【第七章】世界改創
新たに船の仲間に加わった少女、ユリズ・フォルティクト。
その正体は反異能者団体に属する《人工異能者》であった。
対峙する十五人と反異能者団体。
その最中に現れた《創成神》。
彼等に訪れる結末とは......!?
世界を作り出したのはただの気まぐれ。ただ、それだけの筈だった。
だけど、
「見て神様!」
掌の上に小さな炎の渦を作って見せる未だ小さな少年。
「あら、凄い。またコントロールが上手くなったのね」
生まれたその瞬間に全てを、自身の両親やいたかもしれない兄弟姉妹までをも焼き尽くしてしまったこの少年。
並外れた異能の潜在能力を持って生まれてきてしまったが故に人の世では生きられず、神が神域に連れ出したこの少年の幸せを、そして彼と同じ境遇にある少年少女の幸せを、いつの間にか願ってしまっていた。
この子達が幸せに生きられる世界を、思い描いてしまった。
世界に介入するのはあの一度だけと、心に決めていた筈なのに。
願ってしまう。
祈るだけでは足りず、何か方法がないかと考えてしまう。
そして、思い付いた一つの手段。
「ねぇ、人に会ってみる?」
「ヒトって誰?」
無邪気に小首を傾げる少年の黒みがかった細い赤髪を撫でながら、ふっ、と微笑む。
「貴方と同じ”人間”よ。異能の力を持った貴方と同じ存在。貴方がもう少し大きくなったら、旅をしながらこの世界を見てみない?」
「んー?」
よく分からないのか、実感がないのか、はたまた興味がないだけなのか。
どちらとも言えない反応をする少年に再び笑み掛け、神は遠くに思いを馳せる。
「私にはもう、この世界の事は決められない。私はこの世界を創ったけれど、管理はしていないから。人間の事は、人間に任せちゃだめかしら」
「神様、どうして泣いているの?」
心配そうに見上げてくる大きな丸い瞳。
涙は流していない。
しかしどうやら、少年の目には泣いているように見えたようだ。
「さあ、どうしてかしらね?」
神は泣かない。
泣く意味がない。
神が泣いた所で、悲しんだ所で、愛しんだ所で、世界には何の意味もない。
神はただの、創造主でしかないのだから。
神にはもう、世界を壊す方法しか残されていないのだから。
「......良いよ」
ただ、けれどそれでも、
「それで神様が泣かないで済むなら、良いよ。ヒトに会って、旅するよ。もっと力を上手く使えるようになるよ」
「......ありがとう」
それでも、信じても良いだろうか。
もう一度、今度は彼等に、託してみても良いだろうか。
この未知の可能性に満ちた、小さな存在に、委ねても良いだろうか。
世界をやり直すという選択を、考えても良いだろうか。
この子達の未来を、願っても良いだろうか。
「外の世界に出るなら、名前がいるわね」
「ナマエ?」
「貴方の呼び名よ。ああ、それに、貴方と話す”言葉”も必要ね。あとはどうやって旅をしましょうか。歩いて世界を回るのはきっと大変ね。考える事が沢山ありそう」
この子はどのくらいで大きくなるだろうか。
いつになったら旅に出られるだろうか。
仲間と仲良く出来るだろうか。
世界を見て回って、深く傷つく事はないだろうか。
人と関わった事のないこの子でも、ちゃんと人を愛せるだろうか。
「あはっ、神様、楽しそうだね」
楽しい、なんて。
神である、この私が。
「......ふふっ。そうね。久々に...いいえ、貴方がここに来てから、とても満ち足りていたのかもしれないわ」
神を楽しませる人の子。
「決めたわ、貴方の名前。ねぇ、”神楽”」
「かぐら?」
「そう、神楽。どう?」
「かぐら...神楽。うん! 神楽! ありがとう、神様!」
生きてきた長い長い、気が遠くなる程に長かったこの生の内に、久しく現れた永遠に愛い子。
