脳内とござるに挟まれる
そして翌日。
『お早う御座います。いい朝ですね。ぐっすり眠れたようで何よりです』
「……」
朝6時、まだまだ寝足りない和真。気怠い体を引きずりながら、気合でベッドから這い出る。特性の副作用は強力で、発動した時間に比例して反動も大きく返ってくる。たった数分。それだけの使用でも肉体への負荷は甚大だった。
しかし、これでもマシな症状だ。ネットでは特性の使用は避けるように言われている。その理由は単純。最悪の場合は死ぬからだ。すでに死亡報告が何百件、何千件と上がっている。強力なスキルは諸刃。代償は肉体に払わされる。
だからこそ、切り札なのだ。
特性には色々な種類があり、昨日使用した『鎖国』は、条件を満たせば任意でon/offできる。そういった意味では使い勝手のいい特性だ。『孤独』に比べれば可愛いものなのだ。
『無視ですか? 返事くらいしたらどうですか? 何ですまし顔で歯磨きしてるんですか?』
「……」
『孤独』それは恐ろしい特性だ。
何が恐ろしいかと言われたら、こう答えよう。
「マイナス効果は自動発動するけど、プラス効果が未だに謎で恩恵が皆無の呪いだ」と。
勝手に周囲に悪影響を与えて自分も含めて苦しめる。
さらにはプラス効果が実感できず、孤独持ちは数が少なくなったので検証も不十分。
これは呪いの特性だ。この特性を所持した時点で周りからは距離を置かれる。良い事がないのだから当然だろう。
そんな理由で、宮本奥菜のように孤独を恐れずに関わってくる存在は貴重だ。貴重な馬鹿だ。そのため和真は煩わしさ9割、うざさ5分、ありがたさ5分の感情をござるに抱いていた。そんなことを歯磨きの途中に考え、携帯の電源を切っていたことに気がつく。和真は充電ついでに電源をいれて携帯を確認する。すると。
ピコポン
『ピコポン』
ピコポン
『ピコポン
「……うざぁ」
未読のメッセージ件数が67件だったのを確認して、そっと電源を落として朝食を堪能した。
クイーンラットの肉と野菜の炒め物。それにご飯と味噌汁がある贅沢なモーニングだ。
母と会話を交わしながらの朝食を終えた和真は、昨日疎かにしてしまった装備の点検整備を行い、復興支援事務所で集合の予定があるため、すぐに出かけて行った。
『あの宮本奥菜という女性には見所がありますね。さっそく接触してみましょうよ』
「そうか、勝手にすればいいさ」
『反応が薄いですね。モテ期のチャンスですよ? もう少し肉食系になってはいかがですか』
「孤独の特性がある限り無駄だよ。そもそも核地雷に接触する趣味はないよ」
『核地雷の分際で核地雷と相手を貶めるとは……。流石は孤独。嫌な性格ですね』
「お前に言われたくないわ!」
等と、朝から脳内アナウンスと会話をする痛い人となった和真。傍から見れば独り言を大声で叫んでいる30代のおっさんである。警察官がいれば、即座に任意同行を求められる事案が発生するだろう。
そして気がつけば、すでに事務所の前に到着していた。
和真は不毛な会話を打ち切り、扉を開けて受付に挨拶する。
「お早う御座います。佐々木です。昨日の件で来ました」
「あ、お早う御座います。昨日はご苦労様です。疲れたでしょう? まだ誰も来てないので、待合室で休んでいてください。冷たい緑茶か麦茶しかありませんけど、どちらがいいですか? すぐにお持ちしますから」
「え? あ、じゃあ、緑茶でお願いします。ありがとうございます」
何やら対応が今までと違う。知り合って、それほど日は経っていないのに、かなり親切になった印象を受けた。初めて出会った日は完全な事務対応だったのを思い出す。そもそも、事務所に来てお茶を出されることが初めての経験だった。
「おお。佐々木さん、おはよう。昨日は眠れました? まだ時間もアレなんで、待合室で待っててください。関係者がそろったら改めて昨日の詳細を」
「ええ、わかりました」
