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ぼっちの日本迷宮生活  作者: 書創
第一章 ダンジョン冒険者に就職しました
15/39

そして、ぼっちは害意と戦う 参

『本当に、出られると思っているのなら……』


 その言葉は未来を知っている者の警告なのか。それとも和真を心配しての励ましか。

 それは、ダンジョンから無事に出られた時にわかるのだろうか。


「出て、見せるさ……母さんが、待ってる……」


 話す体力すらも奪われて、徐々に視界が歪んでいく。この状態でモンスターに出会うことは終わりを意味している以上、腰を落として休んでいるわけにはいかない。

 強烈な気怠さの中、和真は薄闇の向こうを目指した。


 しかし、出会いたくない時に出会ってしまうのが世の常なのだろうか。

 ぺたぺたと、前方から薄気味悪い足音が聞こえてきたのだ。

 それは、和真が何度も聞いた音。ネズミの人と言われるほど聞いた音だ。


 「ちゅう」そんないつもの鳴き声が響く。

 目の前には、たった一匹のオオネズミがこちらを窺っていた。

 

「あぁ……くそ……」


 和真は小さく悪態をついた。

 普段であれば問題のない脆弱なモンスターでしかない。

 だが、今は事情が違った。


 いつものオオネズミの姿が、より大きくより凶悪に見えるのだ。

 まるで、自分よりも遥かに強い生き物に見える。

 いや、実際にそうなのだ。今の和真にとっては強敵そのもの。


 牙を剥き出しにして和真を目掛けて疾走してくるオオネズミ。

 その姿は象よりも巨大で、チーターよりも速く見えたのだ。


「く、来るなっ……」


 鉛よりも重い盾、金よりも重いメイス。

 それらを必死な形相で構えた和真の足腰が、小刻みに震えて止まらない。


 「ぢゅう゛」と汚い鳴き声を漏らして突っ込んで来るオオネズミ。

 それを盾で防ごうとした和真は、衝撃に耐えられずに大きく後ろに吹き飛ばされた。

 いつもなら有り得ない事態。しかし、今ではそれが当然となっている。


 急激な肉体能力の低下と状態異常。

 今の和真は子供にすら負けかねない酷い有様だった。

 これが、『鎖国』の特性を安易に使用した者へのペナルティー。

 長時間使用すれば使用者の命を奪う対価の切り札だ。


「ぐうぅっ!」


 和真は必死に力を振り絞り、歯を食いしばってメイスを振るう。

 その全力は普段の半分にすら遠く及ばない貧弱な打撃であった。

 それでもタイミングだけは計り、カウンターを合わせることだけに集中した一振。


 その必死さが功を成して、再び突貫してきたオオネズミに渾身のカウンターとして直撃した。

 即座に発動される技能の数々によるダメージの倍化。しかし、それでもオオネズミを仕留められなかった。それほどまでに和真は弱っていたのだ。


「ぐう゛ぅ」


 苦虫を噛み潰したような顔で再び歯を食いしばる。口からは形容し難い呻き声が和真から漏れ出た。

 体勢を崩していたオオネズミに、メイスが衝撃音を出して再び打ち付けられた。

 そして、ようやくオオネズミは倒れたのだった。


「ハァハァハァ、ガハッ、グッ」


 酸素を欲した体は荒い呼吸を要求し、気管に唾液を招いてしまう。和真は激しく咳込み、その苦しそうな姿を母が見たら泣き出すことだろう。

 本来ならば頭蓋が砕けたメイスの一撃も、失神程度に二撃を必要とした。

 明らかにまともに戦えない状態だ。早くダンジョンから出なければならない。


 再び肉体に鞭を打った和真は、よろよろとメイスを杖にして歩き始めた。


 コツ コツ コツ


 そして、歩き出してどのくらい経った時だろうか。規則正しい反響音が坑道の奥から耳に届く。

 この音は靴と地面の接触音。靴を履いている何者かの歩く音。それは、確実に和真に向かって近づいてきていた。


「……誰、ですか? 討、伐隊? 佐々木、です……救助を……お願い。します」


