表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/24

初日の記録-5


 時刻は12時40分。

 いい加減お腹減ったね、となって、僕とナナはゲームからログアウトした。


 病院にあるような硬い寝台から起き上がり、ログイン用のヘッドギアを外す。


 現実の風景が目に飛び込んでくる。

 何十という寝台が並んでいる殺風景な会議室のような部屋。


 一瞬、僕は彼らを、死者の群れかと錯覚した。


 それぞれの寝台には、生気のない亡者のようなニートたちが腰かけたり、寝転んだりしていた。

 ある者は力なく脱力し。

 ある者はぶつぶつと怨嗟の呟きを漏らし。

 ある者は涙を流して握り拳を作っていた。


 ……あっちゃー、完全に心折られてるな、こいつら。

 まあ、無理もないと思うけど。


 僕はきょろきょろと辺りを見渡す。

 見つけた。

 少し遠くの寝台で、ナナが身を起こしていた。


 寝間着パジャマ姿の彼女を見て、少しドキッとした。

 ローブ姿のときも思ったけど、かなり胸が大きい。

 眼鏡、パジャマ、巨乳っていう組み合わせは、リアルで見ると結構来るものがあるな……。


 ナナのほうも、僕に気付いたようだ。

 目が合った。

 僕は高速で視線を逸らす。


 うおお……なんだこれ、妙に気恥ずかしいぞ。


 っていうか、胸とかジロジロ見てたのバレたかな……。

 ヤバい、嫌われたかも……。


 ログアウトした後は、話しかけたりしない方がいいんだろうか。

 パーティ編成はゲーム内での利害が一致したからであって、リアルでまで馴れ馴れしくすると、気味悪がられたりするかも……。


 もう一度、ナナのほうを盗み見ると、彼女は顔を赤くして、ちょこんと寝台に腰掛けていた。

 視線は、意図的に僕の方から逸らされている気がする。


 すると、彼女もチラッと、こっちを盗み見てきた。

 僕は再び高速で視線を逸らす。


 ど、ど、どうしよう……。

 話しかけたほうがいいのかな……。

 何となく、嫌われてはいない気がしてきたけど……。


 すると、ナナが寝台から立ち上がった気配を感じた。

 そして、僕の方に歩いてくる。


 あ、ヤバイヤバイヤバイ、どうしようどうしようどうしよう……。

 僕は頭の中が真っ白になって、パニックに陥りそうになる。




 人との、特に異性との精神的な接触を、僕が理由もなく「怖い」と感じるようになったのは、いつからだろう。

 もしかすると、子供の頃に女子から虐められた記憶が、潜在的な原因なのかもしれない。


 ただ、とにかく言えることは、僕が今抱いているのが「怖い」という感情だということだ。

 何が怖いのかは分からない。

 ただ、とにかく怖いのだ。


 ナナが僕のすぐ横に立った気配を感じる。

 僕は、彼女のほうを見ることができない。


 だけど彼女は、


「ありがとうございました!」


 そう言って僕に、頭を下げてきた。

 僕はそれでようやく、彼女のほうを見ることができた。


 ナナは矢継ぎ早に、早口で言葉をぶつけてくる。


「あの、リアルでまで話しかけたら迷惑かもしれないとは思ったんですけど、これだけは言っておきたくて。私ひとりだったら、絶対に無理でした。あの、ポーンさんのおかげです。それじゃ、失礼しました!」


 ナナはそう早口でまくし立てて、踵を返して去って行こうとする。


「待って!」


 僕は咄嗟に、彼女の手を掴んで、引き留めていた。

 ナナがびっくりして立ち止まる。


「あっ……ご、ごめん」


 僕は慌てて掴んだ手を離す。

 ナナは赤くなって、僕から視線を逸らす。


 何をやってるんだ僕は……。

 咄嗟に、直感的に、引き留めなきゃと思ってやったけど、何か考えがあって引き留めたわけじゃなかった。


 どうしよう、何か、何か……えっと、えっと……


「その……あの、一緒に、貰いに行きませんか……僕たちの、生活保護」


 出てきたのは、そんな言葉だった。


「……はい。もし、ポーンさんさえよければ……是非」


 ナナは僕の提案を受け入れてくれた。

 僕はほっと胸を撫で下ろす。




 僕とナナは、2人で所長のいる壇上へと向かう。

 今の寸劇で少なからず注目を浴びてしまったので、非常に恥ずかしい。

 僕らは肩身を狭くしながら、寝台と寝台の間を抜けて行く。


 呆れた表情で僕らを見る所長の前に辿り着くと、僕とナナは生活保護の支給を申請する。


「今の茶番には呆れたぞ。お前たち、中学生か何かか?」


 所長が僕らを罵ってくる。

 くっそ、この女ムカつく。何様だ。


「だが、支給額はこれまででダントツの最高額だ。ポーン、ナナ、お前たちにそれぞれ600円を支給する」


 その所長の言葉を聞いて、周囲のニートたちがどよめいた。


「ろ、600円だと……? ──バカな、あの無理ゲーで、そんな額を稼げるわけがない! 一体どんなズルをしたんだ!?」


 近くにいたインテリ眼鏡風のニートが声を張り上げる。


 ……ズル、ねぇ。

 まあ、ズルっていうか、裏技の類だろうなあ。

 ちょっと考えれば誰でも思いつくレベルの裏技だと思うけど。


 ただ怖いのは、どうも施設運営側が、このルールの穴を突くような方法を快く思っているっぽい雰囲気なんだけど。

 ……まさかこの穴、プレイヤーのための突破口として、わざと用意したものなのか?

