ガイアの反応はちぐはぐな部分が多くて付き合い難さを感じている。ある時はふざけて絡んできたり、ある時は意図的に誘導してきたり、ある時は少しアドバイスをくれたりと。


 言葉と態度に一貫性を感じ取れないのが原因だろう。そもそも、四六時中監視されているわけで気分のいい話であるはずもなく。脳内に語りかけてくる存在とうまく付き合う術。そんなものがあるのなら教えて欲しい。それが和真の本音だ。

 

「お、戦ってるな」


 ガイアの態度を不満に思いながらも周囲を警戒して草原を歩いていると、遠めに4人組の冒険者と、ダチョウを一回り膨らませたような体型のモンスターが戦っているのが見えた。


「あれがオオドリーか。画像よりも大きく見えるな……」


『一羽相手に4人がかりとは、見込みのない冒険者たちですね。一対一で特性を使ってぶっ倒れる、誰かのお家芸を見習って欲しいですね。ぷぷっ』


「うるさいよ」


 脳内にガイアの嫌味が響く中、冒険者たちの戦いは続いていた。

 盾を構えた男がオオドリーの蹴りを防いで後衛二人の壁となり、後衛はクロスボウから技能をのせた矢を放ち、少量ながらダメージを蓄積させていく。


 そのため、オオドリーは苛立ちのせいか盾役と後衛の二人に注意が釘付けとなっていた。

 そこに、気配を殺し大回りして背後を取った、最後の一人が幅広の剣を走らせる。

 遠目から様子を見ている和真にも、オオドリーの頭が地面に落ちるのが確認できた。

 堅実な戦いで危なげのない勝利だ。


「やっぱ、パーティはいいなぁ……」


『私がいるじゃないですか』


「すみません。戦力になる人でお願いします」


『ぼっちの分際で贅沢ですね』


 役立つことのないメンバーに価値はあるのだろうか。

 ただ、苦手とは言えガイアのお陰で寂しさをあまり感じなくなったのは事実だ。

 和真もそこだけは感謝をしている。そこだけは。


「それにしても、オオドリーは結構強いね」


『そうですか?』


「うん。体格もあるし鉤爪が怖いからね。情報通り、クイーンラットよりも強敵だよ」


『成長したのに弱気ですね。やれやれ、底辺はこれだから』


「まぁね。それに、もう入院して泣かせたくないから……」


 駅前ダンジョンでゴーレムとアーガンに使用した特性。

 これによる反動は大きく、救助が来なければ間違いなく死んでいただろう。

 病院で母に泣かれた出来事を思い出すと、反省の念しか浮かばない。

 

 思えば、初めてオオネズミを倒した時もそうだ。

 引きこもっていた時の反動なのか、自分一人だと傷つくことを恐れずに特攻する悪癖が付いてしまっている。自分一人で生きているのであれば許されるかもしれないが、守るべき肉親がいるのに取るべき選択ではなかった。


 和真はあの時になって思い出したのだ。

 もう母親にとって和真だけがたった一人の家族なのだと。

 その心中を察するべきだったのだと、気づくのが遅い彼は非常に後悔した。


 だからこそ、極力危険な真似はしない。あれから特性を使うのを己に禁じた。

 ダンジョンマスターが関わりそうな依頼には手を出さないし無理もしない。

 嫌な気配がすれば即逃走を試みる。そう和真は誓を立てたのだ。


「それに、蛮勇なんてかっこ悪いしな……」


『私はいいと思いますよ、見ていて楽しいので。無様な姿は最高ですよ』


「うん、ずっと思ってたけどさ。ガイア、絶対友達いないだろ?」


『――なっ!? し、失礼ですね。いっぱい……いましたよ? 彼氏もいましたし!』


「なんで疑問形なの? それに『いました』って、過去形だよね……」


『べ、べべ、別に貴方に教える必要はないですし? 私、友達多いし?』


「……あっ(察し)。そうだね。一人は辛いから話しかけちゃうよな。脳内に」


『あべぶっ』


 間違いない、明らかに動揺を隠し切れない上擦る声。その反応に和真は全てを察した。

 「あ、こいつ性格が悪くてぼっちになったタイプだわ」と。そう思うと、先ほどまでの苦手意識が嘘のように好転して親近感を抱き始めた和真。


「何か、傷口抉っちゃってごめんな。俺でよかったら、友達と思っていいから……」


『やめて! 同情しないで! 貴方に仲間だなんて思われたくない!』


「そうかそうか。俺たち、ズッ友だよ!」


『やめて!』


 狼狽するガイア。思わぬ弱点を見つけ出した和真は、とても悪そうな笑顔を浮かべていた。どうやら彼にも嗜虐心が存在していたらしい。


 しばらくガイアとの微笑ましい会話を楽しむが、彼は気づいていなかった。近くをすれ違う冒険者たちの目には、気色悪い笑みを浮かべて大声で一人で話している不審人物にしか見えないことに。


