【第五章】船の異変
反異能者団体の襲撃を受けた一同。
能力を行使し撤退させる事には成功したが、意味深な言葉を残していかれてしまった。
混乱の中、十五人はどうするのだろうか……?
反異能者団体の襲撃を受けた数時間後。
空はすっかり晴れている。
しかし相反して、船内の雰囲気はこれまでに例を見ない程落ち込んでいた。
「皆…暗いね……」
呟く程度の小さな声。
発したのはこの船で最年少の、小柄な少女。
銀の実妹、瑠色だ。
「まぁ、当然かな……」
そしてそれに答えたのは一人の青年。
普段はよく一人で居る、紫雲だった。
襲撃の場に居なかったメンバーにも事の顛末は伝えられている。
襲撃直後に開かれた緊急ミーティングにて、シルバート、リリ、リケイが一部始終を話したのだ。
* * *
「ーーとまぁ、こんな感じかな? 今現在で分かる事は四つ」
「一、彼等が反異能者団体の構成員である事。
二、彼等も多くの異能者を従えてくる事。
三、かなり大きな後ろ楯があると思われる事。
四……」
「奴等の目的は、世界の滅亡である事、だ」
シルバート、リリ、リケイが順に状況を整理すると、一同は揃って表情を曇らせた。
反異能者団体からの直接攻撃は、別に今回が初めてという訳ではない。
しかしここまで大掛かりな襲撃は初めてだった。
過去の襲撃者達には、やはり何処か恐怖めいた雰囲気があった。
それ故に、大した害にはならなかったのだが。
今回はむしろ、確信のようなものすら窺えた。
そしてその理由も、皆大体の見当は付いているのだ。
「世界の滅亡を望んでいる…"誰か"が奴等の背後に付いている……?」
神楽が眉を潜めながらそう言うと、それにキリアが反応する。
「世界の滅亡を望む人間が、この世の中に居るのでしょうか……」
すると不意に、春が口を開いた。
「あの、セシルちゃん……? 何か思い当たる人物が居るのですか? 心が、とても乱れているように”見える”のですが……」
心配そうに眉を垂らす春。
対して急に声を掛けられたセシルはハッ、とした表情で顔を上げた。
「あ、いいえ、何でも……」
セシルにしては珍しく言葉を詰まらせている。
その様子に、精神状態が纏うオーラの色調で”見える”春でなくとも違和感を覚え、皆首を傾げた。
またタイミング良く、今までこの場に居なかった三人が講堂に入ってきた。
扉が開かれると、一斉に視線がそちらに集まる。
「お待たせー!」
「何やえらい時間掛かってもうてなぁ。堪忍してなぁ」
「遅くなったのはアルが邪魔してたせいだけどねぇ~?」
船の修繕に出ていたアル、銀、クルルが若干騒ぎつつも各自の席に座る。
修繕班がこのメンバーになった理由は単純。
この船に居る期間が長いからだ。
方法として、三人で記憶を辿りつつ、それを銀が《想造》で具現化させるという作業。
”アルが邪魔してた”というのは、中々銀に構想が伝わらなかった事を言っているのだろう。
「お前が邪魔してきたんだろ、クルル!」
「僕は真面目にやってたじゃないさ。君がずっと呻いてるから無駄に長くなったんだろう?」
「はぁ!?」
「もう、二人ともやかましいわ」
銀が心底参ったという表情で抗議の声を上げると、見かねた琉が仲裁に入る。
「二人とも落ち着いてください。お互いに頑張ってくれたんですよね? ありがとう、アル、クルル、銀もね」
最後に銀を言い忘れないのは流石紳士というべきか。
琉の言葉にすっかり大人しくなったアルとクルル。
ふぅ、と一息吐くと、銀も席に着いた。
そして全員が揃った為、ミーティングの本題を咲夜が切り出す。
「さて、今後俺達が最優先にすべきは襲撃者についての情報収集。中でも、彼等の背後を探るべきだと思う。そこで皆の話を聞きたい」
咲夜の話に、一同は頷いた。
それに咲夜も薄く微笑み、
「じゃあ、誰か思い当たる人物…または組織に心当たりのある人は居るかい?」
と重ねて問うた。
すると不意に、
「”人物”、ねぇ……」
