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第一話

 

 魔術師と呼ばれる魔力を持つ人間の存在は遠い昔から、確認はされていた。

彼らは長い歴史の中で、差別されているのが常で、人間扱いをされることはほぼなく、存在自体は遠い昔から確認されていたものの、彼らについての詳しい事は、記されていない。

血筋ではなく、一定の周期で無差別に生まれる彼らは、それでも自分たちの権利のために、そして次世代の魔術師の境遇改善のために、人々と溶け込む努力を惜しまなかった。

 時には、独裁者の用心棒になり、暗殺者として生き、魔物たちが襲ってきた時に自分の命を犠牲にして人々を守り、地道に、しかし確実に魔術師たちは、人々と溶け込んでいった。

 その努力が実り、子供の魔術師を養成するメリメ学園が創設され、卒業した魔術師たちは社会で人々のために活躍するようになった。


 その学園が出来上がって39年。

彼、ロラン・シャンバラが9歳で学園に入学して、5年が経っていた。

トーメント共和国のとある山奥にある古く、立派な建物は、かつて王族の城であり、今では魔術師の才能を持った子供たちの養成機関、メリメ学園となっていた。

その日、ロランは講堂で全生徒たちと一緒に、ある講義を受けていた。

講義の内容は、この学園の歴史において、絶対に外せない人物たちについての講義だった。

 あまり歴史の授業が好きではないロランは、とりあえずノートに現れた人物の顔を描くことにした。

 教官の前にある魔法陣から、いくつもの帯状の光が伸び、そこに人物の映像が現れた。

「まず、学園を創設にあたり、副学長を務めた、ルーナ・トラヴァトーレについて。ご存じの通り、長い間、この学園は、表向きは特別な子供用の孤児院という形をとっていたが、子供たちによりよい魔術の知識を与えたいということで、彼が迎えられた。我々魔術師は、基本的には血筋に関係なく生まれる。しかし、トロヴァトーレ一族は魔術師の血縁者同士の結婚を積極的に行い、全員が魔術師というファミリーを作り上げることに成功した。 彼がこの学園に着任した時は、既に60歳を超えていた。トラヴァトーレ一族は呪術一族として、依頼を受け、それを生計にしていたが、それが恨みと恐怖を生み出し、都市国家キリアヴァルにて、家族を殺害されている。彼は、17歳で死亡した孫娘アゼリア・トロヴァトーレの遺体捜索と引き換えに、学園に匿われた。」

 映っていた映像が、老父と、一人の少女の姿に切り替わった。

長い赤い髪を二つに縛り、気の強そうな赤い瞳を持った少女を、ロランはサラサラと素早く描いた。

「ルーナ・トラヴァトーレ氏が死亡を見届けたのが、オスカー・カンサド。昨年辞められた前理事長である。彼ら2人により、多くの優秀な魔術師たちが育成された。魔術師たちを災害や魔獣退治に派遣させ、人々との信頼関係を作り上げていった。そのなかで、最も才能があった人物が、オズ・カンサドだ。」

 前理事長の若いころの姿が映った後、一人の少年が映った。あどけなさを残した上品な顔立ちで、生き生きとした表情と緑色の髪と瞳をしている。

「当時、魔術師というと警戒する者たちも多かったため、オズは自分の魔術で作り上げる武器、シャドウを、ただの武器で自分はこれを扱って戦う、道具がなければ魔術師など人間よりずっと弱い存在だと嘘をつき、相手を安心させた。これにより、それまで杖の形が主だったシャドウを剣や槍、果てはオズがよく使う銃剣など多種多様な形が取られるようになった。オズの活躍により、魔術師は活躍の場を広げていった。

 しかし、オズは17歳でこの世を去る。依頼を受け、単独で向かったものの、反魔術師派の総攻撃に逢い、死亡。未だ死体は確認されていない。」

 講堂の空気が張り詰めらえた。反魔術師派が無くなったわけではない。オズの事件は決して過去の事ではないのだ。

「そして、ついに、あの天才が現れた」

 それまでの空気は一変、学生たちから、小さい歓声が漏れた。

映像に一人の青年が映し出された。

艶やかな黒髪、澄んだ黒い瞳、鼻筋高く整った顔立ち、すらりと高い背、精悍な肉体、大人と少年の中間の瑞々しさを湛えている。

 この美しい青年の姿を、知らない魔術師はまずいない。

「エリオット・ファントム。記録に残っている魔術師のなかで最も才能があったにも関わらず、わずか18歳で亡くなった悲劇の魔術師。彼は、オズの事件以来、魔術師の派遣を控えていた理事長の心配を覆すほどの才能で活躍し、その美貌は魔術師に懐疑的だった人々の心を掴み、それまで得体の知れない化け物というイメージを覆すことに成功し、スター的な人気もあった。しかし、19年前。派遣先で熱病に罹り入院したが、死亡。遺体は、病院から運ばれる際、何者かによって、奪われている」