「(おい、なんだアイツ。やっべーぞ)」

「(モンスターにやられたんじゃないか? 一応、声かけるか?)」

「(やめとけ。面倒事に関わりたくない)」

「(そうだな。近づかないほうがいい……ありゃ手遅れだ)」


 先程のオオドリーを狩った冒険者たちが獲物を持ち帰ろうと近くを通ったのだ。

 ちらちらと和真を見ながらひそひそと話す冒険者たち。


 そんな出来事があったことにも気づかずに、ダンジョンに入ってから小一時間が経っただろうか。流石に冒険者の多い有名ダンジョンなだけあって、なかなか空いているモンスターが見つからない。

 

 大草原だからこそ、遭遇率が低いのかもしれない。

 これでは稼ぎにならないし宝箱も見つからない。そう和真がズッ友に愚痴をしだした時、ようやくモンスターが現れたのだった。


 ぷよん。ぷるぷる。


 それは、あの有名なモンスターだった。

 RPG系のゲームには必ずと言っていいほど登場するゲル状のモンスター。

 夏場に抱いて眠れば涼しくなりそうな愛らしい生命体。


「おお! スライムだ!」


 和真は思わず声を上げる。あまりのメジャーモンスターの登場に歓喜したのだ。

 攻撃を警戒しつつも素早く携帯で写真を撮り始める和真。


『何してるの? あんなナメクジの親戚みたいな奴を撮影してどうするの?』


「例えが酷い。スライムはね、日本では国民的なモンスターなんだよ」


『あ、そう』


 「やれやれ、ガイアはわかってないなぁ」と、煽りも付け加えて和真がはしゃぐ。

 引きこもり時代にお世話になったゲームにも出てくる、馴染み深いモンスターに舞い上がっているのだ。


 ただし、可愛らしい目や口はなく完全な液状球形モンスターと表現するべきだろうか。

 薄らと青みがかっている透明体で、地面の青草が透けて見える。撮影に満足した和真は改めてスライムを観察して。

 

「ゼリーみたいだな。……じゅるり」


『まさか、食べるの? 嘘でしょ。ドン引きなんですけど! さっきまで撮影してた相手を!?』


「それはそれ、これはこれ。俺の中の『食通』が食べろと命じるんだ」


 砂糖をまぶして食べればデザートになりそうだな、などと思う和真。

 実際にモンスター飯を題材にしたブログにも、スライム料理は数多く紹介されている。

 その中には乾燥させて麺のようにしたり、そのままトコロテンのようにしたり、デザードにしたりと写真付きで掲載されていた。


 しかし、スライムの中には毒を持っている個体がおり、素人が判断するには危険が伴う。

 だが、それは和真には関係のない話だ。

 何故なら彼は、『毒見』の技能が最大レベルに達しており、読んで字の如く見ただけで毒を持つか否かを判別できる。


「それに大丈夫だよ。コイツは毒なしで食べられる」


『いや、そこじゃないの。さっきまで愛でてた相手を食べることに苦言を呈しているの!』


「大丈夫だ、問題ない」


『……信じられない。お腹壊しますよ?』


「食中毒くらいなら無効化できる、問題ないな」


 『もう、勝手にすれば。貴方がどうなろうが知らないですし!』と、何故か不貞腐れるガイア。こうして悠長に撮影や会話をしている間に、スライムはすっかり赤い警戒色に変化していた。和真に攻撃を仕掛けようと様子を窺っているようだ。

 

