そして、ぼっちは害意と戦う 壱
和真は自身の不運に失望していた。
「あぁ……マジですか……」
天を仰ぎ見るように、和真はその敵を観察する。コンクリートの様な灰色の石の塊。それが人体を模して二足歩行で立っていた。
まるで巨人だ、岩石で出来た巨人。名は体を表すとは格言だ。
ストーンゴーレム。
その体躯は、180cm以上もある和真の2倍以上はあるように見える。高さも、幅も、奥行も……和真が小さい子供に見えるほどの差だ。
その足は太く、超重量を支えるのに相応しい力強さを感じさせる。
その腕も太く、そこには人体など粉々にできるパワーがあるに違いない。
ただ、頭が体つきに見合わず小さいのが特徴的だ。目も口も鼻もなく、車のハンドルほどの大きさの頭部。そのアンバランスさが人を不安にさせる。
「俺一人で、どうしろと……」
和真の口から弱音が漏れた。
しかし、普通の人間であればマシな方だろう。
突然、部隊と分断されて密室に閉じ込められた。その直後、突如として巨大なゴーレムが現れて単独で対峙する。その不運に、恐慌状態に陥らないだけでも大したものだ。
ゴゴゴゴゴゴゴ
和真が愕然としていると、まるで漫画の効果音のような地響きが伝わる。
目の前のストーンゴーレムが動き出したのだ。それは、破砕すべき獲物を見つけたモンスターの威嚇音なのかもしれない。岩と岩が動きに合わせて擦れ合い、音を立てる。その迫力ある光景は、見るものを戦慄させることだろう。しかし、そんな余裕は与えられない。
「……やるしか、ないな」
戦う以外に選択肢はない。逃げ場のない密室でのストーンゴーレムとの一騎打ち。
死力を尽くさねばならない、切り札も切らねばなるまい。出し惜しみは即、死につながる。 それほどの窮地。和真は孤立無援な戦いを覚悟して、愛用のメイスを握り締めた。
そして、戦いは始まる
ストーンゴーレムが動き出したのだ。
ドスンドスンと地響きを立てながら和真に近づき、右腕を振りかぶるゴーレム。攻撃を察した和真は、振りかぶった右腕の下にあえて突っ込む選択をした。動きが鈍いゴーレムは、その行動に攻撃の軌道修正が取れず、屈みながら突っ込んできた和真の頭上を右拳が通過しただけで終わる。
その隙を突き、そのまま和真は脇下を潜りゴーレムの背後に回り込んだ。
それは敵の弱点、最大の好機。
『命中』『強打』『強襲』『クリティカル』が合わさった、今の和真が出せる最大威力の一撃。
それが、ストーンゴーレムの無防備な背中に炸裂した。
直撃直後、大砲の弾が着弾したかのような爆音が轟く。
粉々に吹き飛ぶ石の残骸が宙を舞い、攻撃した和真の視界を狭める。
メイスからは直撃の衝撃が伝わり、右手をビリビリと痺れさせていた。
手応えアリ、会心の一撃。
和真は思わず「よし!」と口に出す。
その直後。
ゴーレムが動く気配を察知して、咄嗟に地面に伏せた和真。
ブオンと風を切る音と衝撃が、和真の頭上を僅かな差で通り過ぎた。
それは、左腕を裏拳のように回転して放つ、ゴーレムの豪快な攻撃だった。
一瞬の判断で命拾いをする和真。
その衝撃だけでもダメージを受けた気分になる。
冷や汗が流れ、体が震えるが胆力を持ってねじ伏せる。
「ふぅ……」
大きく息を吐いて自身を落ち着かせる。
戦いにおいて呼吸とは、とても大事な要素だと経験で学んでいた。
しかし、空気が悪い。
密閉されたダンジョンでゴーレムの礫が舞っている。
呼吸は大事だが異物まで吸い込んでしまう不快感。
和真は顔を歪めながらもゴーレムの動きに集中する。
勝機は有るにはあるのだ。先ほどの攻撃は少ないが、ダメージをゴーレムに与えている。
背中に出来た、バスケットボールほどの傷がその証拠だ。人間であれば激痛で身悶える損傷のはずだ。ただ、残念なことにゴーレムに痛覚はないらしく、まったくダメージを感じさせない動きを続けている。
しかし、不死身な生物ではない以上、今の攻撃を当て続ければいつかは勝てる。
問題なのは、それが相当気の長い話で、その間はゴーレムの攻撃を全て避ける必要がある。はっきり言って、厳しいだろう。
なぜなら、長期戦で不利になるのは体力に限りのある人間の和真なのだから。
一つだけ救いと思えるのは、ゴーレムの動きが鈍いことだけだろう。
「……ジリ貧かな。もっと効果的な攻撃はないもんか」
ゴーレムの動きを注視し、攻撃を避けながら思考を巡らせる和真。
豪腕から放たれる衝撃波、その振動だけでも肝が冷える。
拳が壁や瓦礫に直撃して、その威力で壁は抉られ瓦礫が木っ端微塵に弾け飛ぶ。
