【第一章】哀しき過去
自室へと戻った神楽。
彼の下へやって来た以外な人物とは……?
とある人物の過去と能力が明かされて彼女は……。
地上に降りる直前の船内での日常。
キリアと分かれてから自宅に帰ると、神楽はベッドに倒れ込んだ。
流石にもう眠くはないが、他にする事もない。
暇なだけだ。
多少の空腹間はあるが、わざわざキッチンのある一階の食事場にまでいくのも面倒で、無視する。
少しうつらうつらしてきた頃、扉が鳴った。
何回かノック音がした後、
「神楽? 今、ちょっと良い?」
という女の声がした。
落ち着いた、セシルの声だ。
彼女とはよく話をするが、直接家にまで来るのは結構珍しい。
「セシル? 良いぞ、勝手に入ってきて」
神楽はベッドに腰掛けたまま、扉越しに居るセシルに言う。
すると扉がゆっくりと開き、彼女の姿が現れる。
「よう、セシル。適当に座ってくれ」
言うとセシルはテーブル脇にあるソファに腰を下ろし、次いで持っていた小さなバスケットをテーブルに置いた。
「……それは?」
やはりベッドから立ち上がらず神楽が訊くと、セシルは呆れたように溜め息を吐いて、答える。
「食事。今朝ウォンとキリアが作って、残しておいてくれていたのよ。って言っても、どうせ貴方は食べに行かないだろうと思ったから、持ってきたのよ」
蒼い瞳で若干睨むように神楽を見ているセシル。
「おお、流石はセシル」
などと全く悪びれる様子もなく歩き出した神楽。
一人掛けのソファに座ると、神楽はバスケットに手を伸ばした。
そんな神楽の様子に、セシルはもう一度溜め息を漏らす。
「ちゃんと食事はして、神楽。私の能力は病気の治療は出来ないんだから」
セシルの能力。
それは《治癒》と呼ばれるもの。
傷の回復を行うものだ。
正確には、怪我をした部分に能力を集中させる事でその部分のみ細胞を活性化させ、傷の回復を早めるというもの。
故に部分的な傷でない病気には効力が発揮されないのだという。
「似たような事をキリアにも言われたなぁ」
肩を竦めてそう言うと、セシルは半眼で神楽に言う。
「あんまり周りに心配掛けないでよね、まったく……」
「ははっ。考えとく」
「実践して」
「はははっ」
* * *
食べ終えると神楽は紅茶を淹れ、セシルに向き直った。
「で、セシル。結局何しに来たんだ?」
マイペースな神楽に、セシルは呆れて肩を落とす。
「やっと本題に入れるわね……」
「おう。で、何?」
セシルはふぅ、と一息吐くと、姿勢を正した。
深く澄んだ蒼色の瞳を真っ直ぐに向けて、話し出す。
「今度の街はそれなりに大きな街だと咲夜から聞いたの。だから、《国連》の現地支部館に行ってこようと思ってる」
《国際復興協進連盟》、通称《国連》。
第三次世界大戦終戦後に設立された、世界の平和維持を掲げる組織だ。
そして《国連》は世界各地に支部を点在させ、現地支部館を拠点に活動している。
また、その支部館には民間に公開していない情報も管理されている。
「また、か。そんなに調べたいのか? 神の事を」
セシルは地上に降りる度に支部館を訪れ、調べている。
その土地の、神にまつわる歴史を。
「別に神なんてどうでも良い。私が知りたいのは、自分自身が存在している理由。この能力を与えられた、理由が知りたいの」
この能力の、意味。
「この船に居る私達の中で、自分の能力を好いている人は居ないでしょう……?」
下唇を噛んで、悔しそうにそう言った。
彼女の言う通り、異能者である事を喜んでいる者は、居ないだろう。
中には異能者であったが故に、悲惨で残酷な過去を持つ者も居る。
神楽のように、さして苦ではない者でも、一度は考えた。
”普通の人間として生まれていたら、今の自分はどうだったろうか”と。
「……その手伝いを、俺に頼んでいる?」
神楽が訊くと、セシルは真剣な表情で頷く。
