【プロローグ】十五人の異能者
神が決意した《世界改創》。
そして十五人の少年少女達による《最後の審判》とは……!?
全ての物語は、ここから始まった……。
昔々。
誰も知らない、知る筈の無い、世界の始まり。
その昔、神様は一つの世界を作りました。
大地を築き、水を湧かせ、草木を生やし、生物を生みました。
穏やかな世界でした。
そこに生きる全ての生物が、幸せでした。
そして、幸せは終わりました。
それは進化によって。
知恵を持ったが故の代償。
人間が、世界を混沌へと追いやったのです。
それでも、神様は待ちました。
いつか必ず、元の世界に戻ると信じて。
しかし世界は、創造主たる神様の願いを叶えませんでした。
時代は過ぎ、技術の進歩によって、世界は壊れていきました。
そして人間達による大きな戦争。
第三次世界大戦と呼ばれた大厄災をきっかけに、神様は決心しました。
世界をもう一度作り直す、《世界改創》を行おうと。
けれど、神様は人間達に最後のチャンスを与えました。
異能を得た人間達による選択の結果に委ねられた、《最後の審判》。
消すか、残すか。
世界の命運を懸けた旅が、始まる。
* * *
音が聞こえる。
歯車が回るような、機械音。
その中に、声が混ざっている。
「おい、神楽ー。もう起きろよー」
布越しに肩を揺すられているのが分かる。
その感覚に、薄く目を開く。
すると先程までよりも一層音が耳に届くようになった。
しかし上体は起こさない。
まだ眠いのだ。
「神楽ぁ。またキリアに怒られるぞー?」
間延びした、やる気のない少年の声。
その声にではなく、言葉に反応して渋々身体を起こした。
「お、やっと起きた。おそよう、神楽」
目の前にはやや小柄な少年。
明るいオレンジ色の髪は暗がりの中でもよく見える。
「”おそよう”って何だよ、アル……」
欠伸混じりにそう抗議し、寝ていた少年ーー久遠神楽は黒くも見える赤髪を掻き上げた。
「お早くないから”遅よう”。もう昼だし」
「ああ……」
アルと呼ばれた少年ーーアレリス・コンバートは扉の方へ”浮いて”いき、扉を開ける。
突如放たれた強い光に、神楽は顔をしかめた。
アルは光の中へと進んでいくが、神楽はベッドに座り込んだまま立ち上がろうとしない。
「おーい、神楽ー。先行ってるぞー?」
「……ああ」
アルの声掛けに辛うじて答えると、神楽は重たい身体を持ち上げた。
窓を覆っていたカーテンを開くと、室内が一気に明るくなった。
身支度を整え、”コート”を羽織ると部屋を出る。
外に出ると陽はすっかり昇っていて、気温も暖かだった。
そんな中、神楽の家の外壁にもたれ掛かって立っている少女が目に留まった。
少女は神楽を見遣ると一瞬口元を綻ばせ、次いで眉を吊り上げた。
「神楽! ようやく起きましたね!?」
二つに結った長い髪と同じ黄色の丸い瞳をキッ、と吊り上げて少女ーーキリア・アウレシアは怒鳴った。
対して神楽は怯みもせず、答える。
「おはよう、キリア。今日も朝から怒ってるなぁ」
キリアの前に立ってヘラッと笑うと、彼女はまたも言ってくる。
「怒ってません! いつか貴方がクラゲになってしまわないかと心配しているんです!!」
「へぇ、堕落するとクラゲになるんだ?」
「あっ、馬鹿にしましたね!? 物理的にではなく、存在的にクラゲになるんです!!」
「良いじゃん、クラゲ。ずっと寝てても誰も怒らないだろうしなぁ」
「ちょっと!」
神楽がだらしのないことはキリアも”他のメンバー”も既に理解し切っているのだが、何故かキリアだけは口出しを止めない。
だから、この騒がしい光景は日常茶飯事なのだ。
神楽の家の扉から一歩も足を進めずに、キリアは神楽に怒っている。
無論、神楽はその大半を聞き流していたが。
「まったく、神楽は……。一体何時に寝ているのですか?」
「んー、昨日は……。七時?」
「……それ、まさか陽が昇った”七時”ではないですよね?」
「おお、よく分かったな、キリア」
「それ”昨日”じゃなくて”今朝”ですよ!?」
「だな。スゲェ眠かった」
「当たり前です!」
徐々に盛り上がっていくキリア。
彼女のこの声は一体どの辺りまで響いているのか……。
そろそろ疲れてきた神楽は話を切ろうとするが、それよりも早く、予期せぬ人物が割り込んできた。
「神楽、キリア」
突然の声掛けにキリアはビクリ、と肩を震わせた。
