【第六章】狂いし歯車
反異能者団体からの襲撃。
神への疑念。
そんな中現れた、新たな異能者。
それぞれが複雑な思いを抱える中、状況は更に……。
明かりが消え、暗く静まり返った船内に月光が降り注いでいる。
その船全体を一望する時計台。
皆が寝静まった船内で、一人の青年が時計台の最上階に佇んでいた。
人の目では辺りが見え辛い、深夜。
しかしその青年にははっきりと見えていた。
ベージュ色の、癖の付いた髪を風に靡かせて船内を見下ろす青年、紫雲には、昼間と変わらない景色が見えているのだ。
と言っても、別に何か目的がある訳でもない。
夜にここを訪れるのは、この船に来てからの習慣だった。
最も、その事を知っているのは一人だけだが。
「今夜は何が見えるの、紫雲」
不意に聞こえた少女の声。
酷く澄んだ鈴の音のような、しかし落ち着いた声。
その声だけで、誰か分かった。
いや、"確信した"と言う方が正しい。
何故なら紫雲には、彼女が来ていると分かっていたから。
階段を登ってくる足音が、彼女のものだったから。
「やあ、瑠色。夜更かし?」
「そっちこそ」
十四歳とは思えない程美しい容姿の瑠色。
銀色の髪と青紫色の瞳は夜の暗闇によく映える。
隣同士で並ぶと肩下程の小柄な身長。
大人びて見える真っ直ぐな視線が目下を見下ろし、言う。
「神様は私達を…この世界を、どうしたいのかな……」
「…………」
その問いに答えられたのなら、自分達の歩む道はもっと違っていただろう。
きっともっと、明るく幸せな道だっただろう。
異能者であったが故に両親から捨てられ、誰にも受け入れられず、自身の能力をひた隠している紫雲。
異能者であったが故に両親を殺され、兄と引き離され利用されていた瑠色。
この二人の心の傷は、十五人の中でも重傷の部類だった。
「……瑠色は、どうしたいの?」
穏やかで優しい紫雲の声が、夜風に紛れて耳に届く。
「私は……」
どうしたいのか。
神なんて関係ない。
"自分は"どうしたいのか。
「皆を、守りたいよ。やっと見付けた…銀兄がくれた、私の居場所だもん。絶対、護るよ」
小さな身体。
幼い面差し。
しかしその全てに込められた、"護りたい"という意志。
その言葉は静寂に包まれた夜の暗闇の中に、静かな熱を持って放たれたのだった。
「ん……?」
「? 紫雲?」
暗闇の中で耳を澄ます紫雲。
人並外れたその聴力で聞き取った、遠くで鳴る微かな物音。
「誰か、歩いてる……」
「こんな夜更けに?」
「うん」
「…………」
紫雲の言葉に、瑠色は瞳を伏せた。
深呼吸の後、一瞬息を止めて、瞳を開く。
遠くを見据える青紫色の瞳は、普段よりも暗い色へと変わっていた。
また、彼女の周囲には同色の光線が浮き上がっている。
瑠色の能力《魔眼》は催眠誘導を可能とする能力。
相手の深層意識とメタモルフォーゼする事で操るというもの。
それに加えてもう一つ。
"千里眼"をも併せ持つ。
相手の位置を見通す、遠距離での視認を可能とするものだ。
最も、瑠色は遠視以外は使おうとしないのだが。
「あれは……ウォンとユリズ?」
長く豊かな水色の髪を緩く結い、カーデガンを羽織っているウォン。
そしてその隣を歩く、桃色短髪にパーカーを羽織ったユリズ。
このような真夜中に、一体何をしているのかと、瑠色と紫雲は顔を見合わせた。
「ごめんね、ウォン。こんな遅くに、付き合わせちゃって……」
「構いませんよ。慣れていない場所では何かと不便でしょうし、いつでも気軽に声を掛けて下さい」
「うん……ありがとう、ウォン」
