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ぼっちの日本迷宮生活  作者: 書創
第一章 ダンジョン冒険者に就職しました
19/39

母と和真、そしてガイアと。

「それで、佐々木さん。一応は報告で聞いておりますが、貴方の口から直接再確認させていただきたい。ダンジョンマスターと名乗る男が口にした内容を」


 内心では田中に気圧されている和真は、しどろもどろに説明をはじめる。

 ガイアの名前を口に出した時に、一瞬だが田中の眉がピクリと反応したのは偶然か。

 手を組んだままの姿勢の田中は、和真の瞳の動きを見つめ続けていた。


(……この人、怖すぎだろ。早く帰りたい)


 変な汗がでる。

 同じ組合所属の人間に対する感想ではなかった。

 何か異様な存在に見つめられているような違和。深淵を覗き込むとき、深淵もまた人を見ている。そんな言葉を思い出していた。



「なるほど。なるほどなるほど。いやぁーいいお話が聞けて私は満足です。大変結構なことです。率直にお聞きしますが、佐々木さんはどう思います? アーガンという男の言葉を信じますか? それとも……」



「個人的には、信憑性はあると思います。嘘の情報をわざわざ与える必要のある状況ではありませんし、頭がいい相手にも見えませんでした。あそこで演技をする必要性がありません。ただ、頭のおかしい狂人の妄言の可能性もあります。それでもあの男が持っていた武器や殺意が、あの言葉が真実であると裏付けている。そう、考えています。断言はしませんが」



「なるほどなるほど。真実である可能性は高いと、よく分かりました。では次に、他の皆さんにも質問があります。戦ってみた感想はどうですか? 一応は退けたようですし、手応えはありましたか?」



 値踏みをするように和真を観察していた田中は話題を変えて、次はアーガンの戦闘能力に関する質問を他メンバーに問いかけ始める。まず最初に口を開いたのは斎藤だった。



「はっきり言って強い。過大評価じゃなく底知れないものを感じた。途中で逃げはしたが、あのまま戦っても勝てた保証はないと思っている。一体一で戦うべき相手じゃないな。使っている武器も不気味だった。まぁ、特性を使えば一人でも対抗可能かもしれないが、やめたほうがいい。俺からは以上だ」


「なるほど。元自衛隊の斉藤さんがそう感じましたか。良い情報ですね。実に結構。仮に討伐隊を組むときは20人以上は用意したいですね。もっとも、この地域のように質の悪い下級冒険者ばかりであれば、の話ですが」


 ニコリと笑みを絶やさずに毒を吐く田中。

 田中に続いて入室していた担当の人も含めて、その場の討伐隊メンバーの表情が強張る。


 事実だとしても時と場所を選び、言い方というものがあるだろう。ましてや組織の幹部であれば、自身の振る舞いには気をつけるべきだ。その理屈も田中龍造にとってはあまり意味のないもののようだが。


「oh~言ってくれますネー」

「まるで拙者達に弱いと言っているように聞こえるでござる。少々不愉快でござるよ」


「あぁ、これは失礼。得られた情報から大体の強さを把握したため、つい本音が出てしまいました。申し訳ありませんでした。ただ、本部の最上級冒険者たちであれば二人もいれば余裕でしょうね。甘く見ているわけではありませんが、クイーンリザードやストーンゴーレム程度のモンスターしか出さない無能では、たかが知れています。ボスと思われる存在が直々に来るほど追い詰められていると判断できますので、駅前ダンジョン攻略は時間の問題と言えるでしょう。実に結構。僥倖です。私が直接来たかいがありましたよ」


 何やら喜色を見せ始めるが、僅かな違和感。田中の発言に和真は疑念を強くする。


「質問なんですが、何故、クイーンリザードやストーンゴレームを出したのがアーガンだと断定できるのですか? 田中さんの口ぶりでは、ダンジョンマスターがモンスターを出しているのを知っているような言い方ですよね」