神楽は声の主を見遣り、言う。
「シルバートか」
そこに立っていたのは一人の青年。
青味掛かった白髪に片目を隠し、残る淡い水色の瞳を二人に向けている。
こう言っては何だが、同性の神楽から見てもかなり容姿が整っている、美青年だ。
その美青年、もといーーシルバート・ケインは、仲間内の最年長者の一人。
「食事の前に全員集まってってさ」
物腰柔らかな口調でシルバートがそう言うと、続いてキリアも声を上げる。
「そうです! その為にあたしはここまで来たんですよ!!」
と。まあ騒がしい。
「分かったって、キリア。ちょっと煩い」
「なっ!?」
再びキリアが怒鳴ろうとした所で、シルバートがそれを制する。
「まあまあ、抑えて。無意識の内に”能力”出しちゃったらどうすんのさ」
「そんなヘマしませんよ!」
「無意識で船壊してたら洒落になんねぇよなぁ」
”船”と、神楽は言った。
その言葉通り、三人が今居るのは船の中である。
とても巨大な、浮遊船。
しかしそれは、従来の船とは形状がかなり異なっていた。
半球体の地面の上に建物や草木が街のように並び、その中央には一際高い時計台。
そしてその真下、船の下部にまで伸びる巨大な歯車が重なり合っている。
「そんなにヤワじゃありませんってば!」
そう。
この浮遊船に居るのは十五人の少年少女。
その十五人全員が、《異能者》なのである。
それぞれの持つ《能力》は異なるが、一人で船を破壊する事が容易に出来るだけの力を保持しているのだ。
もっとも、そこまで出来る程の能力を使う事はそうないし、攻撃系でない者も少なからず居るのだが。
「この辺にしておこう、キリア。ほら、早く行こう? 皆待ってるから」
苦笑混じりのシルバートの一言に、キリアは渋々抗議の声を引っ込めた。
神楽も肩を竦め、そのままシルバートの意見に従った。
* * *
まるで地上の道のように草木が生えた道を暫く歩くと、大きな塔、もとい時計台が見えてくる。
時計台の真下にある大扉を開くと、すぐ目の前には左右に分かれた幅広の階段があり、その手前には洋館の玄関ホールを思わせる広々とした空間がある。
この時計台の下部は共有スペースとなっており、図書館や講堂などが並んでいる。
また、この講堂に集まって話す場合、内容は大体決まっている。
階段の脇下にる扉が講堂への入り口になっている。
厚手の扉を開けると、中には長テーブルがあり、その周りには見慣れた人員が椅子に腰掛けていた。
「お、やっと来たみたいやね。おはようさん、神楽」
「はよ、銀」
一番に声を掛けてきたのは銀髪の青年ーー江藤銀月。
軽々しい話し方をする人物だが、薄く開かれている淡い紫色の瞳の眼光は鋭い。
「神楽…寝癖付いてるよ……?」
そう言ったのは銀の隣に座っている少女。
髪色や瞳の色が銀と酷似している、銀の実妹ーー江藤瑠色だ。
兄妹でありながら話し方に差があるのは、若干複雑な二人の生い立ちのせい。
「マジ? まあ、良いよ」
「神楽は元々癖っ毛ですから、あんまり分からないですね」
「むしろよく分かったね、瑠色」
ニコッ、と微笑みながら話す水色長髪の少女ーーウォン・レイ。
そしてその後に話した紫掛かった黒髪の、若干表情が冷たい少女ーーリリルカ・センプティ。通称、リリ。
それぞれの好きなように、話は盛り上がっている。
「おい、全員揃ったなら早く座れよ」
やや不機嫌そうにそう言った黒髪の青年ーーゼクスト・リケイは、腕を組みながら眉を吊り上げている。
「リケイ君。そんなに怒る事もないですよ」
困ったようにそう言った桃色髪の少女ーー沢渡春。
「別に怒ってないだろう」
「言い方の問題でしょう、リケイ」
言い返したリケイに更に言葉を投げ掛けたのはリケイの正面に座っている青年ーー琴羽琉。
灰色の豊かな長髪を一つに束ねている、どこか儚げな雰囲気のある青年だ。
「僕を間に挟んで喧嘩をするのは止めてくれないかなぁ。それとも僕も何か話した方が良かったかい?」
そう口を挟んだのは一人の少女ーークルル・マーリン。
青味掛かった、顔の横だけ伸ばした癖の付いた黒髪。
正真正銘女子なのだが、”僕~”という一人称で話し、口調や態度も何処か少年めいたものを感じさせる。
「テーブルに肘を付くのは行儀が良いとは言えないわ、クルル」
不意に届いた言葉に、クルルは「はぁ~い」と返事をしながら頬杖を付いていた手をテーブルから下ろした。