担当のおっさんも出てきて気さくに挨拶を交わす。どうやら、ストーンゴーレムの単独撃破により佐々木和真の評価が上がったようだ。
本来、ストーンゴーレムを一人で倒すには中堅ほどの実力がないと厳しい。
特性を使用してのギリギリ勝利とは言え、都心から離れていて冒険者の活動が活発ではないこの地域では、そこそこの評価を得られたようだ。
あえて和真の実力を評価するならば、下級以上中級未満の実力だろうか。人材不足が甚だしい都心以外の地域では、初心者でも喜ばれる状況だ。中級になり得る冒険者は優遇されやすいとネットで見たことがある。そんなことを思い出し、和真は誇らしいような気恥ずかしいような気分になった。
『調子に乗ると酷い目にあいますよ? その時は、笑いながら見守りますね』
「乗らないし。見守らないで助けてよ」
茶々を入れてくる脳内アナウンス。彼女は人を馬鹿にしたりおちょくるのを好む性格であると和真は理解している。そのため、面倒な時は完全無視を決め込み、適当に流すのが彼のお決まりになってきていた。
それから待合室に入り隅っこのソファーで寬ぐ。
1、2分で緑茶が出された。一口すすり一言。
「うまい」
冬に飲む冷たい緑茶は最高である。
もっとも、冬とは言っても気温は初夏並みにあるのだが……。
あの天変地異の日以降、世界規模で気象異常になり、冬なのに一定した暖かさを保っている。それが今の日本である。もしかしたら、二度とスキーやスケートなどはできないかもしれない。そもそも和真には縁のないスポーツだが。
そして、丁度緑茶を飲み終える頃。
複数人、受付からこちらに向かってくるのに和真は気がつく。
ガチャリとノブは回されて、そこから無遠慮に入ってきた人影は開口一番に。
「何で返信をくれないんでござるかっ!?」
顔にもみじを散らした宮本奥菜が和真に詰め寄ってきた。
「え? ああ、すみません。電源を切っていて気づきませんでした」
すっとぼける和真。
それで納得したのか、奥菜は「しょうがないでござるね」と頷く。
その後、送られた内容を長々と奥菜に説明されながら、うんざりした顔で他の方々とも挨拶を交わす。
「お早う御座います。昨日はお世話になりました」
「お早う御座います佐々木さん。こちらこそ助かりました。ゴーレムが討伐できなかったら報酬が減額されたかもしれません」
ご丁寧に弓剣隊の佐藤静が、ペコリと頭を下げてお礼を述べた。
見たところ、リーダーの宮城明日香がいないため入院中なのだろう。
副リーダーの彼女が他のメンバーと共に来たらしい。
「おはようございます。昨日はお疲れ様でした」
「おはよーゴザイマ~ス。お疲れちゃんデース」
高野菜々子とメイリーも、軽く頭を下げて挨拶してくる。きちんと挨拶ができる弓剣隊の子達は、女子グループというのもあり地域では人気が高い。その可愛らしい振る舞いに、思わず和真も納得した。
「リーダーの宮城さんは大丈夫ですか? 槍隊の3人と同じ病院に入院していると聞きましたけど」
「ええ。明日香も槍隊も経過は良好です。それに、本部から調査に来る方が回復の技能を持っているらしく、治していただけると連絡を受けました。ですから、すぐに復帰できるはずです」
「本当ですか。良かったですね、安心しました」
復帰もすぐということで、弓剣隊の表情は明るい。それに報酬の増額もほぼ決まりらしく、かなりの額になるという話だ。
雨降って地固まる。まさに言葉通りの結果だ。しかし、楽観ばかりはできない。ダンジョンマスターの件があり、不穏な気配がするからだ。
翌日直ぐに、冒険者本部のお偉いさんが来るほどの案件。和真たちは予想以上に重大な事態に巻き込まれている可能性があった。ネットで検索してもそれらしい情報はなく、ダンジョンマスターが何者なのか、全ては闇のベールに包まれている。
もし、アーガンの話した情報が全て真実であれば、世界の情勢が大きく変わるかもしれない。何故ならそれは、日本政府の取る舵すら変えかねない大事件なのだから……。




