僕には1年ぶり、でも君にとっては1日ぶり。
あの事件から1年が経ったが、未だ事件解決には至っていない。
彼らの死をどこか受け止めているロランに対し、なぜか疑いを持つブルーベル。
そして、事件現場で、とんでもない事が起きる。
女が消えた後、すぐに教師たちが起き上り、集まり事情を話したが、結局その女の手がかりは掴めなかった。
絵が得意なロランは、女の似顔絵を描き、それは学園中、国の機関にも配布されたが、彼女に関する情報は一切なく、完全に手詰まりになってしまった。
そんな事件の中、アルファ達の葬儀は行われ、彼らはそれぞれの故郷に帰っていった。
それ以来、学園の空気は、すっかり変わってしまった。
皆が何かに怯え、ひっそりと暮らすようになってしまった。
誰もがあの事件を忘れ、風化させることを望んだが、誰も忘れることが出来なかった。
そして、今日。
あの事件から、遂に一年が経ってしまった。
「あれから、一年か」
ロランは、あの夜と同じように、中庭にあるベンチに腰掛け、思わず呟いた。
あの日、アルファの学生たちが死亡したため、ノーマルクラスの学生たちや、講師たち、これまでの卒業生たちなどが、彼らが担っていた任務に就かなければならなかった。
ロランたちノーマルクラスの学生たちは、急きょカリキュラムを変更、詰め込み式の授業が行われ、つい昨日、卒業式が行われた。
卒業さえさせれば、彼らはこれ以上、学園に関わらなくても済む。
これは、学生の父兄からの依頼でもあった。
恐らく彼らは、今後、地元からの小規模の魔獣退治をしながら、息を潜める様に普通の人間の影に隠れて生きていくだろう。
積極的に魔獣退治や魔力の強い場所への探索を行うと、最後にはどういった結果が待っているか。アルファたちの死を見て、彼らは感づいてしまったのだ。
しかし、ほとんどの学生たちが学園を去ったが、ロランとブルーベルは、故郷に帰ることを許されなかった。
なぜなら、あの事件については、一切口外してはならず、親族からの追及をされるであろう2人には、学園に留まるように、命令が下された。
実際に、アーサーとエルシーの親族は死亡を認めておらず、行方不明扱いにしている。
「まったく、手紙すら検閲されるもんな……」
身内のブルーベルはもちろん、親を通してエルシーの家族に情報を漏らされる恐れがあるとして、あの事件以降、実家に戻ることが出来ず、家族との面会すら禁止されていた。
明日からは、依頼をこなしながら、2人の遺体探しをしなくてはいけない。
魔術師は死ぬと、心臓が宝石に変化する。
それはルースと呼ばれ、普通の人間でも魔術を使うことを可能にできるものである。
魔獣の心臓も同じようにルースになるが威力がまるで違い、魔力を使い切ったあとのルースの価値も違う。由緒正しい貴族の家などに伝わる装飾品を飾っているのは、大抵は魔術師のルースだ。
特に若くして、亡くなった才能のある魔術師から得られるルースは、非常に美しく、魔力の持続性も高いため、コレクターの間では、非合法で高値で取引が、されている。
エルシーはもちろん、アーサーもノーマルクラスではトップクラスの成績を誇っていた優秀な学生だったため、当然この2人のルースの価値は高く、一刻も早く、遺体の確保をしなくてはいけないのだ。
ロランが見たあの女性は、指輪、腕輪その他の身に着けていた装飾品全てが、ルースでびっしりと飾られていた。
魔力の気配を感じなかったので、只の人間であるはずだが、あれほどの量のルースを持っているのは、よほどの金持ちで、魔術師と親交の深い一族に関わりのある人物となる。
しかし、どんなに捜索しても該当する人物も、2人の遺体も発見されなかった。
一年経っても、何も成果がなく、教官たちはロランの描いた似顔絵に疑問を持ち始めた。
先ほど、教師たちに呼ばれて、問い詰められてしまった。
暗い礼拝堂で、親しい人間が亡くなったという異常な状態で、はっきり人の顔を確認できるものだろうかと。
「間違えるわけないだろ…」