鮮やかな青髪を右肩からリボンで束ね下ろした、気の強そうな少女ーーセシリア・レーネ。通称、セシル。
見た印象通り、、かなり気難しい性格の少女だ。
「相変わらず堅いなー、セシル」
「…………」
セシルが冷ややかな視線を送ったのは、先程神楽を起こしていた少年、アルだ。
しかし何も言わず、セシルはアルを無視した。
「うわ、無視されたー」
「アル、そろそろ喋るの止めようか。咲夜が話したそうにしてるし」
そう言ってアルを諌めたのは、ずっと黙っていた青年ーー霧ヶ峰紫雲。
無造作に跳ねた黄に近いベージュの髪に、シルバートにも劣らない整った顔立ちをしている。
紫雲の言葉に口を閉ざすと、アルは長テーブルの奥に座る青年に目を向けた。
視線の先には緑髪の、エメラルドのような緑色の瞳で微笑みながら一同を眺めている青年ーー服部咲夜が居る。
「ありがとう、紫雲。それじゃ言うけど、近々地上に降りる事はもう伝えてあったよね? その事で皆の耳に入れておこうかと思う事がある」
微笑んでいた咲夜の表情がスッ、と引き締まった。
そしてそれを、全員が感じ取っている。
「近頃、人間達による反異能者思想が拡大していると”神様”から報せがあった。同時に、国同士の対立も激化しつつあるそうだ。そしてそれは、今回降りる土地も例外ではない」
”神様”。
それはこの世界を創造し、生命を生み出した《創成神》の事。
そしてここに居る十五人を集めた張本人だ。
また、神は今現在も、何処かから世界を見ているのだという。
十五人は度々報される報告や導きに従い、与えられた《指命》を全うすべく、旅をしている。
「今一度確認するよ。僕達の《指命》は世界を作り直すかどうかを定める《最後の審判》だ。だから僕達は世界中を見て回り、そして決める。だから、人間との対立は極力避けてくれ。頼む」
三一一二年に、世界は一度滅びた。
それは人間同士による大戦争。熱核戦争と化し、後に第三次世界大戦と呼ばれた大厄災によって。
二十年間に亘る大戦争の被害は大きく、それは天変地異をも引き起こした。
世界の人口は激減し、戦前の十分の一にまで減少。
また、天変地異の影響として、低地は海の底へと沈み、かつて日本と呼ばれていた国も島の殆どが沈没し、残ったのは北海道と本州のみ。
しかも面積はかなり削られてしまった。
その上、正体不明の《赤い雨》が大地を濡らし、人々は混乱。
そして神はそんな世界を嘆き、世界を一から作り直す《世界改創》を決意した。
しかし数々の進化を遂げて生き延びてきた人間達に最後の慈悲を神は与えた。
《赤い雨》が降り始めてから誕生し始めた特異な人類、《異能者》。
その中でも一握りの、正常な精神レベルを有した異能者を集め、その者達に《最後の審判》を任せたのだ。
その異能者が、彼等彼女等十五人。
神は重役を押し付けた彼等のせめてもの移動手段として、この浮遊船を与えた。
銀とアルの能力、《想造》と《重力》を要に作り上げられた浮遊船。
けれどその形を維持するのに、他十三人の力も微量ずつ吸収し、動力としている。
また、船内にあるあらゆるものは、誰かの能力が源となっているのだ。
「咲夜は心配性だなぁ。大丈夫っしょ。皆ガキじゃないんだし?」
重くなった空気の中、呑気な声を発したのはアルだった。
一同の視線が彼に集まる。
そしてアルに同調するように、銀が言う。
「まあ、咲君の言いたい事も分かるけど、アルの言う通りやと僕も思うなぁ」
へらへらと笑う銀に続き、クルルも言った。
「僕も二人の意見に同意するよ。ここで悩んでも、何も変わらないしね」
声には出さずとも、全員がそう思っていた。
それを代弁するように、最後にウォンも続く。
「大丈夫でしょう、咲夜。皆分かってます」
ウォンの一言に微笑むと、咲夜は強く頷き、ミーティングはお開きとなった。
* * *
「ふぁ…あ……」
大きな欠伸を一つして、上体を反らす。
未だ覚め切らない目を擦りながら、神楽は言う。
「今度は何処に行くのかねぇ……」
船の中とはとても思えない街並みの、湖沿いの道を歩きながら、そう呟いた。
すると神楽の隣を歩いているキリアも、言う。
「さあ、どうなんでしょう。私達が向かう場所は神様の報せを元に咲夜達が決めていますからね……」
”達”と言ったのは、咲夜とウォン、時折シルバートや銀、クルルも参加している為だ。
