初日の記録-3
僕は神殿の一室で復活した。
そこは家具ひとつ置かれていない、石造りの殺風景な部屋だった。
広さは5m四方ぐらいだろうか。
ステンドグラス製の窓から、色彩を帯びた光が注がれている。
あ、家具、1つだけあった。
壁掛け時計。10時10分を示している。
ログインしたのが確か9時頃だったから、すでに1時間ちょいが経過したのか。
ちょっとお腹減ってきたな……。そういえば朝ご飯食べてないのか。
そこで僕は思い出す。
このままだと、朝ご飯はおろか、昼食すら食べられないんだった。
…………。
え、それは……ヤバくないか?
現在、僕の手持ちの所持金は、ゲーム内でもリアルでも0円。
当然だけど、0円では何も買えない。
それは、僕は食べる物を、何ひとつ手に入れることができないということだ。
ゲーム内で獲得したお金は、現実に戻れば同じ金額が「生活保護」として支給され、ニート矯正収容所施設内の各店舗で、自由に使うことができるらしい。
なので、さっきまであった200円が残っていれば、今ここでログアウトしても、ちょっとしたパンやカップ麺ぐらいにはありつけたはずだ。
だけど今は、0円。
後悔先に立たず、だ。
──いやでも。
いくらお金を持っていないと言ったって、何だかんだ最低限の食事ぐらいは与えてくれるんじゃないか?
そんな甘えが一瞬、僕の脳裏を過ぎるが、すぐに頭を振ってその考えを捨てる。
そのとき僕が連想したのは、黒服たちに殴られ、取り押さえられたニートたちの姿だった。
何の容赦も躊躇いもなく、彼らは暴力を受け、言論と行動の自由を奪われた。
そして、壇上から言い放った所長の言葉──
『──諸君はやがて餓死するだろう。我々は、諸君がそうなってしまっても、一向に構わない』
それらを思いだし、僕の直感が警告する。
ダメだ──あれはただの脅しなんかじゃない。
ヤツらは多分、本気だ。
甘えた考えの代償は、おそらく僕自身が、身を持って支払うことになるだろう。
さて、といっても、どうしようか。
ソロが無理なのは、すでに実証済みだ。
チュートリアル妖精の言葉を信じるなら、あれより安全な狩り場も、存在しない。
やっぱり、パーティを組むしかないという結論になる。
その結論自体は、異を挟む余地のない、間違いのない正解肢だと思う。
あとは、僕にそれがやれるか、ということなのだけど……。
まあでも、ソロは無理ゲーっていう実感のなかった最初とは違う。
今の僕には、パーティを組むことの必要性が、痛いほど分かっているわけで。
うん、大丈夫。
必要だからやる。
すごくシンプルな動機が、今の僕にはある。
それに、ほかのプレイヤーだって、そろそろパーティを組むことの必要性を痛感している頃だろう。
うん、できない理由がない。
やれるはずだ。
とは言え……さて、パーティを組む相手を、どうやって探したものか。
ほかのプレイヤーも思い思いに散ったことだろうし、フィールドは広大だ。
闇雲にフィールドを探すのは、ちょっと厳しいかもしれない。
そうだな……ログインした時の「噴水広場」で待ってみるか。
あそこだったら街の出入り時に必ず通過する場所だし、待っていれば誰かしら通るだろう。
うん、それがいい。
僕はそう結論して、神殿の復活部屋を出て、噴水広場に向かうことを決めた。
そのときだった。
復活部屋の出口の扉に僕が手をかけようとしたとき、僕の背後で「バシュン!」と音がした。
何事かと僕が振り返ると、室内──僕のすぐ目の前、2mぐらいの至近距離に、1人の女性が現れていた。
プレイヤーの1人だろう。
歳の頃は、僕よりも幾分か下に見える──多分、25歳ぐらいか。
魔法使い用の黒いローブに身を包んだ彼女は、眼鏡をかけていて、大人しそうな印象を受ける。
ちなみにこのゲーム、アバターなんてものはなく、自分のリアルの外見そのままがゲーム内の姿になる。
変わるのは服装だけだ。
なお、スタート時の服装は、メインクラスで決まるとのこと。
魔法使い用のローブを着ている彼女のメインクラスは、おそらくメイジなんだろう。
……が、まあ、そんな瑣事はどうでもいいんだ。
そんなことよりも、僕は今、パニックに陥っていた。
彼女がそこに現れた理由はわかる。
僕と同様、戦闘で死んで、ここに送られたんだろう。
ただ……まさか今この場に、目的となる人物──すなわち「ほかのプレイヤー」が現れるとは思っていなかったから、どうしていいか分からなくなってしまったのだ。
いや、どうしたらいいかは分かる。
この状況、渡りに船だ。
パーティを組もうとほかのプレイヤーを探そうとしていた矢先に、その「ほかのプレイヤー」が目の前に現れたのである。
僕は彼女に、パーティを組もうと呼びかけるべきだ。
……うん、理屈としては分かるんだ。
だけど。
「キミ、いいところに来た。僕とパーティを組まないか?」
なんて気軽に言えればいいんだろうけど、そんなリア充みたいな甲斐性は僕にはない。
どうしよう、どう声かけたらいいだろう、気持ち悪がられたりしないかな……そんな心配ばかりが頭の中をぐるぐると回って──僕は固まってしまっていた。
見ると、彼女のほうも固まっていた。
俯いて、僕から視線を逸らせている。
どうしよう、どうしよう、どうしよう……。
──いや、どうしようじゃないだろ。
やるしかないだろ。
何でもいいから一声かければ、きっとその先繋がるはずだ。
よし、行くぞ。
せーの──
「「あのっ」」
僕と彼女の声が重なった。
──うっぎゃあああああああっ!!!
は、は、恥ずかしいいいいいいいいっ!
な、な、なんなんだこれ!
お見合いか!? ボーイミーツガールか!?
そんな可愛らしいもんじゃないよ! ニートミーツニートだよ!
っていうか、違うだろ!
パーティメンバーに誘おうとしてるだけなのに、なんでこんな恥ずかしいことになってるんだよ!
「い、え、あ、あの、その……」
「あ、あうぁ……」
僕も彼女もしどろもどろになっている。
なんなんだ、なんなんだこれは……。
僕がそうやって悶絶していると。
「……ぷっ」
彼女が、先に噴き出した。
「ふっ……くくっ……バカみたい……。もう……自分で呆れるよ、これ……」
そう言ってくすくすと笑う。
僕もそれで、気が楽になった。
……ああもう、とことんダメだなぁ、僕は。
向こうも同じニートだっていうのに、こんな、年下の女性に助けてもらうなんて。
せめて、これぐらいは僕の方から言わないと。
「……あの、先にいいですか」
僕は挙手して、発言の許可を求める。
「はい、すみません、どうぞ。多分、こっちも同じ内容な気がしますけど」
彼女が応じる。
「あはは、そうかもですね。……あの、もしよかったら、パーティ組みませんか?」
「はい、私から言いたかったことも、同じです。──是非、お願いします」
そうして、僕と彼女はお互い、よろしくお願いしますと言って深々と頭を下げた。
……ったく、いきなりラスボス級の難易度だな、このゲームは!