そんな疑いを向けられ、ロランは怒りを覚えた。
「ロラン!」
振り返ると、ブルーベルがこちらに向かってきた。
長い髪を少し編み込みにした、可愛らしい少女だが、一年前に比べると、ぐっと大人っぽくなった印象がある。ブルーベルは年子の兄と同い年の15歳になっていた。彼女はロランの隣に腰を掛けた。
「ロラン、先生たちに何か言われたの?」
「ああ。俺の似顔絵は、本当に正しいのかって。正しいに決まってるだろ。俺のスケッチ力すごいんだぞ。無駄に」
昔から絵を描くのは、自他ともに一品だと思う。
得意であって、好きとは違うのだが。
「私はロランの絵は間違っていないと思う。あの女の人、絶対に見つかるわ」
ブルーベルはそう言って、ロランを励ました。
「ありがとう。確かにあの女だった。絶対に、アーサーさんたちを取り戻さないと」
「ねえ、ロラン。本当に兄さんは、死んでいたの?」
「え?」
ブルーベルの言葉に、ロランはぎょっとした。
あの時、自分もブルーベルも、アーサーの死亡を確認しているし、同じ状況で亡くなった学生たちの葬儀は終わっている。どこに疑う余地があるのだろうか。
「なんで、そんな事言うの?」
「うん。分かっている。私も兄さんの死は確認した。でもね。もしも、もしもだよ。兄さんが息を吹き返して、自力でどこかに逃げたとしたら、見つからないよね?」
「……確かに、そうだけど。生き返ったら、学園か実家に戻っているはずだろ?」
「何か、事情があって戻れないとか……」
ロランは、少し熱を持って話すブルーベルが、可哀想に思えた。
やはり、兄の死を受け入れられないのだろうか。
「ごめん。変な事言ったね。そうだよね、死んだ人間が生き返るわけないもんね」
黙りこくってしまったロランに気が付き、ブルーベルは慌てて否定する。
「いや、変じゃないよ……。家族なんだから、当たり前だ」
「ありがとう」
ロランの言葉を聞いて、ブルーベルは、柔らかく笑った。
その笑顔にロランは、胸が熱くなった。
この一年間、ブルーベルとの距離はどんどん縮まっていった。ずっと思っていた初恋が、どんどん実りそうになっている。
友達以上にはなっている自信はあるが、それ以上になかなか進めることができない。
アーサーを見つけよう。
もしかしたら、ルースとなった心臓以外は、どこかに埋められているかもしれない。彼を見つけて、手厚く葬ろう。
そして、前に進もう。ブルーベルと一緒に。
そう思った時だった。
一人の眼鏡を掛けた少年が、疲れた様子で、中庭に入ってきた。
「あれ、ライト、どうしたんだ?」
ロランの呼びかけにその少年、ライト・ミナモトは、振り向いた。
彼は、一年前の事件の際、骨折していたため、課外授業を欠席になったアルファ唯一の生き残りだ。事件の後、捜索に最も精力的に参加しており、ロランとも徐々に親しくなっていったのだ。
あんなに嫌なヤツと思っていたライトだが、実際に話してみると、かなり気さくで、亡くなった者たちの近しい人物という共通点もあり、ロランにとっては、親友とも呼べる仲になっていた。
「どうしたんだ?」
「今、先生たちを首都に転送魔法で送る手伝いを、してきたんだ。疲れた……。
アルファの親御さんたちのところに行って、首都にある教会で今夜、夜通しで祈るそうだよ」
そう、今日はあの事件が起きた日。
アルファたちの命日だ。
彼らの家族は未だ、あの悲劇に対する説明が不足していると、抗議しているという。死亡した場所すら教えてもらえないのだから、当たり前だろう。
「一緒に祈るっていっても、きっと質問攻めに合うだろうけどな。ライトは行かなくていいのか?」
「行かないじゃなくて、行かせてもらえないんだ。……友達の一周忌にすら、参加させてもらえないなんて。いくら学園の情報を漏らすことは、厳禁とはいえ、ひどすぎる……」
ライトはそう言うと、顔を伏せた。
「そうだ。なあ、先生たちもいないことだし。俺たちだけで、あの事件があったスミュルナの森に行ってみないか?」
「私たちだけで?」
突然のロランの発案にブルーベルとライトは驚く。
