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ぼっちの日本迷宮生活  作者: 書創
第一章 ダンジョン冒険者に就職しました
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弓剣隊 宮城明日香の戦い 壱

「皆、行くわよ!」


 私は愛用しているロングソードを抜き放ちながら、周りを鼓舞する。これは私の失態だ。後衛を担当する隊のリーダーである私の。しかし、なぜ気配もなく突然現れたのか。これがわからない。

 私は『警戒』の技能を持っているし通常であれば先に気がつく。それが完全に後方から回り込まれて後手に回った。隊列は乱れて通路も狭く動きにくい。最悪だ。リーダーとして失格だ。私は顔を歪めながらオオトカゲに斬りかかる。


「はぁっー!」


 気合を入れた一太刀。

 唐竹で頭を両断されたオオトカゲは地に伏せる、渾身の手応えだ。

 技能の『命中』『強撃』『斬撃強化』『一太刀』『クリティカル』が重複発動した必殺の一撃。

 私の自慢の攻撃だ。オオトカゲ程度なら容易く屠れる。でも。


「なんデスカー!? この数ワー」


 後方のメイリーから気が抜けるアクセントで戸惑いの声が上がった。まったくよ。私も強く同感してしまう。オオトカゲは群れで行動するモンスターだけど、この数は異常。なぜ気づかなかったのか本当にわからない。大失態だ。


「どんどん増えるでござる! 50匹……いや、もっと来るでござるっ! 不味いでござる!」


 右隣のござるが五月蝿い。

 でも本当に不味い。オオトカゲの10や20なら私たちに負ける要素はない。私たちの部隊だけでも楽勝だ。でもそれは、十分なスペースがあり5人で一体となって戦えばの話だ。坑道の道幅は3人が限界。いや、それでも満足に身動きが取れない。


 これならば中衛の槍隊の突き攻撃を主体にしたほうがいい。タイミングを見計らい交替しないと。でも、今は厳しい。次から次にオオトカゲが押し寄せてくる。斬っても斬っても突貫してくる物量攻撃。私の足がジリジリと後退させられていく。悔しい。


「明日香! 奥菜! 落ち着いて。メイリーと静はどんどん矢を放って! まだ交替要員もいるし焦る必要はないわ。確実に数を減らせば持ち直せるわよ」


 左手から菜々子の頼もしい檄が飛ぶ。彼女は総合力ならリーダーの私よりも強い。本当なら彼女がリーダーであるべきだった。まぁ、ちょっと。いや、大分。男好きな性格で普段が適当すぎるせいで彼女はリーダーを辞退した。でもこんな時は本当に頼れる。我がチームのエースだ。


「……オオトカゲの駆除数27。敵増援を含めて残り約80前後。戦闘開始から約5分。余力はまだあり、交替要員が後方に7人存命。勝機は十分よ。焦る必要全くなし」


 冷静な状況分析と考えを周りに伝え、美しい弓術で的確にオオトカゲを射殺していく佐藤静。この隊の頭脳であり私の幼馴染。隊の方針や計画を決めているのは彼女だ。彼女もまた隊に欠かせない貴重な存在。ござるとはモノが違う。


 私たちは意地を見せて奮戦する。しかし、そんな時だった。

 後方からビルの倒壊とも思える轟音が響き渡った。


「な、何だっ!?」


 最初に斉藤さんの驚愕の声が上がる。それに続いて次々に戸惑いが込められた焦りの声が聞こえてきた。


「――嘘だろ!?」

「マジかよ!」

「やっべ」


 槍隊3人の反応が気になる。私は戦闘に集中しながらも肩ごしにチラリと後ろを確認した。


「嘘でしょ……」


 それは崩落。坑道が崩れていたのだ。普通の人工的な坑道であれば落盤事故はよくある話だ。だが、これはダンジョンだ。ダンジョンでの落盤事故なんて聞いたこともない。ネットでもそんな情報はなかった。じゃあこの光景はなんだろう。見間違い? 私は一瞬だが現実逃避をしてしまった。


「――明日香っ! 前ッ!」


 油断。

 静の声で我に返り視線をオオトカゲに戻すと、丁度私のロングソードを握っている右腕にオオトカゲが噛み付くところだった。二度目の大失態。無様だ。悔しい。次の瞬間に訪れるであろう痛みに備えて、私は歯を食いしばる。