無論手伝ってやりたい。やりたい、のだが……。
「悪い、セシル。俺キリアと出掛ける約束してんだ」
苦笑しつつ言うと、しかしセシルは分かっていたかのように、また一つ頷いた。
「だと思ってたわ。だから、貴方が信用している人を教えて」
これではまるでセシルは誰も信用していないように聞こえるが、そうではない。
セシルは少し態度のキツい面もあるが、本当は誰よりも仲間の身を案じ、傷付けまいとしている。
故に、自分自身と行動させようとしない。
セシルは《国連》の支部館を巡っては情報を集めている。
それは必然と人目に触れる行為であり、当然反異能者思想の人間達の目にも触れる。
また、反異能者思想を持たない人間だとしても、自分とは決定的に異なる、強い力を持った相手を恐れ、忌避するのが人間の心理というものだ。
故に、そういった行動を取れば、必然と反感を買い、否定される事も増える。
そういった自分の行動が危険であると理解しているから、セシルは普段一人で動いているのだ。
それらを鑑みても、今回は人手が欲しいらしい。
だから自分と行動しても危険のない、神楽が”実力を”信用している人を尋ねてきたのだ。
「んー、つまり戦闘系の奴だよなぁ……」
神楽が考え込んでいる暫くの間、セシルは静かに待っていてくれた。
そして首を傾げて、
「ちょっと、訊いてみるよ。……十中八九了承されると思うケド」
苦笑気味にそう言う神楽。
セシルは若干の不安を抱きながらも、
「……じゃあ、お願い」
と、神楽を信じる事にした。
* * *
翌日。
残念な事に天気は曇り。
大空には一切の青色がなく、分厚い灰色の雲が覆い隠している。
そしてそんな曇り空よりも更に暗い、というか冷めた表情をしている少女と、神楽は向き合っていた。
ちなみに、ここは時計台にある図書館の一階である。
「セシル、こいつでも構わない?」
氷のように冷ややかにこちらを見据えているセシル。
そんな彼女に対して、神楽は隣に立つ青年を指差しながらそう言った。
青年は飄々とした態度を崩さず、正面に立つセシルに微笑み掛けている。
「まさか君からお誘いを受けるとは思わへんかったけど、よろしゅうなぁ、セシル?」
京都弁の、軽薄そうな青年は銀である。
そしてそんな彼に、セシルは絶対零度の視線を浴びせ続けているのだ。
「よりによって何でこの男を……。他に誰か居なかったの? 神楽」
溜め息を堪えてそう訊いてくるセシルに、神楽は肩を竦める。
「だって仕方ないだろ? 実力派なら当然男が良いだろうと思って、そしたらこいつくらいしか思い付かなかったんだからさぁ」
不満そうにしているセシルだが、神楽の意見が正しい事は分かっていた。
咲夜はウォンと出掛けるだろうし、シルバートの能力は条件が揃わないと使えない。
リケイとセシルはお世辞にも仲が良いとは言えない上、彼の能力も相当扱いづらいものだ。
残るはアル、琉、紫雲の三人だが、アルの能力はあまり戦闘向きでない上に、調べものの役に立つとはとても思えない。
その点琉は知識量も多い頭脳派だが、戦闘系の能力からは掛け離れている。
紫雲に至っては能力も未知数であり、一人を好む為、いつも船から降りない。
それらを考慮すると、必然と銀一人に絞られてしまうのだ。
以前本人から聞いた話だと、銀は訳あって相当戦い慣れしているのだそう。
能力について知っている事も他のメンバーより多く、シルバートに並ぶ最年長者なだけあって頭の回転もかなり速い。
などと、セシルが望む条件の殆どを持ち合わせている。
そしてその事は、セシルも嫌々ながら理解しているのだ。
「……っ、分かったわ。背に腹は代えられないわね……」
眉間に皺を寄せて、渋々承諾の意を述べたセシル。
その姿に神楽は苦笑し、銀は楽しげに笑った。
「ほんなら、決まりやね♪」