「アルファたちとは、そんなに関わっていたわけじゃないけど。一緒に入学した縁もあるし。彼らの為に祈るんだったら、やっぱりあの場所がいいと思うんだ。どうだ?ライト」
「うん。僕も行きたい。一緒に行ってくれ」
よしっとロランは、頷くと、3人は中庭を抜け、本館に向かった。地下室に続く階段を抜けると、目当ての扉に向かった。
『未使用』と書かれている金属製の重い扉を開くと、中には、赤い光を帯びた魔法陣が描かれていた。
これは、少人数の移動用に使われる転送用魔法陣で、常に稼働されているが、一度行った場所でなければ行けない、5人以上は移動が難しい、一度使うと、3時間は使用出来ないなど、色々制約があるものだった。
「いいの?勝手に使って」
「バレなきゃ平気。平気」
ロランは、ブルーベルを制し、魔法陣に移動先を記入しようとした。
「あれ?あのスミュルナの森の名前が書かれている」
いつもは空白のはずが、しっかりと移動先が記入されていた。部屋に入る時、看板は使用中になっていなかったはずだ。魔法陣に加えられていたその文字が、ふっと消えた。
「誰かが、あのスミュルナの森に既に行っている。しかも3時間前に。たった今、使用可能になった」
「……とりあえず、行きましょう。先に行った人たちがいても、彼らも無断で使っているはずよ」
「そうだな。よし」
ロランは、歌を歌うように、スミュルナの森の名前を指で書いた。その文字は、金色に光り、形を歪め、魔法陣の一部になった。
3人は、魔法陣の中に、走り込む。
瞬間、目を覆うほどの光が、部屋を包み込む。
ロランは、思わず目を閉じた。
そして、光が止んだと思い、恐る恐る目を開くと、一面の深緑が飛び込んできた。
「……ここは、あのスミュルナの森か……」
「現場の洞窟からは、結構離れているみたいね」
辺りをキョロキョロ見回してみる。確かあの洞窟は、山の方だったはずだ。
「急ごう。あまり時間はかけない方がいい」
まだ真昼だというのに、森の中は木々が生い茂っているため、薄暗い。
3人は、磁石を持ち足早にスミュルナの森の中を歩いていった。
洞窟の入り口は、確か小さな石碑が置かれているはずだ。そこの前で祈る予定だ。
思っていたよりも、距離はあるようだ。どれくらい歩いただろう。
「花束ぐらい、持ってこればよかったなあ」
「仕方ないわよ。急だったし。また、日を改めて……」
「ロラン、ブルーベル、止まって」
ライトが二人を制する。
「どうした?」
小声で尋ねると、ライトは魔術を発動できるように、少し構える。
そして、後ろをゆっくり振り向き、一際大きな木を睨み付けた。
「誰だ?ずっと付けてきてるな。出てこい」
ロランとブルーベルも、慌てて構えるが、相手は出てくる様子はない。
「出てこないなら、こちらから行くぞ」
ライトが、一歩踏み出した時だった。
ガサリと音を立てて、一人の人物が、大木の影から出てきた。
真っ黒いフードを被ったマントを付けた人物だった。
その人物は、ゆっくりとこちらに近づいてきた。
「ロラン……ブルーベル?なのか?」
「……?誰だ?」
あまりにも暗く、静かな声だ。
その人物は、ゆっくりとフードを取り、顔を上げた。
その顔を見たブルーベルは、小さく悲鳴を上げる。
「そんな!なんで!」
ライトは思わず眼鏡を抑えて、目を白黒させる。
「やあ、ロラン。俺だよ、分かる?」
その人物はひどくぎこちなく、笑った。
驚いて、上手く声が出ない。
懐かしい、探し求めていた人だ。
「アーサー……さん?」
間違いない。
青い眼、青い髪、少女のような顔立ち。
一年前に死んだアーサー・エンドレスエンドだ。
「アーサーさん?アーサーさん、生きていたんですね!よかった。よかった!」
思わず涙ぐんでしまい、アーサーの両肩を掴んだ。
「アーサーさん、今まで、どこで……」
そう言った時だった。
まだ、作り笑いをしているアーサーには、何か違和感がある。
彼の肩に手を掛けて、分かった。
アーサーさん、俺より背が低くなっている?
