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ぼっちの日本迷宮生活  作者: 書創
第一章 ダンジョン冒険者に就職しました
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弓剣隊 宮城明日香の戦い 弐

「う、うぐぐ。そろそろ疲れて来たでござるよ」


「私もよ。タイミングを見計らって後退するから。槍隊の残り二人は交替を頼める?」


「「おう!」」


 ござると菜々子も体力の限界らしい。それぞれ下がり、狭い通路でぶつからない様に槍隊と交替する。これで前衛は槍隊3人。私は後列で傷の手当。中衛ではメイリーと静による矢の援護射撃。そして私の近くにいる斉藤さんパーティ。彼らはすでに交替の準備を整えて、いつでも戦える状態だ。交替したござると菜々子は、体力の回復次第援護射撃に加わる。


 余力はある。この討伐隊で一番経験豊かな男性パーティがいるのだ。それが無傷の状態で残っているのは心強い。なんとかなりそうね。私は斉藤さんに手当てを受けながら勝利を確信する。


「後ろが塞がれた以上、退路がないのは息が詰まるな。それに、ネズミの人が無事か気になるところだ」


「ネズミ狩りの人なら大丈夫だとは思うけどね。落盤のせいで生き埋めになっても、あの時みたいに特性を発動させればなんとかなるでしょ」


 斉藤さんパーティの強そうな二人が会話をしている。そう言えば斥候の人がいたのを忘れていた。あの孤独な人は生きてるのだろうか。それとも落盤に巻き込まれて死んだのだろうか。その時は冥福を祈ろう、できれば無事でいてほしい。孤独のまま孤独に死ぬのは可哀想だから。


「…………」


 斉藤さんは強ばった表情で私の傷口を手当してくれた。痛みは酷いけど、消毒と止血が終わったので一安心ね。変な病原菌にでも感染していないことを祈るわ。でも、斉藤さんが無言で思いつめた顔をしているのが気になる。もしかして、私の傷が想像以上に酷いのだろうか。怖いからやめてほしい。


「(くそっ……死ぬんじゃねぇぞ。佐々木)」


 その時、斉藤さんが小声で呟いたのを私の地獄耳が拾ってしまった。

 どうやら斥候の人、ぼっちの佐々木さんを心配して表情が強張っていたようだ。

 紛らわしいのでやめてほしい。私の怪我が酷いのかと思った。


「そこぉっ!」


 静の気合を乗せた一矢が放たれた。

 その矢は青白い光の粒子を纏い、一直線上にいるオオトカゲを複数貫いて致命傷を与えていく。『命中』『射撃』『一矢』『強化』の基礎技能を重複させ、さらに弓術専用の強力な技能である『貫通の矢』をSPを消費して放つ静のとっておきだ。


 SPとは体力とでも例えようか。それを消費する技能を使うと肉体が急激に疲労するのがわかる。とてもじゃないが連発はできない技だ。しかし、その消費に見合う効果を秘めた、文字通りの必殺技と呼べるもの。都心部の上級冒険者にもなると、そういった奥の手を何個も隠し持っていると聞く。鍛え上げた冒険者しか会得できない強者の証だ。


「はぁはぁ……ほんと、多いわね」


「静、無理しないで。私と奥菜もいるから。メイリーと一緒に4人で援護射撃よ」


「ござる」


「ハーイ。がんばりマース」


 ごめんね皆。本当なら私も参戦するべきなのに。利き手をやられたのは致命的だった。

 いや、よそう。反省は終わってからだ。今は私に出来ることを考えて実行しなくちゃ。

 弓剣隊のリーダーとして、これ以上の恥の上塗りはできないわ。


「ちっ、本当に数が多いな」


「でも終りが見えるぞ。もう全部で70は殺った」


「あぁ、あと30くらいで打ち止めくさいな」


 前衛槍隊の活躍が光る。

 リーダーが数の多さに愚痴り、角刈りの人が倒した数を報告する。

 白髪の人はオオトカゲの残数を把握しているようだ。完全に勝機が見えた。

 30ならば問題ではない。私のように油断さえしなければ。


 そう考えたのが悪かったのかな。私がフラグを立てちゃったのかな。

 勝機が見えた瞬間に事態が変化し、さらなる行動を求められる。ダンジョンて、こんなに酷い所だっけ?


