プロローグ
三日前からじわじわと降っている霧雨は止みそうにもなかった。白い服を着たほっそりとした青年は諦めたような表情をしながら、森の中を必死に走り続けた。肩にかけた重い狙撃銃は、まるで彼を励ますかのように、ガタン、ガタンと彼の肩を叩いていた。冬だけあって紅色に染まる森の中を疾走する青年の息は白く輝いては消えていった。ほとんど休まずに走り続けてきた青年は、自分の体力がもう直に限界を迎えると知りながらも、全力疾走を続けた。ここで「奴ら」に捕まるわけにはいかなかったのだ。
森林を抜けた頃には、「天候エリア」が切り替わったのか、寒さは一際ひどくなり、霧雨もいつの間にか雪と化していた。辺りも目を疑うほどの雪景色となり、森の豊かな黒土は白く染まった。木々から垂れ下がっていた水滴は氷柱として新しく形を得ては、冬のわずかな夕日の光を屈折させ、雪という真白色のキャンバスの上に虹色のライトショーを演じていた。
青年は氷の森と次の「天候エリア」である凍りついた草原の境目となっていた川に着くと、すぐさま銃を前に回し、腹ばいになった。狙撃銃は既にいつでも撃てる位置に移してあった。彼は「奴ら」の位置を探るために、気配察知スキルを全開にした。全神経が集中する中、いや全神経が集中しているからこそ、冬の森にだけあるような平和感が差し迫る危険を遠ざけているように彼は思った。氷と光が生み出した無音の交響曲に見とれていたが、それも束の間、気配察知に掛かった一匹の狼の吠え声がその独特の世界を無残に引き裂いた。
青年の矛先はすぐさま吠え声の方向に向けられた。両目を開けながらも片目をスコープを当て、スコープの倍率を下げながら敵影を探った。銃のセフティーは外されていて、指もいつでもトリガーを弾けるようにと軽く置いてあった。大きく見開いた目はシステム補正を受けながら必死に森の何処かにいるはずの敵の姿を探そうと不気味に右往左往していた。そしてそのまま、一分、二分、と時間は過ぎていった。青年はしばらくは荒れていた息を整えては立ち上がり、草原に向けて走り出した。これ以上同じ場所に居続けるのは危険すぎると判断したのだろう、彼は一度も振り返らずに、再び走り出していった。