着陸に仄かな不安を覚える二人だったが、その場は解散となった。
* * *
「……それで? 何で貴方がまだここに居るのよ、銀」
セシルが居るのは先程と同じく図書館。
の、本棚に囲まれた一角だ。
どういう訳か、銀も一緒に。
「冷たいなぁ。そないに邪険にせんでもええやんか~。僕君に嫌われるような事した覚えないで」
困った、というように銀は肩を落とした。
対してセシルは、やはり冷ややかに言い放つ。
「貴方は飄々とし過ぎていて、何を考えているのか分かりづらいのよ。この船に居る誰よりもね」
セシルはリケイに勝るとも劣らない神経質だ。
常に相手の考えを探り、相手の言葉が信用に足るかどうかを見極める。
唯一心を開いているのが神楽だ。
理由は単純。神楽の事をよく知っているから。
神楽はセシルがこの船に来た当時、傍に居る事が多かった。
その為信用もあるし、何より、過去の一部や、能力の事を、神楽は隠さず話してくれたから。
自分を信頼していると、言ってくれたからだ。
その点、セシルが避けているという事を顧みても、セシルは銀について知らない事が多い。
だから、信じない。
セシルは銀を一瞥すると、フイッ、と背を向けた。
すると、しかしセシルは不意に腕を掴まれて動けなくされた。
抗議しようと眉を吊り上げて振り返るとそこに居たのは、いつもとは違う、真面目な、いや、冷たい表情をした銀だった。
一変した銀の雰囲気に、セシルは思わず息を飲んだ。
元々細い目を更に細めて、冷たく見下ろしてくる銀。
そんな彼の表情は、初めて見た。
しかしすぐに笑顔へと切り替わり、言う。
「江藤銀月。九月十一日生まれで、歳はまだ二十。一応こん船に居るんは最古参やね」
張り付いたような笑みのまま、銀はサラサラとそんな事を述べた。
対してセシルは怪訝な表情で銀を見上げる。
「いきなり何なの?」
僅かに驚きの色を含んだ表情で睨んでくるセシルに、銀は微笑んで言う。
「僕の事よう分からへん言うたから。教えたろ思て」
イタズラっぽくそう言った銀に、セシルは言葉を失った。
同時に、もう何を言っても無意味だろうと悟り、
「……私、嘘を見抜くのは得意だから」
と答えた。
遠回しに話を聞くと言われ、銀は苦笑した。
掴んでいたセシルの腕を解放し、再び口を開く。
「ん~、せやなぁ……。好きなもんは読書と…酒もまあ好きやな。全く酔わへんけど。嫌いなもんは特にないなぁ」
へらっ、と笑うと、セシルは呆れたというように言い放つ。
「貴方、物事に対する執着とかないでしょ」
すると銀は、
「せやなぁ。確かに、何かに我を失うような経験はないかもしれへんなぁ」
と、何処か楽しげに答えた。
「君からは何かあらへんの? 聞きたい事」
「…………」
唐突な問い掛けに、セシルは少し悩んだ。
こういう場合、何処まで踏み込んで良いものなのだろうか、と。
そして考えた末、セシルは尋ねた。
「貴方の過去と、能力について。可能な範囲で話して」
神楽曰く、銀は戦闘慣れしているとの事。
それは恐らく、彼の過去が大きく関係している。
そしてどの程度の力量なのかを知るには、僅かにでも過去に触れる必要があった。
また、銀の能力がどのようなものかは知っているが、詳細は全くの不明。
各自の能力にはそれなりの使用条件がある筈だが、それを知っていないといざという時に対応出来ない。
この二つを踏まえて、セシルはあえて、若干禁断となっているこの質問をしたのだ。
嫌な顔をされるだろう事は承知の上で。
しかし、銀の反応は意外なものだった。
「ん? 可能な範囲て、基本隠す事なんてあらへんよ?」
キョトン、とした表情で首を傾げる銀に、セシルは明らかな動揺を見せた。
「あ、そう……。なら、良いわ。話して」
無理矢理表情を取り繕ってそう言うと、銀は薄く笑う。
「知っとるやろうけど、僕の能力は《想造》。頭ん中で考えた事を具現化する能力や」