 私が見ている中、その不幸な凡ミスが起こった。


「あっ」

 ガツンッ

「えっ」


 硬い物同士がぶつかり合う音。

 勝機が見え調子に乗ったのか。それとも私のように油断したのか。

 槍隊リーダーの槍の柄と、左隣にいた白髪の人が持つ槍がぶつかり、攻撃の手が止まった。立て直そうと早まったのか、長い槍の柄が坑道に引っ掛り余計に焦りを濃くしていく。


 もともと、狭い坑道での槍術は危険を伴う。突きだけなら問題ないが、実戦ではなぎ払いなどの違う動作も行う必要が出てくる。それを補うための連携であり場数なのだが、ここに来て経験の低さが露呈する。最悪のタイミングだ。やはり、今日は厄日なのだろうと私は確信した。

 

「ぐあァっ!」


「痛ってぇー!」


「恭司! 麻人! 大丈夫か?」


 攻撃の止まった合間。その致命的な隙をつきオオトカゲは二人に襲いかかった。

 リーダーの恭司はふくらはぎを噛まれて倒れ、白髪の麻人は左手を噛まれて槍を落とした。結果、二人を心配して角刈りの男が視線を逸らしてしまう。


 ああ……。私の二の舞だ。


 目の前で視線を逸らした角刈りが、突貫してきたオオトカゲに喉元を食いちぎられた。

 あれは、致命傷。崩れ落ちる彼の表情には死相が浮かんでいる気がした。


「拓哉ァーっ!」

「拓哉! 大丈夫か!?」


 喉元を食いちぎられて鮮血を撒き散らす角刈りこと拓哉。意識が朦朧としているのか、それとも無我夢中で抗っているのか。体をジタバタと動かし懸命にもがいている。その姿は、まな板の上で必死に跳ねる魚のように虚しい足掻きに見えた。


「――くッ、交替だ! 行くぞお前ら! 弓剣隊は槍隊を下がらせて手当しろ! 終わり次第、援護射撃を!」


「「「了解!」」」


 直後、斉藤さんが叫び、態勢の立て直しを支持する。それに応えるメンバー。一つのミス、一つの油断、一つの不運があっという間に戦況を変化させてしまう。その恐るべき事実に、私は呆然と見守ることしかできないでいた。これが年の差、経験の差なのか。


「油断するな! 油断していいのは寝てる時だけだと思え!」


「はっ、いつも通りですね」


「まったくですわ」


「斉藤さんの方が怖いっすからね」


 斉藤さんのパーティが軽口を交わしながら、オオトカゲを危なげなく屠っていく。

 リーダーの斉藤さんは重そうな大盾を坑道中央で構え、自身の体を覆いながら戦うスタイルのようだ。右手一本で私と同じロングソードを振り回し、確実に堅実にオオトカゲを減らしていく。


 他の三人は鉄壁とも言えるリーダーを援護したり、隠れ蓑に使ったりと臨機応変に戦っている。彼らは剣の他にダガーも使い、其の辺の石ころで技能を使い投擲攻撃もしている。

 かなり変則的なスタイルだが、確実にオオトカゲの隙を付き倒していく。危なげない戦いだ。これが経験の差か。私は納得してしまう。


 しかし、それでも。

 それでもダンジョンの恐ろしさを再確認させられる。

 ダンジョンには意思でもあるのだろうか? そう思わざるを得ない。

 今日の依頼は呪われているのだろうか? 私の最悪の日は続きそうね。


 残り僅かになったオオトカゲの群れ。その奥、薄闇の向こう。

 間近に迫った勝利が遠のいていく気がした。


 ドスン ドスン ドスン ドスン


 辺りの坑道に広がる地響き、伝わる殺気。

 わざと大きな音を立てて威嚇をしているのであろうか。

 まるで巨大な金槌で地面を叩きながら移動しているような気さえする。

 まるで重量級の生物が迫ってくるような圧力のある足音だ。


 グアアアアァァァァァ


 腹を震わせる咆哮。肝が冷えるように錯覚する私。

 まるで我が子を殺されて怒り狂ったかのような、猛獣の鳴き声が木霊する。

 いいや、まるでじゃない。そのものだ。それは巨大な重量級の化物だ。

 それは子供を殺されて怒っている。具体的には100体近く殺されて、ね。


  彼女は一般的に、一階層では確認されたことのない強敵。

 通常なら中堅以上の冒険者が潜るダンジョンでしか見つからない化物。

 攻撃力だけならストーンゴーレムすら圧倒する格上のモンスター。

 知らされていない驚異、私が体験したことのない領域。


 オオトカゲのボス。クイーンリザードの姿がそこにあった。



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