 疑問を口にする和真。組合はダンジョンに関する秘密を隠していると、彼は最初から疑っていた。自分よりも優れた冒険者が山ほどいる組織が、こんな情報を入手していないわけがない。恐らくは知った上で利のある状況だからわざわざ出向いたのだ。そうでなければ都心から外れたこの場所、埼玉や千葉に近い辺鄙な場所に、多忙な組合幹部が来る理由がないのだ。ただの情報収集だけなら、携帯からの報告で十分なのだから。



「……おっと。そうでしたか、そうでしたね。まだ公式には情報を開示していませんでしたね。組合所属の当事者になら問題はないでしょう。特別に教えて差し上げますので漏洩には気をつけてくださいね。そのうち公に発表されるはずですが」



 やっぱりか、と和真は思った。

 指摘された田中は、組織の手に入れたダンジョンに関する情報を討伐隊の面々に語り始めた。一応は秘匿情報なため、担当の人は外に出される。本当は聞きたいのだろうが、渋々と了承して受付の方に消えていく。



「では、まず。ダンジョンマスターの件についてですが……」



 胡散臭い田中から滔々と語られる情報。その一つ一つはとても信じられるものではなかった。

 しかし、世界の状況を俯瞰した場合、説明がつくのもまた事実。冒険者となり生活してきた和真だからこそ納得してしまう話でもあった。だが鵜呑みにはしない。その情報自体が捏造されていたり改変されている可能性は十分にある。もしくは意図的に重要な情報を田中が語っていない可能性もある。


 和真は半信半疑のまま田中の語りを聴き終えて、緑茶を一口。うまい。


「以上です。まぁ、お察しの通り全ての情報は開示していませんけどね。こちらとしても混乱は避けたいですし、本当かどうかの調査も必要な状態です。まずは信憑性を確かめて、さらに公表するべきかは政府が決める。私たちは従うだけですよ。しょせんは政府の下部組織ですからね」



 田中は肩を竦めてニヤリと不気味に微笑む。

 本当に胡散臭い男だ。彼は左腕の腕時計で時間を確認して。



「……さてと。ご質問に答えたいところですが時間ですね。知りたい情報は得られたので私は満足です。皆さんも大変ご苦労様でした。組合からはボーナスを約束しましょう。その代わり、駅前ダンジョンは一週間封鎖とさせていただきます。申し訳ありませんが、これは確定事項ですので無意味に駄々を捏ねないでくださいね。私たちが責任をもってダンジョンマスターを始末しますので。あしからず」


 もう満足したのか、一方的に話を打ち切り田中はソファーから立ち上がる。


「一週間か……仕方ないな。ボーナスが出るなら生活には困らんか」

「そうっすね。暫くゆっくりしましょう」


 斎藤と新人の本田が言う通り、和真としても願ったり叶ったりだ。

 本調子ではない体を休めるし、あの悪感情の塊とも言えるアーガンの驚異を排除してもらえるのだ。ありがたい話だ。ただ、ここで疑問に思ったことを口に出してしまったのがいけなかった。問題の先送りだが、悩みの種が増えてしまったのだ。


「あー、最後にいいですか? ダンジョンマスターを倒すと、ダンジョンはどうなるんですか?」


「…………ええ、まあ。そうですね。皆さんには引越し先が必要になるかもしれませんね。その程度なので、問題ないでしょう。ええ。冒険者ですから、そこは自己責任ですね。ようするに駅前ダンジョンは消滅しますので、稼ぎ場所を移すことをお勧めしますよ。少し遠出すれば、ダンジョンはいくらでもありますからね。では、私はこれで」



 言い終えてすぐ、そそくさと立ち去る田中。しかし、残された討伐隊の面々は唖然として口が開いていた。

 この地域で活動して生活してきたのだ。いきなり言われて戸惑うのも無理はない。

 ダンジョンによってはモンスターの種類や構造なども違うため、経験が通用しなくなるという大きなデメリットが発生する。そう簡単に通うダンジョンは移せないのだ。それがわかっているからこそ、彼らは最後の一言で呆然としたのだ。