銀の説明に、セシルは黙って頷く。
銀の能力については多少知っている。
何せ、この船の要となっている人物の片割れなのだから。
「ただし条件が三つ。一つは、作り出す物質の細かな設定が必要な事。例えば、こん船は僕とアルを要に成り立っとるけど、構造は全く分かっとらん。せやから、作り出すんは無理なんよ」
つまり、銀の中に明確な構想がない限り、それを作り出す事は出来ない。
その物質の素材、形、色など、それら全てが無理なく組み合わさって初めて、第一条件を満たせるのだ。
「ほんで二つ目は、その物質を形成し続けるんにも力が必要な事。大きさや数によっても変わるんやけど、一度に複数を作り出すんは、流石にキツいんよ」
これもまたこの船と同じ原理である。
この船はその形を維持し続けるのに、微量ずつ全員から力を吸収しているのだ。
それがなければ、この船は形を失ってしまう。
その事はセシルも承知している。
「で、三つ目は単純。どんなに精密で詳細なデータがあったとしても、生命だけは絶対に作られへん」
植物や動物など、命ある物は作り出せない。
作り出せるのは無機物のみ。
セシルが銀の能力について説明を受けたのは、これが初めてだった。
「……生まれついての、能力だったの……?」
セシルがそう問うと、銀は肩を竦めて苦笑した。
「能力が覚醒したんは僕が十三の頃。……瑠色が連れてかれてからやった……」
ポツリ、とそう言った銀は、何処と無く哀しげに瞳を伏せた。
辛そうに眉根を寄せると、銀が言った。
「僕はな…人を殺してるんよ……」
その一言に、セシルは目を見開いた。
背筋を凍り付かせて、立ち尽くした。
そんなセシルを見て、銀は自嘲するように笑う。
乾いた笑みを浮かべながら、淡々と語られる悲惨な過去。
「生まれつき覚醒しとった瑠色は、反異能者団体の奴等に連れていかれて、再会出来たのはそれから三年後。僕がこの船で旅を始めた、一年後の事やってん」
当時の銀が十三歳という事は、瑠色は六歳だった事になる。
セシルはこの時ようやく、瑠色の表情が酷く乏しい理由が分かった。
六歳の幼い少女が、訳も分からぬまま家族と引き離されて、三年間を生きたのだ。
その恐怖は計り知れない。
「強制的に瑠色が連れていかれて、僕はかなり荒れてなぁ。……相当な人数の人間を、手に掛けたんよ……。この能力を使ってな……」
手に掛けたといっても、別に殺し回っていた訳ではない。
能力目的でやって来た組織の奴等から逃げる為に、殺した。
「ああ、この話。瑠色には言わんといてな。瑠色は瑠色で、色々抱えとるやろうしな」
かなりシリアスな話をしていたにも関わらず、銀は既にいつも通りの様子で笑っている。
『瑠色には言うな』というか、誰にも話す訳がない。……話せる訳がない。
瑠色が銀にも話さない”何か”を抱えているだろう事は、セシルも知っているから。
セシルがこの船に来て間もない頃、一度だけ見掛けた事がある。
当時まだ九歳だった瑠色が、真夜中のベランダで小さな身体を震わせていた事を。
そしてそんな瑠色を、まるで壊れ物のように、大切そうに、愛しそうに、けれど哀しげな瞳で抱き抱えていた銀の姿を。
今よりも五つも若かったセシル。
しかし幼いながらもその二人の纏う特有の雰囲気に息を飲んで見入った事を、五年経った今でも鮮明に覚えている。
銀は右、瑠色は左の耳にそれぞれ着けている、青味掛かった棒状の耳飾りは二人の絆を表しているのだと、改めて思ったのだ。
こんにちは。
【第一章】、読んでくださりありがとうございました。
銀の過去や能力にも触れましたが、いかがでしたか?
彼を気に入ってくださっている方がいらっしゃいましたら、是非教えてください!
完結後にも関わってくる”かも”しれません。
何はともあれ、次章も宜しくお願いします!!