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ぼっちの日本迷宮生活  作者: 書創
第一章 ダンジョン冒険者に就職しました
12/39

弓剣隊 宮城明日香の戦い 参

「おい拓哉! しっかりしろ!」

「こ、このままじゃ、死んじまうよ。拓哉、頑張れ、死ぬな」

「――ごぼッ、ごほっ、ご」


 静と菜々子による応急手当で恭司と麻人の処置を終えた。

 問題は、喉元に致命傷を受けた拓哉の安否ね。私から見て、時間の猶予は残り僅かだ。

 時間は掛けられない。クイーンリザードが強敵であれ、早急に倒さなければならない。

 メイリーとござるも止血しようと懸命に頑張っている。私も、意地を見せなくては……。


「静、菜々子、メイリー、ござ……奥菜。4人は前衛の援護射撃でクイーンを全力で倒して! 私が拓哉さんの手当を何とかするから。お願い!」


「……わかったわ! 皆、消費技をバンバン使って短期決戦よ」

「ええ、それしかないわね。行きましょう。菜々子! メイリー! ござる!」

「はいデース。瞬コロしてみせまス」

「え、ござる!? え、ちょっと。静。今拙者のこと……」

「あぁ、間違えた。行きましょう。菜々子! メイリー! 奥菜!」


 そう。短期決戦しかない。拓哉を助けようと思えば時間との戦いだ。

 それなら、右腕が痛もうが戦えない私が手当をするしかない。

 弱音はあとで吐けばいい。今は、少しでも役に立たなくては。

 私はそう思い、うまく動かせない右腕に喝を入れて拓哉の面倒を見る。


 もっとも。首からの出血は厄介で、消毒後に包帯で強めに縛るか、いっそ縫ってしまうしかない。残念ながら利き手の使えない私にはそれができないし道具もない。ならば、首を横に向けさせ窒息しないようにして、包帯で出血をできるだけ抑えるか。それくらいしか出来そうにない。

 メイリーとござるによって消毒と包帯はしてあるが……血が、止まらない。

 お願い。早く。ただ早く倒して……。

 みんなと一緒に矢を放てない、不甲斐ない自分を許して。


「あ、明日香ちゃん! 助かるよな? 拓哉は大丈夫だよな?」


 足をやられてろくに動けない恭司が、悲痛な面持ちで私に尋ねる。その声は縋るような子供のように聞こえた。どう答えればいいのか。無責任でも「大丈夫」と安心させればいいのか。それとも、最悪に備えて覚悟を促したほうがいいのか。わからない。私には、わからない。私は気休めに包帯を強めに巻いて、一言だけ話す。


「……拓哉さんを、信じてあげて」


「……あ、ああ。そうだよな。仲間を、信じなきゃな」

「あぁ。そうだな、恭司。拓哉は大丈夫だよ。俺たち三人は天変地異も生き抜いたんだ」


 私は黙って俯いた。

 私の言葉は正しかったのだろうか。

 彼らに希望を与えられたのだろうか。

 お願いします。神様。どうか、全員無事に帰れますように……。



「ちぇえあぁぁぁっ!」



 その時、私の祈りを吹き飛ばすかのような気合が放たれる。

 雄叫びからの唐竹一閃。異常な風きり音を出し、剛剣が唸っている。

 斎藤さんの真正面からの猛攻。後方からの援護射撃と周囲からの攪乱攻撃。


 クイーンリザードへの集中砲火が轟音とともに撃ち放たれた。


 斉藤さんを主軸とした前衛からは『命中』『強化』『強撃』『大強撃』『鉄剣』『一太刀』『一閃』『斬撃』『クリティカル』の技能が乱舞する。一撃一撃が斬撃の音とは思えない。風きり音だけで怪我をしたと錯覚させる。クイーンの前方から左から右から放たれる波状攻撃の嵐。


 しかし、クイーンリザードも負けていない。大顎を開き、数人をまとめて食おうと攻撃をしてくる。それを察知した前衛は、少し後退をして再び波状攻撃を叩き込む。激しい攻防が続いていく。


 後方からは、静を主軸とした弓剣隊からの『命中』『射撃』『一矢』『強化』『貫通の矢』が消耗を惜しみなく射られていく。前衛の合間を縫って雨あられと逃げ場のない矢が降り注いでいた。


 とめどなく繰り出される攻撃。響き渡る戦闘の音。最早ここは戦場に違いない。

 戦争の経験がない私にとって、この戦いはまさに戦争そのものに思えた。


グウアアァァァァァ


 クイーンリザードが唸り声を上げて、苦しそうに身悶えしているように見える。

 そもそも体が大きすぎるのだ。三人同時に戦うので精一杯な坑道に、四足歩行なのに人間の数倍はありそうな巨躯。避けられる道理がない。的が大きすぎて全ての攻撃が必中している。私なら、こんな通路で戦わない。自分の巨体が不利になる場所では戦わない。