そして、アーサーの右手を掴み、親指を見る。
そこには、まだ傷が塞がりかかっている小さな傷があった。
これは、あの夜、出発する時に付けた傷だ。一年も経っているのに、それは出来て間もないというのが、よく分かる。
「え……?」
まるで、これじゃ、あの日から一切、時が経っていないようだ。
「アーサーさん?あの……」
「兄さん、兄さん。よかった。私、信じてた。兄さんは絶対にどこかで生きているって。あの時は、仮死状態かなにかだったのね。本当によかった」
ブルーベルが、泣きながら、アーサーに駆け寄ってきた。
「ブルーベル、心配かけてごめんな……」
「いいのよ。兄さんが帰ってきたのなら。さあ、一緒に学園に帰りましょう……」
しかし、アーサーは、顔を俯いたまま、返事をしない。
ひどく疲れた様子で、コートが重いのか、ゆっくりと外した。
下には、クラシカルな喪服を着ている。
誰の死に対して、喪に服しているのだろう。
「アーサーさん?」
アーサーは、縋るような目でロランに迫った。
「俺は、あの洞窟で死んだのか?」
「あ…それは…でも、今はこうやって…」
「教えてくれ!本当に、俺は一度死んでいたのか?」
今までに聞いたことのない必死な声だった。
「…はい。死亡は、俺とブルーベルが確認しています」
その言葉に、アーサーは顔を真っ青にした。体を震わせ、目は焦点が合わなくなっている。
「アーサーさん?」
「本当だったんだ。アイツの話は……」
そう言うと、アーサーは顔を俯かせた。
「あの、エンドレスエンド先輩。僕は、アルファのライト・ミナモトです。あなたと一緒だったはずの、エルシー・ワンダーランドは、どこにいますか?」
ライトは仲間のエルシーの行方を尋ねる。すると顔を上げずにアーサーは答えた。
「……ワンダーランドは、さっきまで一緒だった。どうしても、仲間たちの死を確認したいっていって、石碑を一緒に確認したんだけど……。ショックが大きかったみたいで、一人にしてほしいって言われた。……まだ、その場所にいるはずだ」
だから喪服を着ているのか。
「じゃあ、皆で迎えに行きましょう!」
ロランが、そう言った瞬間だった。
ドゥン!
当然、爆発音が鳴り響いた。
大きくはないが、かなり近い。
洞窟の方からだと分かった瞬間。
淡い金色が目の前に飛び込んできた。
それは、クラシカルな可憐な喪服に身を包んだ人物で、セミロングの金髪を、黒のリボン付きカチューシャで飾っている。
アルファの学生で、ロランの幼馴染、エルシーだった。
「エルシー!」
ロランに気が付いた彼女は、目に涙を浮かべた。
「ロラン、助けて……。私、殺される……」
「殺される?なんで」
突然の言葉に、ロランは混乱する。ただでさえ、死んだはずの彼女が、目の前にいることに驚いているのに。
「ワンダーランド、逃げるぞ!」
しかし、エルシーが何かを言う前に、アーサーが、彼女の手を掴み、森の中を走り出す。
「ま、待ってください!アーサーさん!」
後を追うとした時、ロランたちの前に、また別の人物たちが走り込んできた。
アーサーの同級生であった、ジュリオとジャンヌだ。
「!?ロラン、なんでこんな所に!」
「それは、こっちのセリフですよ、二人こそ、何やってるんですか?」
「俺たちは……」
「ジュリオ、あっちよ!」
二人の姿を見つけたジャンヌに急かされ、ジュリオは、慌てて別方向に走ろうとするが。
「待ってください!誰を追っているんですか!」
ロランは、二人の前に立ちはだかる。
「どけ!お前に関係ない!」
「エルシーですか?」
そう尋ねると、ジュリオは顔を歪ませる。
そして、それが答えだった。
「いいから、どけ!」
「アーサーさんに、会いました。あなた方、さっきの爆発は、なんだったんですか!」
「……アーサー・エンドレスエンドとエルシー・ワンダーランドには、見つけ次第、捕獲、または、殺害しろと命令が下っている」
ジュリオは、ロランを突き飛ばすと、森の中を走って行った。
「ジュリオ!私に任せて!」
ジャンヌは、魔力を集め、ブーメランのような剣を作り上げると、それを2人に向かって投げつけた。
「先輩、伏せて!」
後ろからの攻撃に気づいたエルシーは、アーサーの背中を掴み、地面に倒れ込ませた直後。
投げつけられた剣は、二人が逃げようとしていた先の木に当たり、木を横真っ二つにした。
「……本気か……」
後ろを振り向くと、ジャンヌが二撃目を与えようとしているのが見え、二人は立ち上がり、方向を変え走り出す。
しかし、そこで足が止まった。
「そこまでだ」
二人の前に一人の男性が立っていた。
「コリオラン教官……」
そこには、魔術学園の若き教官、コリオランが二人の前に立ちはだかる。