「ぐうぅーっ!」


 血飛沫が舞う。激痛が走り、呻き声が自然と漏れる。

 オオトカゲの強靭な顎が、牙という武器とともに私の右腕に食い込んでくる。

 痛い。痛い痛い痛い痛い。なんていうミス。最悪だ。今日はあの大震災の時以来の最悪な日だ。あの日、あの時。私の家は崩れていった。私の妹と一緒に崩れていった。辛い記憶が蘇る、走馬灯かと疑うほどに。


「はぁーっ!」


 ござるの掛け声の直後。

 斬、という音とともに噛み付いていたオオトカゲの首が両断され体が崩れた。

 ござるが助けてくれたのだ。このアホに助けられるなんて、情けない。無様だ。


「あ、ありがとう奥菜。助かったわ」


「気にするなでござる。武士として当然でござるが故に」


 イラッ。一応は助けてもらったので、お礼は述べる。

 ござるはニッコリといい笑顔で微笑み左手でサムズアップしている。

 いいから前向いて戦えよ。私が言えたことじゃないけどさ。

 身を襲う激痛のせいか、内心で私は毒づいてしまう。


「明日香、槍隊のリーダーと交替して! 早く、急いで!」


 静の指示が飛ぶ。この傷では戦線を維持できない、当然の判断だ。私は痛みを堪えて槍隊のリーダー(名前は覚えていない)と交代した。屈辱よ。


「明日香。あとは俺に任せておけ!」


 槍隊のリーダーもいい笑顔でウィンクをしながら話しかけてきた。

 どさくさに紛れて気安く呼び捨てにしてんじゃねーよと思うけど、ぐっと堪えて応対する。


「ええ、お願いします」


 今日の私は本当に情けない。心の中で八つ当たりをするなんて人として最低だ。もう何もかも嫌になる。そもそも本当は冒険者なんてやりたくない。生きるために仕方がなくだ。私たちは家族を失い生きるすべがなかったのだ。高校を卒業してすぐ大震災に巻き込まれた私たち。バイトくらいしか経験がない、普通の女の子だ。


 どうしろと言うの。食べるために働くにしても瓦礫撤去などの力仕事くらいしか募集がない。事務員になれるのは経験のある勝ち組だけだ。人手不足ではあるが、人口が減り需要も供給も減った世の中では結局はまともな仕事がない。足でまといに食わせる余裕がないのだ。


 瓦礫撤去、遺体の搬送、僻地農家の手伝い、あとは体を売るくらいかな。

 その仕事を否定するつもりじゃないけど、そんな生き方は私は嫌だった。私たちは嫌だった。だから、弓道の経験を活かして冒険者になることを決意したんだ。危ない仕事ではあるけれど、食べ物に困る心配はないし一攫千金も狙える。女子だって5人集まれば自衛できるのよ。


 選択肢がなかった。少ない選択肢から消去法で選んだだけ。積極的に冒険者になりたかったわけじゃない。本当は美容師になりたかった。もう、需要がなくて成り立たないけどね。生きることに精一杯で美容院に通う人なんていないもの。何でこうなったのか。死んだ家族に会いたい。会いたいよ。


 気づけば悔しさと情けなさと理不尽に涙を流していた。右腕が痛む。相当深くまで牙が達していたようだ。回復の技能を持つ冒険者なんて稀有な存在はこの中にいない。早く外に出て手当てをしないと腐るかもしれない。痛いよ。最悪だ。今日は最悪だ。


 泣きながら右腕の痛みに耐え、前方の戦況を見守った。


「はぁーっ! どうだ! 格好良いだろ!?」

「ご、ござぁぁぁぁ!」

「甘いわ。――ふっ!」


 槍隊のリーダーがオオトカゲを刺殺して、いちいち肩ごしにドヤ顔を決める。早く噛まれればいいのに。ござるは掛け声が意味不明でイラつく。安心して見ていられるのは左手の菜々子だけ。さすがね。リーダー替わってくれないかな。


「怪我は大丈夫か? 消毒液と包帯で応急処置するから見せろ!」


 坊主頭の斉藤さんが声をかけてきた。意外と優しいのかな?


「はい。すみません。お手数かけます」


「はっ! だから女子供が来る所じゃないと言ったんだ。よそ見するくらいなら前に出るな!」


 ぐぅの音も出ない正論だ。私は恥ずかしさで俯き、下唇を思わず噛んだ。悔しい。情けない。カッコ悪い。恥ずかしい。そんな自己嫌悪と激痛で涙が止まらない。


 こんな依頼、断ればよかった。


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