”久遠神楽”
この子はどんな道筋を歩んでいくのだろうか。
どうかその足跡が世界をより善い方向へと誘うよう、信じる事しか出来ないけれど。
「お願いね、神楽」
貴方達が、最後の希望だから。
* * *
『《非覚醒異能者》を探し出し、両親を殺して集め、自らが真の神の使徒であると虚言を教え込み洗脳し操る......よくもここまで非道な事を行えるものよ』
その言葉は、真実は、余りにも残酷に彼女の心を傷付けた。
「団長! 言ってくださいよ、嘘だって...神様が、勘違いしてるだけだって......っ」
ユリズの頬に雫が伝う。
思いもしなかったのだろう。
身寄りのない自分を保護し、慈しみ、これまで育ててきてくれた親同然の男が、自身の両親の仇であるなどと。
神の御言葉と偽り、自身を欺いていたなどとは、疑いもしなかったのだろう。
「よく考えなさい、人の子。同じく保護された子供達の多くは今何処にいる? 分かたれた後の消息は? 同じ境遇にあった子供達と、幾度殺し合わされた? ......それが”親”のする事か?」
怒りの滲む神の言葉に、ユリズは耐えられず膝から崩れ落ちた。
震えを止めようと力を込めるが、止まらない。
呼吸が乱れる。
何を信じるべきか、もう思考もままならない。
「だって、神様が世界の滅亡を望んでいるからって...だから私達が...でも、ママとパパは、団長が......っ?」
ユリズの瞳が赤黒く染まり始める。
その様子に、十五人全員が目を疑う。
「何だよ、これ......っ」
アルが眉根を寄せて声を漏らすが、彼等が理由を知る筈もない。
しかし、
「チッ。やはり洗脳では使い物にならないな。これだから人工者は......。催眠なら話は違うのだがな」
吐き捨てるように言うカリムの視線の先には、瑠色がいた。
酷く冷酷な、狂気的な瞳で彼女を見下ろす。
「......っ」
一瞬にして青冷めた瑠色。
その爪が食い込む程に強く握り締められた小さな手を包むと、紫雲が一歩瑠色の前に立つ。
瞳には溢れんばかりの怒気を湛えて。
「......ねぇ、団長? 嘘ですよね。私、団長の言う通りにしてきたでしょう? ねぇ、団ちょ......」
瞬間。
銃声が響いた。
音高く、無情にもそれは、真っ直ぐに意図した方向へと放たれる。
「カフ......ッ」
「うるさいんだよ、お前。いつもいつも俺の周りをウロチョロと。制御も効かなくなったお前に用はない。失敗作は黙って死ね」
どうやったら、これ程までに残酷になれるのか。
既に黒く染まった瞳から涙を流すユリズの胸から鮮血が噴き出る。
まるで汚らわしい汚物を見下すかのような目付きで、カリムは倒れ行くユリズへと重ねて銃口を向ける。
「ユリズ!!」
叫ぶと、キリアが躊躇わずその間へと飛び込んだ。
そこで一同が放心から引き戻されるが、一歩遅かった。
弾丸は既に銃口から離れており、今この瞬間にも二人の命を奪おうとしていた。
しかし、
「......カリム・ヨクシエル」
火の粉が舞う。
キリアの眼前に、一つの拳が握られている。
掌の中で握り潰され、既に灰と化した弾丸はその中から塵となって消えた。
「神楽......」
ユリズを腕に抱きながら膝を着くキリアの前にカリムから庇うように立ちはだかる神楽。
「《火》の能力者か。成程これは厄介そうな相手だ」
握り締められた拳から噴き出る炎が勢いを増す。
「お前等、俺の仲間に手出してタダで済むと思うなよ」
赤々と燃えるように濃く色付く瞳には殺気が混じり、その怒りは傍に立っているだけで感じ取れた。
初めて目にする神楽の激怒した姿に、一同も思わず息を飲んだ。
イクト・リ・ツァリア
イシュタル 引力
ミアネ 風