咲夜が基本リーダーの役目をしており、関係上必然とウォンがその補佐。
他三人は知識提供をしている。
「今晩ウォンに訊いてみますね」
ニコッ、と微笑むキリアを見て、神楽はハタ、と気付く。
「ああ、そう言えばキリアはウォンと同じ家なんだっけ」
「はい。神楽は一人なんでしたよね?」
「ん? ああ、まあな」
この船は一つの街のようになっている。
三階構造になっているこの船は、旅の開始時に神から与えられたものだ。
一階にあるのは時計台と、船の上部にあるクリスタルから流れ出る滝と、その下にある巨大な湖。
それらを取り囲むように、まばらに建物がある。
その建物の内の一つ。
湖の上に建ったペンションのような建物を皆の共有スペースとしており、食事はそこで摂っている。
そこの近くには湯屋もあるという。
時計台の中にある階段を上るか、外にいくつかある長い階段を上り切ると二階に辿り着く。
緑豊かなその場所には川が流れ、草木に囲まれた道を行くと建物がある。
等間隔に建つ家々と一階の建物を、それぞれの家としている。
不規則的に乗員が増えていく為、キリア達のように共同で住んでいる者も居る。
もっとも、神楽のように一人で住んでいるものが大半だが。
そして三階は至る所に水路があり、言わば農園になっている。
一、二階に比べても日当たりが良いのがこの階の最大の特徴だ。
果物園と畑が並んでおり、食材として全員で世話している。
二人が今歩いているのは一階の道。
向かっているのは主にキリア達女子陣が世話している庭園だ。
「色鮮やかな可愛らしい花がとても綺麗なんですよ」
嬉々として話すキリアは、若干足早に庭園を目指す。
対して神楽はのんびりとキリアの後を追っている。
「ホント、キリアは花好きだよなぁ」
苦笑混じりにそう言うと、キリアは少し残念そうに微笑む。
「はい。……男性は、花に興味ないですよね……」
寂しそうに眉を垂らすキリア。
彼女の言葉に、神楽は言う。
「ん? 嫌いじゃないけど?」
するとキリアは意外そうに、軽く目を見開いた。
「そうなんですか? じゃあ、好きな花とかは?」
訊いてくるキリアに、神楽は小首を傾げて宙を見た。
好きな、花。
そう考えて思い付くものが、一つだけある。
「……椿」
小さくそう答えると、キリアはまたも意外そうに首を傾げた。
「ツバキ? 何か理由が?」
理由は、ある。
鮮明に思い出せる、記憶の中に。
「……故郷の、家の周りに咲いてたんだ。赤と白の、綺麗なのが」
「あ……。そう、でしたか……」
キリアが狼狽えて、何処と無く気まずそうにした理由は分かっている。
この船に居る全員は、”必要以上の詮索をしない”という暗黙の了解の下に、今の関係性が成り立っている。
別に知ってはいけない訳ではないのだが、皆知ろうとはしない。
相手も自分と同じ異能者で、それ故に、平穏な過去を持っていないと察しているから。
だからキリアは神楽の過去を知らないし、神楽もキリアの過去を知らない。
むしろ知り合っている者達、咲夜とウォンなどの方が稀有なのだ。
実の兄妹である銀と瑠色ですら、”離れていた”間の事を伝え合っているのかは定かではない。
「……今度降りる土地にも咲いてると良いな、花」
柔らかく微笑んで、神楽がそう言った。
キリアはパッ、と顔を上げて、
「あっ、じゃあ、一緒に行きませんか?」
と、遠慮がちにそう訊いてくる。
神楽としては、別に誰と行動しても構わない所だ。
「ん、良いよ。じゃあ花探しでもするか?」
「はい!」
その後、嬉しそうに足を進めるキリアと共に庭園を訪れた。
気温調整された船内の花はとても鮮やかで、綺麗だった。
はじめまして、こんにちは、巫ホタルです。
おかしな挨拶になってしまいましたが、私は当サイトに既に(まだ未完結ですが)一作投稿させて頂いております。
ですので、そちらでお会いしている方にはこんにちは。
今作が初対面の方にははじめましてと思いこのような挨拶になりました( ̄▽ ̄;)
『世界改創』はどちらかというと恋愛要素が多めの作品になると思うので、その辺りも是非楽しんでいただけたらなと思っております。
また、銀の話す京言葉に間違いなどがございましたらレビューなどから教えてくださるとありがたいです。
長々と失礼しましたが、どうぞ宜しくお願いします!!