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ぼっちの日本迷宮生活  作者: 書創
第一章 ダンジョン冒険者に就職しました
14/39

そして、ぼっちは害意と戦う 弐

「はぁ、はぁ……殺、った……『鎖国』解除……」


 青白くなった顔にハンカチを当てて呼吸する。

 周囲は未だに粉塵が酷く、マスクがあっても焼け石に水だろう。

 無酸素運動を長く続けた結果、座り込み肩で息をする和真には疲れが見える。


 強敵だった。

 無傷でこそあるが、切り札を使わされての勝利は重い意味がある。

 目先の利益のためにリスクを背負ったのだ。莫大なリスクを。

 彼は、これから支払うことになる。


「ふぅ……皆は、無事かな……」


 これからのことを苦く思いながらも、討伐隊の安否を心配する和真。

 彼らがどうなっているのかはわからない。助けに行く前に自分が助からないと話にもならない。まずは脱出が先だ。この閉ざされた空間から脱出して生き延びる。討伐隊のことはそれからなのだ。


 和真は息を整えて立ち上がり、脱出方法を探る。と、その前に。


「……証拠と戦利品は貰っておこう」


 戦利品を見逃すなんてもったいない。しかも、相手は強敵のストーンゴーレムで高額な品を落とす。冒険者組合から今回の依頼があった夜に、和真はすぐさまネットで落とす品物を調べて予習済みだった。


「おおっ! これが魔石か。初めて実物を見たけど本当に綺麗だな」


 ゴーレムの残骸、心臓部分から拾い上げた紫色の結晶。

 ネット上で画像を見たが、実物はさらに魅力的である。アメジストを濃くしたような透き通る石で、大きさは鶏の卵くらいあり、キラキラと輝き宝石以上の美しさ、これが魔石か。


 人工的に作れる宝石よりも、今ではゴーレム系を倒さないと入手できない魔石の方が価値は高い。それに宝石とは違い、エネルギーとしても利用できる以上は需要が異なり当然だ。

 その価格をネットで見て和真は驚いていた。


「へへへっ……やったぜ」


 思わず口元が綻ぶ和真。

 ニヤニヤしながら魔石を小型の耐衝撃ケースに入れて腰に装着した。

 これで落とすことはないだろう。おいしいドロップ品に気分を良くした和真は、ようやく脱出に乗り出した。


「まずは瓦礫をどかして道が作れるか試すか……」


 周囲を見渡しそう判断する和真。

 討伐隊と分断している瓦礫を除去すれば合流も可能だろう。

 そして何より、リスクを考えればモンスターが少ない最短距離で脱出したいのが本音であった。

 なぜなら、『鎖国』の反動は密室から出た瞬間に押し寄せてくるのだから……。


「疲れるな、でもいけそうだ。大きい瓦礫は砕けば問題ないな……」


 瓦礫を少しずつ動かして道を開けていく地道な作業。重いものはメイスで砕き、小さくして排除する。

 10分、20分。時間の経過とともに瓦礫がよけられていく。

 粉塵を吸い込むのを防ぐため、一応はタオルを口元に巻いているが、防ぎきれるものではない。早く新鮮で清潔な空気が吸いたいと、和真の集中は増していく。


「あぁ……やった、隙間からあっちが見える」


 ついに、隙間の奥に坑道が見え始めた。しかし、すでに人影がなく戦闘の気配もしなかった。移動してしまったんだろうか。助けを呼びに行ったのだろうか。それとも……。嫌な考えが脳裏を過ぎる。雑念を振り払いながら瓦礫の撤去作業を続ける和真。