「おっと、集中しないと……」


 改めてスライムに構え直す和真。

 左手に盾を、右手にメイスを。

 体を盾の後ろに隠すようにして、右脇は締めメイスを胸元に引きつけて構える。


「スライムは、意外と強いらしいからな……」


 それは事実だ。

 種類にもよるがスライムは強い。


 その軟体生物のような体で隙間に潜り込み死角から急襲してくる場合もある。毒を持っているタイプはやっかいで、攻撃を受ければ致命傷になる種類も存在する。少なくとも、どんなスライムでもオオネズミよりも強いことは確かだ。ここ、サンロードダンジョンはスライム系が多いことで有名なダンジョンでもある。


 そして。警戒色のスライムからギチギチと音が鳴り始めて肉体が縮んでいった。

 球体に近かった形状は潰れて、まるでゴムボールを押しつぶしたようになっていく。


 これは明らかな溜めの行動。

 人間が徒競走を行うとき、スタートダッシュに足を曲げて構えるのと同じ理屈。

 筋肉を爆発させて加速するための前段階、和真に対する突進攻撃と見て間違いない。


 和真は腰を落として足を踏ん張り、スライムの突進後に上段からメイスを打ち込む基本戦術を選択した。ただし、前情報から効果は薄いだろうなと思いながら。


 直後、スライムが弾かれたように突貫攻撃をしてくる。狙い通りだ。和真は盾をぶつけるように、スライムを殴打して隙を作る。そして追撃にメイスを振り下ろそうとした時に、始めて見る攻撃をスライムが仕掛けてきた。


 盾の殴打でべちゃりと潰れたスライムが、そのまま盾にへばりつき和真の左腕ごと捕食しようとしてきたのだ。まるでクリオネの捕食シーンのような光景に冷や汗が流れる。


 しかし慌てない。ここまでは予習通りの展開だ。和真は即座に盾をはなして間合いを取り、再びメイスを振り下ろす。


 加速したチタン製のメイスは、盾に絡んで動きが遅れたスライムに見事直撃した。

 『強打』『大強打』『打撃』『大打撃』の技能により、威力が20倍近くに跳ね上がった砲撃がスライムに炸裂したのだ。


 結果は木っ端微塵。

 スライムの透明体に戻った肉片が飛び散り、周囲の青草に雨のように降っていく。

 その威力を認識した和真は砂埃の中で思わず呟く。


「威力、上がりすぎだろ……ビビった……」


 『クリティカル』と『致命撃』が発動していないのにこの威力。さらに『強襲』と『夜襲』が上乗せされていたらどうなっていたのか。和真は、反動で自分が吹き飛ぶのではないかと想像だけで肝が冷える。


「スライムは打撃耐性があるって話だったのに……」


 雨粒のようになってしまったスライムを見て和真が零す。

 ネットで調べた限りでは、打撃に強い耐性を持っており長期戦も覚悟していたのだ。

 最悪の場合、左腰のナイフを使って戦うことも視野に入れていた。 


 しかし、アーガンとの戦いで急成長したステータスと技能の威力は想像を超えており。

 一撃で終わるという予想外の出来事に、本人が一番狼狽えていた。


「あーあ。これじゃぁ食えないな……もったいない」


『誰も見てませんから、這いつくばって食べてもいいんですよ。スライム食べたいんでしょう?』


「いや、そこまでして食べたいわけじゃないから」


 『ちっ、ナメクジ大好き野郎が今更なに言ってるんですか!』という悪態が脳に響く中、ふいに後ろから少女に声を掛けられた。

 それは鈴を転がすような声で。


「お兄さん、凄いですね。スライムを一撃で倒すなんて」


 振り向く和真。

 そこには、ぷるぷると瑞々しく麗しい白百合のような一人の少女がいた。


「中級以上の冒険者さんですか? もしよければ、良い稼ぎ場所を教えますよ!」


 綺麗で華奢な人差し指を一本、口元に当てて。


「皆には内緒にしてくれるなら、ですけどね」


 花のような笑顔を見せて名乗った。


「私の名前はアイと言います。もしよかったら、パーティに入れてくれると嬉しいな!」


(か、可愛い!)


 その微笑みとともに、可愛らしい仕草と心地良い声は、少女愛ではない和真の胸すらも脈打たせた。

 電流が走るような感情の昂ぶりに和真が惚けていると、脳内に悪戯な女神の囁きが木霊する。


『……私からぼっちの和真さんにありがたい忠告です。この世の中、惚れたら負けで後悔しますよ。ぷぷぷ』


 しかし、その言葉は今の和真には届かなかった。

 

「はい! 喜んで!」


 

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