1 喰人_3
あの事件から、もう一週間が経っていた。彼方の怪我はもう完治している。
この一週間、彼方は休んだ分の講義内容を頭に叩き込むことに専念していた。
曲がりなりにも国立大学。少しの油断が、悲劇を呼ぶ。
「結局、ノートも美弥ちゃんのお世話になっちゃって……」
中学、高校、そして大学も一緒。もっと言えば学部も同じく経済学部。なんの因果か、運命か。だだっ広い学食にあるひとつの丸テーブルで、彼方の前に座る少女、名倉美弥は眉尻を下げて笑った。
「ううん、いいの。むしろこんなノートでごめんね?」
「十分だよ、綺麗にまとまってるし」
「でも、彼方くんの方が頭いいし……」
「頭がいいのと要領がいいのとは違うからね」
沢山のカラーペンを用いてまとめられているノートを眺めながら、彼方は美弥を褒めちぎった。美弥は照れくさそうに笑う。
「次の講義、何時からだっけ?」
「14時45分からだよ」
「あと15分か、移動しようか」
「うん」
パッとケータイで時間を確認した彼方と美弥はさっと、テーブルに広げられていた筆記具をリュックにしまいこみ、講義室へと歩き出す。
町城彼方という男は、女性にとって、母性をくすぐられるような男だった。
中学、高校と料理部に属し、女の子に混じって男の子一人、料理を作っていた。彼方は料理を作るのももちろん上手いのだが、作った料理を誰よりも美味しそうに食べていた。そんな彼には料理好きの女の子が集まるし、そうすれば他の女の子もこぞって寄ってくる。
女の子と仲良くすることに関して、彼方はなんの違和感もなかった。
名倉美弥という女は、どちらかといえばクラスの影の方にいる人物だった。休み時間は小説を読み、会話の輪には入らない。それでも彼女が有名なのは、合気道で全国大会に駒を進めたからだろう。いつもおとなしい彼女が武闘派だとは、クラス中がざわついたことがあった。
めでたい、と料理部が腕を振るい美弥にクッキーを手作りしたことがあった。美弥と彼方のちゃんとした接触はこの時が初めてだろう。
一度接触を果たしてしまえば、仲良くなるのはすぐのことで。家の方向が一緒で、同じバスに乗っていることもわかり、登下校が一緒になったりもした。美弥はクッキーのお礼を言いに料理部に顔を出してから、料理部の住人になった。彼方と美弥の志望校が一緒であるとわかったときからは、一緒に受験勉強もするようになった。そういう仲であった。
「政治の先生遅刻に厳しすぎるよね」
「わかる」
次の講義は政治である。講義室の場所はここから近くない。顔を見合わせた二人は、歩く速度を上げた。