「皆、無事でいてくれ……」


 ポツリと本音が漏れる。

 別に和真は人間嫌いな訳ではない。同じ討伐隊のメンバーの安否を願うのは当たり前だ。

 彼はただ、人との関係構築が苦手なだけで、本当は寂しがりやなのだ。それ以上に傷つきやすく、見捨てられることに臆病である。

 彼は怯弱なのだ。


 その悪性を治したいと願っているが、手にした特性がそれを困難にもしている。

 人は、自分の願い通りに生きられる生物ではない。自分の運命すらままならないものだ。

 しかし、一部の人間は運命を切り拓く意志と力に届くことがある。彼もまた、そんな強者を目指す今はまだ弱い冒険者であった。


「もうすぐ……はぁ、はぁ……よし、やった」


 あれから、ゴーレムとの戦いから30分は経過しただろう。

 ついに足掻きは希望に繋がり脱出路が開かれた。

 額から流れ落ちる汗を、袖で乱暴に拭って一段落。しかし、安堵のため息はまだ早い。

 これからだ。


 これからが本当の脱出劇。

 佐々木和真が生存できるかどうかの瀬戸際。

 その本番だ。


『「鎖国」の代償が発動します。頑張って生き延びてください。私としては足掻いてくれると嬉しいです。ぷぷぷ』


「うっぜ!」


 坑道への道が開かれると同時。

 脳内にあの女性の声が聞こえてくる。美しく凛とした声。


 そこから容姿を想像するとしたら、この世のものとは思えない絶世の美女だろう。

 ただし、腹黒い。嫌な性格をした魔を秘めている。魔性の女神。そう例えるのが適切だと和真は感じている。


「……なんで、最近話しかけてくるの? 眠る時とか五月蝿いんだけど」


 あれは、一ヶ月前からだろうか。何故か和真と脳内会話をするようになった謎の声。ここ最近は顕著で、夜中も含めて勝手に話しかけてくることもあった。前々から意思があることを察していた和真であるが、ネットでいくら調べても脳内アナウンスは聞こえてきても、会話をしてくるとの証言は見つからず不審に思っていた。


 いや、より正確に言うとそれに繋がる不確かな証言はあった。それは、和真と同じく『孤独』の特性を持ってしまったが故に、誰ともパーティを組めずに落ち込んでいた者たち。ぼっち達がSNSで愚痴りあっていた場所にあった一つの証言。


「なぁ。冒険者になった時の脳内アナウンスなんだけどさ。なんか、悪意というか、嫌味というか。そんな嫌な言い方だった気がする。気のせいなのかな、俺だけか?」


「気のせいだろ? あの声に文句つけるとか、てめぇ喧嘩売ってんの?」

「お前は全ぼっちを敵に回した。脳内アナウンスちゃんだけが俺らの女神なんだぞ」

「脳内アナウンスちゃんは俺の嫁だよ。文句がある奴はかかってこいよ」


 などと言う書き込みがあったのだ。全く相手にされておらず、信憑性も低いために根拠に乏しいが、和真も同じように感じていたので印象に残っていた。脳内アナウンスには明確な意思があり、人類を監視しているのではないか。和真は最初から懐疑心を持っていた。


 そして、そんなことを考えている間に、ついに彼の肉体には異常が現れる。

 体に急激な倦怠感を抱き、瞼が重くなってくる。眠気、疲労、筋肉痛、関節痛、眩暈、吐き気、それによる無力感。その病魔が、じわじわと和真の中に広がっていく。


 そうして症状が現れ始めた頃、再び脳内アナウンスが語り始めた。


『んー。暇なんですよね。そこで面白い観察対象を探していたんですけど、見つけたんですよ。孤独の特性を持ちながら諦めずに冒険者をやっている珍しい人を。殆どの孤独持ちの人は諦めて自殺するか、ダンジョン勢力のモンスターに殺されたんですけどね。貴方は頑張ってると思いますよ。数少ない優秀なぼっちです。ぷぷぷ』



「……そうか。殆ど死んだのか……。なぁ。そいつら、天国に逝けたのかな?」


『罪に関係なく、魂の逝くべき所は神の懐。安心していいですよ』


「そうか。その懐が、いい神様の懐であることを願うよ」


『ふふふ……』


「あと、勝手に観察対象にするのやめてくれないか? お前のことネットに書き込むよ」


『あなたの書き込みを信じる人は、もういないと思いますよ? ぷぷぷ』


「ぐぅ……」


 図星である。ネット上では閲覧することしか和真には許されない。SNSに書き込もうが、問い合わせメールを送ろうが、全て無視されるのだ。良くて罵倒が返ってくる。嫌なことを思いだした和真は表情を曇らせる。そして、彼女との会話の間にも徐々に症状は悪化していく。

 

「あぁ……。外に、行かなきゃ……」


 無駄な会話を打ち切り、彼は気力を振り絞って外を目指す。

 乳酸で出来たかのように重い足を何とか動かして、100kgのダンベルを杖にしているかの様にメイスで体を支える。

 気怠そうに、苦痛そうに、年老いて杖をつく老人のように歩く。


『がぁんばれ! がぁんばれ!』


「うるせぇ……」


 討伐隊が襲われていた場所には無数の血痕が残っている。

 モンスターの死骸などは特になく、彼らの安否が心配だ。苦痛で歪めた顔をさらに濃くする和真は、ダンジョンの出口を目指して最短距離を進んでいく。


『出られると、いいですねぇ……あはは』


 その時、脳内には不吉な女神の言葉と哄笑が響いていた。



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