湖の周りを歩きながら他愛のない会話をしていた二人。
「皆って、お互いの事をどれだけ知り合ってるの? その、例えば過去の事とか……」
ユリズが不意にそう尋ねた。
少し驚きはしたが、当然の疑問であると思い、ウォンは微笑んで答えた。
「そうですね……それぞれ抱えているものも少なからずありますから、仲が良い相手にだけつたえている、という人が殆どだと思いますよ」
「へぇ……。能力の事とかも……?」
重ねて問い掛けるユリズに、ウォンも変わらず優しく答える。
「んー、私がよく知らないのは瑠色と紫雲くらいですかね。彼に至っては一度も能力を使っている所を見た事がありません。嫌っていると、以前言っていました」
「自分の能力なのに……?」
哀しげに微笑むと、ウォンは空を見上げた。
その夜空に浮かぶ月を見上げて、言う。
「自身の能力を好いている人って、どれくらい居るんですかね……」
「……能力、なくなって欲しい?」
そんな事を訊いてくる。
能力がなくなって欲しいか、何て。
「……そうですね。夢見た事はあります。自分が普通の人間だったなら、どんな風に生きていただろうって。けれど……」
ウォンの言葉を遮ったユリズ。
不意に手を取り、言った。
「大丈夫だよ」
「ユリズ……?」
何が、大丈夫だというのか。
ただ、一つ。
ユリズの雰囲気が、変わった。
そして暗闇の中で、光線が浮かび上がった。
目を凝らさないと見えないような、透明ながらも光る光線。
「ユ、リズ…何を……っ」
透明な光線に包まれた瞬間、突然身体に違和感を覚えた。
身体が妙に軽くて、冷たい。
遠のいていく意識の中で、薄く笑うユリズの姿が見えた。
(ユリズ…貴方は、何を……?)
「ウォン!」
同時刻。
時計台最上階では瑠色が目を見開き、声を上げていた。
その隣では紫雲も言葉を失い、呆然としている。
「行こう、紫雲!」
「待って」
「紫雲……?」
ウォンの下へ駆けて行こうとした瑠色。
しかし紫雲が腕を掴み、それを制した。
紫雲の意図が掴めず、戸惑いの視線を向ける瑠色を諭すように紫雲は言う。
「ユリズの目的と正体が分からない現状、今彼女達の下には行くべきじゃない。微かにしか聞こえなかったけど、二人が言い争っているようには聞こえなかった。だから恐らくウォンは無事だ。なら夜明けを待って、皆を集めるべきだと思う」
真剣な眼差し。
普段は一人で居る事を好み、目立つ事を嫌う紫雲だが、実際は咲夜や銀にも劣らない程に頭がキレる。
そしてその事を、瑠色はよく知っていた。
「……分かった。紫雲がそう言うなら、そうしよう」
不穏な空気の中、去り際に届いたユリズの声。
"もう苦しまなくて良いからね"
* * *
「ユリズ、これはどういう事か説明して貰えるかな。ウォンに何をした」
時計台一階にある講堂。
ミーティングルームとも言えるその場所に、早朝ながらも二人を除く全員が顔を揃えていた。
二人、ウォンと咲夜を除いて。
大扉の前に座るユリズ。
一同の視線を集める彼女は戸惑いの表情でか細く声を漏らした。
「えっと…皆は何を……」
「惚けても無駄。昨日の夜の事、私と紫雲は知ってる」
ユリズの言い分を冷たく論破する瑠色。
そしてユリズは、再び黙った。
「貴方の目的は、何?」
瑠色が鋭い視線を向ける。
同時に、その瞳が色を変えた。
その僅かな変化に気付いた紫雲、銀、クルルが一瞬警戒態勢に入った、が。
不意に開かれた扉により、それは杞憂となった。
「ウォン! 目が覚めたんですね!!」
「ええ。心配掛けてごめんなさい、キリア」