 和真は力を振り絞り訥々と救助を願った。靴を履いているということは人間なのは確実だ。ならば、助けを頼まない手はない。

 運が良ければ討伐隊との合流。これで生存確率は飛躍的に上昇する。


 これで助かった。和真はようやく安堵のため息を出しそうになった、その時に。予想外の展開が和真を嘲笑った。


「ハハハ……助ける? 冗談だろ? 僕が何で君を助ける必要がある? 馬鹿なの?」


「……え?」


「いや、ホントさ。君たちのせいで何もかも無茶苦茶だよ。本当にクソだよ。なんで僕が直接出てきて危険を冒さなくちゃならないんだ? ストーンゴーレムに潰されておけよ糞虫」


「おま、えは……誰、なんだ?」


 知らない人物から吐き出される身に覚えのない恨みつらみ、悪感情。呆然とするしかない和真は、辛うじて相手の正体を問いただす。


「今から死ぬ奴に説明しても意味ないよ。僕はそんなに頭が悪くない。ああ、でも、そうだな。すぐに僕たちの女神様の下へ逝くのだから教えてやってもいいのかな? いいかな? いいか。僕の名前はアーガン。偉大なるダンジョンの女神、ガイア様のお力により誕生したこのダンジョンの主。ダンジョンマスターのアーガンだ。光栄に思え。今から僕に殺されて、君の魂は偉大なる女神の下僕として生まれ変わるんだ! これは救済だよ! 糞虫にはもったいない救済だ。理解できたか? 理解できたなら満足して死ね。僕のDPになって役に立って死んでいけ」


「…………」


 アーガンと名乗る灰色の髪の男。彼から発せられた言葉の羅列は、和真には咄嗟に理解できなかった。唖然として言葉が見つからない。

 ダンジョンの女神、ガイア、ダンジョンマスター、DP。その言葉が理解できない。和真は何か、とてつもない世界の秘密に触れてしまったのかと、混乱の渦中にあった。


 黒く澱んだ瞳を和真に向けて、彼は腰から剣を抜き取る。それは禍々しい赤茶色の刀身。その両刃からは黒いオーラが溢れ出していた。何故か不吉を感じる見た目だ。


「僕の最強の剣、魔剣オオネズミで殺してやるよ。来世はオオネズミになって僕にこき使われるといい」


「……冗、談。きつい、よ」


 禍々しい剣を左手に持ち、警戒することなく和真に近づいてくる。

 その口元には嘲りの笑みを浮かべていた。


「じゃあ、来世で」


 凶刃が心臓に迫る。


(母さん。ごめん。どうか幸せに……)


 逃れられない死。全てを悟った和真は後悔の念を抱く余裕もなく、母との永遠の別れに備え祈りを込めて目を瞑った。

 そして、それは訪れた。



「何を、やってるのでござるかーっ!?」

「させないっ!」

「佐々木っ! 今行くぞ!」


「なっ!? 脱出したんじゃないのかよ!」



 弓剣隊、副リーダーの佐藤静から放たれる必中の矢が迫る。アーガンにとって討伐隊の登場は予想外だったらしく、慌てて矢を回避した。

 その動作により投げ出された和真の体が地面に叩きつけられる。小さく呻き声を漏らし、彼の肉体は限界に達して痙攣をおこす。


「何奴か知らぬが、その禍々しき妖刀は物の怪の類と見た。天誅でござるっ!」


 奥菜一閃。

 相手を野生の勘で敵と判断したござる。一瞬で間合いに詰め寄ると、高速の抜刀術をアーガンに抜き放った。しかし。


「むっ!? 避けるとは見事でござる。少し体が重い故に速さが足りなんだ」


「――ちっ。危ないじゃないか! 何するんだ! 僕が死んだらどうするんだ!」


「危ない? 無抵抗の相手に刃を突きつけていたお前が吠えるな!」


 怒りに燃える斎藤。

 ロングソードに技能を込めて、渾身の力でアーガンに斬りかかる。

 しかし、アーガンの剣捌きは見事なもので、斎藤の攻撃を簡単に流してしまう。


「ちっ! やりやがる。絶不調だぜ」


「目障りだよ蛆虫ども! せっかく拾った命を捨てに来るとは本当に馬鹿だな。たった3人で僕が倒せるとでも? 返り討ちだよ。余裕なんだよ。僕一人でも蠅を殺すのには十分だ!」