 そこで、映像は消えた。

「さて、誰かに、これらの話を聞いて、自分なりの感想を述べてもらいたい。誰かいいか…」

 教官は、ぐるりと講堂を見渡す。

「ロラン・シャンバラ。君に答えてほしい」

 突然、名前を呼ばれ、ロランは驚いて目を開く。

まさか、自分が呼ばれるとは。自分のレポートを見てみるものの、そこには、若くして亡くなった魔術師たちの姿しか描かれていない。

 とりあえず返事をし、立ち上がる。

「僕が思うには、魔術師たちのこれまでの歩みが大変なものだったということと、先ほど亡くなった若い魔術師たちが…その、美形が多いなと思いました」

 教官を挟んだ半円側に座っていた右腕を吊っている眼鏡を掛けた少年が、ぷっと吹き出す。

それを隣に座っていた金色の髪と瞳をした少女が恐ろしい顔つきで、睨み付けた。

「ありがとう。座っていい。ロランの言う通り、確かに彼らは、美貌の持ち主だ。若く美しい有能な魔術師の死体を集める、そういう変態もいるかもしれない。だか、忘れないでほしい。我々、魔術師が死んだ後、その遺体がどうなるのかということを。さあ、講義はこれで終了だ。来週までにレポートをそれぞれ提出するように」

 暗かった講堂が、一気に明るくなり、学生たちは続々と席を離れる。

「大変だったわね。ロラン」

 隣に座っていた少女、ブルーベル・エンドレスエンドが、声を掛けてくれた。

空色の柔らかな髪をゆるく結い、儚げな雰囲気をした可愛らしいこの少女は、入学してからロランの想い人となっている。

「まさか全生徒の前で指されるとは、ついてないな」

そう言うのは、一つ年上の少年でブルーベルの兄、アーサーで、ブルーベルよりも濃い色の髪と少女のような顔立ちが特徴だ。

「アーサーさん。今日はジャンヌ先輩たちとは一緒に行かないんですか?」

 ここ数か月、アーサーは親友のジュリオと恋人のジャンヌが傍にいて、ロランが近づける隙を与えていなかったのだが。

「ああ、ジャンヌな……。一昨日振られた。ジュリオと付き合うことになったらしい。」

「え!?」

 アーサーの言葉にロランとジャンヌは目を見開き、アーサーと、離れた席で話しているジュリオとジャンヌを交互に見てしまう。

「そういうことだから、もう気にしないでくれ。さあ、行こう」

 アーサーが講堂を出ていこうとするので、慌ててロランたちは追いかけた。

ロランは、どうしても納得できなかった。ロランにとって、アーサーはヒーローだった。

 ノーマルクラスの優秀な学生、少女のような顔立ちは美しく、瑞々しい濃い青い髪と瞳が誠実な彼の性格と相まっており、女子からの人気も高い。

 そんな彼の恋人になれたジャンヌがなぜ、よりにもよってアーサーの親友に乗り換えたのか。信じられない。そんな裏切り行為を。

「それで、課外授業に参加することになったんだ」

「え?」

アーサーに話を振られたが、考え事をしていたロランは、変な声を出してしまった。

「いや、怪我人が出て枠が空いたから、今夜アルファの課外授業に参加することになったけど、俺を推薦したのが、ロランの知り合いの子だって話だよ」

「ほら、ロランの幼馴染の、確か、ワンダーランドさんだったわよね」

 ブルーベルの助け舟にロランは、答えようとしたが、別の考えが浮かんだ。

「そうだ。アーサーさん、今フリーってことですよね?だったら、その推薦した子がアーサーさんに絶対お似合いですよ。ブルーベルみたく可愛げがあるタイプじゃないけど、結構美人だし。エルシーっていうんですけど……」

「あ、噂をすれば、アルファたちだ」

 振り向くと、廊下の向こうから、10名ほどの集団がこちらに歩いてきた。

ロランたちとは、デザインの違う白い軍服のような制服に身を包み、ブーツの音を響き渡らせた。

 アルファと呼ばれるそのクラスは、特別なカリキュラムを受け、様々な依頼に派遣されている精鋭集団である。そのため、実力はあるが他の学生を見下す、プライドの高い学生たちになってしまい、あまり印象は良くなかった。