安堵の表情でウォンに駆け寄るキリア。
対してウォンも柔らかく微笑み掛けた。
しかし、
「いいえ、ウォン。本当に無事で良かった」
という一言に、ウォンは一瞬瞳を波打たせ、次いで哀しげに微笑んだ。
そしてその隣に立つ咲夜の拳に力が入った。
咲夜が一歩踏み出そうとすると、しかしウォンが先に前に出て、言った。
「ユリズ、私の"力"返して?」
ウォンの発した言葉に、全員が目を見開いた。
ウォンは、何を言っているのかと。
「目が覚めた時、私の能力は失われていました。……私に何をしたんですか? 貴方は、何がしたいんですか?」
「ウォン……」
思わず、春が声を漏らした。
何故ならウォンから感じ取れたのは、怒りではなく哀しみだったから。
室内が静寂に包まれた。
全員が驚愕に身を凍らせ、動揺に目を見開いていた。
その中、ユリズが瞳を伏せて俯いた。
そして、
「……あはっ、あはははははははは!」
突然、ユリズの雰囲気が変わった。
声色も、面差しも。
「ユ、リズ……?」
キリアが不安そうに眉根を寄せる。
そして不意に、春が声を上げた。
「キリア、気を付けてください!」
「! 春……?」
「何故かは分かりませんが…ユリズさんの心が見えません。恐らくは、彼女の能力だと思うのですが……」
「そうだよ」
「!?」
春の推測を肯定したのはユリズだった。
そして、続ける。
「あたしの能力は《封神》。貴方達十五人を封じる為に、神様から与えられた力だよ」
淡々と、当然とでも言うように、そんな事を言うユリズ。
「神様、って……」
「あたしが仕え、従い、神と呼び敬うのは《創成神》唯一人」
《創成神》
それは世界を生み出し、また《世界改創》による《最後の審判》を彼等に言い渡した、この世界の唯一神。
その神が、"十五人を封じる為に、ユリズを遣わした"……?
「君は…何……?」
シルバーとがそう訊いた。
するとユリズは不敵に笑い、答える。
「あたしは《創成神》により作られた《人工異能者》の一人。反異能者団体に所属する使徒」
《ロスト》
その名前には、全員聞き覚えがあった。
現在地上で最も強大で強力な反異能者団体だ。
「《ロスト》って、まさか……っ」
アルが唇を戦慄かせてそう言った。
そして、
「そうだよ。先日この船を襲撃したのは《ロスト》の先遣部隊。彼等の任務は君達の調査と《火》の能力者、主要人物の特定だったんだ。……君達って、案外チョロいよね」
ユリズが皮肉めいた口調で言葉を並べた。
誰も、言い返せなかった。
しかし一人疑問を持った人物が声を発する。
「《火》の能力者、だけかい?」
「「…………」」
クルルが言うと、銀と紫雲が表情を曇らせた。
その質問の意味を、察したから。
『私達が会いたくなかった危険人物は二人。攻撃力に特化した《火》の能力者と、催眠誘導を可能とする《魔眼》の能力者。それだけです』
そう、言っていた。
しかしユリズが言ったのは《火》の能力者だけ。
だから訊いたのだ。
するとユリズは「ふっ」と笑い、言う。
「何も聞かされていないんだ? 《魔眼》の瑠色。彼女は昔……」
「やめて」
ユリズは、全てを知っているのだ。
白い肌から更に色を失くして、瑠色がか細く拒絶するが、ユリズはやめない。
「彼女は昔日本支部の実験場に居たんだよ? 異能力研究の被験体としてね」
「嫌……っ」
「そこで何をさせられてたか分かる?」
「やめて……っ」
「《非覚醒異能者》の覚醒化実験の被験体を何人も操り、泣き叫ぶ彼等を強制的に戦場へ向かわせ殺してたんだよ」
ダンッ!
