表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/24

初日の記録-9

「業務連絡っす、ご主人様」


 午後3度目の戦闘を終えた僕たちが、なおも狩りを続けようとしていたら、いつものきゅりりりん♪というSEとともに、チュートリアル妖精が現れた。


 ……え、なに、業務連絡?


「4点あるっす。まず1点目っすけど、毎日18時を過ぎると、ドロップタイムが終了するんで気を付けるっす」


 えっと、ちょっと待って。

 そもそもドロップタイムって何?


「ドロップタイムっていうのは、エネミーがお金を落とす時間のことっす。18時を過ぎると、エネミーを倒してもお金を落とさなくなるっす」


 僕の心の声を読んだかのように、補足説明をするチュートリアル妖精。


 ……ってことは、今が14時ぐらいだろうから、今日稼げるのはあと4時間しかないのか。

 そういうことはもっと早く言ってほしいんだが。


 またこいつが忘れてたんじゃないかと疑ったけど、ナナも今、自分のチュートリアル妖精から説明を受けているようなので、どうやら仕様みたいだ。


「あ、ご主人様、またウチが忘れてたんじゃないかって疑ったっすね? ……ふぅ、やれやれっす。人を信じられない、哀しいニートになっちまったんすね……」


 イラッとした僕が、片手でチュートリアル妖精の体を鷲掴みにして、その昆虫的な半透明の羽根を引っ張ってやると、それは「ギャー! 羽根がもげるっす! 妖精虐待反対!」などと叫んだ。


 ナナがこっちをチラチラ気にしているようだったので、しょうがないから解放してやる。


「……まったく、とんでもないことするご主人様っすね」


 僕から離れたチュートリアル妖精は、涙目で背中の羽根をしきりに気にしている。


「えっと、それで、あとの3つは?」


「あ、そうそう、そうだったっす」


 チュートリアル妖精は気を取り直して業務連絡を再開する。


「2点目っす。このゲーム内への接続は18時50分には自動切断されて、ご主人様たちは19時には現実世界で強制的に建物内から立ち退きさせられるっす。ちなみに自動切断になるとゲーム内の所持金は全部失われることになってるっすから、気を付けてほしいっす」


 ……強制立ち退き、ね。

 やっぱりそうきたか。


 所長は最初の演説で、無一文の僕らには寝る場所もないと言っていた。

 だから、あの寝台のある建物内にずっと滞在することは許されないんだろうと、薄々予想をしてはいた。


 けど、19時とは、予想していたよりもずっと早いな。


「3点目っす。朝の建物の開放は、8時30分っす。すぐにログインしてもいいっすけど、ドロップタイムは9時からになるっす。あと9時までにログインしないとその日の生活保護支給額はすべて半額になるから、気を付けてほしいっす」


 ……は?


「4点目っす。土曜日・日曜日は休日っす。建物は完全閉鎖っすから、ゆっくり休むといいっす」


 ……えっ、ちょっ、ちょっと待て!


「業務連絡は以上っす。ばっははーい」


 チュートリアル妖精は有無を言わさず消えていった。


 ……いや、呼び出そうと思えばできるんだろうけど、そんなことよりも、思考が追いつかない。

 おいおい、マジか。


 いや、最初は驚いたけど、9時までにログインしないと生活保護半額ってほうはまだいい。

 要は集合時間に遅刻するなってことだ。

 まあそれはいい。


 一番の問題は、土日は休めという、そっちの方だ。

 休みというと聞こえはいいが、それはつまり、土日は生活保護が受けられないということを意味する。


「ポーンさん……業務連絡、聞きました?」


 同じく業務連絡を聞き終えたらしいナナが、不安そうに寄ってくる。


 土日に生活保護が受けられないっていうことは、つまり、月~金曜日のうちに、土日を生き延びられるだけの「貯蓄」をしておかなければならないってことだ。

 はっきり言ってそんな余裕はどこにもないと思うが……ある程度安定収入の目途が立ってきたから、一応計算してみよう。


 仮に食費のことだけを考えたとして、1食300円×1日3食×週7日=6,300円。


 これに対して収入は、だいたい今の流れでポヨンを狩り続けて、死亡回復の時間も加味すると、だいたい1時間に300~400円ぐらいが見込めると思う。

 ドロップタイムは9時~18時。昼食で30分程度抜けると考えると、1日あたり8時間30分稼いでいられるとして……だいたい1日3,000円前後が受け取れる見込み。

 これが週5日なら15,000円。


 ……あれ、食費だけなら意外とどうにかなるのか。

 僕がナナにその計算結果を伝えると、彼女は眼鏡の奥の瞳に安堵の色を浮かべる。


「ちゃんと計算してみると、結構大丈夫なものなんですね。無駄遣いさえしなければ、服とかも買えるかも」


「いや……」


 だけど僕は、言葉を濁す。


 今の計算は、全滅して稼いだお金がパァになったりせず、順調に稼ぎ続けられることを前提にしている。

 あるいは、うっかり朝に遅刻してしまった場合も、これより大幅に減ってしまう。


 そして何より、これは「食費だけ」の計算だ。


 身一つで放り出されてみて分かったが、僕たちがまともに生きてゆくにあたって最低限必要と考えられる「衣」「食」「住」のうち、今の社会において圧倒的に高いのは「住」の金額だ。

 それなりにまともな住環境を求めた場合、1日あたりに必要な代金は、「食」にかかる代金の5倍以上にもなってしまう。


 まず大前提として、今の僕たちの状態で賃貸住宅などは借りられない。

 頭金も信用も保証人も、何もかもが足りていないからだ。


 そんな僕たちが利用できる住居──すなわち寝床は、ホテルというのが最も現実的な選択肢になってくるだろう。


 カプセルホテルという、ほぼ寝るためだけの狭いスペースが提供される簡易ホテルがあって、これがまともな寝場所の選択肢としては最も安いと思われる。

 昼食後に軽く相場を見てきたら、安いところで1泊3,000円程度が相場のようだった。

 ちなみにここに泊まると、その料金だけで併設の大浴場も利用できる模様。


 一方、快適な睡眠環境を求めないなら、もうちょっと安い選択肢も存在する。

 ネットカフェのナイトパックだ。これならば1,500~2,000円程度、激安のところなら1,000円程度で利用できる。

 ベッドではないが椅子がリクライニング式になっていて、ブランケットを借りられたり、無料シャワーも使えたりするらしい。

 ……なるほど、ネットカフェ難民という言葉が生まれるわけだ。


 ちなみに、普通のビジネスホテルやウィークリーマンションの類は、1日あたり6,000円程度が相場になる模様。

 1ヶ月で180,000円とか、無理ゲーすぎる。


 で、さっきの計算に戻ると、週15,000円程度の収入のうち、6,300円程度が食費で消える計算。

 残る8,700円程度で7日分の寝場所を確保しようと考えると……うん、最安値のネットカフェ以外に選択肢がないな。


 なお、今の季節は夏。

 寝袋でも購入して路上で寝るという選択肢も、ある程度念頭に置いておくべきかもしれないな……。


投稿した後にこんなとこ見つけました。

http://pha.hateblo.jp/entry/20070830/1188441797

情報は力というのを思い知った瞬間。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