 腕章を着け、髪をしっかり帽子にまとめた、先頭を歩く一際存在感を持った少女に、先ほどロランを笑った右腕を吊っている少年が弁明をしているようだが、相手にされていないようだった。

「さすが、主席ことアルファの女王、絶対に逆らえないんだな」

「本当に、兄さんは彼女に推薦されたの?」

小声で話す兄妹をよそに、ロランは、集団に向かって声を掛けた。

「エルシー、ちょっといいか?」

 ロランが呼んだのは、その女王然としていた少女だが、すぐに集団から抜け出し、こちらに嬉しそうに走り寄ってきた。

「ロラン、どうしたの?」

「ああ。アーサーさん。コイツが、エルシー・ワンダーランドです。エルシー、課外授業で、アーサーさんを推薦したんだろ?ほら、アルファとあんまり関わったことないし、さ。大丈夫か?」

「大丈夫、皆結構、いい子たちだもん。あ、エンドレスエンド先輩、改めまして、エルシー・ワンダーランドです。安心してください。何かあったら、私が守ります」

「約束だぞ。アーサーさんの事、頼んだぞ」

「うん。じゃあ、私準備があるから。またね。それじゃあ、先輩たちも失礼します」

 そういうと、エルシーは、集団に戻り、その場を後にした。

「アーサーさん、どうですか?エルシーは新しい彼女候補になりませんか?」

「え、あの子?いや……どう見てもあれは……」

「?ダメなタイプですか?」

「いや……」

  色が白く、セミロングの金髪とスラリと細い体のエルシーは、アーサーと並んでもお似合いだと思うのだが、アーサーが乗り気ではないのだと、ちょと難しい。

 いつもより、少し違うが、いつも通りの日。それが、ずっと続くと思っていた。

 その日の夜は、月が不気味なほど明るく、湿気が高く、風がぬるく、気持ちが悪い天気だった。

 ロランは、アーサーの見送りのため、入り口のホールにいた。

「アーサーさん、あんまりいい天気じゃないみたいですね」

「内容は、洞窟内の散策だから、大丈夫だ。じゃあ、行ってくる」

 アーサーはコートを羽織り、前を閉めようとした。

「痛っ!」

「大丈夫ですか?」 

見ると、アーサーはコートの金具で親指の腹を切ってしまった。先から付け根まで大きく傷口ができてしまい、少し血が出ているが、深くはなさそうだ。

「ああ、大したことない。それじゃあ」

「気を付けて」

 コートに身を包み、こちらに手を振ったアーサーの姿が見えなくなるまで、ロランはその姿を見送った。

 大丈夫だ。魔獣が出るところじゃないと聞いたし、アルファの連中もいるし、エルシーだってついている。

 何か、起きるわけがない。

 そう、そのはずだった。


 それから数時間後。

真夜中の学園に、とんでもない報せが入り、大混乱を招いた。

 慌てふためく教師たちに、眠っていた生徒たちも着替えて、ロビーに出て心配そうに事を見つめていた。

 ロランもロビーに行ってみると、ブルーベルが走り寄ってきた。

「ロラン、アルファたちが課外授業で事故に巻き込まれたみたいなの」

「え?」

 ロランがブルーベルに詳しく聞こうとした途端。

「ロラン、ブルーベル、ちょっと付いてきてくれ!」 

昼間に講義を行っていた講師が二人を呼んだため、二人は講師の傍に走り寄った。

「先生?何が起きたんですか?」

講師は、息を一度吐くと、口を開いた。

「アルファたちの授業で、事故が起きた。お前たちに確認してほしいことがある。急いで、現場に行ってほしい。さあ、早く」

「え?」

 ロランとブルーベルは驚いてお互いの顔を見合わせたが、講師に急かされ、急いで、建物を出ると馬車に乗った。

 講師は、二人と向かい合って、馬車に乗ると、落ち着いて聞いてほしいと、前置きをした。

「先に行った救助隊の話だと、洞窟の中で、封印されていたはずの罠が外れ、瘴気が突然漏れ出したそうだ」

 講師は、ブルーベルを一度見て、絞るように、行った。

「恐らく、参加者全員と思われる遺体が発見された」

 馬の走る足音が酷く社内に響き渡る。

「それじゃあ、兄さんも?」

「これから、君たちには、アーサーとエルシーの確認をしてもらいたい。ブルーベルは、身内だし、ロランはエルシーと同郷の仲と聞いている。恐らく、他の教員たちよりも彼らのことが分かるだろう」

 死んだ?

アーサーさんと、エルシーが?