そう言って銀が苦笑した。
全員が彼を見遣り、代表して瑠色が口を開く。
「銀兄…何か知ってるの……?」
小首を傾げて問う瑠色に、銀はふっ、と笑う。
「ん~、せやなぁ。何やこれは、言うたら意見分かれそうやと思てな。せやからセシルも言わへんかったんとちゃうか?」
苦笑しつつそう言うと、銀はセシルに視線を向けた。
セシルは何処か渋い表情をしている。
また、銀は暗に、セシルから説明するよう促しているのだ。
その事に気付いていたセシルは一つ溜め息を吐くと、話し出した。
「……皆は、自分達の現状に違和感を覚えたり、その状態を作り出した神に、疑心を持った事はない?」
その発言に、銀を除く全員が目を丸くした。
それはつまり、《創成神》に疑いを持っているという事だから。
「何を根拠に、そう考えている?」
リケイが問うと、セシルは落ち着いた声で、続ける。
「……一つ、世界の滅びを記した伝承がある」
「旧約聖書の創世記、”ノアの箱船”の事を言っているの……?」
小首を傾げてそう言ったウォンに、セシルは頷く。
「堕落し切った人類を一掃し、大地を甦らせたという伝承。この話が真実ならば、神は一度世界に干渉しているのよ」
一同は、何も言わなかった。
言えなかった。
もしセシルの言葉が正しければ、分からなくなるから。
自分達が集められ、旅をしてきた理由も。
そもそもの存在意義が、揺らいでしまうから。
その中で、唯一口を開いた者が居た。
「私は……神様、”信じない”」
全員の視線が彼女一人に集まった。
彼女、瑠色の下に。
「……理由は、あるのかい……?」
普段から感情が抜け落ちているかのように表情が乏しい瑠色。
しかし今回は珍しく、微かに不機嫌の色が表れていた。
もっともそれを見て取れたのは、彼女と近しい数人と、感情の変化を視覚的に感知出来る春だけだったが。
クルルの問い掛けに一瞬口をつぐむと、不意に立ち上がり、瑠色は一人講堂を後にした。
そしてその後を追い、紫雲も出ていった。
取り残され、動揺と混乱を隠せない一同。
その中で、銀とセシルだけは取り乱さなかった。
「神を”信じない”、か……」
ポツリ、と声を漏らした銀。
流石のセシルもその意図を汲み取れず、首を傾げる。
セシルの反応にふっ、と苦笑すると、
「”信じられない”の、間違いやろ……」
そう、銀は言った。
「……何が言いたいの?」
訝しげに銀を見遣るセシル。
しかし銀はその視線に構わす、宙を見上げて薄く失笑を浮かべた。
「ここに居る十五人であっても、全員が同じな訳やあらへんいう事や」
銀が何を思ってそう言ったのか、その場の誰一人として理解出来なかった。
ただ、春のみは違和感を抱いていた。
自嘲気味に声を発した銀の心が、酷く不安定である事に気付いたから。
しかしその理由を訊く事は、しなかった。
それは、聞いてはならない気がしたから。
心の奥深くにある、暗い部分に触れてしまう気がしたから。
* * *
講堂を出ていった瑠色は、そのまま自宅へは向かわず、三階に上がる階段を歩いていた。
そしてその後を、紫雲が追う。
不意に瑠色かも足を止め、言う。
「……どうして付いてくるの…紫雲」
その声は普段通りの冷静な声だった。
「それ、本気で訊いてるの?」
「…………」
紫雲の問いに、瑠色は応えなかった。……応え、られなかった。
視界が歪んで、嗚咽を堪えるのが精一杯だったから。
「……君が一番、複雑なのかも…しれないね……」
それは瑠色の過去故に。
幼い少女に刻まれた、残酷な記憶。
通常なら朧気になってしまう年齢の、しかし鮮明に脳裏に焼き付いてしまった地獄の三年間。
「君に地獄を見せたのも、そこから助けたのも…神様だからね……」
瑠色に苦痛の運命を課せたのも、この船に招き入れたのも、神本人だ。
ならばこそ複雑だろう。
「まだ、見るの? ……あの夢を」
夢。
悪夢。
人を操り、殺し、殺させる夢。
瑠色の過去を鮮明に映し出す、悪夢。