「どうして、教官がここに?」
「悪いな。ワンダーランド、そしてエンドレスエンド。お前たち二人には、ここで死んでもらう」
二人の後ろには、ジュリオとジャンヌが、追いついていた。
「どうして、俺たちが!?」
「……お前たちは、誰に何の目的によって、甦らされた?分かっているだろう。その身がどれだけ、危険な物になっているか……。捕獲は、甘い」
エルシーの手が震え、それがアーサーに伝わる。
年上だからか、男だからか、アーサーは、彼女を守らなくてはいけないと思ったのだろう。
「……俺は、どうなっても構いません。でも、ワンダーランドは、助けてやってください。何か、方法があるはずです」
アーサーの突然の申し出に、皆が驚く。
「なぜだ?」
「彼女は、これまで十分すぎるほど、魔術師として活躍しました。その功績を考えれば、助ける価値は、あると思います。……俺と違って彼女は、英雄なんです」
「悪いな。なら、一層ここで死ぬべきだ。人々の迷惑になって、生き恥を晒すのは、可哀想だろう」
コリオラン教官が、杖を二人に向け、エルシーは、アーサーを庇うように前に出た。
「エンドレスエンド先輩……やっぱり無理だよ、私たち、生きてちゃいけない……。ごめんなさい。私のせいで、先輩が死んだのは、私の……」
「違う、君は悪くない。なんでそんな事言うんだ?」
「だって、さっき石碑の前にいたら先輩の友達が……」
ロランは、ジュリオを睨む。アーサーも彼に視線を投げるが、ジュリオはそれを逸らすだけだ。
「お話は済んだか?……これで、終わりだ」
コリオラン教官が、杖に力を込め、ジュリオとジャンヌも、それに倣い、喪服の二人に狙いを定める。
「やめろ!」
ロランが二人を守ろうと、飛び出した。
瞬間。
森の中に一陣の風が吹き込んだ。
コリオラン教官、続いてジュリオとジャンヌが、突風に飛ばされ、木々に叩きつけられる。
ゴオゥと、獣のような風音が鳴り、ロランの髪が風に靡き、木の葉に叩きつけられる。
すると、風は嘘のように止まり、森には、静寂だけが残った。
ロランの目の前には、どこから現れたのか、風で靡いていたマントに覆われた、一人の喪服姿の青年だった。
漆黒の髪と瞳、整った顔立ちは、舞台俳優のようで、その立ち姿は美しく、ロランが今まで見てきたどの人間よりも、美しかった。
いや、正確に言うと、この青年の顔には、見覚えがあった。
エリオット・ファントム。
彼を知らない魔術師はいない。
若くして亡くなった、天才魔術師。
そのエリオットが、ロランの前に立っていた。
「エリオット・ファントム?」
思わず、その名前が口から出てしまった。
「そうだけれど。君は?」
突然、名前を聞かれ、ロランは、驚く。
「君は俺の事を知っているみたいだけれど、俺は知らないから。もしかして、君がロラン?」
「は、はい。ロラン・シャンバラと申します。アーサーさんの後輩で、エルシーの幼馴染です」
あまりにも気さくな様子で尋ねられたので、思わず、大きな声で、答えてしまった。
「二人から話は聞いているよ。よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
エリオットが、手を差し出したので、それに応え握手をする。
手のひらから、筋肉の付き方を感じた。恐らく鍛えられた肉体の持ち主なのだろう。
「もっと話したいけれど、あいにく時間がない。二人を連れて帰ってこいって、コゼットから言われていてね」
「コゼット?」
「たぶん、君は会ったことがあると思う。一年前、アーサーとエルシーを浚った女性だ」
そう言うと、エリオットは首から懐中時計を取り出す。
よく見ると、それは日時計で、針がどのようになっているのか分からない。あれで時が読めるのだろうか。
「さあ、二人とも戻るぞ。時間がない」
そう言った瞬間、エリオットの足元に魔法陣が展開され、アーサーとエルシーの体を光らす。
「アーサーさん、エルシー!」
「ロラン!」
ロランがアーサーに手を伸ばすも、それは魔法陣に憚れ、届かない。
光が充満し、一度激しく光ると、三人の姿はどこにもなかった。
「……くそ……」
コリオラン教官が、呻きながら立ち上がる。
「生きていた?いや……蘇った?」
そう、アーサーもエルシーも、一年前と一切姿が変わっていない。
特にアーサーの傷は、数日もすれば消えてしまうはずなのに、付けたばかりのようだった。
まるで、今日まで死んでいて、つい先ほど、生き返ったような。
そんな、様子だった。
「あは、ははは」
突然、ブルーベルが笑い出した。
「生きてた……。兄さん、生きていたわ。また、会えた。こんな嬉しいことってないわ!」
ブルーベルは、あまりの嬉しさにその場にしゃがみこんでしまった。