ロランは、当然の事に頭がついていけない。

 隣を見ると、ブルーベルは震え、頭を押さえている。現実を受け入れるのを拒んでいるようだ。

 馬車は、しばらく走ると森の入り口で止まった。

速足で森の中を抜けると、巨大な岩の壁にぶつかった。壁には大きな穴が開いており、それが洞窟の入り口になっていた。

 ロランは、その入り口の光景に息をのんだ。

岩の壁の辺りは、黒い布で覆われた、いくつもの物体が置かれていた。

それは、大きさと布越しに分かる形から推測できた。布には、乱雑に書かれた名前が書かれている。

 間違いない。アルファの学生だ。所狭しに並べられているその光景は、息がつまりそうだ。

「この2人で最後だ!」

 穴から声が出て、救助隊たちが現れた。

 運ばれた二つの黒い布の塊。

  地面に置くと、救助隊が、講師に何かを告げた。

「ロラン、ブルーベル、こっちだ」

 ロランとブルーベルは、最後に運ばれた二つの塊の前にそれぞれ立たされた。

「ロラン、申し訳ないが、よく確かめてほしい。彼女かどうか」

 ゆっくり布が剥がされ、そこには幼馴染のエルシーがいた。

金髪が少し泥で汚れてしまっている。まるで、眠っているようだ。

「…間違いありません。エルシー・ワンダーランドです」

思わず、髪についた泥を払ってやる。まだ肌に温もりが残っており、それにさらに触ろうとしたが、救助隊が素早く布を戻してしまった。

「ブルーベル、辛いだろうが、お兄さんかどうか、確認してほしい」

  首を振り拒否をしていたが、講師はロランに目をやり、ブルーベルがダメなら、ロランがするよう目で合図した。

布が剥がされ、アーサーが現れた。

目を大きく開き、口は喰いしばったからなのか、血の跡がついている。

 ブルーベルが、言葉にならない悲鳴で、兄の遺体にすがりつく。

「兄さん、ねえ、目を開けてえ!うそ、ねえ、ああ、ねえ!!起きて!」

 そのうち彼を叩き始めたため、救助隊が慌ててブルーベルを引き離した。

「…間違いありません。アーサー・エンドレスエンドです」

 ロランは、講師と救助隊に告げた。

救助隊が開いたままだったアーサーの瞼を手で閉じた。

ほんの数時間前。確かに生きていたのだ。

憧れの先輩も、たまにしか話さなくなった幼馴染も。

 それから、どうやって学園に戻ってきたのかは、憶えていない。

隣でずっとブルーベルが泣いていたが、掛ける言葉がなく、結局一言も言葉を交わすことはなかった。

「明日こちらで合同葬儀を行ってから、それぞれの遺族の元に皆を送る予定になった。お前たちも、もう休みなさい」

 講師にそう言われ、ロビーに戻ると、すでに噂は回っていたようで、生徒たちがこちらを見て、ヒソヒソなにかを言っている。

 そんな静寂な中だった。

「おい、なんとか言えよ!」

 誰かの怒声が響き渡った。

見ると、アルファの怪我している男子に、ジュリオが掴みかかっていた。

「おい、やめろよ。相手は怪我人だぞ」

「うるせえ!コイツが怪我して欠席しなければ、アーサーは死ななかったんだ!」

 ジュリオは制止する声に反論し、男子の胸蔵を掴み自分の方に寄せた。

「お前の仲間が守ってくれるじゃなかったのかよ!エリートのアルファさんたちが!どうして、こういう事になったんだよ!」

 ジュリオの怒声がひどく響き渡り、女子たちは怖がり、男子も手を出せない状態だった。

 黙っている男子に、ジュリオが手を上げようとした時だった。

「止めてください!」

  ブルーベルが、ジュリオの手に掴みかかる。

「怪我をしている人に暴力を振るわないで!人が死んでいるの。お願いだから今日は静かにしてください」

 ブルーベルの言葉にジュリオは男子を突き飛ばすと、気まずそうにその場を去っていった。

「大丈夫か?」

 ジュリオに突き飛ばされ、彼の眼鏡は飛んでいってしまい、ロランはそれを拾うと彼の顔に掛けてやった。

「ありとう。それと……ごめん」

 昼間とは打って変わって、すっかり元気を無くした彼は、ロランに礼を言った。

「昼間の事?気にしてないよ」

「それだけじゃなくて、その、アーサー・エンドレスエンドの事……」

 済まなそうに彼は、ブルーベルを見た。

「あなたのせいじゃないわ。あなたも、友達を亡くしたじゃない。今は、彼らの事を思ってあげて。他の事は気にしないで」

 ブルーベルの言葉に、彼は涙組むと、体を起こし、礼を言うと部屋に戻って行った。