 説明すれば反発は必至。時間を取られたくない田中は最後まで濁すつもりだったのだろう。そうすれば、消滅した後のクレーム処理は違う誰かにまかせて終わりだ。面倒事も少なくてすむ。なるほど、田中龍造という男は中々に食えないやつだ。


 待合室にいた討伐隊メンバーは、一週間後に訪れる職場の消滅という結末に頭を痛めた。引越し先の理想は、攻略が進んでいて情報がネットに乗っている近場のダンジョンだ。その付近で居を構えるか、それとも長くなった通勤路を重装備を背負って徒歩か自転車で通うか。電車や車など夢の乗り物である。


 違うダンジョンに移動するとしたら、一番近場は南にある北千住のダンジョンだ。

 その名も、サンロードダンジョン。店や家がダンジョンに吸収されて一部となり現存している。特殊な合体型ダンジョンで有名だ。荒川を挟んで向こう側、引越しも含めて一番現実的な場所だろう。

 

 それでも突如として湧いた悩みの種。


 和真たちは重い足取りで帰路に就いた。


 それから家で母と一緒に昼食をとり、自室に戻って布団にダイブ。

 まずは休養して、それから母と相談して今後を考えよう。そう決めた和真はゴロゴロと惰眠を貪り始めた。



 ピコポン



 ござるの気配を感知した。

 素早く電源を切ろうとする和真。しかし、同じ言い訳は何度も使えない。そろそろ可哀想とも思い、見たくもない携帯の画面を確認する。



宮本奥菜「明日香が退院したでござる。先程の田中氏が回復技能の使い手でござった。槍隊も無事に候。いやはや、流石は幹部でござるな。いけ好かなくても実力は本物でござる。ところで、駅前ダンジョンのことを明日香も交えて話し合ったのでござるが、拙者らは身寄りもない故に自由気まま。故に、北千住のダンジョンに移動することになりそうでござる。不本意ではござるが、仕方なし。佐々木殿はどうするのでござるか?」



 どうやら、弓剣隊は北千住に移動予定とのことだ。

 少し思案した後、和真は慣れない手つきで返信を送る。



佐々木和真「リーダーが無事で何よりですね。北千住に移動するんですか、気をつけてください。自分も家族と相談して決める予定です。また会う機会がありましたら、よろしくお願いします。健闘を祈ります」



 簡潔な内容を送り、爆撃前に素早く電源を落とす。

 斎藤隊や槍隊も移動するのであろうか。別に北千住だけが選択肢ではない。地方に向かうもよし、実力者の多い都心部に行くもよし。冒険者は自由なのだ。せっかく討伐隊で知り合えたので、少し寂しい気もするが。しかし皆にも事情や生活があるのだ、仕方がない。

 これが今生の別れにもなり得ると思い、和真は寂寥を感じた。



『大丈夫ですよ。私が死ぬまで見守っていますから』


「oh……No,thank you.」



 そうだ、この正体不明の脳内アナウンスがいたのだ。田中龍造やアーガンよりも胡散臭い存在。こちらの質問にはあまり答えないくせに、やたらと強制的に絡んでくる迷惑な存在が。

 以前、名前や素性を問いただしたが完全に無視された出来事があった。ふと思いだし、苦い顔をする和真。



「今更だけどさ、名前が無いと話しにくいから。勝手に名前をつけてもいい?」

『えー。センスが問われますよ? 可愛い名前にしないと天罰が下りますよ』


「脳内アナウンスを略して、脳穴とか無い穴とかどう?」

『これは天罰ですわー。確定ですわー。一生ぼっちですわー』


「じゃあ、ノウスとかナイスとか……」

『安易ですね、聞いていて退屈です。もっと可愛くて奇抜なオリジナルネームを要求します』



 厚かましい。その言葉をグッと飲み込んで、適当に名前を考える和真。そこに、ひとつの閃きが起こり、口にしてみる。



「じゃあ。――――ガイアで」

『…………へぇ。良いんじゃないですか? いいセンスだと思いますよ』


「決まりだな」

『……ええ』


 脳内アナウンス改めガイア。

 勝手に話しかけてくる、迷惑な脳内妖精の名前が決まるのだった。


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