初日の記録-4
彼女のことは、とりあえず『ナナ』と呼ぶことにする。
このゲームで僕が知り合った、初めてのパーティメンバーだ。
ナナと2人パーティになって、改めて狩りを始める僕たち。
街を出て草原フィールドを15分ほど歩いた頃、3匹のポヨンと遭遇した。
3匹とか、1人で遭遇した時にはまるで勝てる気がしなかったけど、今のこっちは2人パーティだ。
きっとやれる……気がする。
「──ファイア!」
開幕一閃。
ナナの掛け声とともに、炎の魔法が1匹のポヨンに炸裂した。
可愛さ余って憎さ百倍なぷよぷよのシルエットを、炎のエフェクトが覆う。
同時に、「7」というダメージ表示がそのポヨンの近くの中空にポップアップし、炎エフェクトの終了と同時にポヨンは光の粒となって消滅した。
その後に、100円玉が1枚、地面にドロップする。
うおお、魔法すげえ!
あのポヨンを一撃だよ!
……いや、あのって言っても、最弱モンスターなんだけどね。
ともあれ、これならやれる──僕はそう確信した。
ゲームバランス悪いとか文句言ってごめんよ。僕が間違ってたよ。
ちゃんとパーティを組んで戦えば、普通にやれるゲームだったんだ。
僕はそんなことを思いながら、手に持った木の棒で、別のポヨンに向かって殴りかかって行った。
***
前言撤回。
やっぱりこのゲームはクソゲーだ。
僕らは心身ともにボロボロの状態で、草原フィールドに佇み、途方に暮れていた。
確かに、戦闘に勝つのはできた。
1回目のポヨン3匹との戦闘に勝利して。
その後しばらくフィールドを歩き回ってもう1戦、ポヨン3匹との戦闘。これにも勝利した。
この間、僕とナナはそれぞれ1レベルずつレベルアップして、2レベルになっていた。
でもその段階で、僕らのコンディションは、それ以上の狩りを続けるのが厳しい状態にまで消耗していた。
僕もナナも、MPはすでに底をつき、HPも万全とは言えない状況だ。
次にポヨン3匹とエンカウントしたら、甘く見積もっても、5分5分の確率で負けると思う。
そして、負けるっていうことは、所持金がすべて失われるということだ。
本来ならここで街に戻って回復所を利用したいところなのだけど、このときの僕らの所持金は、ポヨン6匹を倒して手に入れた600円を2人で分けた300円ずつしかなく。
一方で、2レベルに上がった僕らの回復所の利用料は、それぞれ400円。
つまり、2人が回復所を利用するには、所持金が足りない。
「……これ、絶対何かおかしいです。こんなの……無理ですよ」
ナナが不満そうに呟く。
僕も同じ思いだった。
これはもう、パーティを組んだらどうにかなるっていう問題じゃない。
仮に3人以上でパーティを組んでも、状況は大差ないだろう。
何しろ、回復所の利用料が高すぎる。
レベルに依存して利用料が増えるのも問題だけど、だとしても、レベル×50円ぐらいだったらまだ分かる数字だ。
レベル×200円という数字は、あまりにも異常というほかない。
僕は最初、このゲームはレトロゲーム的なバランスかと思っていたけど──レトロゲームだってこんな無茶苦茶なストレスのかけ方はしないぞ。
……ああ、でも、そうか。
手がないわけでもないな。
僕は思いついた考えを、ナナに説明する。
「だったら、この300円を持ってログアウトしちゃうほうがいいですね。それで、リアルで現金に換えてもらってから、もう1回ログインして……ログインしなおしたら、HPとかMPって回復するのかな? まあしなかったとしても、一度死んじゃえば全快しますし。ちょっとコスい手ですけど、こんな狂ったバランスなら、こういう手も使うしかないでしょう」
我ながら名案だと思った。
このときの僕は大層ドヤ顔をしていたんだと思う。
だから、直後のナナの言葉は、寝耳に水だった。
「……でも、ログアウトって、HPとMPが全快の状態でしかできないんじゃなかったでしたっけ?」
……へっ?
「え……そんな話、聞いてないですけど……それ、どこで手に入れた情報ですか?」
「チュートリアル妖精が、最初に言ってました」
……ほう?