以前はそのせいで、夜な夜な銀の下へと駆けていっていた。
「……ごめん。嫌な事を訊いたね」
紫雲が小声でそう謝ると、瑠色は下唇を噛み、再び足を進めた。
恐怖を振り払おうとするかのように、早足で歩き出した。
「二人が居なくなってしまったけど、仕方がないね」
瑠色と紫雲が退出した後の、講堂。
一同は何処と無く重苦しい空気の中に居た。
咲夜が口を開くと、全員が顔を上げる。
「……一人、また来るそうだよ」
その一言に、皆真剣な表情に変わった。
「神から、そう報告があったのか? 新しい異能者がこの船に来ると?」
リケイが訊くと、ウォンが瞳を伏せて頷いた。
「何だってこんな時に……」
キリアが困惑気味にそう呟く。
そしてそれは、全員が思っている事だった。
神に疑惑が掛けられている今、神の言葉を信じるのは……。
「信用出来るのか?」
となる。
神楽の問いに、全員が押し黙った。
そんな事、分からないから。
けれどここに、矛盾が起きる。
神が自分達をこの場所に集めた。
そしてその神を疑うとするのなら……もう何を信じれば良いというのか。
「……ほんなら、僕がその人見張っといたるよ」
銀の一言に、皆が目を見開いた。
「銀、貴方……正気?」
狼狽したままそう尋ねてくるセシルに、、銀は肩を竦めて苦笑した。
「ああ。どちらにせよ、招かん訳にはいかへんやろ。その人も、異能者やろうしなぁ」
「それは…そうだけど……」
何故か曖昧に言葉を濁すセシル。
その意図を知ってか知らずか、
「何や、君に心配して貰えるなんて光栄やなぁ」
などと冗談めかして言う銀に、
「なっ、心配なんてする訳ないでしょうっ!」
と目を見開いて抗議の声を上げるセシル。
怒号とは裏腹に赤く染め上げられた顔。
そんな表情で反論しても全く効果などない。
けれど、
「僕は大丈夫。丈夫やし、仲間を疑うような事はしたないからな」
なんて言って、銀は柔らかく微笑む。
その笑みに、セシルは何かを言おうと口を開くが、しかし何も言わなかった。
”仲間”
その言葉の意味を、悟ったから。
恐らくは同じ異能者としての、”仲間”。
異能者であった故に人間に拒絶され、命を狙われてきた銀。
そんな彼は優しさなどではなく、自分の過去に重ねて、受け入れると言い出したのだろう。
同じ思いを持つ異能者にまで拒絶される悲しみを与えないように。
気まずい空気が室内に満ちる。
そしてその空気の中で口を開いたのは、咲夜だった。
「銀だけに背負わせるつもりはないよ。勿論全員でやろう」
「ええ。当然です」
咲夜の一言に、ウォンも頷く。
いや、全員が頷いていた。
唯一納得のいっていない様子の、セシルを除いて……。
翌日。
神から報告を受けていた小さな街外れの森に、一時船を降ろした、
そして乗船してきたショートヘアの、黄緑髪の少女。
「はじめまして。ユリズ・フォルティクトといいます。どうぞ宜しくお願いします!」
にこやかにそう言ったユリズ。
第一印象としては明るい少女。
見た所十五、六歳程だろうか。
黄緑色の落ち着いた印象を受けるショートヘアの髪と整った容姿が大人びた雰囲気を纏わせているが、対して丸く大きな瞳と絶やさない無邪気な笑みに幼さが窺える。
「僕は服部咲夜。こちらこそ宜しく、ユリズ」
咲夜が微笑むと、続いてウォンもユリズに向き直る。
「私はウォン・レイ。気軽にウォンと呼んでください」
ウォンがニコッ、と微笑み、そして何故かユリズは頬を赤らめた。
全員が小首を傾げると、慌てて言う。
「あっ、あっ、ごめんなさい。ウォン…が、あまりに美人で、つい……」
その答えに苦笑する者、頷く者。反応はそれぞれだった。
何にせよ、疑心の色はなかった。
皆普段と同じように、笑っている。
無論、そう出来ない者も居るが。
結果、この場に瑠色、紫雲、セシルの姿はない。
全員が同じ境地に居る訳ではないのだ。
「建物自体は沢山あるんだけど……多分汚れてるから。ユリズは今日ウォンとキリアの家で休んで貰えるかな?」
