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喰う人  作者: 右月泰
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1 喰人_2

 つん、とする消毒液の香り。清潔感あふれる白色の箱の中で彼方は二人の警察と話をしていた。一昨日の事件の事情聴取だった。彼方の回復を待っていたらしい。

 もう、あの事件から二日経っていた。彼方は丸一日眠っていたのだ。

 なぜあんなところにいたのか、事件の時の様子など事細かく聞いてくる警察。元より、見た目よりは真面目な彼方は、答えられる限り真面目に答えていた。

 真面目と言っても、二人組の警察を見ながら、どっかでみた刑事ドラマみたいだなぁと上の空だったのも確かである。


「じゃあ、知り合いではなかったんだね?」

「はい、知らない人です」


 事情聴取とはいえ、犯人は既に逮捕されている。証拠をつかむというよりは、確認だったり辻褄合わせの意味合いの方が強いだろう。

 一人の警察官が質問をして、彼方が答えて、もう一人がペンを走らせる。

 一通り話を聞き終えた警察はご協力ありがとう、お大事に、と足早に病室を後にした。ものの30分程度のことだった。

 警察の配慮で、治療代も部屋代もあちら側で持ってくれるらしく、警察のいなくなった病室で彼方はベッドへと倒れこんだ。質の良いベッドではない。ギシリと不穏な音が耳につく。退院は明日である。

 眠っている間にあらかた行われたという精密検査は異常無し。頭部も幸い出血なく、縫い合わせてもいない。腹部も打撲はしたものの、内臓などに損傷はなかったと聞き、ほっと息をついたのは目覚めて間も無くだった。


「彼方くん、入ってもいい?」


 ノックの音ともに聴こえてくるソプラノの声に、彼方は声を大にしてどうぞと声をかけた。

 扉が開くと同時に覗いた桃色と白色。綺麗にアレンジメントされたガーベラの花束を抱えた少女は、あの事件の日、彼を助けた命の恩人である名倉美弥(なくらみや)その人であった。


「今日もありがとう、美弥ちゃん」

「ううん、でも本当に何にもなくてよかった」


 ガーベラの花弁のようにふんわりと微笑む美弥に思わず顔が赤くなる彼方。バッと顔をそらした彼方を不思議そうに見つめる美弥。


「明日退院なんだって?」

「うん、そうみたい」


 花瓶にガーベラを生けながら会話を弾ませる。学校の話、親の話。

 話が盛り上がる中でふと、美弥の雰囲気が変わったのを、彼方は感じた。


「警察の人、なにか言ってた?」

「なにか?」

「うん……犯人の、こととか」


 彼方は息を詰めた。この話題に、心当たりがあるからだ。

 警察は実によくしてくれた。最後に何か聞きたいことはあるか、と聞かれた時に、彼方は気になった一つを口にした。


 犯人は、何が動機で自分を襲ったのか。


 警察は一瞬答えをためらったものの、彼方に知る権利があるというのと世間的に隠していることではないと、その動機を口にした。君が信じられるかどうかはわからないけれどという前置きとともに。


喰人(ショクジン)のこと、聞いたんだね」

「……聞いた」


 彼方は恐る恐る口を開き、恐る恐る美弥を見つめた。どこか悲しそうで、でもどこか決意した顔をした美弥はそっと彼方へと歩み寄った。


「どこまで聞いた? 喰人のこと」

「喰人という存在、人間とほとんど同じで一つの人種扱いされてるってこと。あと、そいつらは人には”見えないモノ”を喰らう奴らだってこと」


 喰人(ショクジン)とは人種の一つとして世界から認められている。犬種にチワワやらプードルやらがいるのと同じように。ただ例に挙げた犬種とは違い、名が知られているかといえば、そうではないのも事実。


 普通の人と喰人の違いは大きく二つ。

 一つ目は人に”見えないモノ”が見えているということ。

 二つ目はそれを喰らうことである。


 ここでいう”見えないモノ”とは、世間一般でいう幽霊やオバケの類のことではない。これは、可視化も数値化もできないと言われている”感”のようなものである。

 わかりやすく例を挙げるのなら、五感。触覚嗅覚味覚視覚聴覚を指すこれも、喰人には見えているのである。そして、これらを喰らうのだ。


「俺を襲って、俺の感じる痛みを喰らってたって、ことなんだろ? 今回の犯人はさ」


 今までの変死体が変死体たる理由もここにあった。

 犯人は人が感じる痛みを喰らうために人を襲っていた。しかし、死んでしまっては人は痛みも何も感じない。感じなければ欲しているものは手に入らない。だから死なないギリギリで痛ぶって、最終的には証拠隠滅も兼ねて殺していたわけである。


「ほんと、美弥ちゃん来てくれてなかったら、俺今頃どうなってたか……ほんと、ほんとありがと」


 しかし目の前の美弥の表情は晴れない。寧ろ、思いつめているような表情だった。


「美弥ちゃん?」

「あのね、彼方くん、」

「どうしたの?」

「私も……私もあの犯人と同じ、喰人、なの」


 目に涙を浮かべながら爆弾を落とした美弥に、彼方はどう言葉を紡げばいいのかを必死に考えていた。何も言わない彼方に美弥は不安になったのか、浮かんだ涙が雫になって溢れてゆく。


「あ、」

「あのね」


 彼方が声を出すのを遮るように、少し大きめの震えた声が病室に響く。


「軽蔑、したかもしれないし、怖いって思うのも、仕方ないけど、けどね」

「っ」

「悪い人ばかりじゃないの。喰人なんて、禍々しい名前つけられちゃってるけど、あの犯人みたいに悪い人ばかりじゃないの! それだけ、わかって欲しくて……」


 ぎゅっと掌を握りこみ、ぐっと唇を噛み、ほろほろと涙を流しながらも必死になって訴えてくる美弥を見て、彼方の心の中のもやもやは去っていった。


「美弥ちゃん」


 ぴくり。彼方の声に美弥は肩を震わせた。何を言われるのか、怖いのだ。


「確かに怖かった、いきなり背後から襲われて」

「ッ」


 今でも思い出せる、強烈な痛みと恐怖。何も見えず、何もわからず、ただただ痛みと恐怖だけの空間だった。


「でも、助けたくれたのもまた、美弥ちゃんだから」


 そんな恐怖から、痛みからそして最悪のケースから救い出してくれたのは紛れもなく目の前の可憐な少女なのである。


「!」

「初めて知ったから、喰人。全然知らないのに怖いって思い込むのも、美弥ちゃんの声を聞いて馬鹿らしく感じたよ」


 必死になって言葉を紡いで、彼方に伝えようとする美弥の気持ちはちゃんと届いていた。


「かなたくん……」

「もしよければ、なんだけど、喰人の事教えてくれないかな?」

「私でよければ……!」


 喰人とは。

 人に見えないモノは見える人である。

 そしてそれを喰らう人である。



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