「じゃあ、私も部屋に戻るね」

「うん。お休み」

 いつの間にか、他の生徒たちも部屋に戻って行った。

いつもは、見張りの教師が巡回しているが、この日はそんな余裕はないようだった。

 誰もいないロビーは、異常に静まっていた。

いつも使っている場所が、まったく別の場所に思え、ロランは何か変な胸騒ぎを覚えた。

 少し、散歩でもするか。

ロビーを出て、中庭に出ると、あの不気味な月が辺りを照らしていた。

 これは、本当に現実なのだろうか。

実は夢で、目が覚めたらいつもと同じ日が始まるのでないか。

そんな事を考えてしまう。

 ブルーベルは泣いていた。

ジュリオ先輩は、怒っていた。

怪我をしていたアルファの生徒も泣いていた。

 皆彼らの死を、現実を認めている。

 自分はどうだ?

まったく、彼らが死んだと思えない。

死体だって見たのに。この手で冷たいあの体に触れたのに。

 どうして?

こんなにも自分は物分かりが悪い奴だったのか。

色々な事を考えてしまう。

 その時だった。

礼拝堂の扉が少し開いているのが、見えた。

 おかしい。礼拝堂の中には、まだ教師たちだっているのに、扉があんな風に開かれていることはないはずだ。

 ロランは足早に、礼拝堂に向かった。

なぜか、息を潜めてこっそりと中に入っていく。

扉の横に一人の教員が座っているのだが、どういうわけか、彼は眠ってしまったようだ。

 いや、この教員だけではない。

足元には、つい先ほどまで、仕事をしていたであろう女性教師が、書類を片手に倒れ込むように、眠っている。

ある者は、壁に寄りかかり、ある者は、椅子に座りながら、なぜかその場にいる人間全員が眠っていた。

 なんだ?これ。

 さらに中に入ると、いつも使っている椅子が全て片付かれており、10を超える黒い棺が綺麗に並べられ、部屋の隅に、魔法陣が備えられており、そこには大きな氷の塊が浮かび、冷気を発している。


眠った人々と死体の入った棺。

 冷気で満ちた、この礼拝堂に、ロランは恐怖を覚えた。

 その時だった。

なにか、物が動く音が聞こえた。

ロランは思わず、柱の後ろに身を隠しながら、音がした方向に目を凝らす。

ステンドグラスから入ってくる月光と僅かな蝋燭が照らす中、フードマントをかぶった一人の人物が、棺の真ん中に立っていた。

 その人物が、光る宝石が大量に着いた指輪と腕輪を嵌めている右手を掲げると、二つの棺が滑るように、その人物の傍に動いていった。

 ロランは、その光景に息をのんだ。

「さあ、行こう。エルシー、アーサー」

棺を撫でながら、そう言った声は女の声だった。

いや、それよりも、あの棺の中身の方が、ロランにとっては重要だった。

「おい、お前何をしている!」

 ロランは、大声を出して、その女を威嚇した。

女は、こちらを振り向くと、両手についていた宝石を煌めかせると、ロランに向かって突風を出現させた。

 突然の攻撃に、ロランは避けることもできず、床に倒されてしまった。

女は、棺に手を掛けながら、何かを詠唱し始めた。足元に、魔法陣が展開され、彼女の体を輝かせた。

 女の注意が逸れ、その隙を狙い、ロランは、跳び蹴りで彼女を床に倒した。

 馬乗りになり、胸倉を掴むと、彼女の体を床に叩き付け、拳で顔面を殴った。

女は魔術師の女性にはまずいない、男性並みの長身で、14歳のロランより背が高い。

「言え!お前は何者だ!2人をどうする気だ!」

 女は答えず、ただ灰色の瞳で、こちらを睨み付ける。痛みを感じている様子がなかった。

ロランが拳を握り、もう一度、殴りかかろうとした時だった。

魔法陣がもう一度光ると、ロランを邪魔者と判断し、彼を陣から、弾き飛ばそうとする。

 「くそ!」

その瞬間、ロランは、女の耳からぶら下がっている大きな宝石に手を掛け、それを握りしめる。ロランの体は魔法陣から弾き飛ばされ、それと一緒にロランに握られた宝石も彼女の耳たぶごと、吹っ飛んだ。

「待て!」

 もう一度、挑もうとしたが、まぶしい光が、礼拝堂を包む。

光が収まり、ロランが目を開くと、そこには、女の姿はすでに無く、アーサーとエルシーの棺も、無くなっていた。

「なんだ?なんなんだよ!一体何が起きたんだよ!」

ロランの疑問に答えるものは、誰もいなかった。

 それが、一年前に起きた事件である。


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