 だとしたら……こいつは相当タチが悪いぞ。


「ふん、ズルと言うか。いいだろう、ポーン、種明かしをしてやれ」


 所長が僕に説明を促してくる。

 いや、僕はあんたの手下でも何でもないんだが……まあいいか。


 僕は壇上からいきり立ったニートたちを見渡して、


「えっとですね……まず、僕たちがやったことをやるためには、パーティを組んでいる必要があります。チュートリアル妖精からパーティを組むことを推奨されたかと思いますが、実際に組まれた方はどれぐらいいますか?」


 僕の言葉に、何人かのニートたちが気まずそうに視線を逸らす。

 おそらく、そもそもパーティを組みすらせずに、あのゲームそのものを見限った人たちだろう。


 彼らの気持ちはよく分かる。

 僕も、もう少しだけ「賢くて」、あの数値感に接しただけで、パーティを組んだって無理だということに、実際にパーティを組むより早くに気付いてしまうだけの「能力があったなら」。

 僕もきっと、彼らの側にいたに違いないのだ。


「組んださ!」


 遠くの方から、別のニートの声がした。

 そこには、4人で固まった男たちがいて、その1人が不満そうに言う。


「だが組んだところで、あのクソゲーの本質は変わらなかった! 俺たちが今までに受け取れたのは、4人で合計200円だ。1人50円じゃ、カップ麺も食えやしない! 俺たちは今、『1杯のかけそば』の話をしていたところだ!」


 だろうなあ……。

 むしろ正攻法で200円も持って帰れたことを称賛したいよ。


 そんなことを思いながら、僕は話を先に進める。


「ええ、そうです。ですから、パーティを組むことは前提条件であって、解決策そのものじゃないんです。……まあ、厳密には、パーティを組むっていうより、手を組むって言うべきなんでしょうけど」


 そう前置きをして、僕は、僕たちがどういう「ズル」を行なったのかを説明する。


「例えば、2人パーティでポヨン3匹ずつと2回戦って勝って、各自300円を手に入れたとしますよね。ここでもう、それ以上戦えないぐらいに消耗していたら、1人に600円全額を渡してパーティを解散し、もう1人には死んでもらいます」


 どよっ、と再びざわつくニートたち。


「すると、死んだ方はHPとMP全快の状態で神殿に送られます。そうしたら、600円を持ったほうの人がそれに合流して、全快状態の人に600円全額を渡して、自分は1人で死にに行きます。これで、2人ともがコンディション完全な状態になって、600円が丸々手に入ります」


 ざわざわと騒々しく周囲と話し始めるニートたち。

 ちなみに僕たちの獲得金がそれぞれ600円、すなわち総額1,200円に増えているのは、その後もう1周同じことをしたからだ。


 と、インテリ眼鏡風ニートが再び口を開く。


「だが……だがそれでは、どちらか一方が金を持ち逃げしてしまうかもしれないではないか!」


 うん、その通り。


「そうですね」


「そうですね、って……」


「だからこの方法は、相方を信用しないとできません。僕はナナさんを信用したし、ナナさんも僕を信用してくれた。だからこそできた「ズル」なんです」


 僕がそこまで話したところで、所長が僕に下がるよう指示する。

 ……いやだから、僕はアンタの手下でも何でもないんだが。


「さて、ネタばらしが済んだところで──」


 今度は所長が話し始める。


「この方法に、ポーンは気付いて実行し、お前たちは気付かなかった。この差はどうして生まれたと思う?」


「……たまたま、気付いたか気付かなかったかの差だろ? どうしても何もあるかよ」


 ニートのひとりが答える。

 うん、そうだと思うよ。

 たまたま、偶然。そういう類だろう。


「いや、違うな」


 だけど所長は、それを否定した。


「貴様らはこのゲームをクソゲーだと判断した──そこまではいい。だが、それをクソゲーだと判断したのに、なぜ真正直に、正面からぶつかることしか考えなかったのだ? こんなルールの穴、その気になって考えれば、貴様らの優秀な頭脳ならば、見つけることなど造作もなかったはずだ」


 会場がしんと静まり返る。


「教えてやろうか、貴様らがそんな簡単なことに気付けなかった、その理由を。

 理由は2つある。1つは貴様らが、このゲームを罵り、否定することばかりに心血を注いでいたからだ。エネルギーを注ぐべき場所を、そもそも間違えている。

 そしてもう1つは、自らタブーを設けて選択肢を狭める、その無自覚的な視野狭窄だ。実行可能な選択肢を、メリットとデメリットの比較検討もせずに思考の枠外に置くな」


 ──んんっ?

 つまり、どういうことだ?


 ほかの人たちは、このゲームをクソゲーだと判断して、それをクソゲーだと罵ることに一所懸命になっていた。

 僕は、このゲームをクソゲーだと認識した上で、じゃあどうやったらその環境下でうまく稼げるのかを、ルールの穴を突くことまで視野に入れて考えた──その違いだってことか?


 うーん、特にそんなつもりはなかったんだけど、そう言われればそんな気もしてくる。


「さて、説教は終わりだ。時は金なり、貴様らも時間が惜しかろう。さっさと稼いで、飯を食いに行くといい」


 所長は最後にそう言って、その場を終えた。


 僕は手に入れた600円を握りしめ、念願の昼食を求めてその大部屋を出た。

 何となく、その場の流れで、ナナと連れ添って。


Q:なぜ主人公の名前をポーンにしたのか。

A:今は後悔している。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