その度に粉塵が宙を舞い、視界を歪めて空気を汚す。
一刻も早く脱出したい。
長期戦は愚策だ。逃げ回ってもジリ貧だ。
思考を巡らせていた和真は決断する。
「切り札を使って短期決戦しかないっ!」
当然の答え。
様子見や出し惜しみは不可能。今の和真に余裕で倒せる相手ではない。
そう理解して、彼は切り札を選択した。それは、もろ刃の剣。
プラスの効果は絶大だが、マイナスの効果も比例して絶大だ。
短期決戦用の和真の切り札。神により与えられし超常の能力。
『発動条件のクリアを確認。特性「鎖国」が任意で発動されます』
美しき女性の声が脳内に心地よく響く。
その瞬間、和真より白銀のオーラが溢れ出し、この密室を埋め尽くした。
オーラの光は神々しく美しい。一切の穢れを許さない正義の輝きを彷彿とさせる。
ゴーレムに視覚はあるのだろうか? この光景のせいなのか、はたまた周囲の異変を察知しただけなのか。ゴーレムが戸惑うように動きを止めた。
「行くぞっ!」
棒立ちのゴーレムの背後に回り込み、渾身の一撃を叩き込む。
再び最大威力の砲撃が、和真のメイスより放たれる。
舞う石礫に構うことなく、和真は足を止めて砲撃を連射した。
連続する打撃の衝撃は空気を伝い鼓膜を揺すぶる。巨大なハンマーで叩いているが如く、猛攻撃がストーンゴーレムの肉体を削っていく。
ようやく動き出したゴーレムが、足を止めて攻撃している和真に裏拳を放った。
それを察知した和真が、再び這って避けるのかと思いきや微動だにしなかった。
迫り来る強大な破壊力を秘めた豪腕に対して、なんと無防備のまま無視している。
避けることすら面倒だとでも言うのか。視線すらそらさず連続砲撃を放ち続けた。
必然、直撃。
圧倒的な質量と腕力。硬度と速度による大破壊が衝撃となって和真の体に直撃した。
その破壊の波は肉体を迸り、和真を貫通して空気を伝播しながら周囲を振動させる。
――――死。
その場面を見たものならば確信するだろう。すぐに訪れる確実な死を。
生身の生物が生き残れる破壊力ではない。無慈悲な死がやって来る。
それを確信し、幻視してしまうような迫力だった。肉体が木っ端となって不思議ではない威力。ただ、それは幻視でしかなかった。
「はあぁぁぁっ!」
雄叫びを上げる和真、無傷なのか?
いや、軽傷だ。
そこにあったのは多少のかすり傷を負っただけの和真の姿であった。
あろうことか、ゴーレムの痛恨の一撃を受けてなお、連続砲撃を続けていたのだ。
止まらない止まらない、いや、止まるつもりがない和真。
通常ならば五体が弾けている威力だった。確実に当たっていた。
しかし、彼は軽傷だった。いや、たった今、無傷になったのだ。
これこそが切り札。神の祝福の本領。
『鎖国』の恐ろしさである。
そのプラスの効果は条件を満たすと任意で発動できるタイプの特性だった。
条件は単純明快。密室であること、閉鎖空間であることだ。
『鎖国』は閉鎖空間で発動可能となり、その効果は自身のHPと防御力を10倍以上に超上昇させて、さらにHPの自動回復能力すら付与させる超防御特化型の特性能力なのだ。
最早、今の和真は不沈艦。ストーンゴーレムが岩ならば和真は鉄壁の存在である。
攻撃など恐れる必要はない。その防御性能にまかせて自身は捨て身の連続攻撃を繰り出す戦術。
――――超防御特化型特性による超攻撃型戦術。特攻である。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっー!」
和真咆哮。
攻める攻める攻める攻める。
後の事など考えない、攻撃攻撃、攻撃あるのみ。
足を止め、メイスに技能を込めて打ち放つ。ズドンズドンと思い衝撃音が連続してゴーレムを襲い続ける。あまりの猛攻にストーンゴーレムのバランスが崩れて倒れ込んだ。
だからどうしたと言わんばかりに追撃する和真。
猛攻、まさに猛攻。呼吸すら行わずに連続する砲撃が倒れたゴーレムに放たれ続ける。
先程までとは違い、ゴーレムに同情してしまうほどの光景に唾をのむことだろう。
乱れ飛ぶ石礫、舞い上がる粉塵。
視界が塞がれようとも確かにそこにゴーレムがいる。
メイスから手応えがある限り、攻撃を止めるつもりなどない。
これは、短期決戦に持ち込んだ以上の必然。
『鎖国』という諸刃の剣、切り札を使ってしまった故の仕方のない判断だ。
それから1分か。それとも2分か。
猛攻が終わったあとに残っていたのは、無残な屍となったストーンゴーレムの残骸であった。