 罵詈雑言を吐き捨てるアーガン。

 その言葉には自信があり、実際にその実力は計り知れないものを感じる。

 さらに討伐隊は疲労のせいなのか、普段よりも動きにキレがない。

 まるで、弱体化でもしているように辛そうだ。


「なら、もっと人数がいれば勝てますわね」

「倍プッシュで~ス」


「斉藤さん、遅れました」

「ネズミの人、生きてるか!?」

「間一髪。ギリギリっすね」


 弓剣隊の菜々子とメイリー。そして、斎藤隊のメンバー3名。

 心強い討伐隊の援軍が次々と到着する。


 全ては佐々木和真救出のための行動。


 明日香や槍隊の3名。負傷者を運びながらの護衛のために、撤退を余儀なくされた討伐隊。その後、ダンジョンを脱出して負傷者の搬送に成功。そして、すぐさま余力のあるメンバーで救出にやってきたのだ。一時的な隊とは言え、仲間を見捨てない冒険者の矜持なのか。


「くっ! 本当に、本当に忌々しい。本当に虫けらだよお前ら! 次から次に沸いてくる糞虫だ! 次はない。次は絶対に許さない。確実に殺してやる。逃げられると思うな、この僕は同じ失敗をしないんだ。だから、だから今回は見逃してやる! ありがたく思え馬鹿!」


 言いたいことを言いたいだけ吐き捨てたアーガン。分が悪いと理解したのか、先程までの威勢がなくなり全力逃走を選択した。


 罵詈雑言、誹謗中傷、怨嗟を撒き散らしてゴーレムがいた部屋に走り去っていく。討伐隊は彼の変わり身の早さに唖然として、そのまま逃走を見送ってしまった。


「な、何だったんでござるか?」

「さぁ? 気持ち悪い男なのは間違いないでしょう」

「そうね。女性にあの言い方は無いわ。パスね」

「OH~ああ言うアンポンタンは懲らしメルべきdeath」


 女性組の辛辣な評価が響き渡る。その言葉に反対や異論の声は上がることなく、辺りの坑道に響いていた。もしアーガンが聞いているのなら、顔を真っ赤にして地団駄を踏んでいるに違いない。


「佐々木。大丈夫か?」


 斎藤は、地に伏したまま痙攣する和真を気遣い手を差し伸べる。

 しかし、辛うじて意識はあるものの、応答の余力が残っていない和真は視線だけを斎藤に向けた。


「命に別状はなさそうだな。特性を使ったな? 無茶しやがる……」


 和真の状態から事情を察し、呆れたように肩をすくめる。

 そして、和真を慎重に背に負ぶさると、斎藤は全体に指示を出した。


「目的は果たした。ストーンゴーレムの討伐はまだだが、これ以上の長居は危険だ。事務所に戻り、冒険者組合にも報告して支持を仰ぐ。撤退するぞ!」


「「「了解」」」


 斎藤の判断により、ダンジョンからの完全撤退が決まる。地上へ向かう討伐隊。その足取りは重く、みな等しく疲労の色が濃かった。予期せぬ事態の連続に報告にない強敵の出現。

 冒険者という仕事が改めて危険であることを再確認した一日だ。



 そして何よりも。ダンジョンの恐ろしさを理解した討伐隊であった。

 彼らの耳に、謎の男アーガンの憎しみの声が染み込んでいく……。




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