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喰う人  作者: 右月泰
4/6

1 喰人_4


 まだまだ春先、日が暮れるのは早く、アナログ時計の短針はまだ6を指していないにも関わらず空の大半は藍色で覆われていた。カァと鳴くカラスの声が帰宅する人々を急かす。

 ガタンゴトンと一定の揺れを作り出す電車に揺られ、彼方と美弥もまた帰宅の路についていた。帰宅ラッシュともいえる時刻である今、緑色の座席に座れるはずもなく、出入り口の横の手すりに二人でつかまっていた。


「じゃあ、喰人は突然変異なの?」

「うん。親兄弟とか血筋は関係ないみたい。私の親も妹も普通の人」

「へぇ……」

「まあ、まだ解明されてないことの方が多いみたいなんだけど」

「そう、なんだろうね」


 気づけば一緒にいる二人は、時間を見つけると喰人の話をするようになっていた。

 怖い思いをした、死にかけた、身の毛のよだつような体験を彼方はしたのだ。その根本の原因である喰人という人種。世界的にも認められ、別段箝口令の出ていることでもないらしい。それでも、知らない人が大多数である事実。彼方も数日前まではその大多数であったのだ。

 広まらないのも無理はないと、美弥はいう。それは美弥と話してみて彼方も感じたことであった。

 喰人は自分が喰人であることをよく思っていない人の方が多いのだ。


「私にはね妹が二人いるんだけどね、1つ下の妹は今でも私のことが怖いみたい」

「どうして……?」

「一番近くで私のことを見てたから、かなぁ」

「一番近くで見ていたからこそ、怖くないんじゃないの……?」

「うーん、私が、私自身が喰人であるって知ったときのことが原因かなぁ」

「え、どういうこと?」


 美弥の話に少しとっかかりを覚えた彼方は首をかしげる。そんな彼方をみて、あぁと彼方の疑問に気がついた美弥は口を開く。


「自分が喰人だって知ったの、私が11歳のときなの」


 まるで、その時のことを思い出すかのように目線を上へと投げる美弥。

 電車は住宅地へと進んでいき、乗車人数もそれに比例して減っていく。


「自分が喰人だって知った、きっかけがあったの」


 そう、あの時、と色付きのリップクリームで縁取られた美弥の唇が震える。

 美弥の声を聞き逃さんとする彼方の耳に、電車の特有の音や周りの喧騒はもう聞こえていなかった。


 およそ10年前。

 美弥の家は両親と美弥、そして1つ下の妹と歳の離れた7つ下の妹という五人家族だった。田舎の静かな場所でひっそりと暮らしていた。

 ちょうどその日は美弥の1つ下の妹の誕生日だった。


「妹の10歳の誕生日だった。妹の大好きな苺がたくさん乗ったショートケーキがテーブルの上にあってね。ちょうど10本ローソクが立ってた」


 白いクリームと赤い苺。5号ほどのケーキにたてられたローソクにオレンジ色の火が灯る。全てのローソクに火が灯ると父親は部屋の電気を消した。


「電気が消えた瞬間、見たことのないような景色が私には見えたの」


 淡い橙色の光に照らし出されるツヤツヤの苺と滑らかなクリーム。そして嬉しそうな妹の顔。美弥にはもう一つ見えていた。


「まるで苺だった。今思えば妹の大好きな苺がかたどられていたんだと思う」


 苺がたっぷりと乗ったケーキの上に零れ落ちる苺のような苺ではないソレ。宝石のような,

ドロップのような、それが美弥にはケーキより本物の苺よりおいしそうに見えた。


「思わず、ケーキに手を伸べてしまったの。ケーキに手を伸べたわけではなかったんだけどね」


 ケーキの上に降り注ぐ苺のようなソレに手を伸ばす。赤色のそれを掴んだと同時に、ショートケーキはグシャリとその形を崩した。


「妹は大泣き。私はローソクで手のひらを火傷。父親は慌てまくるし、母親も泣きながら病院に電話してた」


 父親の車で駆け込んだ病院で、柔和な笑みを浮かべる医者から火傷の原因を聞かれた。美弥は言った。ケーキの上においしそうなものが降り注いでいて、気がついたら手を伸べていたと。


「火傷は大したことなかった。痕も残らないって。でもそこで発覚したの。自分が喰人と呼ばれる人種だってこと」


 美弥は自分の眼の前で起きたことを述べただけだった。しかしそれを聞いた医者は浮かべていた柔和な笑みをかき消したのだ。顔を真っ青にしてどこからか一つの問診票を取り出して美弥に書かせた。

 それは喰人であるかどうかを判断するものだった。


「喰人だってわかって、そして私がおいしそうだと思ったその苺みたいなものがフィリングと呼ばれるものだって教わった」


 人には見えず喰人には見えるモノ。喰人が食べるといわれるそれは”フィリング”と呼ばれていた。多くの証言によると、まるで人から零れ落ちるおいしそうな宝石なのだそうだ。


「妹が誕生日ですごく嬉しいって思った、幸せだった思ったのが、大きなフィリングになって零れ落ちて、私はそれがとても美味しそうに見えてしまった」


 フィリングは人が感じれば零れ落ちるものだが、普通に生活している程度で落ちるフィリングはせいぜい粉のようなものだという。しかしその感情が大きくなればフィリングも比例して大きくなり零れ落ちる。


「喰人はフィリングを食べるけれど、それしか食べないわけじゃない。でも今まで食べてきたものの中で、フィリングより美味しいと思ったものがないのもまた、事実なの」


 電車はゆっくりと最寄駅へと停車する。


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