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初日の記録-7

ポーン「ポーンと」

所長「所長の」


二人「「社会科見学ぅ~!」」

「なんで賃金じゃなくて、生活保護って言い方なんです?」


 僕は兼ねてよりの疑問を、所長にぶつけた。


 このニート矯正収容所の基本スタンスは、「働かざる者食うべからず」というあり方であるように見える。


 ゲームと銘打ってはいても、やらなければならないことなら、それは労働と言えるんじゃないだろうか。

 そうであるならば、労働の対価なのだから、賃金だといったほうが妥当な気がする。

 どうも生活保護という言葉のイメージとかけ離れている。


「ふむ……なかなかニートらしい発想の質問だな。だが、目の付け所は悪くない」


 うん、この人僕を貶したいのか褒めたいのかどっちなんだ。


「なぜ賃金と呼ばないのか──「雇用契約を結んでいないから」なんて表面的な話を聞きたいわけでもあるまい」


「ええ」


 それ言っちゃったら、生活保護費の支給にしたって、法律に則ったものじゃなさそうだし。


「そうだな……本質的なことを言えば、お前たちがゲーム内でいくら稼いでも、それが我々、施設運営側の利益にはならんからだな」


 ……うん?

 どういうこと?


「いいか、企業が人を雇って賃金を払うには、そのことによって企業がより多くの利益を得られるという前提が必要だ。時給900円のアルバイトを1時間雇うことによって余分に1,000円の収入が得られれば、企業には100円の利益が出る。だから企業は人を雇い、賃金を払う──まあこれは、ほかのコストを度外視した想定だがな」


 ふむ、なるほど。

 この人の言いたいことが分かってきた気がする。


「そうだな……例えば、この牛丼屋の収益構造を考えてみろ」


「……『収益構造』とか難しい言葉使われても、何だか分からないんですけど」


「だろうな。だから貴様はニートなのだ」


 うわっ……なんだろう、この女やっぱりすごいムカつく。

 殴っていい? 殴っていいかな?


 ……ダメだ、店内よく見たら、結構な数の黒服が牛丼食ってた。


「この300円の牛丼の原価──材料費はいくらぐらいだと思う?」


「えっと……わからないですけど、200円ちょっとぐらいですか?」


 本当に分からないので当てずっぽうで答える。

 すると、心底呆れたというようにため息をつかれた。


「……バカかお前は? そんな原価のものをこの値段で売っていたら、この企業は1年待たずに倒産するぞ」


 くおぉぉ……腹立つ~!

 そんなもの、一介のニートである僕が知るわけないだろ!


 と、心の中で叫びつつ、我慢我慢。


「一般に飲食業の食材原価率は、赤字経営にならんためには、商品価格の30%程度が望ましいとされている。この手の薄利多売のチェーン店では40%を上回ることもままあるようだが……。消費税が8%だから300円の商品の税抜き価格は278円、その45%と考えても125円。この300円の牛丼の原価は、まあ高くても130円程度だろうな」


 そういうもんなのか……。

 でも、130円のものを300円で売るってことは……。


「残りの170円が会社の利益になるってことですか? それってぼったくりじゃないんですか?」


 僕がそう聞くと、所長は笑顔になった──額に青筋を浮かべた笑顔になった。


「私は貴様のような、ろくに物事を知ろうとせずに一丁前に批判だけはするバカが大嫌いだ」


 所長様は、なぜだか怒っていらっしゃるようだった。

 むしろバカバカ連呼されてるこっちが怒りたいぐらいなんだが……いや、黒服が怖いからしないけど。


「いいか、飲食店営業には食材費以外にも様々なコストがかかる。売上に対する割合で言えば、人件費が25~30%程度、店舗の家賃が10%弱、水道光熱費が5%程度、広告宣伝費と消耗品費と雑費で合わせて5%程度だ。仮に食材費を45%とすれば、売上の90~95%近くがコストで消える計算だ」


 マジか。

 ってことは……


「会社の利益は、残りの5~10%ぐらいしか残らないってことですか?」


「まだだ」


 所長が赤いロリコンのようなセリフを放つ。


「さらに減価償却費という費用がある。正確な説明をするとややこしくなるから、やや不正確な表現になるが──店内の内装や、様々な機器の調達費・修繕費としてイメージするといい。我々が座っているこの椅子とテーブル、店内空調用のエアコン、飯を炊くための炊飯器、食器を洗うための洗浄機、食材を保管しておくための冷蔵庫……それらすべてをひっくるめた、この食事空間を準備・維持するために必要な金だ。先の5~10%という数字から、この減価償却分を差し引いたものが実質的な店の利益ということになるが、この店ならば減価償却は5%程度を計上しているのではないかな」


「ってことは……もうほとんど残らないじゃないですか」


 5~10%っていう数字から5ポイントを差し引いたら、残りは0~5%だ。


「そういうことだ。実際には、年ごとに赤字と黒字を行ったり来たりして、トータルで見れば売上比3%前後の黒字をどうにか叩きだしているようだな。このあたりはネットで該当企業の財務諸表を調べれば、正確な値が書いてあるが。まあいずれにせよ、血のにじむような従業員たちの努力もあって、数%程度の利益をどうにかモノにしている業種だ。ぼったくりなどと、中傷も甚だしい」


 ふむ……それでこの人は怒っていたのか。


「分かったな、これがこの牛丼屋企業の収益構造だ。客が払う商品代金がこの企業の主な収入で、食材費、人件費、家賃、水道光熱費、宣伝広告費と雑費、減価償却費が主な支出、最後に残る利益は3%程度だ。企業を見たら、その企業の収益構造を考える癖を付けろ。自分が企業に雇われたとき、自分の給料がどうやって支払われているかを知ると知らんとでは、物の考え方が変わってくる。社会というものに対する見方も変わるだろう」


 ……ほぅ、なるほど。

 随分遠回りした気がするけど、話はここに辿り着くのか。


 つまり僕たちは今、このニート矯正収容所という施設で、「お金を生まない労働」をしながら、時給200円にも満たない程度の少ないお金を貰っているということだ。

 施設側にしてみれば、給料を払って僕らを雇用してもそれによって得られる収入がないから一文の得にもならない、どころか、払った給料分だけ余分に赤字が出るという始末。

 ゆえに、この関係は雇用関係などではありえず、支払われているお金も賃金ではありえない、っていう理屈か。


 しかしなんだろうなこの、誰も得をしない構造は。


 だけど、そうすると……


「じゃあ、このニート矯正収容所っていう場所は、やっぱり国の主導で作られたものなんですか?」


 通常の企業活動としてはあり得ない金回りをしているならば、国の事業と考えるのが自然なんじゃないだろうか。

 そう思って僕が聞くと、所長は少し考えた後、人差し指を立てて、決め台詞のように言った。


「それは秘密です」




「…………」


「…………」




 赤面した所長が、こほんとひとつ、咳払いをする。


「その質問には、ノーコメントだ」


 言い直した。




 ……ああ、ごめん、僕と同年代の人にしか伝わらないよね。


 ただ、そう、ひとつ分かったことがあるんだ。

 彼女は、アニオタだかラノベオタだか知らないけど、僕の同類だ。


 せめて「禁則事項です」とでも言ってくれれば、もうちょっと伝わりやすかったものを……。

 この人年齢不詳だったけど、案外僕と似たような年なのかもしれないな。


本作トップページの下のほうに、ラノベ出版社の収益構造を考えてみたエッセイへのリンクが貼ってあるので、興味のある方はそちらもご一読をよろしくです。

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