僕はメニューから、チュートリアル妖精を呼び出す。
「きゅりりりん♪」という可愛らしいSEとともに、あの小妖精が姿を現す。
「──ち、違うんっすよ。決してウチは忘れてたわけじゃなくて、その、話の流れ? 的な? そういうハートフルなマインドみたいなものを大事にしたかったっていうか……」
僕に呼び出されたチュートリアル精霊は、僕が何も言ってないうちからワタワタと言い訳を始めた。
……オーケー、だいたい事情は分かった。
つまり、本来するべき説明を忘れていたんだな、お前は。
「わっ、可愛い! え、それ……ポーンさんのチュートリアル妖精ですか?」
──と、ナナが僕のチュートリアル妖精に見入っていた。
件のチュートリアル妖精はというと、「いやー、もう、可愛いとか、あんまり本当のこと言われると照れるっすよ~」とか言いながら、空中でぐねぐねして、全身で照れを表現している。
……そうか、これは女子的には可愛いのか。
いやまあ、外見が可愛いのは認めるけど、噴水広場で見ていた感じ、見た目はみんな一緒な感じだったから、多分そうじゃない部分をもって可愛いって言っているんだと思うけど……。
「いいなぁ……私もそういう子がよかったです……」
「えっと……ナナさんのチュートリアル妖精はどんな感じなんです?」
「えー、事務的ですよ。みんなこうなのかと思ってました」
言ってナナは自分のチュートリアル妖精を呼び出して見せる。
例の「きゅりりりん♪」というSEとともに、僕のチュートリアル妖精と瓜二つの姿の妖精が現れる。
そして、
「質問をどうぞ」
と、淡白に言った。
……あー、なるほど、事務的だ。
だけど、チュートリアルが役目なら、こっちでいいんじゃねって僕は思うよ?
必要なことはちゃんと説明してくれているみたいだし。
──って、違う。
今はチュートリアル妖精談義をしている場合じゃないんだった。
この如何ともしがたい状況を、どうにかしないと。
「けど、ログアウトで稼ぎ逃げ作戦も使えないとなると……」
僕がそう呟くと、チュートリアル妖精にキャッキャしていたナナが、思い出したように再び不満オーラを発しはじめた。
「……だから、無理なようにできてるんですよ、これ。……最初から、私たちを生かすつもりなんてないんです、あの人たち……」
ナナは完全に諦めモードだった。……テンションの上下激しいなこの子。
まあでも、そうなるよなぁ、これじゃ。
だけど……本当に手詰まりなんだろうか、これ。
要は回復所の利用料がバカ高いのが、すべてにおいて癌になっているわけで。
例えばの話、今2人が持っている合計額の600円で、僕かナナかのどっちか一方なら回復所を利用できる。
それでナナの回復だけでもできれば、もう1戦ぐらいは余裕で戦えると思うし、そうして僕の回復の分の400円が用意できれば、まだしも先に進む。
だけどそれじゃ、おそらく収支はほぼトントンのまま進む。
もしくは、それこそ極端な話、どっちか一方がこの600円全額を持ち逃げしてしまえば、その持ち逃げした方は400円で回復所を利用してログアウトすることで、200円を持ち帰ることはできる。
仮にそれを……
──いや、待て待て。
それなら、もっと良い方法があるんじゃないか?
僕はその思いつきを、頭の中で検証してみる。
……うん、行ける。
理屈上は行けるはずだ。
ただ、さっきみたいに恥をかくのは嫌なので、ナナに説明する前に、チュートリアル妖精に耳打ちして確認する。
この方法がルール上、可能であるのかどうかを、だ。
僕の確認事項を聞いて、チュートリアル妖精が、ふっと笑った気がした。
そして、
「できるっすよ。ルール上、問題ないっす」
そう言った。
よし、それなら、第一関門はクリアだ。
あとは、もう一つの関門をクリアできれば……。
「ナナさん、大事な相談があるんですけど……」
僕はナナに、計画の全貌を話す。
この作戦は、お互いのことを信用しあった仲間同士でしかできない。
僕は、ナナのことを信用したいと思っている。
ナナは、僕のことを信用してくれるだろうか。
ナナの顔には、僕の話を聞いてゆくにつれ、驚きの表情が広がって行った。
そして、すべてを聞き終えたナナは、しばらく躊躇った後に、こう言った。
「ポーンさん、信じさせてください、あなたを」
僕たちはこうして、作戦決行を決意したのだった。
名前:ポーン
年齢:31歳 性別:男
メインクラス:ファイター サブクラス:プリースト
レベル:1→2 経験値:20/39 所持金:300円
HP:14/14→20 MP:0/3→4
STR:8→11 VIT:7→10 AGL:3→4 INT:2→3 WIL:4→5
武器:ウッドスティック(ATK+2)
盾:なし
身体:ノーマルクローク(DEF+2)
頭:なし
総合ATK:10→13 総合DEF:3→4
魔法
ヒーリング(消費MP:3)
名前:ナナ
年齢:26歳 性別:女
メインクラス:メイジ サブクラス:モンク
レベル:1→2 経験値:16/48 所持金:300円
HP:8/10→14 MP:0/8→11
STR:4→5 VIT:5→7 AGL:5→6 INT:10→14 WIL:6→8
武器:ウッドスティック(ATK+2)
盾:なし
身体:ノーマルクローク(DEF+2)
頭:なし
総合ATK:6→7 総合DEF:3
魔法
ファイア(消費MP:2)
スパーク(消費MP:2)←new!
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