咲夜が言うと、ユリズは頷き、
「はい! お邪魔でなければ!」
そうウォンとキリアに向き直った。
二人は微笑んで頷き、その後すぐに三人で講堂を離れていった。
* * *
「……どう思う?」
三人が去っていった講堂の中。
残る十人で話し合いが行われた。
咲夜の一言に全員が首を捻り、まず最初に銀が口を開いた。
「見てた感じ、悪い子には見えへんかったなぁ。嘘吐いてはるようにも見えへんかった」
「私もそう思います。彼女に心は、至って平常でした」
と春も続き、なればこそ一層首を捻った。
ユリズは嘘を吐いていない。
しかしそれは、ユリズを信用するに足るものなのだろうか。
自分達に害を成す存在ではないと判断する理由に、なるのだろうか。
それはあの笑顔に裏がないと言い切れる、確かな理由になるのだろうか……。
「どうもこうも、今は様子を見る他ないだろう。この場に居る全員で奴を見張る。それが現状での最善策だ」
淡々とそう述べたのはリケイだった。
困る、悩むといった様子はなく、ただ普段通りに冷静に発言をする。
が、中には情に流されやすい者も居るのだ。
まさに現状の、春のように。
「”見張る”なんて……もっと他に言いようがあるじゃないですか……。仲間を、まるで敵みたいに……」
戸惑い気味に言う春。
そして彼女に対し、珍しくも情け容赦のない言葉を投げたのはクルルだった。
「悪いけど、今それを聞き入れる事は出来ないよ。誰が敵かも分からない現状なんだ。僕はこの船に元から居た十四人しか信じないよ」
冷たく良い放つクルルに、春は言葉を詰まらせた。
彼女の思いは決して偽善ではない。
それでも、クルルの考えは全員の意思である事を、春も分かっているのだ。
重苦しくなってしまった室内。
そんな曖昧な空気の中、結論も出ないまま、その場はお開きとなった。
「わぁ、綺麗なお部屋ー! 二人はここに住んでるの?」
花が綻ぶような明るい笑み。
嬉々として建物内を歩き回り、見回しているユリズ。
その後を追いながら、ウォンが言った。
「ユリズには使っていない奥の部屋を使って貰いましょうか」
「そうですね。何ならずっとここに居ても良いんですよ、ユリズ」
ニコッ、と笑顔で同意するキリア。
和気あいあいとした空気が流れ、
「ありがとう、ウォン、キリア」
と、ユリズも自然に笑っていた。
年頃も近い三人。
それだけでも打ち解けるには十分な要素だ。
終始明るく接してくるユリズに、ウォンとキリアの疑心はすっかり解けていた。
ユリズは仲間なのだと、思い始めていた。
そんな頃、ウォンとキリアの家に来客があった。
扉のノック音が聞こえ、ウォンが出る。
扉を開くと、立っていたのは二人の少年。
「あら、咲夜に神楽。どうしましたか?」
「うん、ちょっと。様子を見に」
ふっ、と微笑んで咲夜が答えると、ウォンも微笑んで頷いた。
「キリアは?」
そう神楽が尋ねると、
「奥でユリズと一緒に居ますよ」
とウォンが答えた。
が、その矢先に、
「あたしはここですよ?」
というキリアの声が、ウォンの真後ろから響いた。
見るとユリズも居る。
「キリア、今ちょっと良いか?」
言うとウォンと咲夜は静かにユリズを連れて中へ入っていった。
恐らくはリビングに向かったのだろう。
扉が閉まった事を確認すると、口を開く。
「……気を付けろよ、キリア」
何処か気遣わしげな、神楽の声。
何に、気を付けろと言うのか。
何を根拠にそう言ったのかは分からない。
しかし、無言で去っていく後ろ姿に、キリアは何かを感じ取った。
そしてその事を追求する事も、否定する事も、キリアはしなかった。
ただ神楽の姿が見えなくなるまで、行く道を見詰めていた。
ご無沙汰してしまいましたが、ようやく【第五章】を書き終えました。
お待たせしてしまい申し訳ありませんm(__)m
けれど懲りずに最後までお付き合いくださると嬉しいです。
今後とも宜しくお願いします!