その一瞬の衝撃音の後、全員が一斉に身構え、息を飲んだ。
肩を小刻みに震わせ縮こまる瑠色。
そしてその痛々しい姿に激昂した銀が、《想造》によって造り出した刃をユリズの首筋に突き立てていた。
「ちょっ、銀!」
「君等の目的は何や。何の為にここに来た。今すぐ言わへんなら喉元掻っ切るで?」
酷く冷たい、聞いた事のない声。
怒気の中に狂気までもが滲んでいる。
銀の激怒している姿は、皆初めて見た。
「待ちなさいよ、銀! いきなり刃物向けるなんて……っ」
「悪いけど、いくら君の言葉でも聞かれへん。こいつらのせいで、瑠色が今までどれだけ苦しんできたかっ」
セシルの言葉でさえ、今の銀には届かなかった。
「ははっ。君は《想造》の能力で私達の同胞を沢山殺したものね。私一人を殺すくらい、訳ないか」
鈍色に光る刃物を前にしても、ユリズは平然としていた。
変わらず、狂気的な笑みを浮かべていた。
「じゃあ、良いよ。教えても」
まるでプレゼントを前にした子供のように。
明るく、無邪気に笑うユリズ。
楽しそうに笑って、言う。
「君達が与えられた使命は偽りの命。神様は……」
直後。
船が大きく揺れた。
「なっ、今の音は……っ」
「また敵襲か!?」
キリアとアルの声に続き、ユリズが再び不敵に笑う。
「君達は《ロスト》にとって、神にとって邪魔な存在。いくら君達と言えど、反異能者団体の全てを相手にするのは難しいんじゃないかな?」
最中も、船への攻撃は止まない。
それどころか、勢いは増す一方で。
「ユリズ……っ」
キリアが喰って掛かろうとした瞬間、一際大きな衝撃が皆を襲った。
そして、
「ユリズ」
聞き覚えのない声が響く。
「団長。早かったですね」
船内に突如現れたのは黒い外套に身を包んだ男。
団長と、呼ばれていた。
「ん? ……ああ、懐かしい顔が居るな」
とある一点に目を留めると、男は不気味に笑った。
その笑みを見て、少女は身を凍らせた。
「カリム…ヨクシエル……ッ」
瑠色の瞳には、恐怖が映っていた。
カリム・ヨクシエル。
それが《ロスト》の総統の名。
「久しいな、使徒。魔眼の悪魔」
「……っ」
瑠色を被験体とし、覚醒化実験を行わせていた男だ。
「フッ、まぁ良い。ユリズ。時間が無い。やれ。神の意向を叶えろ」
「了解し……」
「よくもまぁここまでの虚言を思いついたものよなぁ、人間」
『!?』
再び聞こえた声に、十五人は一斉に目を見開いた。
「神の意向とな。よもや私の名を使うとは、覚悟は出来ておろうな、人間共」
床に届く程の長い、透き通るように薄い水色の髪。
意志の強そうな、凛とした面差し。
白い肌。
華奢な手足。
色の薄いワンピースを纏うその姿は、この世のモノならざる儚げな印象を持たせる。
そしてその人物こそが、
「唯一神…どうしてここに……」
神楽がそう呟くと、カリムとユリズは目を見開いた。
彼女、《創成神》に会った事のある者は、世界にただ十五人の少年少女、彼等のみなのだ。
「元気そうで何よりね、皆」
柔らかく微笑むその笑みには、皆覚えがあった。
しかし、カリムに向けた冷酷な瞳には、覚えがなかった。
「カリム・ヨクシエルと言ったか。私の名を語りこの子達に偽の情報を与えた。自らの生み出した、洗脳したそこの少女を送り込み、世界を破滅させる為に」
唯一神の言葉には強さがあり、それが真実であるとその場の全員に知らせる。
そしてその真実に、ユリズが目を丸くし、動揺を見せた。
「洗、脳……? 団長、どういう事ですか……?」
戸惑いに揺れる瞳。
その瞳を見ないまま、カリムは深々と溜め息を吐いた。
「《非覚醒異能者》を探し出し、両親を殺して集め、自らが真の神の使徒であると虚言を教えこみ洗脳し操る……よくもここまで非道な事を行えるものよ」
神の言葉と信じて疑わなかった、ユリズの目に涙が浮かぶ。
信じていたのだ。
両親を殺され孤児となった自分達を保護し、手を伸べてくれた恩人であると。
しかし神本人から告げられた真相は、彼女の心を深く傷付けるには充分だった。
前話に引き続き、それ以上にご無沙汰してしまい大変申し訳ありませんm(_ _)m
こう考えると何て所で更新停止していたのかと思いますが、次話完結予定です。
是非ご一読ください。




