初日の記録-8
ナナと合流し、午後のログイン。
僕たちはポヨンの群れと2度の戦闘を行ない、それに勝利すると、ファンファーレが鳴って、僕のレベルが上がった。
これで、2レベルだったのが、3レベルになった。
「おめでとう、ポーンさん。……レベルアップを純粋に喜べるっていうのは、いいですね」
ナナが祝福の言葉をかけてくれる。
うん、回復所っていうシステムトラップを使う必要がなくなったから、レベルアップを単純な戦力アップとして喜べるようになったのは嬉しい。
「ナナさんは、まだ?」
「……みたいですね。経験値は36/48ってあるから、あと6匹倒せば、かな」
「案外遠いですね。っていうか、僕と必要経験値違うんだ。クラスによって差があるのかも」
そんな話をしつつ、僕らはまたしばらく草原フィールドを歩き回る。
10分ちょっと歩いたところで、3度目の戦闘に遭遇した。
どうやらここ、街の近辺での敵との遭遇パターンは、ポヨン1匹、2匹、3匹のいずれかと遭遇する3パターンしかないようだ。
このとき遭遇したのは2匹だった。
ちなみにこのゲーム、VRMMOと銘打ってはいるが、戦闘に入るとMMOというより、古式ゆかしいターン制RPGに近いものになる。
まず、敵と遭遇して戦闘シーンに入ると、僕らは戦闘態勢を取ったポーズで硬直し、体を自由に動かせなくなる。
この状態で僕らは頭で念じて「コマンド入力」をする。
武器で攻撃を行なうとか、どの魔法を使うとかを念じるわけだ。
このコマンド受付時間が10秒ほどあるのだけど、何も選択しないと自動的に「防御」を選択したことになる。
そしてコマンド入力タイムが終わると、アクション実行タイムになる。こちらは20秒間ほど。
ここで、例えば武器で攻撃するならば、体が勝手に敵に向かって駆けよって攻撃動作を行なう。
僕らプレイヤーは、それを自分の体で行なっているかのように体感するという仕組みだ。
ちなみに、戦闘のアクション実行タイムでは、素早さを表すステータスであるAGLが高いほど先に行動できるらしく、モンクをサブクラスにしていてAGLの高いナナが、敵味方の中で最初に動くことが多い。
「ファイアーっ!」
この戦闘でも、ナナが最初に魔法を放ち、ポヨンの1匹を瞬殺してみせる。
その際にポップアップしたダメージの数字は、8。
1レベル時には稀にポヨンを一撃撃破できないこともあったナナの魔法攻撃だが、2レベルに上がってからは、もはや確実な必殺の魔法となっている。
なおこのゲーム、戦闘中でも、声は自由に発することができる。
そしてあの魔法を使うときの掛け声は、アクション実行タイム中、一定のタイミング内に発しないと、魔法が発動しないという難儀なシステムになっている。
この辺り、ゲーム製作者のエゴがちらほら見える気がするんだけれども、まあ言ってても詮無い話だろう。
で、1匹をナナが始末したので、残るポヨンは1匹。
どうやら次は僕の手番のようだ。僕の体が、ポヨンのうちの1匹に駆け寄り、手に持った木の棒を叩きつける。
ドカッというSEとともに打撃を受けたポヨンの体がぐにゃっと潰れて、中空に6というダメージ数値がポップアップ。
その後、そのポヨンは光の粒になって消滅した。
……え、マジ?
一撃?
戦闘終了のBGMが流れ、僕らは体を自由に動かせるようになる。
「ポーンさん、一撃で倒せたのって……」
後衛のナナが歩み寄ってくる。
僕は2匹のポヨンからドロップした100円玉を拾って、そのうち1枚を彼女に手渡す。
「うん、初めてです。3レベルになったからかも」
ポヨンの最大HPはどうやら、一律6あるようだ。
1レベルのときは1回叩いて3点か4点のダメージ、2レベルのときは4点か5点のダメージだったから一撃撃破はならなかったけど、3レベルになってようやく6点というダメージが出るようになった模様。
こうしてみると着実に強くはなっているんだな。
ただ、こうしてノーダメージで倒してしまうと、もはやポヨンは楽勝なんて思ってしまうけど、実際にはそこまで楽観視はできない。
ナナは今のところ、ファイアの魔法を5回使うとMPがなくなってしまう。
なので、その都度死んでもらって、MPを回復する必要が出てくる。
あるいは、1戦か2戦ぐらいならナナの魔法無しでもいけるかもしれないけど、そうしたら今度はHPの大幅減少が避けられなくなる。
いずれにせよ、一定のタイミングでの死亡回復は必要になってくる。
ちなみに、ナナは2レベルになったときにスパークという新しい魔法を覚えたんだけど、これは今のところ役立たず。
敵全体にダメージを与える魔法なんだけど、午前中に試しに使ってもらった時には、1匹あたりに与えるダメージが3~4点と、えらい中途半端なものだったのだ。
大量のポヨンを一度に相手にしなければならない事態にでも遭遇すれば話は別だろうけど、最大3匹なら、先手必殺のファイアで確実に1匹を潰してもらった方が、総合的な被害は少なくて済むという塩梅だ。
「こうなってくると、私が足を引っ張っちゃいますね……」
ナナがふと、眼鏡の奥の視線を伏せ、自嘲気味に呟く。
「いえ、そんなことはないですよ」
僕は慌てて否定するけど、ナナは「パーティ解散したくなったら、いつでも言ってくださいね」なんて言ってくる。
僕が考案した(?)死亡回復のシステムは、一見するとただでHP・MPを全快できる方法のように思えるが、実際にはあるリソースを消費している。
そのリソースとは、時間だ。
フィールドを歩き回って1回敵と遭遇するには、だいたい10~15分ほどの時間を必要とするようだ。
しかもどういうわけか、パーティを組まずにソロで探索をしていると、この2倍ほどの時間がかかる傾向にある。
つまり、1人で「死にに行く」には、20~30分ほどの時間が必要になるのである。
(ちなみにPKや自殺は不可。ゲーム的な死亡状態になるためには、モンスターとの戦闘が必須になる)
だから、ただで回復できるとは言え、時は金なりを地で行くこの世界では、実質的には一定の回復コストを支払っていることになる。
仮にまったく死亡回復なしで戦闘を続けられるなら、1時間につき4~5回の戦闘に遭遇して各自400~500円ほどの収入を得られるかもしれないが、この間に1回の死亡回復が入れば、実収入は各300円ほどに減少してしまうだろう。
そしてナナは、そのことをもって足を引っ張ると思っているんだろうけど……ネガティブすぎると思うけどなぁ。
だいたい、ポヨンだけならいいかもしれないけど、今後物理攻撃だけじゃ太刀打ちできないモンスターが出てくるかもしれないわけだし、魔法使いの仲間は、ちょっと外したいとは思えない。
そんなことは試しに僕の立場になって考えてみれば分かりそうなものだけど……うーん。
「そんなの僕が困るから、嫌ですよ」
僕が何気なくそう言うと、ナナは何だかホッとした顔をしていた。