 そう考えると、やはりコイツは頭の悪い獣に過ぎないのだ。そう考えれば説明がつく。

 私は、今度こそ勝利を確信して仲間を見守った。



 ◆



「ふ、ふざけるなよ! なんだよこれ! クイーンリザードとストーンゴーレムを出せば勝てるって言ったじゃないか! 説明しろよ……責任取れよ、アーズ!」


 何もない白い空間。そこには巨大な画面だけが浮かんでいた。画面全体に映し出されているのはダンジョンの内部である。そこには、まるで監視モニターのように複数の場面が中継されていた。


 茶色くて巨大な、四足歩行で移動するも通路で詰まったオオマヌケなトカゲ。

 たった一人、閉ざされた部屋で巨大なゴーレムと戦う勇敢な冒険者。


 彼らは全てを見ていたようだ。


「落ち着いてくれ、アーガン。僕はちゃんと説明したはずだよ? 討伐隊が弱ければ、クイーンリザードの巨体を使い、行き止まりで押しつぶせるとね」


 アーガンと呼ばれた者から怒りを向けられるアーズ。彼は気にした様子もなく淡々と自分に非がないことを説明し始める。


「それなのに、クイーンリザードが詰まるような狭い場所で、突撃を命令するとは思わなかったよ。さすがの僕も驚きだ。天才的な指示だと思うよ? ちょっと頭の中を見せて欲しいよ。きっと君の頭脳は僕たちダンジョンマスターにとって有意義な研究価値があると思うんだ。君の脳を分析すれば、頭の悪いマスターを女神様が作らずにすむはずだから」


 アーズは煽るような言葉を滔々と吐き出し、にっこりと微笑んだ。目は笑っていないが。


「うぐぅ……。じゃ、じゃあ、ストーンゴーレムはどうだ!? 閉じ込めて使えばすぐに勝てると言ったじゃないか! これはどう説明する!?」


 追い詰められて論破されそうになったアーガンは、苦虫を噛み潰した顔で必死に食い下がる。その表情と姿は無様という言葉が似合っていた。


「確かに言ったね。ただ、言葉を編集しないでほしい。実に不愉快だよ。正しくは、君にこう言ったんだ。

『討伐隊が弱ければ、クイーンリザードの巨体を使い、行き止まりで押しつぶせる。ただし、絶対ではないからダンジョンの一部を崩落させて、そこにストーンゴーレムも一緒に加えて閉じ込めて使えばすぐに勝てる』

とね。何で別々に使ったの? 理解できないんだけど? 本当に頭が悪いんだね」


 アーズは心底呆れたような表情を見せ、やれやれと肩を竦めて毒づく。


「グギギ……。グギグギグ」


 何も言い返せないアーガンは、全力で歯軋りをしてアーズを睨む。完全な逆恨みだと自覚があるのか、異音を発して睨みつけるだけだ。すでに顔は真っ赤な絵の具を塗ったように変色している。


「悪いけどさ、会話が成立しないみたいだから、僕は自分のダンジョンに帰るよ。君の健闘を祈る。精々、コアを破壊されて死なないようにね。敵は物理族だけじゃなく魔法族もいるんだ。僕たちの女神様の期待に応えるためにも、命懸けで頑張ってくれ。じゃあね」


 冷たくそう吐き捨てると、背中を向けて手を振りながらアーズは音もなく忽然と消えた。

 何もない白い空間には、アーガンの怒りと歯軋りの音だけが満ちていく。


 右手親指の爪を噛みながら、悪感情を抱く彼が目にするモニターには、地に崩れたクイーンリザードの屍を越えて、ダンジョンを脱出する討伐隊のメンバーが映っていた。


「くそっ! くそっ! くそっ! 最悪だ。ちくしょう。このままじゃ、DPも残り少ないのに……! ああ、最悪だ。せめて、せめてコイツだけでも殺して、DPの足しにしなくちゃ……」


 怨嗟の声を撒き散らす哀れなアーガン。

 強い悪意で煮えたぎる彼の目には、モニターの一場面が映っている。


 高い防御力を前に攻めあぐねて、必死に逃げ惑いながら戦う冒険者。

 それは、岩石の巨人に追われる脆弱な獲物。

 そして、アーガンは薄ら笑う。


「コイツだけでも殺す」


 画面以外、何もない空間に害意が溢れ出していた。

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